こちらも、トラック沖の戦闘が終息に向っていきます
衝撃に振り回された舞は、艦橋の床に強かに打ち付けられた。咄嗟に着いた手のひらに、床の冷たさが伝わってくる。
「提督!?」
天井から伸びる艤装に接続されていたことで倒れずに済んだ雲仙が、舞の安否を尋ねる。若干頭がくらくらするものの、体のどこかに怪我等はなかった。
「な、何とか大丈夫」
体を起こしながら、舞は笑顔を作る。蒼白になりかかっていた雲仙も、わずかに表情を緩め、口の端を吊り上げた。
「被害は?」
服に付いた埃を掃い、被ったキャップ帽の位置を直しながら、舞が雲仙に尋ねる。
「艦橋基部に被弾。主砲と統制装置の主回線がやられてる。補助回路接続まで一分頂戴」
「了解。慌てず、急いで、正確に、ね?」
「了解!」
雲仙は威勢よく答えて応急修理の妖精たちに指示を出すが、状況はそれほど楽観できなかった。
“コマツグミ”が再び斉射を放つ。鋼鉄の嵐のごとき“雲仙”の砲撃が止まった今、“コマツグミ”の斉射を遮るものは何もない。長砲身の一六インチ砲十二門が、巨大な砲炎を上げていた。
「頼むよ紀伊姉さん・・・!」
応急処置を指示する雲仙が、後方から支援砲撃を行うことになっている紀伊に、祈るように呟く。頼みの綱は、“紀伊”が搭載する五一サンチ砲のみだ。
その想いに応えるかのように、“コマツグミ”の周囲に一際大きな水柱が立ち上った。数は三本。間違いなく、後方の”紀伊”からの砲撃だった。
『こちらで牽制します!早急に復旧を!』
紀伊からの通信も入る。
「ありがと、紀伊姉さん!」
雲仙もそう言って、より一層応急修理を激励する。「合点承知!」とばかりに、妖精たちが張り切り、回路の復旧を進めていった。
その間にも、敵弾が落下する。衝撃が艦体を走り抜け、金属のひしゃげる音が聞こえた。
「被弾二!カタパルトが吹っ飛んだよ!」
「どうせ弾着観測はできないから問題ない!」
「だよね!」
そして、回路復旧完了の報告が、妖精たちから入った。すぐさま、雲仙は再度の斉射を命令する。
「撃ーっ!」
八門の三六サンチ砲が、待ってましたとばかりに咆哮を上げた。高初速の砲弾が空を切り裂き、“コマツグミ”へと迫る。
もちろん、それで終わりではない。十秒の装填時間の後、もう一度斉射が放たれた。今度も八発。入れ替わりに、“コマツグミ”の一六インチ砲弾も降り注ぎ、“雲仙”の艦体を抉り取った。
「四番砲塔がやられた!射撃不能!」
後部に被弾した一発が、四番砲塔のバーベットを捻じ曲げ、旋回不能に陥れる。舞は弾火薬庫に注水するよう、雲仙に指示した。もう撃てない以上、下手に誘爆したりしないようにという処置だ。
“紀伊”の砲弾も敵艦の周囲に落着する。こちらはまだ弾着修正中らしく、三本の水柱が上がっただけだ。それでも、その三本は“コマツグミ”を的確に挟み込んでいた。
雲仙も負けてはいない。もう一度斉射。六門に減ったとはいえ、単位時間当たりの弾薬投射量では、まだ“コマツグミ”に対して優位を保てるはずだ。
『提督、全力斉射に入ります』
紀伊が覚悟を滲ませて言う。“紀伊”が全力斉射を放つ。それはつまり、“コマツグミ”の撃沈も辞さないということだ。あらゆるものを木っ端微塵に打ち砕く“紀伊”の砲撃は、それだけ細心の注意を払わなければ、すぐに“イレギュラー”を海の藻屑に変えてしまう。
紀伊は何よりもまず、舞と雲仙を守ることを優先したのだ。
“雲仙”の三六サンチ砲弾が弾着する。“コマツグミ”の装甲は抜けなくとも、その表面で弾け、装甲の薄い部分を削る。度重なる被弾で、両用砲群は更地となり、濃い黒煙を燻らせていた。
その煙を吹き飛ばすほどの勢いで、海水が天高く持ち上げられた。“紀伊”の第一斉射が落着したのだ。
艦中央部に閃光が走り、要塞のような“コマツグミ”の四連装砲塔を易々とひしゃげさせる。
敵軽艦艇群の動きも収束へと向かいつつある。龍風と清風に加えて、栗駒と霜風、綾風が突入し、その動きを抑えることに成功していた。
勝負はあった。そう言えた。
それを悟ったかのように、“コマツグミ”は砲撃を止めた。それを見た舞もまた、撃ち方待てを指示する。
途端、信じられないことが起こった。
「っ!?敵艦から通信!?」
素っ頓狂な声を上げたのは雲仙だ。舞も、驚きの余り咳き込みそうになる。
「ど、どういうこと?」
「ええっと、国際海軍の共通バンドで呼びかけてきてるんだけど」
―――マズイ!
舞の背中を冷たい汗が伝う。そう遠くない海域には、日本海軍の機動部隊があるのだ。国際海軍の共通バンドなどで話されては困る。今、“イレギュラー”の存在を、そして『T・T独立艦隊』の存在を、知られるわけにはいかない。
「すぐに、別バンドに切り替えるように言って!」
「了解」
雲仙が、“コマツグミ”側にそう伝える。以外にも、相手はあっさり了承の意を示して、こちらの指定したバンドに合わせてきた。そこで初めて、舞は回線を開く。
『すっげええええっ!』
回線が開かれた瞬間、マイクからそんな声が飛び込んできた。舞は、一瞬何が何だかわからず、盛大にハテナマークを浮かべる。
「えっと、貴女は?」
辛うじて、それだけ訊くことができた。
『?私は私だよ?』
そうだった。舞は、我ながら間抜けな質問をしたことに、苦笑する。
『ちなみに、お前たちは私を何と呼んでいるんだ?』
そんなことまで訊いてきた。少し迷った後、舞はこう答える。
「“コマツグミ”。貴女のことは、そう呼んでます」
『へー、よくわかんないけど、いい名前っぽいから採用!じゃあ、以後私はコマツグミってことで』
そう言った後で、コマツグミはコホンと一回咳払いをした。
『えーっと。コマツグミ、貴艦への乗艦許可を求めます』
停船した“雲仙”に、一隻の内火艇が接近してくる。全体的なデザインは、人類製のそれとほとんど同じだ。ただ、その艇首には、鮮やかな紋章が描かれている。
なかなかに豪快な動きで、内火艇は“雲仙”の舷側に着けた。流されないようにロープで繋ぎ止めると、コマツグミは降ろされたラッタルに飛び乗って、甲板の舞と雲仙を見上げた。
白く透き通るような肌が、海面に反射した光で蒼く染まっている。一房銀の混じった黒髪は肩口で短く切り揃えられ、風の中で軽やかに揺らめく。黒いワンピースが、その容姿によく似合っていた。
コマツグミは、ラッタルを元気に上がってくる。最後の二段を一足で上がると、笑顔で気を付けの姿勢を取った。
「日本海軍、磯崎舞特務大尉です」
「雲仙です」
二人はそう言ってコマツグミを迎える。
「私がコマツグミ。乗艦許可、感謝します」
コマツグミは砕けた敬礼で答える。その表情は、さっきまでお互いが敵同士だったとは思えない。実に愉快そうな雰囲気で、彼女は二人の方に歩み寄ってきた。
「驚きました。貴女方から接触してくることは、初めてでしたので」
「あー、うん、まあね。皆そういうの苦手だしね」
舞は、艦上に即席で設けた茶席に、コマツグミを案内する。その内の一つを掴んで引き、コマツグミは軽やかに席に着いた。
「ほー、こういうのなんかいいねえ」
「気に入ってもらえたなら、何よりです」
被っていた帽子を脱いで、机の上に置く。沸かしておいたお湯で、雲仙が紅茶を淹れた。
全員が席に着いて、取り敢えず一口、カップに口を付ける。暖かな薫りが辺りに漂い、束の間の休息を戦場にもたらす。やはり、話を始める前には、お茶が一番だ。
「おいしい」
早速飲み干したコマツグミが、おかわりを求めた。
雲仙が新しくお湯を沸かしている間に、舞が話し始める。
「まずは、貴女のことを訊いてもいい?」
「?私のこと?いいよいいよ、何でも訊いて」
コマツグミは変わらぬ笑顔で体を前に出した。
「まず、どうして貴女は、私たちに接触してきたの?」
「ええっと、それなんだけどね?」
コマツグミは、チラリと残存の駆逐艦の方を見遣った。それからググッと舞の方に顔を寄せ、声を潜める。
「旗艦に会っても、内緒にしてね?」
コマツグミはそう前置いた。
彼女の言う「旗艦」という言葉に、舞は思い至った。Z海域に展開する“イレギュラー”を取りまとめる存在。あらゆる“イレギュラー”の中でも最大の大きさを誇る艦。おそらく、その“イレギュラー”のことだ。
念を押す彼女に、舞も頷く。コマツグミは再び口を開いた。
「私の目的―――私がZ海域を離れたのは、そもそも旗艦に命令されたからなの」
「・・・え?」
一体、どういうことだろうか。
「旗艦から、あなたたちに接触するように、って。トラック沖に出てくれば、必ずあなたたちの方から接触してくるから、って」
舞は黙って、コマツグミの話に耳を傾けていた。
「元々私、あの狭い海域から出たくてさ。他の皆からは変わってるってよく言われたけど。だからまあ、旗艦からの命令にはすぐに従った。で、ここまで出てきて、あなたたちが接触してくるのを待ってたってわけ」
そこまで言って、コマツグミは元の通りに座る。丁度、雲仙が紅茶のおかわりを持ってきたところだった。
「それじゃあ、どうして私たちを襲ってきたの?」
「うん、そこからが旗艦には内緒にしておいて欲しいところでね?トラック沖に出てきたのはいいんだけど、半年間、待てど暮らせど誰も来ないから、飽きてきちゃって」
戦闘したくなってしまったらしい。そういえば、どこかにも似たような娘がいたなと、舞は“雲仙”のすぐそばで浮かぶ超弩級戦艦に目を向けた。
「まあ、それはいいや。話が脱線しちゃったね」
俗っぽい言い方で、コマツグミが話の方向を修正する。一回の咳払いをした後、彼女は改めて、舞に話の続きを促してきた。
「半年間、何もしてなかったわけじゃないでしょう?」
「直球で訊いてくるねえ」
コマツグミは、またおどけた様子で笑った。
「確かに、何もしてなかったわけじゃないよ。せっかくZ海域を出たんだから、私たち“異端者”が探しているものを、トラック周辺でも捜索してみることにしたの」
「でも、見つからなかった」
確認するように、舞はコマツグミに尋ねる。
これまでの調査で、舞たちは“イレギュラー”が探している『深海棲艦の根源に迫るもの』は、太平洋側での深海棲艦の本拠地であるハワイ近海にあると睨んでいた。
ところが、舞の予想に反して、コマツグミの反応は何とも微妙なものだった。
「うーん、なんていうか。確かに、何も見つからなかったよ?でも、何もなかったわけじゃない」
「・・・え?」
「私が―――あなたたちも含めた私たちが探しているものは、間違いなくトラック諸島周辺海域に存在する」
舞は、我が耳を疑った。
話の続きは次回ということで
コマツグミ、そして舞の探しているものは、やがてトラックを巡る最後の戦いの、重大なキーポイントとなっていきます