「なんでもかんでもあるってわけでもないんだな」
「…………まだ、つくったばかり、だし」
街の出店を冷やかしながら二人並んで歩く。
時刻はすでに夕方を回っていた。
眷属となって最初の役目、それは。
…………ほーむの、そうじ、して?
古びた時計塔地下の掃除だった。
三日前に降りてきた、と言うこの主神様はこの二日間、気の赴くままに街をうろつき、兄…………エレボスのところで飯を食べ、夜になったらここに帰ってきてソファーで寝て、朝になったらまた街へ、と独り生活を満喫していたらしい。
三日目にしてダンジョンに興味本位に入っていき、そうして俺と出会う、と言うことらしい。
「ダンジョンって神は入っちゃいけないんじゃねえのか?」
「ばれなきゃ…………もんだいない」
良い性格をした神様である。利己的、と言うか自分に素直で個人的に嫌いにはなれないタイプではあるが。
眷属も出来たし、いい加減この地下室を掃除して居住空間を確保しよう、と言うことらしく、最初の命令はだからそれだった。
まあ時計塔の大きさから察せるが、大して広くも無い地下室だったので大した苦労でもなかったのだが、掃除するうちに生活に足りないものがいくつかあるのに気づき、ニュクスに告げると。
あとで…………いっしょに、かいものいく。
と、言うわけで今に至る。
「絶対に必要なのは水、だな」
分かってはいたが、この世界水道なんて無い。神なんてのがいる上にダンジョンなんてのがある上に冒険者なんてのがいるのに、文化水準低すぎである。ダンジョンなんてのは武器や防具、薬の素材ばかり生み出して文化の成長にはまるで貢献しないようである。
いや…………逆なのかもしれないが。
神がいるからこそ、冒険者がいるからこそ、ダンジョンがあるからこそ、この世界は発展しないのかもしれない。
「…………まあ、そのことの是非を問う意味も無いか」
「…………なにか、いった?」
いんやなにも、と首を振って否定しながらふと視線を露店の一つに向ける。
見たところ果物屋台、と言ったところか。
色とりどりの果物が山と積みあがっている。
「…………林檎に蜜柑、あれはバナナか?」
見覚えのある果物が並べてある、異世界なのに妙に親近感を覚えるものだ。
「…………たべたいの?」
「あー…………いや、そういうわけじゃ」
ぐー、と目の前の主神様の腹が鳴る。
「………………………………………………」
「………………………………………………」
「……………………………………食べたいのか?」
こくり、と主神様が頷く。そうしてすっと突き出し、俺の手に何かを握らせる。
手のひらを開けばそこにあったのは数枚の硬貨。
「おばちゃん、そこの林檎一つ…………いや、二つくれ」
硬貨を渡し、林檎(で通じたので林檎なのだろう)を二つ受け取る。
その内一つを主神様に渡し、もう一つを自身の手の中に。
受け取った傍からしゃくりしゃくりと林檎を齧るニュクスの姿に苦笑しながら自身も一口齧る。
「…………………………………………………………………………え、なにこれ」
口の中に広がったのは蜜柑味だった。
買い物に来て、必要なのは水と言ったが、別に水は買うものではない。
街の各所に井戸があるのでそこから各自で汲み上げて持ち帰る方式らしい。この井戸に特に料金などは払う必要のない公共施設のようなものらしい。
ただ、汲んだ水を保管するための樽は自費で購入する必要があり、今俺が抱えているのもつまりそれだ。
「けっこう重いなこれ」
「…………けっこう、なんてものじゃない、とおもう」
たっぷりと水の入った樽を抱える俺を、通行人たちが目を丸くしながら見ている。どうやらこの世界でもこれはかなりの重量らしい。
「ありす…………まだれべる1、なのに」
最初は驚いていたニュクスも今は不審そうな視線で見てきていた…………まあ半分閉じたような眼だから本当にそうなのかいまいちわかりづらいのだが
「まあ元からある程度鍛えてるからな」
ある程度、なんてレベルでは無いのだが、それは言わない。別に言う必要も無いし。
「ところで…………晩飯どうするんだ?」
そもそも神って食べる必要あるのか? とも思ったが、先ほど空腹でお腹を鳴らしていたし、生死に関わるかどうかは分からないが、少なくとも食べなければ活動には支障が出るのだろう、と言うのは分かった。
「…………えれぼすのとこ?」
「それって、俺ももらえるのか?」
一応
「…………むり?」
「疑問形か、でも無理そうだよなあ」
無理そうな気がする。
「まあとりあえず、聞いてみるだけ聞いてみてくれ。俺は先にこれ持って帰ることにするわ」
肩に担いだ樽を見せ、そう告げるとニュクスがこくりと頷いてどこかへと歩いていく。
「…………さーて、あまり期待せずに待ってることにしようかね」
独りごち、帰路へと着く。
空を見上げれば夕闇が世界を覆い、近づく夜を告げていた。
* * *
ニュクスが戻ってきたのは俺がホームに戻って三十分ほどしてからだった。
戻ってからの第一声は。
「これ」
その一言。そして突き出された手に握られている巾着袋。差し出した手のひらに握らされた硬い感触に、既視感を覚えながら。
「それで、なにかたべろって、いってた」
言葉と共に巾着の中身を取り出せば、手のひらに置かれた硬貨。
「ほう、まさかもらえるとは思わなかったな」
最悪今日の晩飯は無しになるかと思っていた。先ほど果物を買った時も思ったが、三日前に来たばかりの眷属の一人もいない神がどうして金を持っているのだろうと思ったが、恐らく手の中のそれと同じようにもらってきたのだろう。
ちょこんとソファーに座る自身の主神を見る。
少しだけ眠そうな表情をしながら視線を泳がせている。どこを見ていると言うのも無いようで、何をしてると言うのも無いらしい。
「飯でも食いに行くか」
呟いた声にニュクスがこちらを見る。
「お前も行くか?」
手の中の金でどれだけの量が食べれるのかは知らないが、先ほどの果物屋台で払った額を考えればニュクスがもらってきた金は二人分くらいは優にあるのではないだろうか。
ありがたいことだ、と思いつつニュクスを連れてホームを出る。
「どこか知ってる店あるか?」
「…………ちかくに、ある」
呟きと共に歩き出すニュクスの後を追いながら街を歩く。
日も落ち、暗さを増した夜の街はどこか雰囲気が暗い。それは街の西側があまり店舗なども無く人通りが少ないから、と言うのもあるかもしれない。
だからこそ、その場所は目立った。
こんな静けさの際立つ地域にガヤガヤと騒がしい街の一角にある店。
俺には読めない文字で看板が掲げられている、ニュクス曰く“豊饒の女主人”と読むらしい。
周辺に乱立する建物の中でも一際大きく活気がある建物だった。
中の様子を見れば、騒いでいるのはどうやら冒険者たちがメインのようだった。
料理屋、と言うよりかは酒場だろうか?
「りょーりも、おいしい」
だいじょーぶ、と言って店に入るニュクスを信じついていく。
注文を聞かれ、ニュクスに任せたと言うと、ニュクスがもらったばかりの巾着袋を店員に渡し、これで頼める物、とだけ告げる。
渡された巾着の中身を確認し、店員が数秒悩む、やがてかしこまりました、とだけ告げて去っていく。
「全部使うのか?」
「ぎりぎり、しかない」
「そうか、まあ別にいいけどな」
どうせ明日になったらもう一度ダンジョンに潜ろうと思っていたところだ。
そう告げるとニュクスが僅かに瞼を揺らし。
「だいじょうぶ?」
と尋ねてくる。
「問題無い、さっきギルドで色々聞いてきた」
昼間、買い物ついでにニュクスにギルドに案内してもらい、登録は済ませてある。レクチャーのようなものも受けたが、まあだいたいの要領は元の世界でも同じようなことをしていたため分かっている。
…………それにステータスに書かれていたあの魔法、あれがあるってことは…………。
「……………………ありす?」
眉根を潜め、少しばかり考え事をしていたが、ニュクスの声に現実に引き戻される。
「ああ、悪い、何でもない」
別に隠しているわけでもないが、聞かれなければ自分から吹聴するようなことでもない。
特にこの空間には、自分以外にも多くの冒険者たちがいるのだから。
その後、ニュクスと他愛無い話をしながらしばし時間を潰していると店員が皿に山盛りのパスタを持ってきた。
その量に驚きながらも二人でそれを食していく。
尚、ニュクスは見た目通りの小食であり、結果的に俺が吐き気がしそうなほどに食わされたことをここに記しておく…………残そうとすると奥にいる主人らしき女がギロリと睨んでくるのだから恐ろしい。
* * *
「あー大分楽になってきた」
「…………ありす、しょーしょく?」
「お前にだけは言われたくねえよ」
山のようなパスタを完食し、襲い来る吐き気と戦いながら街を歩く。
と言ってもこう見えて、頑丈な体をしている、すぐに吐き気も収まっていくが、
ニュクスと二人、軽口を叩きながら歩いているが、ふと首を傾げる。
「これ、道が違わないか?」
今日来たばかりでいまいち道がはっきりしない部分もあるが、けれどつい先ほど行きしなに通ったばかりの道とは違うことに気づく。
そんな俺の問いに、ニュクスがこくり、と頷き。
「…………しりあいのとこにいく」
「知り合い?」
「きょう、たすけたこ」
と言われ、思い出すのは白い髪と兎のような赤い瞳の少年。
「そういやアイツどうなったんだろうな」
あの金髪の少女、アイズに助けられた後逃げ出していたが。
「…………ここ」
そんな風に俺が思い出していると、ニュクスが立ち止まる。
視線を上げたそこには古びた教会…………と言うか教会跡地と言ったほうがいいような廃墟。
入り口の戸は外れかかっているし、見える範囲で窓も割れている。壁も崩れかかったようなところもあるし、とてもじゃないが人が住んでいるようには見えない。
だがニュクスは特に迷った足取りも無く歩き、中へと入っていく。
そのまま会堂の中央を進んでいき、講壇のさらに奥に見える扉を開く。
ずりずり、と石造りらしき扉が開いた先には地下へと伸びた階段。
「…………ホームってのは地下に作る決まりでもあるのか?」
「…………ぐうぜん」
うちのホームも地下である。まあ他の有名なファミリアのホームは普通に地上にあるようなので、本当に偶然なのだろう。
こつ、こつ、と地下へと降りていく足音が響く。すぐ下のほうに明かりが見える、それほど深くは無いらしい。
「…………ところでだが、今更なんだが良いのか? 勝手に入って」
一応ここ、他人の家、と言うかホームだろ?
と言う言葉を告げるより先に階段を降りきり…………。
ベッドに寝ころぶ上半身裸の少年と、その上にまたがる露出の多い服を来た少女の姿がそこにあった。
「………………………………………………」
「………………………………………………」
無言、無言である。何か見てはいけないものを見てしまったような気分。
だがすぐに気づく、そう言えば自身も朝に同じことをした。
「…………ステータスの更新か」
呟いた言葉がやけに大きく響いた。少なくとも、少年と少女がこちらに気づくくらいには。
「「あ」」
そうして二人の声が重なった。
* * *
「あの…………助けていただき、ありがとうございました」
いそいそと服を着てから互いに自己紹介した後、少年、ベル・クラネルの第一声がそれだった。
「ああ、まあ大丈夫だったなら良いんだがな、それに最終的に助けたのは俺じゃないし」
「でも、アリスさんが居なければ間に合わなかったかもしれないですし」
あはは、と苦笑いしながらそう言うベルに、あははじゃねえんだけどなあ、と思いつつまあいいか、とすぐに切り替える。
「それにしても、アリスさんってすごいんですね、あのミノタウロスを蹴って後退させるなんて」
「ミノタウロス? ああ、あの牛頭か」
割と俺の世界とミノタウロスと似てるんだな、とか思う。まあここは異世界ではあるが完全な異世界と言うわけではないらしいのでそんなこともあるのかもしれないが。
「レベルとか、聞いても良い…………ですか?」
そっと伺うような聞き方だが、なまじ髪と目のせいか兎のような可愛らしい印象を受けるのに、下目使いで尋ねてくるのだから、変な性癖の男なら普通に受け入れそうだなあ、と冷めた目で見ながら。
「レベル1」
と返す。
「……………………え?」
「だから、レベル1」
一瞬何を言われたのか分からない、と言う顔をされたのでもう一度言う。もしかして何かおかしかったのだろうか?
あの怪物、ミノタウロス、五階層と言う浅いところにいたのだから、レベル1でも戦えるのでは、と思ったのだが。
「えええええええええええええええ?!」
どうやら違うらしい。
ベル曰く、ミノタウロスのレベルは2。少なくともレベル1の冒険者が勝てる相手ではない、とのこと。
それをあっさり倒していたアイズが何者か多少気になるが、それはさておきマズった。
常識が違い過ぎるので目立たない、と言うのは無理があるとは思ってはいたが、それでもその異常性までは隠し通せると思っていたのだが、いきなりそれがバレた形になる。
いや、まだ完全にバレたわけではない…………何とか隠し通せば…………。
「たまたまだ」
「え?」
「そう、たまたま俺の蹴った時にミノタウロスが後ろに倒れそうになっていただけだ、それを俺の蹴りが押し込む形になって、結果的に後退したんだ、きっとそうだ、だってレベル1冒険者がミノタウロスをよろめかせるなんて無理だよな? そうだよな? ベル?」
「え、あ、うん、そう…………ですけど」
「だからあれはたまたまだったんだ、俺はただのレベル1、つい最近冒険者になったばかりのただの新人だ、そんなやつがミノタウロスをよろめかすような攻撃ができるはずないよな?」
「えっと」
「だがミノタウロスはよろめいた、つまりあれは偶然の産物であって、それ以上の何物でもない、分かったか?」
「つまりあれはぐうぜんの…………ぐうぜん? ぐ、ぐうぜん?」
勢い任せに口からでまかせを言いまくったがどうやら見た目通りの純真そうな少年である、このまま勢いで。
「ってうちのベルくんになに嘘を吹き込んでるんだいー!!!」
だがそれは、洗脳にも似た光景を見た神の到来によって失敗を迎える。
…………神には嘘通じないの忘れてた。
常識の足りない常識人(自称)アリスくん。