コマツグミの語る、トラックの秘密とは・・・?
衝撃の事実を口にしたにもかかわらず、コマツグミはこれまたゆっくりと、心底美味しそうに紅茶を楽しんでいる。意図的に唇を湿らそうとした舞とは大違いだ。
席に着いている三人―――舞、雲仙、そしてコマツグミが、それぞれのカップを置いたところで、話は再開された。
「どういう意味?」
「と、いうと?」
―――調子狂うなあ。
内心で苦笑しながら、舞は質問をやり直す。
「トラック沖に、私たちの探しているものがある。そう思ったのは、どういうこと?」
「ああ、そういうこと」
人間の言葉って難しいねえ。そんなボヤキを滲ませて、コマツグミはしばし考え込んでいた。ゆっくりと、慎重に言葉を精査しているようだ。
「・・・はっきり言っちゃえば、上手く説明できないってところかな」
根拠が何もない、というわけではないらしい。ただその根拠というのが、上手く説明することができないというだけのことらしい。
「それでもいいよ。話してくれる?」
今必要なのは、断片でもいい、舞たちが迫ろうとしているものの情報だった。“イレギュラー”を産み、雲仙たちを産み、もしかしたら艦娘や深海棲艦を産んだかもしれない“何か”に繋がる、情報だ。
「・・・わかった。じゃあ、話すね」
コマツグミが語りだした。
「トラック沖で行動するようになってからね、何て言うかこう・・・テレパシーって言えばいいのかな。頭の中に、何か靄がかかるみたいに、言葉が聞こえてくるんだ。はっきりとした声じゃないし、意味なんてわからないけど。何かを呼びかけるみたいに、響いてる」
「今も?」
「かなり弱いけどね」
チラリと窺った雲仙は、首を横に振っている。彼女は、特に何も感じていないらしい。とするならば、深海棲艦に特有なものなのだろうか?
「言葉の強弱は、トラック環礁からの距離で変わってた。離れれば弱くなるし、近づけば強くなる。一度、環礁ギリギリまで行った時は、頭が割れるかってくらい強かった」
でもね。コマツグミは、機関を止めて彼女の艦に寄り添っている駆逐艦を見た。
「あの子たちには、何も聞こえないみたい」
深海棲艦だから聞こえた、そういうわけではないみたいだ。むしろどちらかと言えば、“イレギュラー”だから聞こえた、その可能性が高いだろうか。
「あの声は何なのかな、って考えた時に。思いつくことなんて一つでしょ。私は、“異端者”なんだから」
「そっか・・・。そうだよね」
「そうそう、そうだよ。私っていう“異端者”にしか聞こえないんだもん。私たちの探している“何か”じゃないかって考えるのが、自然でしょ」
確かに、自然だ。その通りだと、舞も思う。
「私が、私たちの探している“何か”がトラックにあるんじゃないかって思ったのは、そういう理由」
「一理、あるね」
雲仙も納得したように頷いた。
「それで、それを確認することはできたの?」
「いいや、全く。トラックを守ってる子たちは、融通が利かなくて。『命令されてるからダメだ』って、入れてくれなかったんだよねえ」
殊更残念そうに、コマツグミは溜め息を吐いた。それもそうだ。せっかく、探し求めていたものかもしれないものが、そこにあるというのに。確認することができないなんて。
「命令っていうのは、鬼姫―――“統制者”からの命令ってことでいいのかな」
「まあ、多分そうなるんだろうねえ。あの子たちがあそこまでに頑なになるような命令っていったら、それぐらいしか考えられないし。つまり“統制者”も、あそこに何かがあるのは知ってるんだろうね。ただ、それを見つけさせたくない理由があるんだと思う」
―――よっぽどのものがありそうね。
俄然、コマツグミの考えが現実味を帯びてきた。
さらに質問を重ねようと、舞が口を開きかけた。その時、三人が腰掛ける机に、慌てた様子で妖精が駆け寄ってきた。それに気づいた雲仙が、舞に少し待ってほしい旨を目で伝える。
妖精は、身振り手振りを交えて雲仙に何らかを伝えていた。雲仙の表情が、みるみる険しくなる。
―――何か、あったのかな?
舞は自然と意識を引き締めた。
「ありがとう。引き続き、警戒をよろしく」
雲仙の言葉に頷いて、妖精は再び慌ただしく戻っていった。
「何だって?」
顔を上げた雲仙に、舞は尋ねる。
「電探に機影。単機だって。多分、偵察機」
「っ!!」
背中に冷たいものが伝う感覚がした。
「方位は?」
「一七五。ほとんど真南」
「深海棲艦・・・じゃ、なさそうだね」
舞たちの南方に深海棲艦艦隊が存在しないことは確認済みだ。そんなところに位置取る意味もない。だとするならば・・・。
「アメリカ海軍、それともオーストラリア・・・?」
否、と。舞は後者の可能性を否定した。確かに、オーストラリアには海軍があるが、彼らにはBOBがいない。深海棲艦との積極的な戦闘を避けることを、彼らは決めていた。偵察機を放ってくる道理がない。必然的に、偵察機の送り主はアメリカ海軍ということになる。
「とにかく、急いで離脱しないと見つかるかも」
雲仙が言った。今一番避けるべきことは、『T・T独立艦隊』と“コマツグミ”が発見されることだ。
舞はコマツグミを見る。彼女は、先ほどまでと変わらない、どこか愛らしささえ感じる表情でこちらを窺っていた。
残念だ。もっと、話したいことがあった。彼女は違う。ただの“イレギュラー”ではない。
おそらくは、今最も、艦娘と深海棲艦の謎に近い存在だ。
「もう少し、ゆっくりできるとよかったんだけど」
コマツグミの方も、残念そうに呟いてカップに残っていた紅茶を飲み干した。それから、おもむろに立ち上がる。
「お互いに、まずは目の前の厄介ごとから逃げなくちゃいけないみたいだね」
「そう、みたいね」
舞も立ち上がる。手を差し出すと、コマツグミもまた自然な様子でその手を握り返してきた。
「色々話を聞かせてもらって、ありがとう」
「こっちこそ、美味しいお茶をありがとね」
しっかりと握られた手が、やがて離れる。コマツグミの笑みが益々大きくなった。
「貴女はこれからどうするつもりなのか、聞いてもいい?トラック沖に留まるつもりはないでしょう?」
「あー、うん。まあね」
コマツグミはしばらく考えた後、この海域を離れてハワイに行くと言った。
「ちょっと融通の利かない“統制者”に文句言ってくるよ」
そんな軽口を叩いて、悪戯っぽく笑った。
「ていうか、あなたたちは私を沈めないの?」
コマツグミは不思議そうに舞を見る。確かに、舞には彼女を沈める気はなかった。
「沈めないよ。確かに、Z海域外に貴女を放置することは危険だけど、今は沈めてる余裕はないしね。それに、私が探しているものに近づくためには、貴女の協力が必要だし」
それから、コマツグミと同じように、悪戯っぽい笑みを浮かべてみた。
「お互い、このままじゃ消化不良でしょ」
「あはは、それもそうだねえ」
最後には二人とも、無邪気に笑っていた。少し歪んだ再会を誓う笑顔。次に会う時はどちらかが死ぬ時かもしれないのに、二人の少女はこれ以上ないほど清々しい表情をしていた。
「次会った時には、ちゃんと決着を着けようか」
『敵偵察機接近。視認可能距離まで三十分』
雲仙が精神同調を終えるとともに、紀伊から緊迫した報告が入った。
「すぐにここを離脱するよ」
舞はすぐに主機の始動を指示する。各艦の艦尾付近がにわかに泡立ち始め、艦に前進する力を与えた。
最も排水量のある“紀伊”が、一番動きだすのに時間がかかる。彼女が動くのを確認して、舞たちは索敵機の探知範囲から逃れる方向へと舵を切った。
「“コマツグミ”も動きだしたよ」
雲仙が報せた。“紀伊”の五一サンチ砲弾をまともに喰らった第一砲塔は大きくひしゃげて黒煙を噴いているが、航行に支障はないようだ。さすがは“イレギュラー”といったところか。
―――また、会おうね。
次に会う時は、舞もまた、より多くのことを知っているはずだ。彼女と共に、今のこの世界に存在する謎を―――艦娘と深海棲艦という存在の意味を、探っていけることだろう。
二つの艦隊は、急速に離れていく。お互いの艦影が、水平線の向こうへ見えなくなるのに、さして時間はかからなかった。
◇
トラック沖の戦いから、一夜が明けた。舞たちは、ニューギニアの沖三百海里の位置を西へ、すなわちタウイタウイのある方向へと進んでいた。
トラック環礁をめぐる一連の戦闘は、すべて終結していた。トラック泊地を防衛していた艦隊と激闘を繰り広げた日本海軍の機動部隊は、トラック攻略の拠点になっているパラオへと帰投を始めたらしい。
結局、昨日現れた偵察機の正体も、目的もわからずじまいだった。電波の目を凝らして、その接近を見張っていたのに、偵察機が再び現れることはなかった。なぜあの時、偵察機が現れたのか、舞は計りかねていた。
「あれは、何だったのかな」
平和な色を湛える海を見つめて、舞はポツリと呟いた。オートナビゲーションへ切り替えている雲仙が、その横で彼女の呟きを聞いていた。
「コマツグミの通信を聞いて、偵察機を出してきた・・・ってわけじゃなさそうだよね」
「そうだね。トラック環礁の少し手前で反転したってことは、あそこが索敵範囲ギリギリだったはず。それだったら、コマツグミが共通バンドで通信を試みた時刻と偵察機の予想発艦時刻が合わないから」
偵察機の速度から見て、おそらく艦上機だ。あの海域の近くに、空母がいたことになる。
「そもそも、何であんな所にいたのかな?」
「対豪航路の護衛、ぐらいしか考えられないけど。あんな位置にいるとは思えないし、トラックの方まで偵察機を飛ばす必要もないはずなのに」
―――何だか、嫌な予感がする。
そう感じていた提督としての舞の直感は、間違いではなかった。
緊急事態を告げるブザーが、艦橋に鳴り響いた。二人はあらゆる思考を頭の隅に押しやり、身構える。艤装に駆け寄った雲仙が、すぐに精神同調に入った。
「っ!電探に感!機影位置を確認!」
「また偵察機!?」
間違いない。昨日と同じ空母の所属機だ。舞の背中を冷たいものが伝う。
「接触を回避する!艦隊、最大戦速、現海域を離脱して!」
「待って提督!」
舞の指示を、雲仙が遮った。
「新たな機影あり。一つ・・・いや、二つ!間隔狭い!」
―――そういうことか・・・!
舞は奥歯を噛みしめた。昨日とは違う。偵察機が、こんなに狭い感覚で飛ぶことなどない。どこかにいる空母は、間違いなく舞たちを捉えるために、偵察機を放ったのだ。
さながら、獲物を仕留めんとする潜水艦の如く。舞には電探に映る偵察機が、必殺の間合いで放たれた魚雷のように思えた。
「どう回避しても、見つかる・・・!」
雲仙も呻く。
―――どうしたらいい・・・?
舞は必死に頭を回転させる。何か、この状況を覆せるような手はないか。しかし、考えれば考えるほど、いい手は浮かんでこなかった。
「偵察機との接触まで三十分!」
『提督』
スピーカーから、声が聞こえた。トラック環礁の敵施設を完膚なきまでに叩いた、紅鶴だ。
『“紫電”改は、いつでも出せます』
―――偵察機の撃墜、か。
確かに、選択肢の一つだ。電探で早期に偵察機を発見できるなら、こちらが見つからないために偵察機を撃墜するのは、機動部隊戦で有効な手の一つと言える。
が、今回はそうはいかない。
“紫電”改には、日本海軍所属であることを示す日の丸が描かれている。これでは、撃墜した時にこちらの所属を知られ、外交問題に発展しかねない。
「・・・撃墜はしない」
『・・・わかりました』
紅鶴はすぐに引き下がった。
打てる手は何もなかった。否、打つならば昨日のうちに打つべきであった。今となっては、偵察機を回避する方法は何もない。
艦隊全体が重苦しい沈黙に包まれる。永遠とも思えた三十分。“雲仙”の見張り員が、薄い雲の合間に人工的な光を見つけた。
「偵察機見ゆ!」
覚悟を決めたような表情が、雲仙の顔に浮かんでいた。
『T・T独立艦隊』の上空に、野太い発動機の音が迫る。ペラが風を切る音が、静かな海面に反響していた。
舞は、現れた機体を双眼鏡で確認する。
太い機体。頑丈そうな翼。濃紺で塗られた機体には、はっきりと星のマークが描かれていた。
艦上爆撃機“ドーントレス”。米海軍の空母艦載機で間違いなかった。
舞たちを見つけたらしい機体は、しばらく上空を旋回していた。写真でも撮っていたのだろうか、やがて翼を翻すと、元来た方向へと帰っていった。
二つの勢力が、ついに接触を果たしました
舞たち、そして“ドーントレス”の送り主は、Z海域の謎、深海棲艦の正体に迫っていきます