T・T独立艦隊海戦譜   作:瑞穂国

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お久しぶりです

トラック沖での戦闘を終え、舞たちの物語りも第二部へ突入していきます

秘匿され続けてきた独立艦隊、その秘密が少しずつ明かされていく話になります(・・・多分)


深海の覇者

トラック沖の戦闘から帰還して、早くも一か月半が経過しようとしていた。その間のタウイタウイは、驚くほどに静かだった。

 

“雲仙”は、損傷を回復して、すでに出渠していた。艦隊はそれまで通りに、タウイタウイ周辺の警戒と、民間航路へ侵入を図る潜水艦の掃討を行っている。舞の前に積まれる書類も、いつも通りだ。文句を言いつつ、紀伊に励まされながら、今日の分は終わらせていた。

 

舞が書類を終えた頃合いで、タウイタウイに通信が入った。最大級の秘匿がされた回線の相手は、横須賀鎮守府の秘書艦、吹雪だ。艦体を失い、艦娘ではなくなった彼女だが、未だに横須賀―――ひいては、横須賀鎮守府提督長の秋山真好中将の右腕として、あらゆる雑務を担当している。

 

タウイタウイとの連絡は、基本的に吹雪か、イムヤが行っていた。

 

通信室に入った舞は、中で控えていた通信員を退室させ、秘書艦の紀伊だけを横に控えさせる。それからスピーカーをオンにして、回線を開いた。

 

「お待たせしました、磯崎特務大尉です」

 

『お久しぶりです、吹雪です』

 

感度のいい通信機が、朗らかで物腰の柔らかい、女性の声を拾う。

 

舞が吹雪と直接会ったのは、深海棲艦の襲撃によって遭難したところを“雲仙”に救助され、タウイタウイ泊地の提督に成り行きで就任した直後だった。“伊一六八”に乗って、吹雪はタウイタウイにやって来た。彼女の依頼で、舞は正式にタウイタウイの提督となったのだ。

 

艦娘でなかった三年の間分成長したという吹雪は、舞よりも二、三歳上の年齢に見える。明晰な頭脳を持つ、非常に優秀な秘書艦だが、時に屈託のない笑顔を見せる。殊に、秋山との思い出について話すときは、こちらが見惚れるほどの笑みを見せた。

 

その時と同じ、優しげな吹雪の声に、舞は若干の緊張感を持ちながら口を開いた。

 

「先日の『IF作戦』の不手際、すみませんでした」

 

『IF作戦』―――トラック環礁攻略戦に支援部隊として参加した舞たちは、その帰途で米艦載機からの接触を受けてしまった。あれは、完全に舞の油断だった。

 

『いえ、気にしないでください』

 

眉を八の字に下げているのがありありとわかる声の調子で、吹雪が言った。

 

『報告は読みました。その後の調べでは、米国の第七方面艦隊所属空母“エンタープライズ”の艦載機であったらしいことがわかっています』

 

それから、少しの間があった。

 

『実は・・・今回の作戦を立案したのは、私なんです』

 

「吹雪さんが?」

 

『はい。元々、発見されることも覚悟の上の作戦でした。黙っていて、ごめんなさい』

 

「それは・・・」

 

とっさに言葉が出てこなかった。

 

『T・T独立艦隊』は、“本来は存在しない”はずの軍艦で構成されている。深海棲艦とBOBの出現により、ギリギリのバランスにある現在の世界に、明らかに異質な『T・T独立艦隊』の存在を公表するのは危険なはずだ。それなのに吹雪は、発見されることも覚悟の上で、今回の作戦を立案したというのか。

 

『米海軍に発見されたのは意外でしたけど。まだ、想定の範囲内です』

 

吹雪の言う“想定”が一体なんのことなのか、舞には掴めなかった。

 

こほん。唖然とする舞の意識を戻そうとするかのように、吹雪は話題を切り替える咳払いをした。

 

『それで、ですね。今回通信した用件を、手短にお話しします』

 

それまで以上に改まった口調だった。自然に、舞も紀伊も背筋が伸びる。

 

『今回の接触を起点にして、これから多くの変化が、舞さんたちに起こると思います。どうか、そのことは覚悟していてください』

 

ゴクリ。額を伝う冷や汗を感じながら、舞は吹雪の言葉を聞いていた。

 

『いつでも、多くを知っているのは舞さんたちです。最も今の世界の真実に近いのは、舞さんたちです。情報を持っているのは舞さんたちです。そのことを忘れず、冷静に対処してください。何か困ったことがあったら、いつでも私や紀伊さんたちを頼ってください』

 

どうか、よろしくお願いします。吹雪の話は、そこで終わった。

 

 

吹雪の言った変化は、程なく訪れることとなった。

 

その日、舞たちはいつも通りの業務を行っていた。舞は山と積まれた書類と格闘を演じ、紀伊がそれを横で補佐する。“九頭龍”に率いられた対潜哨戒部隊が潜水艦狩りを行い、定期で入港する輸送船団に備えていた。

 

「・・・疲れたあ」

 

執務室で書類を片付けていた舞は、いっこうに減る気配のない紙の山に、うんざりと溜め息を吐いた。それもそのはず、タウイタウイにいる提督は舞だけであり、必然的にあらゆる書類は舞が捌かなければならない。紀伊が手伝ってくれるとはいえ、提督である舞にしか確認できないものもあり、特に輸送船の入港前後はゴキブリの如く書類が増殖して舞を苦しめるのである。誰かゴキジェット持ってきて。

 

「・・・書類はゴキブリじゃありませんよ?」

 

紀伊が半目で舞を見ている。心の声が駄々漏れだったらしい。

 

「そっちはどう?」

 

「あらかた終わりました。よかったら、もう少しお引き受けしますよ?」

 

「んー」

 

紀伊の申し出に、舞はチラリと書類の山を見る。いっこうに減る気配がないとはいえ、目測で三十分もすれば終わるだろうか。

 

「いいよ、これくらいは自分でやらなきゃ」

 

「そう、ですか?」

 

「うん。書類全部をやるのは無理でも、せめて私の分くらいは目を通しておきたいから」

 

紆余曲折を経たとはいえ、今は舞がタウイタウイの提督だ。皆を守り、導くのが、自らの責任だと思っている。紀伊たちが、舞にとっては唯一の家族のようなものだから。

 

「・・・わかりました。それでは、お茶を淹れてきますね」

 

「うん、よろしくー」

 

微笑んだ紀伊が、袴の裾を揺らして扉の方へ向かい始めた時。カッカッと誰かが走ってくる足音が迫り、扉が慌ただしくノックされた。突然のできごとに、舞も紀伊も瞬時に身構えた。

 

「どうぞ」

 

「失礼します!」

 

執務室に飛び込むようにして入ってきたのは、タウイタウイ泊地の通信室を預かる女性兵だ。よほど急いで来たのだろう、長めの前髪が、汗で額にへばり着いていた。息を切らせながら、彼女が報告する。

 

「三瀬から緊急信がありました。泊地に艦影が接近中。深海棲艦と思われるとのことです」

 

ガタッ

 

執務中に脱いでいた軍帽を鷲掴みにして、舞は立ち上がる。紀伊と顔を見合わせるだけで、作戦室に向かうことを伝えた。だが、そんな二人を押し留めるように、通信兵の報告が続く。

 

「その深海棲艦と思しき相手から、泊地宛てに電文が届きました」

 

「っ!?」

 

あまりの衝撃に、舞は言葉を失った。

 

舞たちの目的は、言ってしまえば深海棲艦と―――“イレギュラー”と接触することにある。だが、いままであちら側からアプローチしてきたことはなかった。“コマツグミ”の件にしても、最終的にはこちらから接触しに行ったのだ。

 

―――一体、どういうこと・・・?

 

ただ一つ、確かなことがあるとしたらそれは、これが吹雪の言っていた「変化」であるということだ。

 

「電文の内容は?」

 

「は、はい。『我、戦闘の意思なし。貴艦隊との会合を求める』。これを繰り返しています」

 

どうしますか。目線にその意味を込めて、紀伊が舞を見ていた。しばらく考えた舞は、右手に握っていた軍帽を被り、その位置を定める。

 

決心は着いた。

 

「泊地全体に、警戒態勢を厳に敷くように伝えて。清風と霜風には、輸送船団の入港を待つよう指示」

 

「・・・それでは」

 

確認するように呟いた紀伊に、舞はゆっくりと頷く。

 

「あちらの要求通り、会合を行おう。紀伊は、応接室の準備もお願い」

 

舞は全てを決めた。紀伊は了承の意を示して頷き、通信兵と共に執務室を後にする。

 

やがて、泊地全体に警戒警報が発令された。その放送を聞き届け、舞は埠頭へと向かう。そこにはおそらく、“彼女”が待っているはずだ。

 

「舞さん」

 

案の定、埠頭に辿り着いた舞を、呼ぶ声がした。白と紅の巫女服を揺らして、軽巡洋艦“三瀬”の艦橋横の見張り所から千尋が覗いていた。その表情は、不安げに眉尻を下げている。

 

「千尋!」

 

舞は千尋に向かって大きく手を振る。それに応えた千尋は、それからふわりと艦橋のへりを乗り越え、埠頭に降り立つ。まるで神に加護されているかのような、不思議な現象だ。

 

「入港を、許可されたのですか」

 

「うん。ここまで来たってことは、こっちを取って食べる気はないってことでしょ」

 

「それならば・・・大丈夫、ですよね」

 

「多分ねえ」

 

こればっかりは、確信を持って言うことはできない。けれども舞は、深海棲艦が騙し討ちなどという非合理的な手段を取るとは思えなかった。この泊地を直接攻撃するつもりなら、そんなことせずとも、真正面から挑んでくればいい。それだけの力は、Z海域の深海棲艦にあるはずだ。

 

「それで、千尋。お願いがあるんだけど」

 

「はい」

 

「今の位置で、『霊感』を使って艦型識別はできる?」

 

『霊感』。村雨千尋という少女だけが持つ、特別な力だ。原理などは全くもって不明だが、千尋によれば「あらゆる艦船や航空機に宿る魂の波動を読み取るもの」だそうで、この能力を利用して、タウイタウイに接近する艦船や航空機の警戒をしている。

 

この『霊感』には、二つの種類がある。広範囲索敵型と、高精度指向型だ。前者は全方位あらゆる方向において魂を観測するもので、早期警戒向き。後者は魂を観測できる範囲が狭くなる代わりに、精度が非常に高く、飛翔する砲弾まで捉えることができる。

 

高精度指向型なら、視認せずとも艦型を識別することが、千尋にはできた。

 

「可能です。すぐにやりますね」

 

そう答えた千尋が、胸の前で両手を合わせ、目を閉じて精神を集中する。風が吹いたわけでもないのに、千尋の髪や巫女服が浮かび上がる。十数秒の後、千尋は目を開いた。

 

「・・・“モビー・ディック”です」

 

そのコードネームで呼ばれる深海棲艦―――“イレギュラー”の艦型識別表のページが、舞の頭の中でめくられる。

 

「・・・まさか、自ら乗り込んでくるなんて」

 

コマツグミが「旗艦」と呼んでいた、Z海域の“イレギュラー”の中で最大の巨躯を誇る戦艦。その艦影が、水平線の向こうから迫った来る気配が、ピリピリと舞の皮膚を震わせていた。

 

 

艦艇データファイル11

 

“モビー・ディック”

 

全長・・・三二六メートル

 

全幅・・・四二メートル

 

排水量・・・一〇万一二〇〇トン(推定)

 

速力・・・二八ノット

 

五〇口径一八インチ三連装砲四基

 

三八口径五インチ連装両用砲十八基

 

四〇ミリ機銃多数

 

二〇ミリ機銃多数

 

“モビー・ディック”の名の通り、“イレギュラー”の中でも最大の巨躯を誇る。その艦体は白鯨を思わせる純白。艦体に大幅な余裕があるため、搭載する兵装も施された装甲も、他の艦とは比べ物にならない。この艦の撃破には、タウイタウイ最強の“紀伊”をもってしても、苦戦が予想される。操縦者であるミヤコワスレは、Z海域、深海棲艦と艦娘、そして“大いなる先駆者”へと続く謎の鍵を握っているらしいが、詳細は不明。




まさかの、第二部開始早々の急展開です

それと、トラック沖まではあまり出番の無かった千尋こと三瀬が、二部では重要な鍵になっていきます
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