レンズ越しのセイレーン【完】   作:あんだるしあ(活動終了)

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 人の「仕事」を邪魔するなら、相応の理由を示してみせてよ


Report8-2 ディオニシオス/スプリンター

 ユティはミュゼのスタートの発砲騒動の間にスタートダッシュを切っていたらしい。スタート地点から軽く足を延ばしたが、ガイアスもミュゼもユティを発見できなかった。

 

 よってガイアスは目視による彼女の追跡を早々に断念した。

 ガイアスはトリグラフで誼を得た住人を訪ね歩いた。

 ターネットらマシーナリーズが屯する宿。商業区に立ち並ぶ道具屋や武器屋の店主。チャージブル大通りで行商する露店の販売員。またはそこに立ち寄る商人やサラリーマン(飲み友達ともいう)。

 

「いいんですか、ガイアス。聞き込みなんかして」

「街の人間に協力を仰ぐな、とは言われていないからな」

 

 幸いにして、ガイアスの手元には、先日のサマンガン樹界観光で撮った記念写真があった。これにはユティも写っている。賭けをしていると言っただけで皆、快く情報を提供してくれた。

 

「何だよ、アーさん。その子探してんの? いいぜ、見かけたら知らせるよ」

 

「ああ、その子。いつもウチのパン買ってってくれるんだよ。アーストさんと同じクリームチョココロネ。見かけたら声かけとくね」

 

「アーストさんが人探し? へえ、アンタも隅に置けないねえ。そんな別嬪さん連れといて。まあいいさ。見たら教えればいいのよね」

 

 そして彼らの目撃情報が集まるのをガイアスは待った。ユティは制限時間を設けていないからこうして戦略を練る時間を取ってもよかろう。もっともガイアスは、矜持に懸けて今日中にはユティを捕まえる心算だが。

 

 太陽が中天を過ぎる頃、ガイアスの下には街の住人から情報が寄せられ始めた。

 

『もしもし、アーストさん? いたよ、あんたの言ってた女の子。今? ロド団地の公園だけど』

 

 駆けつける。果たしてユティはそこにいた。公園のブランコに乗っていた少女は、ガイアスを認めるや、ブランコの速度を上げて高く飛び出した。

 高所からの奇襲は彼女が無意識に多く用いる戦術だ。承知していたミュゼが飛翔して軌道上に立ち塞がる。だがユティはミュゼの左肩を右手で掴んで後ろへ押し出し、すれ違う際のズレを利用して躱してみせた。

 着地したユティは団地から走り去った。ガイアスはすぐさま後を追う。

 

『もしもし、アーストさん? 探してるって言ってた女の子だけど、さっきすごいスピードでウチの店の前走ってったよ』

 

 駆けつける。チャージブル大通りの分かれ道。少女はクランスピア社ビル側か駅側かどちらに曲がるか決めかねているようだった。

 絶好のチャンス。瞬息で距離を詰める。ユティは気づいた。ユティは駅側への道を選び、街路樹の後ろに隠れた。ガイアスは内心舌打ちした。捕まえようとしてもユティは街路樹を間に挟んで反対側に避ける。

 そうしてガイアスを焦れさせた上で、彼女は駅へと駆け去った。

 

『アーさん? クラックだけど。カメラの子、今こっちにいるよ。ん? ああ、商業区』

 

 トリグラフ中央駅構内で、客の多さに紛れて消えた少女はいつのまにか逆走していた。

 

 駆けつける。クラックやターネットら、マシーナリーズのメンバーが手を振るほうへ走った。

 

「ユティは」

「そこに……ってあれ!?」

 

 いねえ!? いつのまに!! と、騒ぐマシーナリーズの若者たち。

 ガイアスは頭を軽く押さえた。彼らが彼女を留めておけると思ってはいなかったが。

 

「なんか、悪い。わざわざ来てもらったのに」

 

 珍しくターネットから神妙に謝ってきた。

 

「気にするな…………いや」

「アースト?」

 

 横紙破りの逃げ役が相手だ。鬼役とて知恵を巡らせてもいいはずだ。幸いにして人員はすぐ目の前にある。

 

「な、なんかアーさんの顔が怖い……っ」

「違うわよ。アーストのあれは、面白いことを思いついた時の表情(カオ)♡」

 

 

 

 一人の少女がトリグラフ港へ駆け込んだ。彼女は手近な柱に凭れて胸を押さえる。

 ぜいぜい、と荒い息をしていた彼女の視線が、近づいてくる一人の男に流れた。

 

「……、王様のくせに、せせこましい真似してくれるじゃない」

 

 恨みがましい蒼眸を向けられても、ガイアスは揺るぎなかった。

 

「お前が設定したルールには、他人の援助を受けるなというものはなかっただろう」

「なかった。だからアナタがターネット君たちを使ったのもズルとは、思わない。ただ、意外。アナタの性格だと、せいぜい聞き込みやタレコミくらいにしか街の人を使わないと思った、から」

 

 ガイアスはターネットたちに頼んで、商業区の出入口と裏路地に立ってもらった。ユティに会ったら邪魔をするようにと言い含めて。

 そしてさすがは不良グループ、マシーナリーズは街の裏路地の地形を完璧に把握していた。ターネット曰く「イーマイのおやっさんから逃げるのによく使う」のだとか。

 

 彼らに商業区を囲い込まれたユティが逃げて来られるのはこの港だけ。そして港から商業区に戻る道にはミュゼを配置した。彼女は今、袋のネズミだ。

 

「俺も捕まえるのは独力で、と考えていたが、このゲーム、お前の意図は別の所にある気がしてな」

「聞かせて」

「俺とて街の住人全員と知り合ったわけではない。それなのにお前は都合よく(・・・・)俺の知り合い(・・・・・・)にばかり目撃されている。まるで俺が知り合った者たちと速やかに連携しやすく(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)誘導する(・・・・)かのように。あえて追いつめられ易い逃げ方を選んで逃げ続けた。それが何故かは分からんが」

「そこまで分かってれば充分、ね。ワタシの意図なんて知る必要、ない。ワタシもそろそろあちこち駆けずり回されて体力限界だし。ここらで幕としましょう」

 

 ユティが柏手を二つ。そしてお約束の台詞。

 ――鬼さんこちら。手の鳴るほうへ――

 

 両者は同時に相手へ向かって駆け出した。ガイアスはいいが、鬼役に近づくだけでリスクが上がるユティさえも。だがガイアスもすでにユティが奇策を用いる――好むと理解しているのでこれは想定内。

 

 そして、自分を飛び越えようとしたユティの、足を掴んだ――はずが、手応えが軽すぎる。

 見ればユティは掴まれたブーツを脱ぎ捨てて逃れていた。

 

「ねえ。どうしてワタシがわざわざこんなオネガイしたか、分かる?」

 

 下半身が無理なら上半身を。体格差を利用して上から押さえようとしたが、少女は蛇のように逃れてまた一定距離を保つ。

 

(蛇……いや。これは、蝶だ。夜の森を翔ぶ夜光蝶)

 

 ガイアスが何度捕まえようと手を伸ばそうが、蝶はひらひらとすり抜けていく。跳んで、滑って、転がって。

 

「アナタがルドガーの任務に付いて来た時から、ユティはずっと変だった。アナタの言い分は正しいのに受け入れがたい何かがあって、エラーだった。今日、アナタに、ワタシが言われて、やっと、掴んだ」

「何を掴んだと言うのだ」

 

 片足だとバランスが悪いのか、ユティは残ったブーツも脱ぎ捨てた。ガイアスは再びユティとの距離を詰めるが、ステップを踏んでユティは華麗に避ける。

 

「何でアナタなんか(・・・・・・)品定め(・・・)されなきゃいけないの」

 

 囁きは耳元。回避のためにガイアスを飛び越えた際、空中で逆さになったユティが言ったのだ。

 

「『お前が世界の命運を預かるに足る人間か見極める』? そんなのそっちだけの事情であって、ルドガーにとっては給料貰ってエルたち養うための大事なお仕事。ワタシもバレた以上仕事意識で臨むつもりだし。そういう仕事人の現場にズカズカ踏み込んで『見定める』とか『試す』とか、何様気取り?」

 

 着地したユティが態勢を立て直す前に手を伸ばす。それでもユティは紙一重で避けてしまう。

 

「ワタシたちを試験するなら、クラン社のエージェントは? ユリウスは? リドウは? ビズリーは? みんな不適格だったらみんな斬ってしまうの? どんな権利があってそうするの?」

 

 ようやくユティの動きに隙が生まれた。捕れる。ガイアスは確信した。

 

「逆説だよ、アースト(・・・・)アウトウェイ(・・・・・・)アナタこそ(・・・・・)ワタシタチを見極めるに足る人間なの(・・・・・・・・・・・・・・・・・)? 」

 

 掴めるはずだったガイアスの手から、その夜光蝶はひらりと逃れた。

 

「そこんとこはっきりさせてくれないんじゃ、見極められるなんて言語道断。じゃない?」

 

 ユティの着地先は、海際の落下防止柵の上。少しでもバランスを崩せば海に真っ逆さまだ。

 

 ふいにガイアスの中で、今日のさまざまな出来事が繋がり始める。

 点と点を繋げる線が描き出した答えは、単純明快。思わず笑んでいた。

 

「ユースティア・レイシィ」

 

 呼びかける。ユティはじっとガイアスを見下ろした。それでいい。括目しろ。

 

「――俺はお前が世界をどう扱うか知ることを望んでいる。何故なら、俺はリーゼ・マクシアの民を守る王であり、エレンピオスの民に親しんだ一人の男だからだ。ガイアスは義務として、アーストは切情として。世界を壊す力を持つお前がどんな人間かを知りたい。これが俺の答え、俺という人間だ」

 

 ユティは答えなかった。代わりに、無造作に柵の上から跳んだ。

 ガイアスは彼女の着地予測地点まで行って、落ちてきたユティをキャッチした。少女は抵抗しない。

 

「捕まえた」

 

 鬼の決め口上。これでゲームセットだ。

 腕の中の蝶はガイアスを仰ぎ、幽かな笑みを浮かべた。

 

 

 ユティを見極める、と言ったガイアスをこそ、ユティはゲームを通して見極めようとしていた。同じ骸殻能力者でもなく、同じエレンピオス人でもないガイアスに、自分の秘密を曝け出してもいいと思えるかを。

 

 かつてルドガーは「ずいぶんと上から目線だな」と答えた。あれはユティの主張と変わらない。ルドガーにとってのガイアスはあの日が初対面の無関係な男であり、そんな輩に自身の仕事をすぐ見せる気にならないのは道理だった。

 

 

 

 

「アースト!!」

「アーさん!!」

「アーストさん!!」

 

 商業区に戻ると、マシーナリーズのメンバー、他にも聞き込みをした街の老若男女がガイアスのもとにわっと押し寄せた。

 

「いいオトナが真っ昼間から何やってんだよ。事情があんのかと思って黙って手伝ったけど、今度理由きっちり聞かせてもらうからな」

 

 ターネットの抗議を皮切りに、集まった人々がわっと口々に言いながら詰め寄ってきた。謁見慣れしているガイアスだが、この人数を一度に、しかも市井の一般人として相手にした経験はなく、軽く怯んだ。

 

 同時に腑に落ちた。ユティがガイアスに――アースト・アウトウェイに示してほしかったのはこれだったのだ、と。

 





(お待ちください)

【ディオニシオス】
 現在のイタリア南部、シチリア島シラクサの僭主。自ら学芸も好み、プラトンをその宮廷に招いた。「ダモクレスの剣」や「ディオニシオスの耳」の故事で有名。

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