そろそろ、こちらも動きだしましょうか
どうぞ、よろしくお願いします
『霊感』を研ぎ澄まして、村雨千尋はその艦を探していた。彼女だけが持つ不思議な力は、魂の発する波動を敏感に感じ取り、その居場所を突き止めようとする。例えどんなステルス機であろうと、潜水艦であろうと、彼女の『霊感』から逃れることはできなかった。
幸いにして、深海棲艦は、ステルス性能を持った機体も艦船も保有していない。潜水艦の騒音レベルも、現代最新鋭潜水艦から比べれば、お粗末なものだ。そういった意味で、所詮は第二次大戦級の兵器であった。
「・・・見つけた」
『霊感』が、探し物―――タウイタウイからほど近い、民間船航路に侵入しようとする敵潜水艦を見つけ出した。
「対潜戦闘!」
千尋が叫ぶと、にわかに艦後部が慌ただしくなった。そこにまとめられた対潜戦闘用の爆雷と投射機に妖精たちが取り付き、千尋の指示に合わせて調定深度を設定するのだ。
―――まだ、いるかもしれない。
すぐ近くの敵潜水艦を捕捉して離さないようにしながら、千尋は少し、『霊感』の探査範囲を広めてみた。深海棲艦の潜水艦が、単艦で民間船航路に近づくとは思えない。『ウルフパック』―――『群狼戦術』を多用する潜水艦を押さえるには、多数の対潜艦艇を用いた作戦が必要だ。
『千尋、こっちも捉えたよ!』
その声は、探査範囲を広げた瞬間に通信機から聞こえてきた。千尋とは別の対潜部隊を率いる軽巡洋艦―――“九頭龍”だ。
「了解です。そちらはお任せしますね」
『はいよっ』
九頭龍が答えた。
“九頭龍”は、“三瀬”や“奥入瀬”とは一線を画する軽巡洋艦だ。対艦戦闘ではなく、艦体防衛に主眼を置いた彼女は、山ほどの対空砲と、潜水艦に備えた優秀な対潜装備を持っている。単純な対潜能力で言えば、“三瀬”よりも上だ。
タウイタウイの主力駆逐艦である島風型の対潜装備は十分とは言えないが、対潜戦闘に長けた二隻の軽巡洋艦による先導があれば、少ない爆雷を効果的に使用できる。
「清風、綾風、この潜水艦は私が仕留めます。二人は周辺の警戒を」
『承りましたわ』
『了解です』
“三瀬”と組んでいる二隻の駆逐艦の艦娘から返事があった。それを確認して、千尋は敵潜水艦の直上へと近づいていく。
前方投射兵器―――いわゆるヘッジホッグがないことが悔やまれる。“三瀬”が敵潜水艦に効果的な攻撃を加えるには、その頭を押さえるしかない。
ともあれ、あちらの位置はばっちり捉えているのだ。まずは確実に、この潜水艦を屠らなくては。
「爆雷調定深度二〇(二十メートル)」
『霊感』からもたらされた敵潜の深度を読み上げる。艦尾の妖精たちがちょこちょこと動き、爆雷の深度を設定した。
―――後、〇二。
敵潜は、海面下で息を潜めている。潜水艦を着け狙う水上艦艇に対して、奴らが唯一取れる回避方法だ。機関出力が低く、水中では一〇ノットも出せない潜水艦は、探信中でも一五ノットを発揮可能な水上艦艇から逃れる術など存在しなかった。
「爆雷投射、及び投下用意」
三式投射機―――K砲と呼ばれる爆雷投射機と、ロックの掛けられた爆雷投下軌条では、担当の妖精が固唾を呑んで指示を待っているはずだ。
―――〇一。
もう間もなく、敵潜の真上を通過する。千尋はその時を、ゆっくりと待っていた。「投射始め」のタイミングを、呼吸をゆっくりにして計る。
―――今!
敵潜の、直上だ。
「投射始め!」
千尋の指示から一拍、艦尾方向からポップコーンが弾けるような音が連続して届き、投射された爆雷が着水の飛沫を上げる。それに続いて、軌条から爆雷が投下された。
後は、爆雷が調定深度に達するのを待つばかりだ。
「取舵」
爆雷を投下した“三瀬”は左に艦首を振り、第二撃に備える。
次の瞬間、真下から突き上げるような衝撃と振動が、“三瀬”の艦橋を震わせた。白濁の水塊が海面から盛り上がり、戦艦の砲撃にも引けを取らない水飛沫を振りまく。それが連続して、海域を白く泡立たせた。
『霊感』から、敵潜の反応が消失した。
撃沈確実だ。
爆雷による轟音と気泡の群れは、使用直後の一定時間、ソナーの効果を無効にする。だから、通常は敵潜の撃沈を、海面の浮遊物や、爆音が収まった後の艦体圧壊音で判断するしかない。その点、どんな状況でも敵潜を捉えられる『霊感』は、非常に有用だった。
「撃沈確実一。九頭龍さん、そちらはどうですか?」
再び、『霊感』で周囲の反応を探りながら、千尋はもう一つのキラーチームに呼びかける。
『ちょっと待って・・・よし、浮遊物確認。撃沈確実一!』
―――これで、二隻仕留めた。
二隻から放たれる魚雷は、一斉射で十二本。それだけ、輸送船団への脅威が減ったことになる。ただし、どれだけの敵潜が民間船航路への侵入を図ろうとしていたのかは、定かではない。
―――こんな時、対潜用の軽空母がいれば・・・!
タウイタウイに存在しない艦種を思い浮かべても、詮無きことだ。こればかりは、私たちが頑張ってカバーするしかない。
Z海域からの潜水艦の侵入は、何としても防がなければ。
『千尋、なんか新しい反応はあった?』
急かすような声が“九頭龍”から聞こえてきた。千尋は苦笑して、さらに『霊感』の探知範囲を広げた。精密測敵はできないが、隠れている敵潜を発見するには十分だ。
反応があった。
「反応、一」
『やっぱりいた』
「私の近くです。こちらで叩きます」
『了解。周辺警戒はこっちで引き受けるよ』
「お願いします」
短いやり取りがあった。
反応は“三瀬”の右舷後方、レイヤーデプスの下で息を潜めている。こちらが敵潜を狩っている様子を観察していたのだろうか。三隻目の敵潜の不運は、観察対象であるキラーチームを率いていたのがただの軽巡ではなく、『霊感』による探知が可能な“三瀬”だったことだ。
―――あの深度なら、魚雷による反撃はない。
千尋はそう判断していた。
“清風”と“綾風”を従えた“三瀬”は、一〇ノットの速力で、三隻目の目標に近づいていく。反撃の可能性は低いとはいえ、その歩みは非常に慎重だ。それにもしかしたら、『霊感』で捉えることのできない、“ミス・シップ”がいるかもしれない。
―――一〇。
距離は後一千。“三瀬”以下三隻のハンターたちは、潜水艦を仕留めるためのビックリ玉を、艦尾で準備している。水中爆発の特性を活かした爆薬入りドラム缶は、その衝撃波で敵潜を包み込み、紙ほどもない隔壁を押し潰すのだ。
ちなみに、この衝撃波を応用して魚を気絶させる漁があるが、環境にあまりよろしくないので、よい子は真似してはいけない。
それは置いておいて。
異変が起きたのは、彼我の距離が九百に縮んだ時だった。
「・・・!?」
敵潜の動きを監視していた千尋は、突然の出来事に目を見開いた。
レイヤーデプスの下にいた敵潜が、にわかに動きだしたのだ。タンクから排水し、ゆっくりと浮上している。
―――どういうこと・・・?
千尋からすれば、信じられない思いだ。今しがた沈めようとした敵潜水艦が、ゆっくりと浮上を試みているなど、どこの馬鹿が信じるだろうか。
『千尋さん、どうしますか?』
“三瀬”の左後方に着ける綾風が、確認を求めてきた。千尋はしばし黙考する。その間に、距離は六百まで縮まっていた。
さらなる動きがあった。潜水艦から、音が聞こえてきたのだ。規則的なそれがモールスだと気づくのにそれほど時間はかからず、耳を澄まして短符と長符を聞き取る。文章の内容は、長くなかった。
―――・・・ワ・・・レ・・・イ・・・ゴ・・・ウ。
ワレイゴウ。
我、伊号。
伊号潜。潜水艦は、自らを伊号潜水艦―――日本海軍の潜水艦と名乗った。
思い当たる節はあった。千尋は瞬間的に考え、聴音手にピンガーでモールスを打つように指示する。内容は、
「我、“稲妻アサヒ”」
同じように短いものだった。
浮上を続ける伊号潜の、予想浮上位置を中心にして、三隻のBOBが円運動をする。白い航跡が真円を描き、次第に内部の海面が凪いでいく。これは、水上機の回収時にする、海面の波を抑える方法だ。
しばらくすると、海面が大きく盛り上がった。先の爆雷炸裂時とは明らかに異なる。大きな物体がその内にあることがありありとわかる海水の塊がパックリと割れると、その中から水飛沫を迸らせて、鋭い日本刀のような艦首が現れた。飛び上がるようにして海面から突き出た伊号潜は、やがて重力に引かれて凪いだ海面に着水する。一層大きな飛沫が上がり、押し退けられた海水が波となって“三瀬”に届いた。
「イムヤちゃん・・・」
浮上した伊号潜―――横須賀鎮守府所属の“伊号一六八潜”の艦娘のあだ名を呟き、千尋は苦笑いをする。相変わらず、趣味が悪い。
伊号潜の小さな艦橋に、人の姿が現れた。太陽に輝くような深紅の髪。上半身はオーソドックスなセーラー服だが、その下にはスクール水着を着ている。大きく伸びをした彼女は、“三瀬”を見つけて大きく手を振った。
イムヤは、小さな探照灯に取り付き、発行信号を送ってきた。
『タウイタウイ泊地まで誘導されたし』
―――無茶言うなあ。
内心の苦笑をさらに大きくする。が、特に問題はない。周辺の敵潜水艦は、取り敢えず一掃した。
「九頭龍、引き揚げましょうか」
『ん、そーだね』
九頭龍も快諾した。
六隻の対潜部隊が集まる。彼女たちは、突然の来訪者に微妙に戸惑いながらも、巡航潜水艦の周囲を囲んで、その水上速力に合わせながらタウイタウイへの帰途に就いた。
露天艦橋で風に身を任せている潜水艦娘が、一番気楽そうだった。
「いやー、後少しで沈められるかと思ったわ」
埠頭に上がるや否や、こともなげにそう言ったイムヤに、六人のキラーハンターは苦笑を浮かべるしかなかった。
実際、結構シャレになっていない。
「もう。黙って観戦なんて、悪趣味ですよ」
千尋の忠告にも、テヘッと舌を出しておどけてみせるだけであった。言うだけ無駄なのは、千尋もよく承知している。大胆且つ慎重にが、潜水艦のモットーだ。
まあ、こちらの胃に悪いことは控えてもらいたいものだが。
「あ、そうだイムヤさん。お土産はあるの?」
思い出したように尋ねたのは、龍風だ。こうして、お忍びでタウイタウイを訪れるイムヤは、よく日本からお土産を持ってきた。
「もちろん。後で持ってくるから、楽しみにしててよね」
そう言ってイムヤは、ウインクをきめた。
「それで、イムヤちゃん」
沸き立った駆逐艦娘に変わり、千尋は少し、声の調子をシリアスにする。
「今回はどういった用件で?」
「うん、ちょっと」
そう言って彼女は、右手に提げていた防水バックを掲げた。
「命令って言うか・・・依頼?」
◇
艦艇データファイル04
“九頭龍”型防空巡洋艦
全長・・・一八五・二メートル
全幅・・・一五・八メートル
排水量・・・八六〇〇トン
速力・・・三三・四ノット
六五口径一〇サンチ連装高角砲六基
六〇口径七・六サンチ連装高角砲二期
二〇ミリ四連装機銃十基
二〇ミリ単装機銃二十基
本級は、増大する航空機の脅威に対して、艦隊防空の要となるべく、秋月型駆逐艦と共に計画された。基本的には、秋月型をそのまま巡洋艦にしたような艦だが、あちらが駆逐艦としては最大なのに対し、こちらは巡洋艦としてさほど大きな艦ではない。これは、工期短縮や整備性を考慮して、艦体を青葉型と共通にしたためである。また、日本の巡洋艦としては珍しく、航空兵装と雷装を全廃しており、正に艦体のありとあらゆるところが、艦隊を守る兵器で埋め尽くされている。
九頭龍
九頭龍型一番艦。深い緑の長髪を二つに結び、青葉型と同じ制服を着た少女。防空巡洋艦であるが、なぜか夜戦が好きという変わり者。面倒見はいいのだが、奥入瀬とは違い、駆逐艦を積極的に焚き付ける。そのため、時に紀伊や栗駒にこってり絞られることも。
え?アトランタ級?
あいつは・・・米艦隊編に出てもらおうかと・・・
作者としては、依頼よりもお土産が気になります