普段より早いタイミングでの投稿となりました
だって、『IF作戦』の参加を考えると、今のままだと間に合わなくなりそうなので・・・
できるだけ、時系列を合わせて投稿していきたく思います
煤で黒くなった甲板。広大な甲板の上では、まだ所々で炎が燻っている。大量の海水を飲み込んだのだろう、乾舷も随分と低くなっていた。
ラッタルを前甲板へと上りきった舞と紀伊は、“アマギゴエ”の艦上を見渡して、目的の“彼女”を探していた。
浸水具合から見て、沈む可能性も否定できない。話をするならば、早い方がよかった。
「そんなに慌てるな。しばらくは沈まない」
低い音程、まるで作り物のような声は、辛うじて女性とわかる。声のした方を、舞と紀伊は見上げた。擱座して旋回不能となった第二砲塔、その天蓋の上に、まるで闇夜をそのまま衣服に仕立て上げたような、漆黒のロングドレスをはためかせる女性が立っていた。
肌は向こうが透けて見えるのではと見紛うばかりの白。爛々と輝く深紅の瞳は、不吉の象徴とされる赤い月を思わせる。銀髪とも白髪ともつかない長い髪に、黒いリボンがたなびいていた。
彼女は天蓋から飛び降りる。思わず息を呑むが、彼女の体はまるで重力に逆らうかのように、フワリと甲板に降り立った。丁度、千尋のような挙動だ。
「日本海軍タウイタウイ泊地所属、『T・T独立艦隊』提督の磯崎舞です。乗艦許可、ありがとうございます」
「同じく、紀伊です」
甲板をこちらへ歩く彼女に向けて、二人が自己紹介をする。ピタリと足を止め、こちらを値踏みするように目を細めた後、彼女は口を開いた。
「それは、いわゆる自己紹介というものか?ならば私も、何か自らを定める呼称を、お前たちに教えるべきだな」
流暢な日本語を、彼女はしゃべる。これは、今までの“イレギュラー”との接触でわかっていたことだ。
理由はわからない。いくらか推測はできるが、残念ながらそれを追求する時間が、過去の接触ではなかった。
―――その辺りも、今回触れられるといいんだけど。
それは、あくまで彼女次第だ。
しばらく考えるようにした後、彼女は自らをこう名乗った。
「アスチルベ」
―――花言葉は、自由。
日本の花言葉に変換すればそうなる。五月十二日の誕生花だ。
「人類の暦で、その花が誕生花の日。私の意識は目覚めた」
ついて来い、そう言うように目線で示して、彼女―――アスチルベは身を翻す。舞と紀伊も、それに従った。
「花言葉、『自由』と言ったか。何ものにも縛られず、己を持って生きていくこと。その言葉が何となく頭に残っていた」
彼女が招いた先は、まるでそこだけが何事もなかったかのように小綺麗な、円形の机だった。机の上には、ご丁寧にも紅茶の準備がされている。
「人類は、客人が来た時に茶を出すのだろう?貰いものだが、品質は保証する」
誰から貰ったのか。今そこに踏み込むことは、許されていない。
アスチルベに勧められるまま、二人は席に着く。非常に手馴れた仕種で、アスチルベは紅茶を淹れ始めた。
「随分慣れているのね。よく飲んでたの?」
舞の質問に、アスチルベの頬がわずかに緩んだ気がした。
「ああ。海の上は静かだが、何かと暇でな。紅茶はいい思索の友だ」
もっとも。アスチルベはそう言って、側に置いてあった茶葉入れを取り上げた。様子からして、中身はまだまだ入っている。
「折角新しいものを調達したが、無駄になってしまったな。もう飲むこともあるまい」
一切の感慨を感じさせない口調だった。自らが滅びゆくことを受け入れているかのような、美しくも危ない喋り方。舞の本能が、それを敏感に感じ取っていた。
「例え艦体を失っても、貴女は生きられるはず。私たちと一緒に来る気はない?」
アスチルベの双眸が、わかりやすく見開かれた。それから一際大きな声を上げて笑う。
「あっはは。なるほど、そういう考え方をするのか」
ひとしきり笑ったアスチルベは、それでも何ら表情を変えずに、きっぱりと言い放つ。
「だが、論外だ。人類にとっては、艦など単なる道具だろうが、我々にとっては第二の自分だ。所詮、私は魂に過ぎない。艦体あってこその私だ」
アスチルベはゆっくりと、二人分の紅茶を差し出す。
「どうぞ。上手く淹れられた」
柔らかな湯気が立ち上る。ティーカップも、質素で奥ゆかしい。香りにふさわしい気品があった。
舞と紀伊が口付ける。それを満足そうに見つめていたアスチルベは、自らもカップを傾け、琥珀色の液体を楽しんでいた。
カタリ。三人がカップを下ろす音が重なり、時折風の吹き抜ける艦上に響く。脱いだ帽子が飛ばされないように、舞は手で押さえた。
「一つ確認したい」
先にアスチルベが口を開いた。
「対話が目的なら、なぜ最初からそうしなかった?この艦隊を攻撃した意味はなんだ」
感情は読み取れない。事実を淡々と述べ、疑問の確認を求めているだけ。それ以外の余計なものは、微塵も含まれていなかった。
微笑を湛えて、舞が答える。
「最初から対話を呼び掛けたら、貴女は応じた?」
アスチルベが口角を吊り上げた。
「答えは否、だな」
「それに、他の深海棲艦がいては、対話の障害になるので」
「撃沈した、と?」
「気に障ったのなら、謝罪します」
舞の申し出に、アスチルベは笑って首を横に振る。
「その必要はない。余計なことを訊いたな」
「本題に入りましょう」
紀伊が口を開く。
「私たちは、艦娘と深海棲艦、その存在の根源を探しています」
「なるほど。興味深い」
「現在、艦娘同士、そして艦娘と人間の間では、話ができます。ですがこと深海棲艦については、その情報を得ることは困難でした。そんな時、私たちは貴女たちを見つけました」
アスチルベは納得したように頷いた。
「艦娘と似たような存在を持つ、我々“異端者”―――お前たちが“イレギュラー”と呼んでいる、人類と対話が可能かもしれない深海棲艦」
「やはり、深海棲艦なんですね。貴女がたは」
再び紅茶に口を付けながら、アスチルベは舞に答えた。
「深海棲艦にも、色々いる。人類を封じ込めようとする“執行者”、それを指揮する“統制者”、そして我々“異端者”。個性とやらは、艦娘たちほど強くはないが、な」
だが、なぜだ。カップを置いたアスチルベが、二人の方へと体を傾けてきた。
「なぜ、我々を選んだ?人類全体ではないにしろ、少なくともお前たち『T・T独立艦隊』は、深海棲艦全体が艦娘と似たような存在を持っていることを知っているだろう?確かに、駆逐艦級なんかは、人類とは似ても似つかないし、実際こうした話を面と向かってできるかは怪しい。だが、戦艦級や“統制者”は、明らかに人型だ。私も実際に話したことはないが、接触はできるだろう?」
逆に問いかけたアスチルベに、舞も体を乗り出して答える。今この時だけは、彼女が弱冠十六歳の少女だなどと、誰も思わないであろう。
「貴女たちが、“深海棲艦という存在を探求しているから”、です」
端正なアスチルベの眉が、わずかにピクついた。
「私たちにとって、貴女たちをこの海域から出すことは危険すぎます。ですからタウイタウイには泊地が置かれ、常時貴女たちをZ海域から出さないようにしています。ですが今まで、貴女たちは積極的にこの海域から出ようとすることはなかった」
冷酷なまでのアスチルベの視線。それを真っ向から受ける舞の視線。少し温くなった紅茶の上で、二つの視線がぶつかり合う。
「何があるんですか?この海域に」
「いや、何もなかった」
かぶりを振ったアスチルベに、舞の猛攻は止まらない。
「それなのに貴女たちは、ほとんどがこの海域に留まり続けた。それは、私たちと接触するためではないですか?」
少女と深海棲艦。二つの視線が絡み合い、火花を散らす。紀伊もその様子を静かに見つめていた。
しばらくの沈黙。やがてアスチルベが、重々しくその口を開き始めた。
「深海棲艦の存在。それを探求するために生まれたのが、我々“異端者”だ」
アスチルベは語る。
本来深海棲艦は、対となる青い海の戦艦、その操縦者たる艦娘ほど、自覚というものを持ち合わせていない。しかし人類との戦い、そしてその後の艦娘との戦いにおいて、自らが戦う意義に疑問を呈するモノが、特に“統制者”を中心として現れ始めた。
なぜ戦うのか。その答えを求め、通常の深海棲艦よりも高い“自己”を持ったモノたち―――“異端者”が生まれた。
「存在の探求は、始祖を辿ること。我々“異端者”が真っ先に目をつけたのが、お前たちが『Z海域』と呼ぶ、この海域だ。我々は、この海域に、深海棲艦の起源に通じるものがあると考えた。だから特に、厳重に封鎖した」
だが、何も見つからなかった。アスチルベは嘆息とも取れる溜息を吐いた。
「深海棲艦の起源に繋がるようなものは、何も見つからなかった」
「代わりに、私たちと出会った」
紀伊の言葉に、アスチルベはコクリと頷いた。
「驚いたが、同時に納得もした。本来、我々“異端者”というモノは、深海棲艦の中には存在しなかった。いわば異物だ。均衡した世界の片側に、我々は現れてしまった。だから、お前たちが産まれた。世界の均衡を保つために」
深海棲艦の存在を探求する者たち。“異端者”、そして『T・T独立艦隊』―――“本来存在しない”はずのBOBたち。二つの異物が、艦娘と深海棲艦の戦いに、深く食い込み、根差している。
「これまでにわかったことは二つ。少なくともこの世界は、我々とお前たち、二つの異物を許容しているということ。つまりは、自らの存在の探求を、否定はしていないということだ」
そして、もう一つ。
「深海棲艦と青い海の戦艦は、元は同じ―――非常に近い存在だったということだ」
西に傾きだした太陽の下、荒々しいまでの巨艦が、今まさに波間に没しようとしていた。堅牢な“イレギュラー”―――“アマギゴエ”とはいえ、被弾による浸水には耐えられず、ついにその限界を迎えたのだ。
なぜ、深海棲艦はブルーアイアンの強制活性化ができないのか。それはよくわかっていない。精神同調の差異がもたらすものなのか、あるいはブルーアイアンの扱いの違いなのか。残念ながら、艦娘と深海棲艦を比べる術はなかった。理論的には可能でも、実際問題として、ほぼ完全な状態での、両者の比較などできるはずがなかった。
奴らは、敵なのだから。
だが、アスチルベはこう言っていた。
―――「我々には、自己という観念が薄い。ゆえに艦体とのシンクロは単調的で平坦だ。自己が持つ意思に相当する、起伏がないからな」
意思、感情。それらが精神同調の強弱に起伏をもたらすことは、人類も知っている。艦娘が持つ、自己、個性。それらが孕む感情の起伏が、ブルーアイアンの強制活性化という禁じ手を可能にしているのではないか。
“アマギゴエ”の右舷に、巨大な水柱が出現した。“紀伊”と行動を共にしていた“島風”型の二隻が、介錯のために放った酸素魚雷だった。自沈ではなく、あくまで敵の手によって沈められることを選んだ。アスチルベの、艦としての矜持が、そうさせたのだろうか。
急速に傾く“アマギゴエ”の艦上に、こちらを見つめて立っているアスチルベの姿が見えた。流れる風に、黒いスカートが揺れている。陽光を浴びて輝く髪が、神々しいまでの美しさを漂わせていた。
「・・・アスチルベ、沈みます」
紀伊がぽつりと報告する。舞は手に持った紅茶の茶葉入れを握りしめた。
―――「我々が出会った記念だ。最後に、実に楽しい時間を過ごさせてもらった」
アスチルベには、人間のそれと変わりない、清々しいまでの笑顔が浮かんでいた。
“アマギゴエ”が沈んでいく。その艦影と共に、アスチルベの姿もまた、たゆたう海へと消えていった。
横から差す光の中で、舞と紀伊は、消えゆく彼女に敬礼を送った。
◇
艦艇データファイル09
“アマギゴエ”
全長・・・二五二・三メートル
全幅・・・三二・三メートル
排水量・・・四万二〇〇〇トン(推定)
速力・・・三〇ノット
四五口径一六インチ連装砲五基
五〇口径六インチ単装砲八基
四〇口径五インチ連装高角砲六基
二五ミリ機銃多数
Z海域北東部で確認される“イレギュラー”であり、八八艦隊計画における天城型巡洋戦艦に酷似している。もっとも、防御面や射撃照準装置は大幅に強化がなされているらしく、操縦者たるアスチルベの技量も相まって、主砲の最大射程付近でも最小限の弾着修正で命中弾を得ることができる。
これで、何とか間に合う・・・かも?
他作品を読まなくとも、この話だけで完結できるような書き方を目指していきます
ていうか、なんかいきなりシリアスっぽい雰囲気に・・・