あまりの大遅刻に言い訳のしようもない作者であります
しかも、あんまり話進まない・・・
リアルが忙しいこともあって、色々と不定期すぎる投稿になるかと思います
二隻の異形の軍艦が、タウイタウイ泊地に入港しようとしていた。
“モビー・ディック”の艦首で微速前進に伴って上がる波は小さく、まるでさざ波のようだ。だがその実、圧倒的な排水量を誇る艦体の周囲に生じる水流は強大で、下手に小型船が近づけば、飲み込まれてしまう可能性が高い。
スクリューにわずかな逆進をかけたのだろう。“モビー・ディック”が速力を緩め、やがて完全に停止する。その艦首から、巨大な錨が突き降ろされて、海面に飛沫を飛ばした。
“モビー・ディック”に付き従うようにして、もう一隻の深海棲艦も投錨する。“モビー・ディック”と比べると、象と犬ほどの大きさの差があるが、実際には一万トンクラスの巡洋艦だ。六基も搭載された三連装砲塔が印象的だった。
そんな二隻の様子を、舞と紀伊、そして千尋の三人は見つめていた。三人が三人とも、緊張の面持ちだ。それもそのはず、まさかこんな形で、“イレギュラー”側から接触があるとは思いもしなかった。
一体、彼女たちの目的は何なのだろうか。
二隻の“イレギュラー”から、ゆっくりと内火艇が降ろされた。舷側にかかるラッタルを人影が降りていき、内火艇に乗り移る。小さな艇の艇首が波を立て、こちらへと向かってきた。
それぞれの内火艇の艇首に、人影が見える。おそらくは“イレギュラー”を動かす少女たちだ。
一人―――“モビー・ディック”から降りてきた少女は、その艦体と同じく純白のドレスをまとっている。頭には、大きな花の髪飾りが添えられていた。
もう一人の少女もまた、白い服装だ。遠目には巫女服に見える。デザインは千尋のものに似ているだろうか。袴だけが深い青だった。
埠頭に近づき、内火艇は速度を落とした。二人の来客の動きを、舞も千尋も注視していた。
先に降りるのは、千尋似の少女だ。埠頭に降り立った彼女が、“モビー・ディック”の少女の手を取り、内火艇から降りるのを手伝う。
「いらっしゃいましたね」
いつの間にやら隣に立っていた紀伊が、堅さの見える声で言った。舞も頷くだけに留める。そうこうしているうちに、二人の少女が、舞たちの前に立った。
三人は直立不動の姿勢となり、深海からの使者に対して敬礼する。少女たちの方も、随分と堂に入ったお辞儀で、それに応えた。
「タウイタウイ泊地提督、磯崎舞特務大尉です」
代表して名乗った舞に、ドレスの少女が答える。その表情は、こちらが訝しむほどに穏やかで、柔らかい。
「お噂はかねがね。こうして直接お会いできたことを、光栄に思います。私の名前は、」
そこで彼女は、意味ありげに一息の間を取った。
「私に与えられた名は、ミヤコワスレ。約束の花です」
―――花言葉は、「また会える日を」。
彼女の髪に添えられている花である。微笑みを湛えて名乗ったミヤコワスレの真意を、舞は計りかねていた。
「急な訪問をお許しください。何分、予約というものがお互いに取れませんので」
応接室で向かい合う五人。紀伊が淹れた紅茶に一口を着け、ミヤコワスレはすぐに口を開いた。
「早急に、皆さんと直接、お話しする必要が生じましたので」
「それで、わざわざここまで?」
「ええ。普段は奥まったところに待機してばかりで、少々退屈でして。いい暇潰しにもなりました」
そう言って、ミヤコワスレは笑った。上品な、気品あふれる笑顔だ。
「さて、それでは早速本題に。お互いに、あまり時間に余裕がある身ではないでしょうから」
もう一口紅茶に口づけたミヤコワスレが、カップを置いた。隣に控える巫女姿の少女もそれに倣う。それまでの和やかな雰囲気から一転して、応接室に張り詰めた空気が満ちていく。
「“統制者”の計画に、狂いが生じました。計画遂行の最終段階で、貴女方に私たちの全容を教えるつもりでしたが、どうやらそれは叶いそうにありません」
「“統制者”、というと、人類側が鬼や姫と暫定呼称している、ハワイ沖の深海棲艦のことですか?彼女らが、貴女たちの遂行するべき計画を立案した、と?」
それではやはり、深海棲艦にとっての最重要拠点は、ハワイなのだろうか。
舞の問いかけに、ミヤコワスレはコテンと首を傾げる。やがて何かを納得したかのように、その表情をさらに和らげた。
「ああ、なるほど。そこから説明が必要ですね」
ミヤコワスレが指を二本立てる。
「ほとんどの“イレギュラー”が“統制者”と呼んでいる存在―――人類が鬼や姫と呼称している存在は、真に“統制者”とは言えません。いわば彼女らは、仮初の指揮官。本当の“統制者”が与えた命令を、忠実に“執行者”に伝えているだけ」
ミヤコワスレが立てた指、そのうちの中指が折られる。残ったのは人差し指の一本。
「本物の“統制者”のことを、私たちは“大いなる先駆者”と呼んでいるわ。その存在を知っているのは、私たちの中でもごく一部だけ。私とこのビオラぐらいですね」
隣に控えている巫女服の少女を、ミヤコワスレは紹介する。ビオラと呼ばれた少女は、軽く会釈をした。
「ああ、それと。最近はあの娘たちもか。確か・・・貴女たちは、“ロスト・シップ”と呼んでいたかしら?彼女たちは、“大いなる先駆者”が、自らの耳目として、最近産み出した娘たちよ」
「・・・では、貴女たちの計画も、その“大いなる先駆者”が?」
「ええ」
ミヤコワスレが首肯する。
「詳しい内容までは話せませんが、“大いなる先駆者”と私たちの計画は、貴女方『T・T独立艦隊』の目的とするところを邪魔するものではありません。今のところは」
強調された「今のところは」のセリフに、舞は眉をひそめる。言いたいことはわかる。彼女たちの計画に生じた狂い。それを正すために、必要とあらば舞たちの活動を妨害することもありうるということ。
―――それは、具体的にどうやって?
答えは一つしか思いつかなかった。
「“大いなる先駆者”の構想を全て理解しているとは、私たちも自信を持って言うことはできません。私たちが知っていることは、“大いなる先駆者”が貴女方に一つの“鍵”を与えたということ。一つの鍵は、ある時二つに分かれたこと。そして“大いなる先駆者”は、二つの鍵が再び一つになることを望んでいるということだけです」
舞たちに構うことなく語られるミヤコワスレの言葉は、まるで謎かけだ。“鍵”とは何のことなのか。なぜ二つに分かれたのか。
「その、“鍵”を一つに戻すことと、私たちの活動を妨害することとは、どんな繋がりがあるの?」
「さあ、どうでしょう?」
はぐらかすように、ミヤコワスレは悪戯っぽい笑みを浮かべていた。答えるつもりはないらしい。
「“大いなる先駆者”の計画に狂いが生じたのは、貴女方がトラック沖で取った行動によるものです」
「どういうこと?トラック沖での・・・コマツグミとの接触は、“大いなる先駆者”が望んだことでは?」
「正確には、私が望んだこと、ですね。私も知りたいのですよ、“大いなる先駆者”の正体を。ですから、貴女方の混乱に乗じて、彼女をトラック沖に向かわせました。“大いなる先駆者”も、それを黙認していてくれました」
そこに間を挟むようにした溜め息は、おそらくミヤコワスレが自分自身に向けて吐いたものだった。
「私にとって誤算だったのは、三つ。コマツグミが想像以上に好戦的な性格だったこと。貴女方の指揮系統回復が予想以上に早く、想定よりも早いタイミングで接触を図ってきたこと。貴女方が、第三者に見つかってしまったこと」
どうやらミヤコワスレは、半年よりもさらに長い間、コマツグミをトラック沖に留めるつもりだったらしい。おそらく彼女の性格では、耐えきれずに暴れ始めてしまうだろうと、舞は思った。
「貴女方がトラック攻略戦に加わったことで、トラック諸島をめぐる戦いの決着は、私たちの予想よりも早いものとなるでしょう。現状では、その戦いに“大いなる先駆者”の覚醒が間に合うことはない。ですから私たちは早めるのです、計画を、“鍵”を一つにすることを」
「・・・“鍵”の向こうに、“大いなる先駆者”がいるから?」
「いいえ、少し違います。“鍵”が繋ぐのは、“大いなる先駆者”ではありません。それと対になるもの、とでもいいましょうか。こちらには、私も直接お会いしたことはありません」
益々、彼女の意図はわからなくなった。計画の全容も、彼女たちがここを訪れた目的も。
そこまで考えて、舞は気づく。
「話を戻しましょう」
舞の視線にわずかに頬を吊り上げ、ミヤコワスレは軌道修正を図った。この話題について、これ以上話すことはないということだろうか。
「私の目的は、貴女方への報告でした」
―――やはり。
情報交換でも、腹の探り合いでもない。彼女はただ、報告に来ただけ。
ならば舞に求めるのも、同じものであろうか。
「私たちは、与えるべきものを与えました。私たちの意志を示しました」
その真っ直ぐな瞳が、舞を見つめた。深い蒼を湛えるその奥を、舞もまたジッと捉える。
「貴女方の意志をお尋ねしたいのです。もう、ただの秘匿艦隊ではないでしょう?私たちとの接触という、不安定極まりない目的だけではないでしょう?」
挑戦的な言葉。それなのに、声音も、表情も、穏やかなままだった。
舞は言葉を選ぶ。
「・・・ここに留まり続けることは、もう諦めてる」
紀伊と三瀬が、息を飲むのがわかった。当然だ。まだ誰にも話していない、舞だけが心の中で考えていたことだから。
大切な“家族”を守るために、その可能性を、慎重に探していることだから。
「時期も何も決めてないけど。私たちは、いつかここを出るよ。“貴女たちを追って”」
舞の最後の言葉にも、ミヤコワスレは何か言うわけでもなく、ただ満足げに、二、三度頷いた。
「及第点、といったところでしょうか。貴女方の意志は、私が満足し得るものです」
そう言って笑った後、ミヤコワスレは思わせぶりに人差し指を唇に当て、右目を瞑った。
「ここまで話すつもりはありませんでしたが、おまけに。貴女方がここを出ていく口実になるかもしれませんよ」
手招きをするミヤコワスレに、舞は前傾姿勢となった。その耳元に、ミヤコワスレは聞き取れるギリギリの、かすれるような声で囁いた。
舞は大きく目を見開く。離れていくミヤコワスレの顔を、マジマジと見つめる。しかし、彼女の変わらない微笑みから、何かを読み取ることはできなかった。
とんでもない爆弾を、自らが手にしたことだけを、舞は悟らざるを得なかった。
◇
艦艇データファイル12
“ジョーズ”
全長・・・一九〇・〇メートル
全幅・・・二〇・三メートル
排水量・・・一万五〇〇トン
速力・・・三二ノット
四七口径六インチ三連装砲六基
三八口径五インチ連装両用砲四基
四〇ミリ連装機銃四基
“モビー・ディック”に付き従う軽巡洋艦。操縦者はビオラ。砲撃能力を極端に重要視した軽巡洋艦であり、ヘ級flagshipの上位互換と言える。六秒に一発という驚異の斉射能力を持つ主砲は、その圧倒的速射能力を生かして戦艦すら撃破可能と言われており、特に水雷戦隊にとって非常に大きな脅威となり得る。
というわけで、二人のキーウーマンとの出会いでした
ミヤコワスレが舞に囁いた内容については、後々明らかになるかと
作者の別作を読んでいただいている方には、ある程度想像がつくかもしれませんね