できるだけ原作リスペクトで行きたいと思ってます
かなり好き嫌い別れるかと思いますので、予めご了承ください
海面は、漆黒の闇に包まれていた。
今晩は新月。およそ一ヶ月で地球の周りを一周する忠実な衛星は、それに合わせて満ち欠けを繰り返す。今、その月は完全に姿を隠しており、海上は見えぬ水平線まで真っ黒だった。
ただし、それは視覚だけに限った話だ。窒素と酸素を主成分とする地球の大気は、昼間よりもほんの少し劣るものの、やはり三百メートル毎秒超という速度で音の波を伝え、視覚の代わりに彼女の聴覚を満たした。
磯崎舞特務大尉。深い紺の第一種軍装に、不釣り合いなキャップ帽を被った少女は、訳あって十六歳の若さで艦隊を預かっていた。
夜戦仕様で照明を落としている艦橋内に響くのは、遠くで波が切れる音、轟々と唸る機関の音、煙突から立ち上る蒸気の乾いた音、そして自分ともう一人の息遣い。“相棒”の存在を側に感じて安心したものの、やっぱりその姿がうっすらとしか見えず、溜め息を吐いて、意味もなく双眼鏡を覗き込んだ。
もちろん、何も見えなかったわけだが。
「もう、何にも見えないじゃん」
ついに文句を言い出した彼女に、艦の主はクックッと押し殺した笑いを漏らした。
「当然だって、提督は夜間見張り員の訓練を受けたわけじゃないんだから」
「むー」
かつての海軍が誇った“超能力”集団を引き合いに出され、舞は頬を膨らます。彼らと比べられてはたまらない。
「そういう雲仙は見えてるの?」
「もちろん、見えてません!」
暗闇の中でも、満面の笑みであることがありありとわかる返事に、舞も力の抜けた苦笑をするしかなかった。雲仙と呼ばれた艦娘は続ける。
「あ、でも電探にはバッチリ映ってるから」
「そういうのは早く言ってよね。それで?」
雲仙は確かめるように目を瞑って、額に人指し指を当てる。
「えっとね・・・。戦艦一、巡洋艦二、駆逐艦三。かな?」
「かなってなによ、かなって・・・。ま、いっか。今回もさっさと片づけちゃお」
あっさりと言う舞に、雲仙が首を傾げる。
「・・・こっちには戦艦がいないんだけど?」
「でも、雲仙と鞍馬がいるでしょ?」
「そういうことにしておきますか」
舞期待の超巡洋艦娘が、意味ありげに頷くのがわかった。
「鞍馬、聞こえる?」
雲仙が、追随してくる姉妹艦を呼び出した。彼女からの返事は早い。
『さっきから聞こえてるわよ、姉さん。毎回言ってるけど、ちゃんと通信回線は切っておいて』
「はーい、ごめんごめん」
妹艦の注意を軽く受け流して、雲仙が作戦を伝える。
「私は戦艦、鞍馬は巡洋艦、龍風たちは駆逐艦ね」
『・・・了解』
『はいよー』
『イエッサー!』
『お任せを』
『合点承知!』
鞍馬に続き、四人の駆逐艦娘が威勢よく返事をする。彼女たちにとっては久しぶりの夜戦だ。血が騒いで仕方がないのだろう。舞自身も、体の火照る感覚を抑えようと深呼吸をした。
―――基地の皆には、文句言われそうだなあ。
今回、基地に残してきたのは夜戦好きの面子ばかりだ。某軽巡洋艦とか、某駆逐艦辺りに捕捉されたら最後、間違いなく非難ごうごうコース、下手をすれば半日は解放されないかもしれない。
「いいでしょ?提督」
「もちろん。雲仙に任せる」
律儀な確認に短く返す。イタズラっぽい笑い声の後、機関の音が明らかに高鳴った。
「合戦準備!」
舞が叫ぶ。雲仙経由で電波に乗った彼女の声は後続の五隻にも伝わり、艦隊全体が戦闘準備状態に移行する。雲仙は自らの背負った艤装と精神同調率を高め、艦をいつでも戦闘可能な状態にした。
「第四戦速!鞍馬、着いて来て!」
『了解、姉さん』
“雲仙”はスクリューの回転数を上げる。ペラが水をかく反作用で四万トン超もの艦体を前に押しやり、次第に速力を与えていった。
「いつも通り、二万でいい?」
急加速を艦橋のへりに掴まることでやり過ごした舞が大げさに頷く。衣ずれの音でそれを感じ取ったのだろう雲仙は、同様の指示を鞍馬に飛ばした。
窓の外は、相変わらず黒一色だった。しかしその先に、確かな敵艦の存在を感じて息を呑む。同時に、深海棲艦がこちらに気づいたことも直感した。
―――さて、どうするかな?
こちらは速力で圧倒できる。“雲仙”も“鞍馬”も、やろうと思えば並の巡洋艦以上の速力を発揮できるし、後続の“龍風”たちに至っては、実に四〇ノットの速力が出せる。先の機動で、深海棲艦側もそのことはわかったはずだ。とすれば、彼らの取り得る選択肢は、正面からの決戦、あるいは―――
「やっぱりね。敵艦隊に動きあり。戦艦以外が分離して、こっちにくるよ」
「囮を使った時間稼ぎ、か。いつも通りね」
雲仙の報告に、半分ほどうんざりして感想を漏らす。律儀にこちらへ向かってくる敵駆逐艦のことを思うと、同情の涙すら浮かんできそうだ。
『・・・ねー、テートクー。先に行っちゃダメー?』
第一特設駆逐隊―――一特駆の司令駆逐艦娘、龍風が、ねだるような声で促してきた。舞は素早く計算すると、頷いて了承する。
「うん、いいよ。全弾ばら撒いてきちゃって」
『わーい、やったー!テートクのお墨付きだー!一特駆、突撃!』
「敵重巡発砲!」
威勢のいい駆逐艦娘の声と、雲仙の報告が重なる。外に目を遣れば、遠くの方で発砲炎と思しき光が見え、敵重巡を赤々と照らした。二十数秒後、“雲仙”たちの上空で照明弾が炸裂した。
彼我の距離は、ざっと見て二万一千ぐらいだろうか。戦艦の方とは、まだ二万五千の開きがある。
『提督、そろそろ始めても?』
自らに割り振られた目標が、決戦距離の二万に近づきつつある鞍馬は、通信機を通して舞に確認を取る。敵戦艦とは離れる方向へと舵を切る囮艦隊の位置を思い浮かべ、舞は自ら納得するように大きく首肯した。
「そろそろ頃合いかな。鞍馬、一特駆の娘たちをお願いね?」
『・・・あまり気が進まないけれど、わかったわ』
溜息交じりに返答した鞍馬との通信に、再び駆逐艦娘たちが割り込んできた。
『何?鞍馬姉さんもやるの?』
『おう、こいつぁ負けてらんないねぇ!』
『競争だね!置いてくよ?』
『よろしくお願いいたします、鞍馬さん』
『あなたたち、あまりはしゃぎ過ぎないように・・・って、もう!待ちなさいったら!』
島風型―――究極の艦隊型駆逐艦のみに許された四〇ノットもの速力をフルに活用して、小さき勇者たちはみるみる加速し、“鞍馬”、続いて“雲仙”を追い抜いていく。それを盛大な溜息と共に見送った鞍馬もまた、自らの艦の速力を上げ、囮部隊へと転針する。
舞も雲仙も、笑いをかみ殺すのに必死だった。鞍馬本人は駆逐艦を苦手としているのだが、なぜか龍風たちにはよく懐かれていた。いや、逆に懐かれ過ぎているから、苦手なのかもしれないが。
ともあれ、基本的には心配性で面倒見のいい艦娘だ。彼女からすれば、元気にはしゃぎまわる一特駆の娘たちは気になって気になって仕方がないのも事実だろう。だから、舞も雲仙も、心配はしていなかった。
『目標、敵重巡。撃ち方、始めっ!』
“雲仙”の艦橋左側で火焔が踊る。転針の終わった“鞍馬”が、八門のうち四門の砲身をそそり立たせて、発砲したのだ。突撃を敢行する一特駆にとって、最大の障壁となる敵重巡洋艦に向けて、射弾を浴びせかける。電探による精密射撃を行っているらしく、照明弾の類は確認できなかった。
「こっちも、負けてらんないねえ」
妹の砲撃に触発されたのか、雲仙が呟く。舞はうっすらと笑って、状況についての確認を行った。
「距離は?」
「今二二〇(二万二千メートル)・・・あ、待った。二一〇だ」
「後ちょっと、ね」
「どうする?ちょっと早いけど、撃っちゃう?」
「さすがに二万切らないと、電探射撃できないでしょ?」
「それもそっか」
雲仙は少々残念そうにしていた。
次の瞬間、自らを着け狙う艦影に気づいたのか、追尾していた敵戦艦が発砲した。逃走しながらの射撃であるため、精度は悪く、数十秒後に落下してきた砲弾は、明後日の方向に水柱を噴き上げる。それでも、一六インチという圧倒的な暴力を“雲仙”に向けて振るったことに変わりはない。
「下手っぴ、下手っぴ」
が、舞も雲仙も臆することはない。心底楽しそうに雲仙がそう言うのと、距離二万を切るのがほぼ同時、一拍を置いて敵戦艦が第二射を放った。
「針路二一〇、同航戦に移行して!」
四万トンの“雲仙”は、すぐには針路を変えない。艦体の周りに生じる水流に対して、舵が十分な力を発揮しだすには、それなりの時間が必要だ。結局、敵の第二射が落下してから、“雲仙”は艦首を右に振り出した。
一度舵が利き始めれば、後は早い。すぐに舵を戻し、逃走を図る敵戦艦と同航戦に移行した。
「最初から斉射でいい?」
電探から得られた射撃諸元に誤差修正を加えながら、雲仙が尋ねる。
「雲仙に任せるよ」
「にしし、それじゃ、遠慮なく」
第三射が落下した。暗がりの中でも、白い水柱が辛うじて確認できる位置に、巨大な海水のオブジェが出来上がる。まだまだ空振りの域だが、精度は確実に向上していた。
「距離よし。方位よし。誤差修正よし。射撃準備よし!」
「目標、敵戦艦。撃ち方、始めっ!」
「撃ーっ!」
お返しとばかりに、測距の完了した“雲仙”が八門の主砲を奮い立たせ、地獄の炎をその砲口から迸らせた。濡れ雑巾で引っ叩かれたような衝撃と大気を揺るがす轟音が、しばし舞の感覚を支配する。五〇口径という長砲身砲ゆえの高初速を与えられた八発の三六サンチ砲弾は、高度数千に達する巨大なアーチを描き、風切り音を引き連れて敵艦の周囲に落下した。こちらから見て、手前に五発、奥に三発。夾叉だ。
「初弾夾叉!惜しい!」
夜戦、それも距離二万で初弾から夾叉という偉業を成し遂げたにもかかわらず、雲仙はそれがさも当たり前のことのように、悔しげに指を鳴らす。
「残念賞ー」
からかう舞に、雲仙が不満げに頬を膨らますのがわかった。
「むー。いいもん、これからボコボコにするんだもん!」
そう宣言するや、雲仙は第二斉射を撃ち出した。先ほどと変わらない衝撃が艦橋を震わせ、前部二基四門、後部二基四門の長砲身三六サンチ砲が爆炎と鉄塊を吐き出す。大音響とともに空間に放り出されたおよそ八百キログラムの巨弾が、音速の二倍を超える速度で、一気に高空へと昇って行った。
◇
艦艇データファイル01
“雲仙”型超巡洋艦
全長・・・二四六・五メートル
全幅・・・二八・二メートル
排水量・・・三万七六〇〇トン
速力・・・三六ノット
五〇口径三六サンチ連装砲四基
六五口径一〇サンチ連装高角砲八基
二五ミリ機銃多数
雲仙型は、分類こそ超巡洋艦であるものの、実質的には金剛型の代艦となる高速戦艦である。そのため、米アラスカ級大型巡洋艦とは設計思想が根本的に異なる。大和型、翔鶴型と並び八八八艦隊計画前期の目玉となる本型は、主砲口径こそ三六サンチであるものの、高い速射性能で威力をカバーしており、対空・対艦・夜戦の要として機動部隊随伴の役割が期待される。
雲仙
雲仙型一番艦。緩いカールのかかった茶髪を長く伸ばし、巫女服アレンジの服装をまとった少女。深海棲艦の襲撃を受けて遭難した舞と出会う。細かいことは気にしない性格で、いつも鞍馬に窘められる始末。ただし、砲術の腕は本物であり、紀伊もその実力を認めている。甘いものが好き。
鞍馬
雲仙型三番艦。栗色の髪を肩口で揃え、顔の右側の一房だけが長く前に垂れている。姉が姉だからか、落ち着いた雰囲気の持ち主で、カモミールティーを愛飲する。本人は駆逐艦を苦手としているのだが、彼女たちからはなぜか懐かれてしまっている。バストの雲仙、ヒップの鞍馬。
設定はできるだけ原作準拠です
これからいろいろ出していきます
でも出し過ぎるとまとまらないので、そこまで多くないです。泣く泣く、出番断念した艦もありますし
それでは、また次回