ダンジョンを上へ上へと昇っていくと、やがて地上へと出る。
そこはバベルと呼ばれる建物。天を突かんと延びた塔、白亜の摩天楼。
面白いことにこの塔の二階以降に冒険者の支援施設があり、四階以降はどこかのファミリアの店が並んでいるらしい。
そんなことを隣を歩く少女…………ニュクスに教わりながら、ようやく建物を出て。
「…………ここが、オラリオか」
俺の知る世界とは違い過ぎる光景に、思わず息を飲んだ。
まさに現代の人間に、中世西洋の街並み、と言って想像させたようなイメージ図をそのまま張り付けたような。
「まさに異世界ファンタジーだな」
それが迷宮都市オラリオに対する、俺の素直な感想だった。
そんなことを考えつつも、とことこと先頭を歩くニュクスの後を付いていく。
ニュクスの右手は俺の左手に伸びてきていて、俺は一体今周りからどういう目で見られているのだろうと思わず思ってしまう。
そうして思い出すのはダンジョンで牛と人の怪物…………金髪の少女、アイズ曰くのミノタウロスを殺した後の話。
「アンタ冒険者か?」
そんな俺の突拍子も無い疑問に、けれど金髪の少女はやや不思議そうにしながらこくり、と頷いた。
「一応聞いておきたいんだが、ここはダンジョンのどのあたりになるんだ?」
「…………五階、ですが?」
どうしてそんなことを聞いてくるのか、そんな様子が見て取れる、まあ気持ちは分からなくも無いが。
「五階…………このダンジョンってのは下は何階まであるんだ?」
「今現在は五十八階層まで確認されています」
五十八階層、となるとさっきまでいたのが六階層。今いるのが五階層、と考えると随分と深くまであるようだ。
「なるほど、良く分かった…………助かったよ、えっと、アンタ名前は?」
「……あいず……ばれんしゅたいん」
「…………えっ」
俺の腕の中(小脇に抱えたまま)でニュクスがポツリと呟いた言葉に、目の前の少女が僅かに驚いたような表情をする。
「アイズ・ヴァレンシュタインさん?」
「…………はい、そうです」
「そうか、俺はアリス…………色々教えてもらって助かったよ」
「いえ…………構いません」
そんなやり取りをしていると、ダンジョンの奥のほうからずらずらと人の気配がしてくる。
時折アイズ、と呼ぶ声が聞こえることから、恐らく目の前の少女、アイズの仲間たちなのだろうと予測する。
「どうやらそっちのお仲間さんが来たみたいだな、俺たちも失礼するぞ」
そう言って振り返り、一度だけ先ほどの少年が走り去っていった方向を見、そうして歩き出した。
それだけの話。先ほどの少年についても、お互いの話も何もせず、俺たちは分かれた。
正直言って興味が無いから、ただ少しだけ思ったこともある。
「しかしあれだな」
「…………あれ?」
「あのアイズとか言うやつ、強そうだったな」
ミノタウロスを追い詰めていたのは俺だが、あっさりとトドメを刺したのは彼女である。
俺が全力で蹴って僅かにたたらを踏む程度の頑丈なやつをあっさりと斬ったのは中々に驚いた。
「ありす…………ぜんりょくじゃない」
そんなことを言った俺に対して返ってきたのはそんな言葉だった。
「…………分かるのか?」
「なんか…………いっぱい…………ふういん、ついてる」
そっと俺の腕についた金属製の輪を見て、呟くニュクスに少しばかり驚いた。
ニュクスに連れられ、やってきたのは街の西にある時計塔。と言ってもそれほど大きくはなく、せいぜいが二階建て、と言ったところか。街の、と言うよりこのあたりの地域の時計塔、と言った感じだった。
「こっち」
そのまま時計塔の裏に回ると木製の扉があり、ニュクスが特に戸惑った様子もなくそれを開けて入る。
入ってすぐに階段、上と下、ニュクスは迷わず下へと向かう。
それについていき、降り階段を下りた先に。
「よーこそ、ふぁみりあに」
ニュクスファミリアはあった。
「……………………一つ聞いていいか?」
「なに?」
「他のやつらとか、いねえの?」
無人だったが。
* * *
ニュクスファミリア。
主神ニュクス。
と言うかそもそも。
「おりてきたの…………みっかくらいまえ」
「眷属いねえのに、ファミリアって呼べるのか?」
その割にきっちり本拠だけは抑えているあたり、何かツテでもあったのだろうか。
「えれぼすが…………くれた」
その辺りのことを聞くと、そんな返答。
エレボス…………確か神話ではニュクスの兄にして夫だったか。
「…………おっと?」
すげえ不思議そうな顔された。どうやらここでは違うらしい。
本拠に戻ってきたニュクスが気だるげに近くにあったソファーに腰を落ち着け、そのまま沈み込むように体を預ける。
「つかれた」
まあ小脇に抱えて大分振り回したし仕方ないのかもしれない、と思いつつ。
「ところで」
惰性でついてきてしまい、今更な感じもあるのだが。
「俺はそろそろ行くから」
俺は別にここのファミリアに入ったわけでもない、そんな俺がここにいるわけにもいかないだろう、いくら主神しかいないと言っても。
と、そんな風に考え、階段を上がろうとすると。
「まった」
不意に袖を引っ張られる感覚。振り返ると、いつの間にかソファーからニュクスが立ち上がって俺の袖を掴んでいた。
「なんだ?」
「いくとこないなら…………ここに、いればいい」
「…………どういう意味だ?」
「アリス…………だんじょん、しらなかった」
不意に、ニュクスの半分閉じた目が細まる。
「ぼうけんしゃじゃ、ない…………だんじょんも、しらない…………なにより」
呟かれた一言に、ぎくり、とする。
「じゃあ…………ありす。あなた…………なに?」
逃しはしない、まるでそんな雰囲気のニュクスに、顔が強張る。
「た、たまたま他の都市から来ただけで」
「うそ…………かみに、うそはつけない、そんなこと、しらない」
そんな話聞いてないぞ!!! と叫びたい気分ではある。
認めざるを得ない。これは紛れもない、神だ。超常の存在だ。
そして俺は、今こいつに追い詰められているのだ、と。
「でも」
そうして、不意に。
「わたしは、べつにそれを、といただしはしない」
雰囲気が和らぐ。
「ふぁみりあ…………はいってくれるなら」
にっこり、と。
無表情が一転して花が咲いたかのように綻ぶ。
最も、言ってることは完全に脅しではあるが。
「アリス」
呼ぶ、俺の名を、ニュクスが。
「ふぁみりあ…………はいってくれる?」
その言葉に、俺は。
「…………わかったよ、ちくしょうが」
頷くしか、無かった。
主神に恩恵をもらい、ファミリアに加入した存在をそう呼ぶ。
事象から
俺の世界で言うならば、活性マグネタイトを得るようなイメージだろうか。
恩恵は
「ふく、ぬいで」
恩恵を刻む場所は、だいたい背中らしい。
いきなりの言葉に顔をしかめる俺にそう説明するニュクス。
仕方なく上着を脱いでいき、少しだけ地下のひんやりとした空気に体を震わせる。
「そこ、ねて」
言われるままに先ほどまでニュクスが沈んでいたソファーに体を預けると、俺の腰の上にニュクスがちょこん、と乗る。
これから恩恵、とやらを刻むらしい。早くやってくれ、とうつ伏せになっていると。
つつ、と背中をなぞる指の感触に背筋がぞっとする。
「って、何やってんだよ!」
「ちょっとした…………じょーだん」
そう言うニュクスの口元が僅かに歪んでいたのを俺は見逃さなかった、こいつ案外サドっ気があるな、と先ほどのことを思い出しながら考える。
「真面目にやれ、真面目に」
「だから、じょーだん…………こんどは、だいじょうぶ」
俺のジと目に、視線を背けながらそのまま流れるようにさらさらとした黒い髪の中に手を入れ、そこから髪飾りを抜く。気づかなかった…………まっ黒な髪に、黒の蝶を模した髪飾りを付けていたせいで完全に同化していた。
髪飾りの留め金は先端が鋭利な針になっており、ニュクスは何の躊躇も無く針で指を刺す。
「…………ん」
痛みに僅かにぴくり、と頬を動かすが、それ以上の反応も無く、ぷっくりとあふれ出た紅が指を滴り落ち、俺の背中へと一滴、雫を垂らす。
瞬間。
「っ」
光が溢れ、自身の背に何かが刻まれていくのが理解できる。
文字が光となって背中に張り付いていくような、そんな光景。
絶句しながら肩越しにそれを見続け。
「……………………………………………………」
気づけば光が止み、ニュクスがもぞもぞと動いて俺の腰を降りた。
「…………何か変わった感じは無いな」
「…………すてーたす、みる?」
無表情、なのだが、先ほどと違ってどこか驚いているような、呆けているような、そんな雰囲気がするのは気のせいだろうか?
こちらの世界のステータスがどんなものなのか確認の意味で見せてもらうことにする。
ぴん、とニュクスが机の引き出しから出した紙を指先で弾くと、まるで迷彩が解けたかのように突如紙に文字が映し出される。
そして差し出された紙を見て、目を細める。
アリス
Lv.1
力:I…0
耐久:I…0
器用:I…0
敏捷:I…0
魔力:I…0
《魔法》
【■■■■■■■■】
・■■■■
・■■■■■■
【サモン】
・召喚魔法
・契約した悪魔が必要
《スキル》
【■■】
・■■である
・レベルアップに必要な経験値(エクセリア)が増大する
・同レベル帯よりも能力が高くなる
【悪魔召喚師(デビルサマナー)】
・悪魔と契約できる
・契約した悪魔を使役する
【■■■】
・■■■■■■■■■■■■■
・■■■■■■■■■■■■■
「…………なんだこれ?」
「…………なにこれ?」
呟く両者の声に力は無い。
この塗りつぶされた部分は一体何が書いてあるのか。
視線で問うてみるが、ニュクスはふるふると首を振る。
「かのうせいは…………ふたつ…………」
けれど何がしか推論はあるらしく、指を二本、ぴんと立てる。
「ひとつ…………がいねんがない」
概念が無い。つまりこの世界の言葉で表せるようなものではない。確かに俺の世界のことを考えれば無い話ではない。
「ふたつ…………かみのちからをはねのけた」
ふいにニュクスの眼が細まる。視線が一段きつくなった気がする。
「…………アリス、あなた…………なに?」
「………………………………………………」
問われる、けれど答えられない。
沈黙だけが続き、やがて。
「…………まあ、いいか」
ニュクスの視線が和らぐ。
「いいのか?」
「ふぁみりあ、はいってくれたら…………きかない、やくそく」
それに、とニュクスが少しだけ言葉を止め、じっと俺を見て…………。
「じぶんのこどもくらい、しんじる…………かみさま、だし」
薄っすらと、笑んだ。
* * *
「ふーん、ふーん、ふーん♪」
ダンジョン。地下十五層。
いわゆる中層と呼ばれる地帯。
オオオオオオォォォォ
主に生まれるモンスターは、牛と人を足したような醜悪な外見をした怪物、ミノタウロス。
生まれる、生まれる、生まれる、何匹も、何匹も、何匹も。
狂ったように生まれ続ける。
生まれたモンスターたちは、すぐ様気づく、視界のうちにいるおかしなソレに。
それは少女だった。
青のワンピースを着た、十歳前後と言った少女。
腰まで届く金糸の髪を揺らしながら、けれどダンジョンと言った場所とはあまりにも不釣り合いなその少女は、確かにその場所の違和感となっていた。
「ふーん、ふーん、ふーん♪」
少女が歌う、どこかで聞いたことのあるような、無いようなメロディ。けれどミノタウロスにはそんなことは関係なかった。
ただ、恐ろしかった。
レベルにして2。レベル1の冒険者ではまず勝てないとされる、怪物。
人がただ武器を持っただけでは、絶対にかなわない正真正銘の化け物は。
恐怖していた。
目の前のたった一人の少女に。
十匹、二十匹とミノタウロスが増え続ける。
目の前の少女を殺せと、まるでダンジョンが叫んでいるかのように、狂ったようにダンジョンは怪物を産み続ける。
生まれたてのミノタウロスは武器を持たない。だが握る拳は並の障害などあっさりと砕く凶悪な武器である。
だが、その拳も今は震えていた。本来恐怖、どころか感情すら持たないはずの怪物たちは、何の危険も無さそうな目の前の少女に、本能的な恐怖を抱いていた。
ミノタウロスの数が三十を超す時、その生成が止まる。
すでにダンジョンの通路は牛頭の怪物であふれかえっている。
レベル1どころか、レベル3や4の冒険者でもこの光景を見れば気絶したくなるのではないだろうか。
そのくらいにあり得ないような光景。
オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ
三十を超す怪物たちの咆哮。ダンジョンを震わせるほどのその大音量に、少女がようやく気づいたと言った様子でちらり、と怪物たちを見る。
「あら、うしさんがいっぱいね」
呟き、少女が笑う。
ぞくり、と怪物たちの背筋が凍る。
見られた、見られた、見られた。
その瞬間、タガが外れたように、堰を切ったように怪物たちが少女へと殺到する。
巨体の怪物たちに群がられれば、さしもの少女とて無残な姿へと変わるだろう。
その光景を誰かが見ていたら目を覆いたくなるような、そんな光景と共にそう思っただろう。
「げんきなうしさんね、ふふ…………でもそうね…………
呟きと共に、ぴたり、と怪物たちの歩みが止まる。
が、あ…………とぱくぱくと、口を開閉させながら音にもならない何かを吐き出し。
そしてその全てが塵と消えていった。
「…………あら、みんないなくなっちゃったわ、ざんねん」
少女が笑う、哂う、嗤う。
「まだかしら…………まだこないのかしら?」
そうして少女は。
「はやくきてね? アリス」
少女、アリスはダンジョンの奥へと姿を消した。
天然系ようじょを書いてたらドS幼女になってた件。