いないいないばぁ。   作:Gasshow

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なぜかできました。まさか投稿するとは……。

難易度はリクエスト通り『難易度Lunatic以上 (理不尽)』です。どうなんだろう?意図的にかなり難しくしたと思うんですけど……これまでを見てると何とも……。

今回はにとりの話。個人的にはこの話、少し遊びを入れたりしたので地味に好きです。




謝罪文

沈みかけた太陽が、空だけではなく森の木々や落ち葉が散らばる地面までもを茜色に変貌させる。三月の終わり頃の暖かいのか寒いのか曖昧な気候が、その光の粒子を受け止める。そんな日だ。上白沢慧音(かみしらさわけいね)が河童の家へと訪れたのは。

 

 

 

 

「どうだいにとり。依頼していた物はできたかい?」

 

二つノックをして、扉を開け放つと同時に慧音は河城にとりへとそう尋ねた。嗅ぎ慣れない、べたりとした空気が慧音の鼻腔(びこう)(くすぐ)り彼女はピクリと鼻を震わせる。

 

「ああ、慧音かい?勿論できてるよ。でも少しだけ待っておくれ。今、別の客を相手にしているんでね」

 

頭部に被って固定する装着形のレンズ越しに、にとりは慧音へと視線を向けた。そうして直ぐに彼女は机に置いている小さな物体をいじくり始める。別の客?と疑問を浮かべて慧音は部屋を見渡す。すると、ゴツゴツとした何の為に使うのか欠片も想像できない機械の横に立つ、一人の人物を発見した。

 

「ああ咲夜か。珍しいな、お前がこんな所にいるなんて」

 

「あら、それはお互い様よ」

 

慧音はあいさつとも取れる一言を言い放ち、咲夜の横に並び立つ。

 

「どうしてこんな所に?」

 

慧音は一人、机の上の小さな物体と格闘するにとりを眺めながらそう言った。

 

「懐中時計が壊れてしまって動かなくなったから、直してもらおうとここまで来たのよ」

 

なるほど、では今にとりが弄くっているのは彼女の懐中時計かと慧音は一人納得する。

 

「お前が物を壊すなんてな」

「あら、形あるものは全て壊れる。どんな有用な人物だって、物を壊さないなんて事はあり得ないわ」

 

それから一拍ほど置いて、咲夜は続けざまに口を開く。彼女の声と同化するように、にとりの手元から発せられる無機質な音が、慧音の耳の奥へとこびりつく。

 

「まぁ直接的な原因はこの間、少し情緒不安定な妹様が屋敷から出て行っちゃってね。その時の戦闘で壊れたのよ。今は大人しくしていらっしゃるわ。雰囲気も少しショボくれてて、流石に少し反省なされたみたい。正気を失った前後は記憶が曖昧になる時もあるから、それが嫌と言うのもあるのかもしれないけど。にしても、永琳がわざわざ来て処方してくれた安定薬で最近は押さえられていた筈なんだけど……。」

 

そう言って咲夜は自分の頬へと手を添える。

 

「なるほどそれで、この有り様か」

 

そこで慧音は思い出したように、手を叩く。

 

「あの子と言えば、お前にあげた日本語の教材は役に立ったか?」

 

「ええ、妹様もやっと日本語の読み書きができ始めたわ。貴方から貰った本は少し古い物だったけれど、まぁ感謝してるわ。英語が通じないのがこの土地の難点ね」

 

そう思うのはお前たちだけだろうと、慧音が苦笑したその瞬間、にとりが勢いよく椅子から立ち上がった。そしてそれから胸を張るように咲夜へと近づいて、そっと懐中時計を差し出した。油でベッタリと汚れた手のひらの上には、にとりの手とは対照的な輝きを持つ懐中時計が腰を据えて鎮座していた。

 

「はい、できたよ!」

 

にとりから銀色に磨かれたそれを咲夜は受け取り、ハンターケースを開ける。中は大小の針が規則正しく、そして互いのペースを尊重しながら足並みを揃えて時を刻んでいた。

 

「すっかり元通りね。ありがとう。報酬は何がいいかしら?」

 

“報酬”と聞いて、にとりは露骨に顔を強張らせる。

 

「報酬か~。別に私としては珍しい懐中時計を触れられただけでもう十分なんだけど……」

 

「それじゃあ私が納得できないわ。何か無いかしら?」

 

咲夜にそう言われて、にとりはしばらく腕を組みながら首を横へと傾かせる。唸りに唸って、頭を絞るようにして思考を掘り下げる。

 

「うーん、人間の体を少しと思ったけどそれは不味いし…………あっ!じゃあ、長細い箱を一つくれないかい?」

 

ポンと手を叩いてにとりが出した報酬条件は、とても奇妙なものだった。それ故に、咲夜も首を傾けて疑問を(あらわ)にする。

 

「長細い箱?」

 

「うん、この箱の代わりをね」

 

そう言ってにとりは机の下からある箱を取り出した。“河童の腕”と真っ黒な墨で大きく書かれた、長細い箱がにとりの手に収まっていた。

 

「“河童の腕”か。確かマミゾウ殿が“猿の手” “人魚のミイラ”と並ぶ幻想郷三大干物の内の一つとそう言っていたな」

 

「な、なにそれ。初めて聞いたよ」

 

“河童の腕”それは河童にとっては相当大事な物らしく、これを人里の人間に拾われた時は、どんな傷をも治す河童(彼女たち)の秘薬と交換をしようと交渉に持ち掛けたほどなのだ。その噂を聞き付けた永琳が、興味を持って欲しがった程の秘薬を、河童たちはあっさりと交渉条件に挙げた。それほどまでに“河童の腕”は大切に大切に河童たちに扱われていた。

 

「しかし、にとり。その箱、まだ使えるように見えるが」

 

慧音の言う通り、にとりの持つ箱は確かに大分痛んではいるが、穴一つ空いていない。まだ箱としての役割は十分果たせそうに見えた。

 

「あ~まぁ確かにそうなんだけど、もう少し木が腐り始めててね。あともって数年ってところなんだ。でも自分でこしらえるのも面倒だから、そこでこの箱の代わりを報酬にってそう思ったんだ」

 

なるほど、と慧音は頷く。確かに箱の一部は黒ずんでいて、相当の年期が入っていることは一目瞭然だった。そんな“河童の腕”が仕舞われた箱について話をしていたその瞬間ーー

 

「さ、咲夜さん!」

 

唐突に切迫詰まった顔をした少女が、扉を乱暴に開け放って、室内へと飛び込んできた。

 

「どうしたの?小悪魔」

 

小悪魔と呼ばれた少女の尋常ではない焦りっぷりに咲夜は、自身の顔を引き締めた。

 

「えっと妹様がまた、正気を失ったまま外へと出られて、それで……」

 

その言葉で全てを察したのだろう。咲夜は手に持っていた懐中時計を急いで懐へと仕舞うと、一本のナイフを取り出して小走りに小悪魔の方へと足を運んだ。

 

「分かったわ。直ぐに向かう。にとり、箱は後で貴方に届けるわ。それまで待ってくれるかしら?」

 

「うん、分かった」

 

にとりの返しに咲夜は一つ頷いて、次の瞬間には小悪魔と共に姿を消していた。嵐が過ぎ去った後のような、独特の静寂がにとりの工房に広まる。ふと咲夜も大変だねぇ~と、にとりが呟いて彼女は慧音に向き直る形で、次の話を始めた。

 

「さてと、じゃあ慧音は頼んでいた“あれ”が完成したかどうかだったよね」

 

「あ、ああそうだ。確か名前は“防犯カメラ”……だったか?」

 

「そうそう、外の世界にある物を私がアレンジしたんだよ」

 

にとりは部屋の隅に設置されたモニターへと駆け寄って、角ばった一つのボタンを押す。すると、モニターが一瞬明るく光り、真上からの日光を受けて輝く鮮やかな深緑が画面へと映り込む。

 

「この妖怪の山麓に幾つかカメラを設置したから、それでどんなもんか見てみてよ」

 

にとりの言った通り、カメラに写る景色は妖怪の山麓の一部分を鮮明に映し出していた。

 

「ほぉ、これは凄いな。これなら人里の警備が随分と楽になるだろう」

 

そう。これは人里の警備団の為に、慧音がにとりに依頼した話なのだ。これがあれば彼らの仕事が楽になる筈だ。慧音はそう思って、この話をにとりに持っていった。そんな慧音の望みを乗せた装置が起動してしばらく、モニターから映し出される景色が次々と変わっていく。それは、整備された山道を、優雅に美しく流れる河川を、そしてにとりの友人である鍵山雛(かぎやまひな)の小さな家を。そんな風に、にとりの作った試作品は様々な場所を映し出す。しかしそこで、本来ここには映らないはずのものが、映ってはいけないはずのものが目の前に現れた。

 

「…………ん?これはーー」

 

にとりは自身の手で握っていたリモコンを操作して別の景色に変わらない内に画面を固定する。よく目を凝らすとモニターの右端に、オレンジ色の明るい着物を着た人間の女の子が映っていた。それもまだ幼さの残る小さな女の子だ。

 

小豆(あずき)!」

 

その姿を見た慧音はモニターに向かって大声で叫んだ。

 

「誰?人里の子供?」

 

「ああ、そうだ!何でこんなところに!?授業が終わった後はよく友達と遊んでいるはずなんだが!」

 

慧音は額に冷たい汗を垂らし、切迫詰まった様子でにとりの方へと顔を向ける。

 

「にとり!カメラを設置しているのは確か妖怪の森の麓だったな!」

 

「そうだよ。でもこれって……かなり不味いんじゃない?」

 

にとりの言った通り、妖怪の山麓には人間にとっては危険な妖怪が多く存在している。まだもっと山頂に近い上方ならば、知性があり規律の厳しい“天狗”がいるはずなのだが、麓には理性のない妖怪も数多くいる。もしそんな妖怪とこの娘が出会ってしまえば、それは彼女の終わりを意味するのだ。

 

「ああ、直ぐ様そこに向かう。にとり、場所は!?」

 

「丁度、ここから山を挟んだ向かい側だよ!」

 

にとりの言葉を聞いて、慧音は(きびす)を返すように、急いで部屋を出るための扉へ向かおうと体を反転させる。しかし、そこでにとりは焦ったように慧音へと声をかける。

 

「ちょっと待って!それだけじゃ細かい場所は分からないでしょ!私はカメラを見て指示を出す!だからこれを、通信機だよ!」

 

急いで駆け寄って来たにとりから、慧音は手のひらサイズの真っ黒な機械を手渡される。不格好に伸びたアンテナが、慧音の焦りを代弁するかのように揺れ動いていた。

 

「ありがとう、にとり。では私は急いで向かう!」

 

慧音は先程までいた咲夜と同じように、扉を壊す勢いで部屋の外へと出て行った。雑に開け放たれた扉の衝撃で、一瞬だけ室内全体が大きく揺れた。

 

「…………全く、皆大変だねぇ」

 

にとりは半開きになった扉を見つめながら、ふとそう呟く。そんな彼女の呟きは、部屋を響かせる機械の重低音に書き消され、押し潰されて無くなった。そして、ふとにとりが見たモニターにはもうあの少女の姿は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

慧音が部屋を飛び出してすぐ、彼女はにとりに指定された場所へと向かったのだが、残されていたのは小豆(少女)が髪を結うのに使っていた真っ赤な紐だけだった。それは持ち主の血を吸ったかのように鮮明で、とても綺麗な物だった。そして後日、行方不明になった子供の両親の元に、封筒に入れられた奇怪文が届いた。その手紙は真っ黒なインクで書かれており、平仮名、片仮名、漢字が織り交ぜられた奇妙な文だった。書かれた字も所々、その文字自体が間違って書かれていたり、文法的にもおかしな部分が多々あった。文面を察するに、恐らく謝罪文なのだろうが、書いてある内容は一切不明で、だれもそれを理解することはできなかった。

 

 

 

 

 

┏━━━━━━━━━━━━━━━━━┓

ゴメンあサイ ゴメンあサイ

カあイソウ カあイソウ

ワシタの整 ワシタの整、

 

デモシかたヶナカッタ。ドウシテモ

死シ他カッタ。ぢガイリシ食ッタ。

 

手に紙ヲ西ん二、虹に似る何。

読メな、ソレがワシタ。こンナコト

ヲシタノハ紅イ下之子ダと思イマス。

ソレがワシタ。下カラ出て。本ヲ飛ン

出て、メイド二追っ手。キズヲ消

メシカッタカラ、持チ去ッテ食ッタ。

後ロデ様二知ッテ、良心ガイタッタ。

父母心痛ト思ウ。愁傷デス。

 

ゴメンあサイ ゴメンあサイ

ゴメンあサイ ゴメンあサイ

┗━━━━━━━━━━━━━━━━━┛

 

 

 

 

 

 

 

少女はまだ見つからない。

 

 

 

 

 

 

 

 




これは実際にあった、未解決誘拐事件を参考に作りました。かなり不気味な事件で、個人的に興味を引かれたからです。もう25年も前の事件で“時効”となっています。なんと言うか……いえ、何とも言えませんね。私も身近にいる人たちを普段から気にかけようと思います。

【解】はかなり遅いです。一ヶ月以内には投稿できたら嬉しいですね。

あと最終話に解説を載せました。なぜ活動報告に載せなかったのか……それは見てもらえれば分かります。

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