「よ、よし。ここまで来ればもう安心だろう」
隊長の言葉に、全員が走るのを止める。そして調査団3人は一斉に地面へと座り込んだ。
対照的に、ハンター4人は息こそは乱れているものの、調査団のように生き絶え絶えといったような様子は微塵も見られない。机上と現場の差が色濃く現れている。
「はぁっ…はぁっ……ま、全く、歳はとりたくないな。すぐに疲れてしまう」
元ハンターであった隊長は、己の身体の衰えが進んでいる事を嘆いたが、それに返事をする者はいない。調査団は何より酸素を欲しており、ハンター4人は先ほどの衝撃的な光景を未だ忘れる事が出来ないからだ。
暫く周囲は無言となり、その間に全員乱れた息を整えた。
「さて、これからどうする?」
調査団の息が整ったのを見計らって、カイザーがおもむろに口を開いた。
「う~む、また戻って再度新種の観察をする、という訳にもいかんだろうなあ。流石に新種も警戒をしておるだろうし」
隊長がそう言う。もしあの時新種があの時我々を見つけていたのならば当然警戒しているだろう。それに、今度は攻撃をされるかもしれない。と、隊長は判断したのだ。
「それじゃ、どうする? 一旦ベースキャンプに戻るか?」
カイザーの言葉に、隊長はうむと頷いた。
「新種の発見を他の調査団やギルドにも知らせねばならんし、それが妥当だな。調査はまた明日にでも始めよう」
そう言うと隊長はよっこらしょと親父臭い言葉を無意識に吐き出しながら立ち上がった。それに従い、2人の調査員も立ち上がる。
「待たせてすまんな」
「いや、調査団の皆さんを護衛するのが俺達の仕事ですからね。お気にせず」
カロンの言葉に、隊長は笑顔で「ありがとな」と答えると、移動の合図をしてベースキャンプへと歩き出した。
ハンター4人と2人の調査員もそれに従い、ベースキャンプへと足を進めた。
「隊長! それに皆もご無事でしたか!!」
あれから数時間。途中で昼食などで休息をとりながら無事にベースキャンプへと帰還した調査団ご一行は、ベースキャンプに残っていた4人の調査員に出迎えられながら無事に帰還した。
「ああ、この通りピンピンしてるよ」
調査員を安心させるためか、隊長は笑顔で身体を左右に振りながら無事であるアピールをする。
「ああ、良かった。それで、何か収穫は?」
隊長の姿に安心した調査員の一人が隊長に質問する。内容は勿論今回の調査の対象である新種だ。
「例の新種をエリア10地点近くの海岸で発見した」
「も、もう発見したのですか?」
余りにも速い展開に質問した調査員は驚き、更に聞き返す。
これまで現地に到着した初日に調査対象のモンスターを発見するなど、前例に無かったからだ。
調査員の言葉に、隊長はさも当然であるとばかりに答えた。
「新種の全高は事前情報であった通り、50メートルはあろうかという大きさだった。ま、本当の所はガノトトスの悲鳴で発見したが、それが無くてもあの身長では発見は時間の問題だっただろう」
「は、はあ……」
ガノトトスの悲鳴? と調査員はある一語に疑問を抱くが、とりあえず今は聞かない事にした。
「色々と疑問が残っているだろうが、今は一刻も早くギルドや他の調査団に新種の発見の申しを伝えなければならん。詳細な説明は後だ」
そう言うと隊長は報告書を書くために自分のテントへと早足で移動した。テントに入る直前「伝書鳩を用意してろ」と調査員に言い残し、テントに入っていった。
「さて、俺らもテントに戻って休憩するか」
調査団が個々の仕事に移って行くのを尻目に、ハンター4人は自分達のテントへと引き上げていった。
本来ならばハンター達は何時襲ってくるか分らないモンスターを警戒するために各方向に目を光らせるのだが、ベースキャンプではモンスターが立ち入れない所に設置されているためその必要性が無い。
必然的に、ハンター達は暇を持て余すのだ。
4人は手や腰、背に担いでいた武器をテーブルや地面の上に置くと、用意されていたベットに座る、あるいは寝転ぶ。
4人の表情は、やや疲れたといった様子であった。
「はあ、あんなのとどうやって戦えって言うんだよ~」
ベットに寝転んでいたカロンが情けない声を上げながら手を額に乗せる。普段ならカロンの姿にカイザーが文句を言う所だが、今回はカイザー自身もそう思っているため何も言わなかった。
この4人は長い事ハンターをしているため経験が豊富で、しかも上位リオレウス討伐と言う戦果も実際に上げているため周りからはベテランハンターと呼ばれており、4人もそうだと思っている。
しかし、その経験豊富な4人でも、通常モンスターとしか戦った事は無い。超大型モンスターと戦うなど思いもしなかった。
それというのも、本来超大型モンスターは『天災』と呼ばれるほどの膨大な被害を出すが、それゆえ出現する頻度は稀だ。詳しい事はギルドでも判明していないが、その固体ゆえ食事も膨大な量を必要とするため数が増えにくく、さらに交尾をするにもその巨体が邪魔をする。と、ギルドは見ている。
30年前には、ドンドルマに続く渓谷にシェンガオレンが出現し、対超大型モンスター用に設置されていた砦を薙ぎ倒され、人員にも多数の死傷者が出たが、最終防衛ラインでようやく撃退に成功した。
その事もあって、ここ数十年間は超大型モンスターは出現しないだろうとギルドは見ていた。
ところが、新種の出現によってその目測は大きく外れてしまったのだ。
「海岸に居座られたら、ベルしか攻撃できないしなぁ……」
全く持って面倒だ。と言いたげな顔をしてカロンが呟く。
唯でさえ見たことも無い超大型モンスターの出現に困惑しているのに、その上動きが大きく制限される海岸で戦闘をしなければならないかもしれない。
そうなれば、新種はその脚の長さを利用して海から攻撃を仕掛けてくる
やってられるか。というのがカロンの感想であった。可能性もある。
これがガノトトスならば、簡単だった。音爆弾を使えば怒り状態にはなるが陸に上がらせる事も出来るし、釣りカエルがあれば余程の怪力な者しかできないがガノトトスの一本釣りもできる。また放置していても逆に自分から陸に上がる事さえあった。
しかし、新種にはそれがあるか分らない。
超大型モンスターは閃光玉や音爆弾は全く効果が無いと言う事は過去の教訓から知っている。新種にもこの事が当てはまる可能性は極めて高いと推測される。
それゆえ、新種自身が陸に上がってくるまで待たなけらばならない。モンスターが近くに居なければ、剣士は攻撃手段を一切失うからだ。しかし、新種がそれを分っているため陸に上がってこない可能性も十分ありえる。
そうなれば、唯一のガンナーであるベルにしか新種を攻撃する手段が無い状態に陥ってしまう。つまり、セシールが予期した最悪の事態になってしまうのである。
「まあ、別に俺たちが新種を討伐するなんて決まっちゃいねえんだし、そんな悩む必要は無いか」
(……能天気だな)
顔をうんうんと動かしながら一人で納得しているカロンに、カイザーは内心呆れていた。
「……そういえば、新種と言えばよ」
ふと、何かを思い出したような顔をしたカロンは3人の方に振り返った。
なんだ、と3人もカロンの方に顔を向けた。
「何時までも新種新種と呼ぶのは俺、どうかと思うんだよなぁ……」
割とどうでもいい内容に、3人はガクっと肩を落とした。
「お前……別にそんな事は後でギルドが正式名称を決めるんだから別にいいじゃねえか。今ここで話し合う内容か?」
「いや、話し合う内容だ。今決める」
「何でそんなにキッパリ言えるんだよ……」
内心ま~た何かやりだしたぞ、と思うカイザー。他の2人も何時もの事と、諦めの顔をしている。
「え~と、新種の特徴は、銀色、三つ目、触手、3本足……」
ぶつぶつと新種の特徴を呟きながら思考するカロン。その様子に付き合ってられんとカイザーはベットに寝転んだ。
(この変人が、何で狩りの時だけは驚くほど適切な対処ができるのかねぇ……)
寝転びながら、カイザーはこのハンター育成学校からの腐れ縁であるカロンに対しそう思った。
カロンは普段はおちょけており、とても頼りがいが無さそうに見える。だが、一見狩りの事になると別人のように的確な判断をし、これまでも幾つもの危機を乗り越えてきた。
そんな姿を見ているカイザーは普段もそれだけの気迫を持てと言っているが、カロンは苦笑いで何時もはぐらかしている。
「よし! 決まったぞ!」
そんな事を思っている間に、カロンが大声で言葉を発した。
どうせ碌でもない名前だろう。と、カイザーは推測した。
「新種の名前は、『三脚の悪魔』だ!」
前言撤回、名前ですらなかった。
予想の斜め上をいっているカロンの言葉に、カイザーは思わず脱力した。顔を動かすと、他の2人も似たような事になっている。
「お、お前……何だその名前は」
「む、失敬な。俺が考えた名前を侮辱するか」
「いや、それ以前に、何でそんな名前を思いついたんだよ……」
カイザーの言葉に、カロンが胸を張って答える。
「まず、あの新種の形状は蛸に似ている。蛸は古来の船乗りにその姿から悪魔の魚と呼ばれていた。それに新種の特徴である3本足を付け足して、三脚の悪魔という名前を思いついたんだ!」
「おう、とりあえずお前の発想力がコンガ並だという事が分った」
やはりこいつはどうしようもない変人だ。カイザーはカロンに対しそう再認識した。いや、させられた。
「さ、流石にその名前は如何な物かと思いますが」
「私も同感だな」
ベルがカイザーと同意見だということを示し、セシールもそれに同調した。
圧倒的多数で酷評を喰らったカロン本人はというと、そんなに変か? 等と呟きながら首を傾げている。
「じゃあよ、皆はどういった名前が良いと思うんだ?」
首を傾げながらカロンがそう言う。カロンとしては、他の3人がどういった名前を考えていたのか聞いてみたいと思ったからだ。
「い、いや……いきなりそんな事言われても、何も考えてないぞ」
カイザーが困惑した顔でそう言う。カイザーとしては、こんなどうでもいい事をいちいち考える必要はないと思っていたからだ。
「へっ、偉そうな事を言うが、自分は何も考えちゃいねえじゃねえか」
にひひと笑いながらカロンがそう言うが、別にカイザーは何とも思わなかった。構うだけ無駄だと過去の教訓から得ているからだ。
「勿論、セシールとベルは考えているよな?」
クルリと顔を回転させ、セシールとベルに顔を合わせる。
まさか話しかけられるとは思わなかったのか、二人とも若干身を引いた。
「え、え~と、そうですねぇ……『トライポッド』なんてどうでしょうか?」
「トライポッド? そりゃどういう意味だ?」
ベルが若干どもりながらも言った言葉に、カロンは意味が分からないと首を傾げた
「トライポッドというのは、古代文明では三脚という意味で使われていたそうですよ。古代戦争の際に現れたモンスターも、3本足であったためにトライポッドと呼ばれていたそうです」
「へ~、知らなかった。ベルは博学だなぁ」
カロンは感心した様子で頷きながらベルを見る。それに対しセシールが、それはそうだ、私の妹だからな。等とまるで自分の事のように胸を張る。
「よし、それじゃあ新種の名前はトライポッドに決定だ!」
わー、と両手を上に突き出しながらそう宣言するカロンに、カイザーは溜息をついた。
カロンがそんな事を言った所で、ギルドが新種の名前を正式に決めてしまえばその行為は無になってしまう。トライポッド等と人類を破滅に追い詰めたモンスターの名前をギルドが採用する訳が無い。あまりにも洒落が過ぎているからだ。
その事から、カイザーはその名前は絶対にありえないと考えたのだ。
「もう、好きにしろよ……」
あくまでも仮の名前。そう考えたカイザーは特に反論もせず諦めの声で承認した。
「よ~し、それじゃ、夕食までちょいと昼寝しますかね。明日も朝早いし今の内に寝とかないと」
新種の名前が決まったとたん興味が薄れ、カロンは毛布に身体を包ませながらベットで横になった。
それに対し、カイザーは、やっとおとなしくなったか。等と呟きながら自分の武器を取り、砥石で研ぎ始めた。
それに習い、セシールも己の太刀を砥石で研ぎ、ベルはライトボウガンを分解し内部をチェックしたり弾丸を磨くなど、カロンを置いておきながら各自で武器のメンテナンスを行った。
その後、夕食を食べ終えたカロンがメンテナンスの事を思い出して慌てて自分の双剣を砥石で研ぐ羽目になったのは余談である。