ダンジョン。
俺の知る世界にも似たようなものはあるが、ここほど巨大で広大で壮大なものはさすがにお目にかかったことがない。
冒険者と言う存在が現れてから一体どれだけの時が経つのか俺には分からないが、いまだに最奥と言う言葉が出てこない時点でどれほどのものかは察せられるであろう。
握り拳を作り、無造作に振る。
放たれた裏拳がゴブリンと呼ばれる人型のモンスターの顔面を打ち付け、その体を崩壊させる。
「ベル」
「はいっ!」
こちらの呼びかけに、白の少年…………ベル・クラネルは元気よく答え、その手に持つナイフで残ったモンスターたちを倒していく。やや危なっかしい動きはあるものの、そこはフォローしながらも十体近い群れを一掃すると、足元に転がった結晶体の何か。
「…………マグネタイトみたいだな」
呟く声に、ベルがえ? と首を傾げるが、何でもないと答え、結晶を拾う。
魔石、と言うらしい。同じ名前のものを俺も知っているが、けれどそれとはまったく違う、俺の知る概念に例えるならば石炭、もしくは石油のような扱いの使い道の非常に多い物品で、冒険者の収入源。その入手先が迷宮で生まれたモンスターが死んだ時に落とす物、と言うのだから意味不明である。
まあこれが無いと今日の飯にもありつけないのだから、とにかく拾うことにする。
ダンジョン内で拾った物は、バベルで換金することができる。同じファミリアのパーティーならば最終的に同じファミリアに収められるのだから問題ないのだが、今回の俺とベルのように違うファミリアで組んだ場合、ダンジョン探索で得た報酬で少しややこしくなることが多いらしい。なので今回は半々と最初に決めてある。つまり、そこら中に散らばった魔石を我さきにと拾う必要も無いのだが、ベルは喜々として拾っている、お蔭で楽で良いのだが。
こういうことするやつは、だいたいの場合、少しでも得をしようと取得物の数を誤魔化したりするのだが、ベルの場合そんな面倒くさいことを考えて無さそうだ。
ほぼ昨日が初対面だと言うのに、一日に満たない短すぎる付き合いの中で俺にそう確信させるほどのお人好し度合に、人柄を褒めるよりもむしろ呆れのほうが強い。
「で、どうするんだ?」
転がった魔石の全てを拾ったベルにそう問いかける。
「どうしましょう?」
「ベルに任せる」
今回はダンジョンに潜った経験のあるベルに全て任せているので俺自身何かを提案することはしないつもりだ。
実際はこの程度の敵ならまだまだ奥に進んでも問題無いのだが、俺の知識だけで判断するといつか墓穴を掘りそうなので、冒険者の先輩たるベルに任せることにする、少なくとも俺よりはまともな判断をしてくれるだろうと期待して。
そんなベルが少しだけ思案しながら、やがてこちらを見て告げる。
「この辺ならアリスさんも問題ないみたいですし、もう少し奥に行きましょうか」
「分かった」
ベルの言葉に頷き、その背を追ってダンジョンの奥へと進んでいった。
第四層と呼ばれるあたりまで来ると、先ほどよりも手ごたえのある敵も増えてくる。
例えばコボルトと呼ばれる、俺が最初に見た獣と人を足したような醜悪な怪物。
動きは機敏であり、鋭い爪を持つレベル1の冒険者にとっても手ごわい相手。
一対一ならともかく、複数いるならばやや危険と言ったところ。
ただまあ…………。
「ふん」
固めた拳を突き出す、唸りを上げるように空気を裂き、こちらへと襲いかかろうとしていたコボルトの犬面に突き刺さる。
振りぬくと同時に、コボルトが黒い霞のように消えさり、魔石が転がり落ちる。
横目で見れば、ベルが同じくコボルト一体を相手に体術を駆使しながら幾度となくナイフで切り付け、手傷を追わせていく。
痛みに激高したコボルトが大きなモーションで襲いかかるその隙を突き、その腹部を一文字に斬りつけると、コボルトが消滅し魔石が転がり落ちる。
「ふーむ」
なんと言うか、ぬるい。
いや、本来冒険者とは冒険してはならない、つまりリスク管理を怠ってはならないのだから、余裕があるのは良いことなのだが。
今まで毎度のごとく命の危機に、それも幾度となく晒されてきただけに、その落差に少しだけ戸惑う。
ましてや今回ここにいるのはあの男の依頼なのだ…………身構えもすると言うものだ。
何かあるんじゃないのか…………と言う疑念は常に晴れない。
「…………アリスさん?」
と、そんな風に考え事をしているとベルがこちらをのぞき込むように見つめていた。
その白い髪と赤い瞳がどうにも小動物ちっくなものを連想させるが、それはさておき。
「ああ、悪い何でもないんだ…………それと、俺のことは呼び捨てでいいぞ、敬語も無くていい。どうせ年もそんなに違わないしな」
聞いた話によれば二つ三つ程度の違いらしい。こちらの世界基準だとそれほど大きな差でもないようだ。
「えっと…………それじゃあ、アリス?」
「ああ、それでいいぞ、ベル」
少しだけ戸惑ったような言いかたではあったが、俺が頷くと、ベルが嬉しそうに笑う。
「どうかしたか?」
「いや、なんていうか…………こういうの、友達みたいでいいなって」
「…………………………」
少し照れたように笑うベル、照れているせいか頬が赤く染まっており、中性的な顔立ちと相まって…………。
「お前ってモテそうだな」
そんな感想が出てくる。
「え、ええぇぇぇ?!」
俺の感想に、ベルが驚いたように声を挙げる。
「えっと、いや、僕なんか」
「いやでもお前…………モテたくてダンジョンに来てんだろ?」
昨日聞いた衝撃の事実その一である。
ダンジョンで助けた女の子と親しくなり、最終的にはハーレムとか築いたり…………と言うのがベルの夢だそうだ。
うん…………まあ、何と言うか、個性的で良いんではないだろうか。
別に蔑みはしないが、良くまあそんなことのために命をかけてダンジョンに挑もうと思うものである。
だが出会いを求めたダンジョン、その出会いが先日ついにやってきたらしい。
俺も少しだけ話したあの金髪の少女、アイズ・ヴァレンシュタイン。
どうやらあの少女にベルは一目惚れしてしまったらしい。
「まあいいんじゃないか?」
先ほども言ったが、命がけでやることか、とも思うが、モチベーションなど人それぞれである。
「お前がそうしたいんなら思った通りにすればいいだろ」
「です…………かね?」
少しだけ自信が無さそうなベルの背中をぽん、と軽く叩く。
「ぶれるな…………何だっていい、決めたなら、一直線に貫け」
そう告げると、数秒ベルが呆けたように目を見開き。
「はい!」
大きく頷いた。
…………弟とかいたら、こんな感じなんだろうか?
俺には兄はいたが、弟はいなかったので、何だか新鮮な気分である。
昨日会ってから、どうにもベルに対して甘くなってしまうのももしかするとそのせいなのかもしれないな。
なんて考えながら。
ダンジョン探索は続いていく。
* * *
ダンジョン内にいると時間の感覚が狂うことは往々にしてある。
だから、冒険者は、時間では無く、自身の体に問いながら冒険の終わりを決める。
無理をしないのは重要だ、行きだけでなく、帰りもまた冒険の道中、危険は前だけでなく後ろにだって存在するのだから。
だからベルと俺は一度ダンジョンから出ることにした、俺は平気なのだが、ベルは疲れた様子だったし、ベルのところの神様が心配するだろうから。
「アリス、本当に行くの?」
「ああ、だいたい要領は分かったしな、気をつけて帰れよ? あとうちの
二つに分けた報酬の片方が詰まった袋をベルに渡し、手を振って別れる。
そうして先ほどまで戻ってきた道をまた歩きだす…………察しはつくだろうが、もう一度ダンジョンに入るためだ。
ダンジョンの内部は暗く静かだ。モンスターが沸いて来れば途端に騒がしくもなるが、途方も無く広大で、果ても無いほどに深いダンジョン内で冒険者同士が出会うことと言うのはそうあることでも無いので一人で歩いていると静寂が身に染みてくる。
道中モンスターが沸いてくることも、徘徊中のモンスターと出会うことも無く、先ほどベルとやってきた四階まで戻ってくる。
そうしてそこで足を止めず、さらに深い階層に…………つまり五階層へと進む。
ベルがいた手前言わなかったが、この程度の敵いくら倒していても、ただの時間の無駄だ。
せめて一撃殴って生き残る程度の敵を探さなければ試したいことも試せない。
経験値だって恐らくその最低ラインよりもさらに強力な敵を探さなければレベルアップすることすら難しいだろう。
一度戦ったことのあるモンスターを基準に考えるなら、ミノタウロス…………あれがちょうどいいくらいだと思う。だからやつらが出てくる階層までは進んでみたいと思っている。
「にしても…………
まるでゲームのような話だ、とも思う。だがこの世界ではこれが理なのだから面白いと思う。
しばらく歩いていると、影が二足歩行しているような不気味なモンスターたちと遭遇する。
それがウォーシャドウと呼ばれている六階層でも随一の戦闘力を持つモンスターだと後で知ることとなるが、今はまだ俺はそれを知らない。
「数は三、四の…………五か」
軋んだような叫び声を上げながら襲いかかる影に、握った拳を突き出す。
影の手から伸びる鋭い爪と自身の拳がぶつかり合い…………一瞬の均衡も無く爪が折れ、拳が影を抉る。
体の半ばを失った影が崩れるように虚空へと消えていき、残った影も数十秒で同じ末路を辿っていく。
「…………ふう…………っと、うお?!」
敵影が全て消えたところで一つ息を吐き、体の力を抜こうとして…………直後に体に何かが巻き付く。
ちらりと視線をやり、それが岩の影に隠れていた巨大なカエルのモンスターの舌だと気づいた瞬間、強烈な力で体を引き寄せられる。
「っのやろ!」
咄嗟にぐっと足に力を込めると、半ば地面に足が埋まり、体に急制動がかかる。
「お返しだっと」
伸びた舌を掴み、そのヌメヌメとした触感に顔をしかめながら思い切り引き寄せると、カエルが宙を舞いながらこちらへと飛んできて。
「そら…………よっと!!」
半ば埋まったままの片足を軸に、もう片方を振り上げる。カエルの顔面を捉えた蹴りの勢いに、その舌を引きちぎりながらカエルが吹き飛び、そのまま黒い霞となって消えていく。
「少しだけびっくりしたな」
危機を感じるほではないにしても、気づけなかった突然の攻撃に僅かな驚きを示しながら魔石を拾っていく。
「これでどんだけの金になるんだろうな」
まあ精々一日二日分と言ったところだろうか。こんな浅い階層で大金が手に入るのなら、冒険者は今頃億万長者の集団になっているだろうし。
全ての魔石を拾い、さて奥に進むか、と考えた時。
「またかよ」
壁が割れ、新しいモンスターたちが沸いてくる。しかもその数は十以上。
別に苦戦する要素も無いだろうが、数が多いのは手間がかかる。
「……………………ふむ、まあ…………こいつら相手でいいか」
一瞬思考し、即座に考えをまとめる。
思考の高速化、そして結論の即決化。戦いと言う刹那の間が勝敗を分ける場に置いて、非常に重要となってくる技能である。
特に俺のような
その高速化した思考で、結論づける。
ここで魔法を試そうと。
即ち。
「
「
* * *
かたん、かたんと時計塔が時を刻む。
時計塔地下のニュクスファミリアのホームにいると、その音が良く聞こえる。
一定で正確に同じリズムと刻むその音を、主神であるニュクスは気に入っていた。
かたん、かたん、と時計塔の鳴らす音だけが地下に響く。まるで誰もいないかのような静寂。
だがそこに確かに二人の人間がいた。
…………否、間違いである。
片や天より降りてきた神の一柱。
そしてもう片方は…………。
「ふう」
静寂を打ち破るように神…………ニュクスが息を吐く。
手に持ったカップに並々注がれた紅茶からは湯気が経っており、ふうふうと息を吹きかけながら少しずつ飲んでいるその姿は、とても威厳ある夜の神とは思えない。
「…………のまないの?」
そしてニュクスの反対側、主神の指定席のようにもなっているソファーと対面するように置かれた椅子には一人の少女が座っていた。
腰まで届く金糸の髪を垂らした青い瞳の少女、否、少女と言うにはやや幼過ぎる気もする。
このファミリア唯一の眷属のために置かれたそれなりに背のある椅子は、座っている小柄な少女には高すぎるようで足をぷらぷらと宙に揺らせている。
「ふふ、きょうはおちゃかいをしにきたわけじゃないの」
半眼の眠そうにも見える無表情な主神とは違い、張り付けたように笑みを浮かべる少女が答えると、ニュクスがそう、とだけ答えてまたカップに口をつけた。
そんなニュクスの様子を見ながら楽しそうに嗤う少女がぴょこん、と椅子から降りる。
「きょうはあいさつにきただけ。有栖がいっぱいおせわになったみたいだから」
言葉の合間に呟かれた眷属の名前に、ニュクスがぴくり、と反応する。
「あなた…………だれ?」
半分閉じた目が、さらに細められる、厳しくなったその視線を楽しむかのように嗤いながら少女が呟く。
「わたしはアリス、よろしくね、かみさま?」
金の少女の口元が弧を描く。
黒の少女の目が閉じられ。
「あなたは…………」
再び開かれたその時には。
「…………………………………………いない」
すでに
次回、ようやくメガテン要素を出せるかな。