「……ルイズ?」
「………」
杖を掲げるルイズへと声を掛けるも返事はない。
ただただ、オールド・オスマンを真剣な表情で見つめ動かない。
「あーあー……ミス・ヴァリエール。君は生徒じゃろが」
「だって……誰も挙げないじゃないですか」
オールド・オスマンの言葉にルイズは悲痛な声で言い返す。
その声を聞いて教師達はばつが悪そうに視線を逸らすものの、それだけだ。
誰一人として杖を挙げない。
「………なんで」
「………」
ルイズが一人一人視線を向けるも、必死に目を背けるばかりだ。
これが教師、これが……トリステインだ。
ルイズが失望したような表情となり、目には涙を溜めていく。
ついには、下を向き声を出さずに泣き始める。
その間も決して杖を下げずに……。
そんなルイズに近づき、腕を掴み下げさせ抱きしめる。
頭を軽くあやすように叩き、ゆっくりと撫でた。
その際に服をぎゅっと掴まれ顔を押し付けられる。
あぁ……
ルイズが何をしようとしていたかを悟り、そんな事を思う。
ルイズはきっと、生徒である自分が杖を挙げる事によって、他の教師が立ち上がることを期待したのだろう。
魔法が
だが、それは無駄だった。
此処に居る教師は、挫折や失敗を碌にしていない人物ばかりなのだ。
ルイズのように、失敗しても立ち上がる勇気を持っていない/学んでいない。
ルイズのように、貶されても真っ直ぐ前を向いて歩ける強い/気高い意思がない。
結局は、失敗し名が落ちるのが怖いのだ。
一度名が落ちたらお終いだと、終わりだと勘違いをしている。
「本当に終わらせるか」
「………ウイル?」
気付けば、そんな事を口走っていた。
本来であれば、フーケを泳がした後でオールド・オスマンにこっそりと報告するつもりだった。
この場で俺がフーケを捕まえてしまえば、教師の名は落ちる。
こんな簡単な事が分からなかったのかと目の前で笑っているのに気付かなかったのかと。
一応部屋の恩義もあるし、他の教師に目を付けられるのも嫌だし、これ以上目立つのも嫌であったから泳がそうと思っていた。
だが……だ。目の前でルイズが泣いているのに、
腹の中が煮え返り、怒りが湧いてくる。
ここまで怒りを感じたのは何時以来だろうか。
「……キュルケ、ルイズを頼む」
「え……えぇ」
今の自分はどんな顔をしていたのだろうか。
ルイズの肩を掴み、離すとキュルケに任せる。
キュルケは顔を引きつらせながら、ルイズを受取るとそのまま抱き寄せた。
「………」
「ミスター・ウイル?」
先ほどから気まずそうにしていた教師達を見ずにロングビルの隣へと移動する。
その際にポケットに手を入れ予備の杖をぎゅっと握る。
「どうかしたのかね?」
「いえ、ミス・ロングビルにお聞きしたい事がありまして」
「私に?」
ロングビルの隣に立つとオールド・オスマンが不思議そうに聞いてくる。
そんな二人に会心の笑みを浮かべた。
「まずは……場所を詳しく教えていただいても?」
「それは……私が案内すれば……」
「何故、そこまで渋るので?そのぐらい教えてもいいでしょうに……怪しいですね」
渋りだす彼女にそう言えば、顔をムっと不満気にし口を開く。
「いいでしょう、場所は―――」
「なるほど、
「へっ?」
『ブレイド』
場所を教えてもらい、直ぐに杖を引き抜くと『ブレイド』の魔法を放つ。
杖先から銀色の鋭い刃が飛び出し、ミス・ロングビルの首を掠め停止させる。
「なにをっ!!」
「………」
ミス・ロングビルを人質に取ったように見えたのだろう。
教師達が俺へと杖を向け警戒をし始める。
辺りをぐるっと見渡し全員が自分へと杖を向けているのを確認して頷く。
これでいい、これで……
彼女と距離が近いため、魔法を撃てば彼女にも当たる。
「まだ、お聞きしたいことがありまして……」
「ミスター・ウイル!!貴様!フーケの仲間か!!」
「……節穴の目と頭をお持ちの方は黙っててもらえます?」
「なっ!」
一人の教師が見当外れの事を言い、黙れと笑顔で命令をする。
正直自分でもやりすぎだと思うも、既に我慢の限界を超えている。
「ミス・ロングビル……今何時だと思いますか?」
「は?」
「何時だと思います?」
ブレイドの刃を首に当てたまま質問をする。
質問をすれば彼女が『何を言っているんだとばかり』に呆けた。
「………何時って……朝の八時……っ!」
「そうですね。八時ですね、あなたは――何処で情報を入手したんでしたっけ?」
「そ、それは――」
「おかしいですね、おかしいな。徒歩で半日、馬で片道四時間。少なくともあなたが聞き込みを行なったのは午前四時となるのですが」
辺りがざわめき始める。
どうやらようやく気付いたようだ。
遅すぎる、あまりに遅すぎた。
「聞き込みの時間も入れればもっと短いです。二時~三時頃になります。何故農民がそんな時間に外を出歩いているので?」
「っ!!」
「
ハルケギニアには、多くの生物が生きている。
盗賊だけでなく亜人や吸血鬼、オークにゴブリン……人を害する生き物は多い。
力のない平民が夜に出れば彼等の餌食になるだろう。
それなのに……聞き込みが出来た?
しかも森の奥の廃屋を見ていた?
「あなたは……『朝方起きて調査を開始した』といってましたけど、変わってますね。あなたの朝方は午後十一時からなんですね」
「あぁ……あ」
聞き込みが午前二時、三時から始めたとして其処に行くまでに更に四時間。
午後十時から十一時となる。
昨日の事件があったのが十一時を少し過ぎたところ……どう考えても時間が合わない。
「更に言ってしまえば……実は応戦した時に刃に特殊な薬をつけてまして」
「特殊な……薬?」
「えぇ、
「はえ?」
慌てて首元を押さえるロングビルに全員が呆気に取られた。
なんと言うか、古典的な事に引っかかる人だ。
よくこれで色んな宝物を盗んでこれたものだ……宝物庫の壁を殴ってた様子を見るにもしかして、この人……力ずくで盗んでいたのだろうか。
だとしたら、盗まれた貴族って……。
「オールド・オスマン!」
「う、うむ。『束縛』」
「あぐっ……」
頭を振り、嫌な考えを吹き飛ばしてオールド・オスマンへと声をかける。
オールド・オスマンは、驚きながらも杖を振り、束縛の魔法でミス・ロングビルを拘束した。
それを見届けてからブレイドを解除し杖を下ろす。
「誰かを先ほど聞き出した場所へ向かわせるべきです」
「あい、分かった。ギトー君、コルベール君。君等二人が行きなさい。これは命令じゃ」
「………はい!」
「……そんな、まさか……彼女が……」
ギトー先生は、自分とオールド・オスマンに視線を何度か往復するも杖を掲げ答え。
コルベール先生は、信じられないとばかりに悲しそうに首を振った。
それを見届けた後に、踵を返し扉を開く。
「まて!ミス・ロングビルがフーケだった場合、君に報酬と勲章が――『要りません』……」
「勲章を贈ると言うなら、誰よりも!先に杖を挙げ勇気を示したルイズです!!俺は要りません!では!」
限界だ……叫ぶように言い放ち、扉を強く閉め駆け出した。
「はぁ………やっちまったな」
「だいぶ、怒ってたものね」
「はしば~み」
「うふふ……ルイズが泣いてカッとなっちゃったのね」
「………そうだよ。久々に本気で怒った」
「はしばみ、むしゃむしゃ」
なんであんなに怒ったのか、なんであんな事をしたのか。
俺はルイズに恋愛感情を抱いてない筈。
あれは友人が泣いたから、怒った?いやでも……何かが違う。
一人で落ち着きたくなり、あの後は部屋へと戻り不貞寝した。
寝ていたお蔭か誰にも起されず、目が覚めれば夕暮れとなっていた。
新入生歓迎のパーティがあると思い出し、のそのそと着替え会場へと赴く。
途中で先生に会い気まずく、逃げた先はバルコニーでワイン片手にのんびりと外を見続ける。
そんな風にしているとキュルケとタバサがやってきて今の通りである。
キュルケは朝の事で楽しげにからかい、タバサはハシバミ草(物凄く苦い葉っぱ)を草食動物のように食べ続けている。
「婚約者を泣かされたんだものね。怒ってもしょうがないわね」
「婚約者か……ルイズはどう思ってるんだろ」
「はしば……みがない?」
キュルケの言葉にルイズの気持ちを聞いてない事に気付く。
『ヴァエリエール公爵が息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢のおな~~~り~~~!』
思考に耽っているとホールの壮麗な扉が開き、ルイズが姿を現す。
ルイズは長い桃色の髪を、バレッタにまとめ、白いパーティドレスに身を包んでいた。
流石は公爵家の娘なだけあって登場も他の貴族とは格が違う。
ルイズ自身も慣れているのだろう、堂々としており、高貴さが眩いほどである。
名簿を見て全員を確認し揃った事を確認し楽士が音楽を奏で始めた。
音楽は小さく、耳障りにならないように気を使われていて耳心地が良い。
「あらあら……あれだけ馬鹿にしてたのにね。調子いいわよね」
「そうだなー……」
「……はしばみ」
「はしばみは、あっちの奥に置かれてたよ」
「はしばーみ」
両手で持っていたお皿を掲げタバサが生徒を掻き分け消えていった。
それを見送り、ルイズを見れば、ルイズの高貴さと美貌に驚いた生徒達が群がり、さかんにダンスを申し込まれている。
男子生徒は遠めに見ただけでも鼻を伸ばしており、だらしがない。
「馬鹿にしてた癖に美貌であれか」
「女の武器の一つだもの……それよりいいの?ルイズ取られちゃうんじゃない?」
「ないな。ルイズの性格からして」
キュルケの言葉に軽く返し、ワインを一口飲む。
飲んだ後にルイズを見れば、ルイズは断り此方に一直線に向かって来る。
「相変わらず、分かり合ってるのね。……私はお邪魔ね。おほほほほ……」
近づいて来るルイズを見てキュルケは笑いながら楽しげに離れていった。
いつもならルイズが来た時に何かしら言ってからかうのだが、今回はそれもしないらしい。
「大丈夫?」
「大丈夫……だいぶ落ち着いた」
ルイズが目の前に立ち腰に手を当て首を傾げる。
そんなルイズに苦笑し答えた。
「朝はごめん」
「あれって私の為に怒ってくれたのよね?」
「………そうだね。そうだ」
「なら、謝る必要ないわよ」
そう言って、ルイズは腰に抱きつき見上げてくる。
お化粧もしているせいか唇が綺麗に輝き艶っぽい。
「あの時、本当に悲しかった。私より優秀な人達が立ち上がろうとしなくて」
「………」
「それで悲しくて泣いちゃって、ウイルに抱きしめてもらって……それで」
あの時の事を思い出し、ルイズを軽く抱きしめてみる。
するとルイズは、嬉しそうにはにかみ頬を摺り寄せてきた。
それを見て片手を離し頬に宛て軽く撫でると眼を潤ませ唇を此方に突き出してくる。
そんなルイズに顔を近づけて……
「……唇じゃないのね」
おでこに唇を落とした。
「なぁ……ルイズは俺が好きか?」
ルイズの問いに答えず、前から聞きたかったことを聞いてみる。
場の雰囲気のせいか、すんなりと聞けた。
「好きよ」
「………あー」
暫しルイズは考え、その様な答えが返ってきた。
「ワルド様への気持ちが『憧れ』だった」
「………」
「ウイルへの気持ちとワルド様への気持ちは違う。お母様ともお父様ともお姉様達とも」
「………」
ルイズの言葉を真剣に聞く。
「こうやって抱きしめられて、傍に居てくれると胸が痛いほどドキドキとするの」
「………」
「さっきの口付けも嫌じゃなかった。おでこだったけど……溶けて仕舞うほどに幸せ」
ルイズのくりくりとした目と視線が合う。
ルイズの目が真剣で本当の事を言っていると理解できた。
「好きって、これでいいと思うの。お互い傍に居て幸せ」
「一緒に居て……幸せ。シンプルだな」
「ウイルが難しく考え過ぎなのよ」
「そうなのかな?」
「そうよ」
困ったような泣き出しそうな表情でルイズに問えば、ルイズは笑って返してくれた。
気持ちがぐちゃぐちゃとなる。
「それにウイルのは『愛』じゃないと思うわ」
「何を……」
「ウイル……ウイルの好きな人は遠くへ行ってしまっただけよね?」
「っ――聞いてたんだ」
「うん。ねぇ……
「それは……」
ルイズの言葉に答えようとして黙り込む。
そういえばだ、あの子は死んだわけじゃないのに何故探さなかった?
「本当に好きなら探すわよね?」
「………っ!」
「何も言わずに行ってしまった彼女に振られるのが怖かったんじゃない?」
「あぁ――」
彼女への想いに罅が入る。
「ウイルは脅えていただけ、あの子を見つけて振られるのが。告げずに行ってしまった真実が怖いだけ」
「そんな――!」
「そんな自分が嫌で、
「…………」
今度こそ言葉が出ない。
ルイズの言うとおりだ。
現代日本、探そうと思えば幾らでも方法はあった。
友人に聞きまわれば簡単に分かる筈だ。
それなのに自分はしなかった、出来なかった。
何故……?それは怖いからだ、何も告げずに自分の前から居なくなった、あの子が。
あの子に振られることが……忘れられている事が。
「ねぇ……ウイル、踊りましょ?」
「っ……でも」
「今は踊って踊って疲れるまで踊って。眠って夢を見るの」
「……そうすると、どうなるんだ」
ルイズが離れ両手で此方を引っ張り出す。
バルコニーにくっ付いていた体が離れホールへと出る。
『きっと……夢の中でウイルの好きな人に会えるから、夢の中で思いっきり振られてきなさい』
「―――――――」
ルイズが笑顔でそう告げた。
それに驚き目を見開くも、微かに笑い、ルイズの手を取り音楽に合わせ、リズムを刻む。
楽しげに踊る、ルイズを見て嬉しくなる。
頬が緩み、笑みが自然と浮かぶ。
まだ、ルイズへの気持ちが分からない、けど……取り敢えずは、
『あぁ……夢の中で振られてくるよ』
最初の恋にけりをつけようと思う。
次回はカリオストロのターン