罫線上の絆   作:yoruha

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6、継承

 

 

 

 

 

 

 ロサ・フェティダの騒動から、ほんの少しだけ経ったある日のこと。

 真美が部室に入ると、すでに三奈子がいた。他の部員たちの姿もあった。三年生の卒業を明日に控え、二年生たちの多くは物思いにふけっている。仕事も手についていない。

 物事には終わりがあり、日々は、こうして収束してゆく。 

 真美は問いかけてみた。どうしても気になったのだ。姉が卒業するというのはどういう気持ちなのか、と。

「……そうね、寂しいわよ」

 あっさりとした言葉が帰ってきた。しかし素朴な答えは、真美の胸に響いた。

 

 

 卒業式の当日は、慌ただしかった。三奈子のお姉さま――梢を見送ったあと、薔薇ファミリーの取材も行くことになっていたからだ。

 梢と話している最中、三奈子は泣かなかった。

 真美は邪魔をしないように、少し離れた場所にいた。会話の内容はよく聞こえなかったけれど、きっと良い記事を書くとか、そういうことを言っているようだった。

 三奈子は、梢から手を差し出された。

 その手を握りしめて、妹は卒業した姉に向かって微笑んだ。歩き出した梢の姿が視界から消えるまで、三奈子はじっとその背中を見つめていた。

 真美は黙って、ふたりの姿を目に焼き付ける。

(――お疲れさまでした、梢さま)

 心のなかでそう告げて、梢が歩いていった方向に頭を下げた。

 真美の元に急いで走ってくると、三奈子は叫んだ。

「じゃあ、取材に行くわよ!」

 名残惜しそうな様子は見せなかった。目は潤んでいたが、泣くのは必死に堪えていたのだ。これから山百合会の人々の見送りにも行くのだから、我慢したのだろう。

 早く行かなければならなかった。

 息を切らせて真美たちがたどり着いたときは、まだ集まっている最中だった。全員が一緒の場所に来た。その場には武嶋蔦子もいた。

 真美も、三奈子も、何もせずに見学していた。何かハプニングが起きれば儲けものだし、何も起きないならそれはそれでかまわない。口も挟まず、薔薇さまたちの様子を見ていた。

 思い出話に花を咲かせながら、蔦子に写真を撮ってもらっている。三奈子が口を挟みたがっているのは分かったが、真美は視線で止めた。

 途中、蟹名静が現れたが、穏やかなままに別れた。

 マリア像の前で、蔦子が写真を撮り終えると、三奈子がとうとう我慢できなくなって飛び出した。真美は楽しげに、彼女たちを見回している。

「あのっ、リリアンかわら版卒業記念号もお送りしますから」

 蓉子が笑った。

「……そっちは別の意味で楽しみね」

 周りの面々は、興味深そうに見物していた。三奈子は勢い込んで言葉を続ける。

「薔薇さま方。あの、いろいろとご迷惑かけてすみませんでした。でも、薔薇さまたちと同時期に高等部ですごせて、私すごく幸せでした」

 言い切ったと同時に、涙が出てきた。感極まったのだ。

 さきほど梢と別れたときに我慢していたものも、一緒にあふれ出したのかもしれない。泣きたいと思って泣いたわけではなかったから、三奈子は慌てた。

「あらっ? えっ? 私ったら何?」

 ごしごしと袖で拭いた。しかし、涙は止まる様子がなかった。

「やだ、ごめんなさいっ」

 そう言って、逃げ出した。

 聖が不思議なものを見たように何かつぶやいていたが、真美は三奈子らしい、と思った。走り去った三奈子の後ろ姿は、なかなか面白かった。

「ほんと、申し訳ありません。最後の最後まで」

 軽く頭を下げる真美。

「あんな編集長ではご心配と存じますが、新聞部が一丸となっていい新聞を作ってお送りいたしますので。今日のところはお許しください」

 ぺこり。

 語った言葉は本心だ。

 それから、真美は三奈子を追いかけるために歩いていった。その場にいた全員一致の想いなど、まるで知る由もなく。

 

 部室に戻ると、真美が思ったとおり、三奈子はそこにいた。

 机に向かっていた。

 背中だけが見えている。震えているようだった。

 リリアンかわら版卒業記念号は、三奈子と真美が担当だった。

「……真美、手伝ってちょうだい」

 真美はずっと、その言葉を待っていた。三奈子の声が湿っているのは、たぶんひとりで泣いていたからだ。涙でインクが滲むほどに。真美にまだ泣きやんでいないところを見られてしまうくらいに。抑えられなかったのだ。

 だけど素直な言葉を受け取って、真美は、強く頷いた。

「はい」

 仲間だから。

 確かに、手を取り合っていける相手だから。

「最高の記事に、するのよ」

「はいっ」

 三奈子は、ぽつりと漏らした。意地っ張りな人間だから、照れずにこんなことは言えないのだ。それでも、まだ涙声のままで、顔を真っ赤にして、三奈子は言ったのだ。

「真美には期待してるから、一緒に頑張りましょう」

 そんなふうに言われたのは、たぶん初めてで。

 いつまでもお互い、素直になれない姉妹のままだろうけれど。

 だから真美は、「ありがとうございます」なんて、口には出してやらないのだ。

 でも。

(――記事を書こう。言わない分の、感謝の心まで詰め込んで)

 書き綴るこの記事にこそ、想いは強く受け継がれていく。

 真美がロザリオを受け取って、姉妹の契りを交わしてから。差し出された三奈子の手を取った、あの瞬間から――ずっと、三奈子も、真美も、ひとりではなかった。

 傍らにいるのは、信頼すべき姉妹だった。

 紙面で争うべき相手だった。

 そして、同じ道を歩く仲間だった。

 

 これまでも。

 ――きっと、これからも。

 

 

 

 (了)

 

 

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