――ドンドルマ
この世界の人間がその名を聞き、まず最初に思い浮かべるのは『城塞都市ドンドルマ』だろう。
旧大陸の中央に位置しており、その規模は名実ともに旧大陸では最大を誇っている。
旧大陸の政治、経済、文化の中心であり、地球の国家で例えるならばドンドルマは『首都』に値するであろう。
常に危険なモンスターが徘徊しているこの世界で何故それだけ発展できたのか。その理由は、ドンドルマの地理を見れば分かるだろう。
ドンドルマの北、東、西の三方向は崖とも表現できるような険しい山々に囲まれており、いかに身体能力の高いモンスターであろうともこの山を駆け上るのは難しい。更には奇跡的に上れたとしても、他の餌となるモンスターは居らず、唯一下のドンドルマに人間だけが居るだけだ。
その人間も、『ドンドルマはハンターの溜り場』と謳われているように他の都市に対してハンターの割合が非常に多く、ドンドルマに降りればたちまちの内にハンターに囲まれてしまうのだ。
ようするに、苦労だけ多くて実は少ないのだ。そんな苦労をするくらいなら大人しく縄張りに引きこもっていたほうが良いのだろう。
山を翼によって飛び越えられる飛竜種ならばその点大丈夫かと思われるが、ドンドルマ上空は常にジェット気流と感じられるほどの突風が吹き荒れており、いかに飛行が得意な飛竜種もこの突風が相手では分が悪かった。事実、突風にあおられたリオレウスが平衡感覚を失いドンドルマに落下。その衝撃により即死した事件が発生している。
天然要塞とも表現できる地理的条件によって、北、東、西は完全とはいかないまでも守られている。では南はどうなのかと言うと、ここがドンドルマの唯一の弱点だ。
しかし、先ほど述べたようにドンドルマは北、東、西からはモンスターは滅多に来ないため、自然戦力を南に全力投入できた。
ドンドルマに続く道は何重もの城壁や砦によって守られており、その装備も最新鋭の物ばかりだ。また、万が一突破されたとしても、そこに待ち構えるのは『城塞都市ドンドルマ』の中でも一番頑丈な城壁であり、更にその周囲には多数のバリスタや大砲、撃竜槍が配備されており、一度発射されれば猛烈な十字砲火を作り上げることが出来るのである。
ただし、それは超大型モンスターである『ラオシャンロン』や『シェンガオレン』でしか出来ない芸当である。動きが機敏な『クシャルダオラ』等の古龍が来襲してきた場合、戦闘は熾烈を極める。
しかし、常に最新鋭の装備や数多くのハンターが集っているため、被害は多くともドンドルマ町内にモンスターが侵入してきたのは例外を除いて無く、それがドンドルマの住む人々にとっての誇りとなっている。
自然環境や地理的要因故に、旧大陸最大の繁栄を誇る事となったこの都市にギルド本部が建築されたのは必然と言えよう。
ただ、難点といえば厳しい自然環境によって情報伝達が遅れてしまう事だ。
確かに自然の要塞はモンスターから身を守るには適しているが、同時に他方からの情報や物の流れも断絶してしまうのだ。
ドンドルマの場合、南部だけが平原となっているため孤立する事はないが、道は限られてくる。
その上、ドンドルマは旧大陸最大の都市だ。市民やハンターの食料や生活必需品を搬入するだけでも、インフラがパンクしてしまう。
それにハンターを乗せた馬車や防具、武器を載せた馬車等が通ればそれはもう混沌とした光景が見られるだろう。
ドンドルマ側も対策として街道の整備や定期的にモンスターの駆除をハンターに依頼しているが、効果は著しくない。
それ故、カルパンドラの新種--トライポッド発見の報の伝達が遅れてしまった事も、仕方の無い事だった。
当初、その情報が伝わった時、ギルドは事態を楽観視していた。その原因は、場所がテロス密林だったからだ。
テロス密林は他の地域に比べモンスターの難易度が低く、新米ハンターに易しい地域という認識が広まっていた。
そんな所で新種が出たとしても、所詮はテロス密林のモンスター。上級ハンターを派遣すれば直ぐに解決できるだろうと。
しかし、その新種の全容を聞くと、誰もがその楽観視を忘れ、顔を青く染めながら絶句した。
まず全長が50メートル。これはシェンガオレンよりも遥かに巨大だ。並みのハンターでは全く歯が立たないことは容易に想像できる。
更に悪いことに、テロス密林のすぐ近くには金融都市であるカルパンドラがるのだ。
カルパンドラは金融都市と呼ばれるほど、旧大陸では経済の分野で非常に重要な都市だ。旧大陸最大の港を兼ね備え、クレーンなどの揚陸設備も充実している。
故に、もしここが攻撃されれば、旧大陸の経済は甚大な被害を被ってしまう。
一応城塞都市とも呼べるような装備は整っているが、それは大型モンスター用で超大型モンスターに対抗する装備は皆無と言っていいほど配備されていない。そもそもこんな所に超大型モンスターが現れることなど、誰が予測出来ようか。
多少の混乱はあったが、ギルド本部は救援を要請しているカルパンドラに対しすぐさま行動を移した。
救援物資や多額の資金の援助。更にはもしもの為にG級ハンターを呼び寄せ至急カルパンドラに向かわせるなど、出来ることはなんでもやった。
対策会議は連日行われ、しかし地形故に情報の伝達が遅く、ただ焦燥のため無駄に騒ぎ立てることしか出来なかった。
「……ふぅ、疲れた」
ギルド本部にある図書館に、若い男の呟き声が響き渡った。
ギルド本部の図書館にはモンスターの本から歴史の本、はたまた童話等の本が数多く集まっており、さらには一般公開もされている。
そのため、子連れの親子やモンスターの対策をとるために仲間と一緒に本を読みながら会議を開くといったハンター達が来客しており、非常に賑わっている。
しかし、ここ数日は賑わっていた図書館も静まり返っている。親子連れは相変わらず来ているが、ハンター達の姿がめっきり消えてしまったのである。
理由は、言わずもがなトライポッドの事だ。
ギルド本部がもしものためにと緊急クエストを発令し、多数のハンター達がガルパンドラへと派遣された。
その結果、ドンドルマのハンターの数は何時もよりかなり少ないのだ。
「おいおい、世間じゃ新種新種と騒ぎまくっているのに、お前は有意義に読書かよ」
若い男は横から皮肉を込めてかけられた声に反応し、ゆっくりと顔をその方角に向けた。
そこには、ハンターの防具を着込んだ若い男が立っていた。
「失礼な、これはれっきとした仕事だよ。考古学には何より知識が必要だからね」
「へっ! 読書が仕事とは気が楽で良いな。ま、俺には会わんだろうがな」
「ヤコイラは筋脳だからね」
「そういうクレールはもやし野郎だな」
そう言いながら互いに笑いあう男二人。
現在ギルド本部ではトライポッドのため右往左往の大騒ぎになっているが、何時もと変わらない時間を過ごす者も存在している。
クレールが所属している考古学部が良い例だ。
考古学部は遺跡などを探索し、古代文明の歴史を調べたり古代文明の先進的な技術の解読をするのが主な仕事だ。
現在は前回遺跡から持ってきた太古の塊を解析中だ。しかし、解析には高度な技術が必要とされるため若いクレールは解析メンバーから外されてしまい、暇を持て余しているのだ。
「それで、今日は何のようだ?」
クレールは突然現れたヤコイラに対しぶっきらぼうに言った。
「暇つぶし……というのもあるが、お前に届け物を持ってきたんだ」
「届け物……? 後遊んでないで狩にでも行け」
「ああ、差出人はカロンって書いてあるぜ。 良い依頼が中々無いんだよ」
「カロン兄さんから? 珍しいな事もあるんだな。 なら鉱石でも採りに行け」
「何て書いてあるか俺にも見せてくれよ。 鉱石はたっぷり採掘したからいらん」
軽口を叩きながらヤコイラは持ってきた手紙をポーチから取り出し、クレールに投げつけた。
「おっとっと、危ないな」
危なく落としそうになったが、寸前の所でキャッチする事に成功したクレールはヤコイラに恨めしげな視線を送ると、封筒を開き中から手紙を取り出した。
「え~と、なになに? 『親愛なる弟、クレールへ。ご飯はちゃんと食べているか。歯磨きは毎日ちゃんとしているか。』
大きなお世話だ」
クレールは冒頭から始まる自分への心配文に対し突っ込まずにはいられなかった。ちなみにヤコイラは「まるでオカンだな」などと言って笑っている。
「『最近世間では新種のモンスターが現れたと騒ぎ立てているが、俺はそれの更に上を行った。何と俺達四人は倍率の高かった第一次調査団の護衛の依頼を受ける事に成功したのだ!』」
「ほぉ~、お前の兄貴結構やるじゃねえか。それで、新種は見たのか?」
「それを今から読むんじゃないか。せっかちな奴だな」
そう言うと、クレールは再び手紙を読み始めた。
「『新種を見たかどうかを極端に言うと、俺は見た。あれは調査初日の事だ。俺達はまず新種の手がかりが無いか探し回っていたが、突如としてガノトトスの絶叫が聞こえてきた。たまげた俺達は絶叫のした方角に駆けていくと、そこにはガノトトスの頭上に触手を突き立てている新種が居たのだ』」
「触手? 新種とやらはイカかタコみたいな姿をしているのか?」
触手と聞いてヤコイラは新種の姿を想像する。50メートル級のイカとタコ。
(グヘヘ……もしや夢にまで見た美少女の触手プレイが……っ!!)
ダラーンと、顔を情けなく緩ませているヤコイラに、クレールは汚物を見るかのような眼差しで見つめる。
「……続きを読むぞ」
「あ、お、おう」
クレールの言葉に我に返ったヤコイラは、少々どもりながら言葉を返した。そして未だに脳裏に残る邪念を振り払う為に頭を勢い良く振り、勢いが強すぎて本棚に頭を叩き付けた。
蹲みながら頭を抑えているヤコイラを無視しながら、クレールは口を開いた。
「『予想だにしなかった光景に、俺達はその光景を暫し呆然とした顔で見つめていた。だがその硬直は新種の咆哮によって解かれた。俺は長いことハンターをしているが、あれほど不気味で、気味が悪い咆哮は聞いたことが無かった。お陰で鳥肌が立ちまくってしまった』
不気味な咆哮?」
不気味な咆哮と言う物がイマイチ想像が出来ず、クレールは首を傾けた。ヤコイラは自分の頭を撫でている。
「『さらに信じられないことに、何と新種は俺達を発見したのだ。俺達の周囲は深い木々に囲まれており、何十メートルの高さで俺達の姿を見つけるのは至難の業だ。しかし、新種は俺達のいる方角に目を向け、動かない。身の危険を感じた俺達は直ぐにその場から撤収した。そして、それっきり新種とはパッタリと会わなくなった』」
「な~んだ、結局大した事はしてないじゃないか」
期待して損した。という顔をするヤコイラ。クレールもそう感じているらしく、自分の兄に対し若干の不満を募らせた。
「『結局、俺達の成果は新種の形状をスケッチしただけという成果に終わった。まあ、失敗だった。恐らくお前も不満に思っているだろう。その代わりといっては何だが、新種のスケッチした紙を手紙に同封しておいた。ベルの特製スケッチだ、じっくりと堪能しろよ』」
「おおっ! 新種の姿が見れるのか! こりゃ良いな!」
思いがけない贈り物に、ヤコイラが歓喜の声を上げる。クレール自身もまさか兄がこんな気前の良い行為をして来るとは思っておらず、顔をポカンとしている。
「ほらっ! ボサっとしてないで早く見せてくれよ!」
急かすようにクレールの背中をバシバシ叩くヤコイラに我に返ったクレールは、ヤコイラの手を振り払い封筒の中に手を入れる。そして、その中から一枚の紙が出てきた。
クレールはその紙を机に置き、広げた。
「……何だ、こりゃ?」
第一声を発したのはヤコイラだった。
目の前の紙に描かれているのは、この危険なモンスターが徘徊する世界でもかなりの異色を放っている新種の姿だった。
どこか無機質で、生命感を感じさせないその姿に、ヤコイラは不気味がった。
「確かに、こりゃあちょっと不気味だなあ……っておいクレール? どうした目を見開いて固まって? クレール?」
気味の悪さに手紙から視線を逸らしたヤコイラは、吃驚して固まっているクレールを発見し声をかける。
しかし、クレールからは何の返事も無かった。
(甲羅のような頭。目が三個。脚は三本。足の付け根からは触手……
まさか……まさかコイツはっ!?)
クレールの脳裏に浮かんだのは、考古学者になるために読んだ古代文明についての史書。
その史書に書かれていた、古代文明の没落と崩壊の象徴となった古代戦争。そしてその切欠となった地中からやってきたモンスター。
古代文明の科学力すら軽く凌駕し、建物や人々を見境無く殺戮し、破壊していった悪魔。
「……トライ……ポッド……?」
クレールは、口元が乾き掠れる様な声で、そう呟いた。