未知なる天を往く者   作:h995

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2019.1.13 修正


第二十一話 親善大使争奪戦 ― 決着 ―

Prologue

 

 ……VIP席にて。

 

「成る程のぅ。一誠を中心としてあのオーフィスを退けるだけの事はあるわい。こうして改めて見てみると、一誠を筆頭に悪魔勢力の次世代は中々に豊作じゃな。儂にはバルドルやヴィーザルがいるとはいえ、少々羨ましいのぅ」

 

「こちらの方はセタンタがクー・フーリンの領域に近付きつつある事から、若手の最有望株として期待していたんだがな。全くの偶然で出会ったという二代目(セカンド)に取られてしまったわ。まぁそれについては良かろう。結果として、セタンタを通じて二代目と強き縁を結ぶ事ができたのだからな」

 

「むむっ。こうなってくると、こちらも誰か差し出すなり出向させるなりせんといかんのぅ。そうせんと、その内に一誠が作り出す時流から取り残されてしまいそうじゃ。……それならいっその事、一誠と殆ど年の変わらんロスヴァイセを一誠独自の魔法理論を学ぶ為の留学生として駒王学園に送り込むのもありかのぅ」

 

「オ、オーディン様! 一体何をお考えなんですか!」

 

「いやいや、一誠の魔法や魔術の腕前を考えるとそうそう悪い話でもないぞい。それにの、一誠の他にも一誠が自ら自分以上と認めた妹がおるし、何より一誠達をあれ程の領域にまで育て上げたロシウという稀代の傑物までおる。あ奴については柵が何もなかったら魔法部門の最高顧問として儂自ら勧誘しておるところじゃよ。これ程までに人材に恵まれた環境なんぞ、世界中を探してもそう多くはないと思うがの?」

 

「そ、それは確かにそうですけど……」

 

「そもそもじゃ。お前自身、口ではそう言っておっても腹の内は違うのじゃろう?」

 

「……オーディン様!」

 

「若い娘をからかうのはその辺にしておけ、オーディンよ。さて、このままソーナ・シトリーが二代目の転送を阻止してしまえば、後は残っている戦力の差で大勢が決してしまいそうだが……」

 

「まだ何かある。そう言いたそうじゃな。確かに、草下憐耶については一誠が推した通りの活躍をしておる。しかし、もう一人のアーシア・アルジェントだったかの。そちらの方は余りパッとしておらんのぅ」

 

「オーディン様。お言葉ですが、ソーナ・シトリーさんのもう一人の僧侶(ビショップ)である花戒桃さんが使っていた強力な補助魔法を無効化していたのは十分に評価できる事なのでは……?」

 

「お前の言っておる事は儂も解っておる。じゃがのぅ、それだけであれば一誠はその二人と一緒にその花戒とやらも推しておるわ。それにも関わらず推さなんだのは、アーシア・アルジェントだけが持つ何かがあるという事じゃよ。尤も、それを見ぬままにこのゲームは終わってしまいそうじゃが……」

 

「オーディンよ。貴様の今言っておる事だが、どうやらこれから見られそうだぞ」

 

「ホゥ、どれどれ……」

 

Prologue end

 

 

 

Overview

 

 桃によってスロウムーブを掛けられてしまったアーシアは、ゼノヴィアが重傷を負って戦えなくなった事はおろか狡兎の枷鎖(パーシステント・チェイサー)で縛られて動けなくなった事すらリアスに伝える事ができなくなっていた。今もどうにかしてリアスに念話を送ろうと奮闘しているものの、どうしてもリアスと念話が繋がらない。……正確には、スロウムーブでアーシアに流れる時間が著しく遅くなっている為にアーシアの念話がそもそも発動すらしていなかった。自分にできる事が既に無くなってしまったと悟って途方に暮れる中、アーシアの頭の中に浮かんできたのは一誠と出会ってからの事だった。

 

 道に迷って困っている所を一誠に助けてもらった事。レイナーレに騙されている事を見抜いた一誠に再び助けてもらった事。一誠の優しさに惹かれた事で長い時間を一誠と共にありたいと願い、人間をやめて悪魔になった事。ニコラスと武藤礼司という尊敬すべき先達を二人も紹介してもらった事。そして、聖書の神の死をコカビエルから知らされた時、一誠によって絶望を希望に変えてもらった事。

 

(それにも関わらず、私はイッセーさんに全然恩返しできていない)

 

 その様な無力感に苛まれるアーシアであるが、同時に解っている事もあった。もし自分がその様な事を考えていると知れば、一誠は「僕がアーシアを助けたかったんだから、別に気にしなくてもいいよ」と言ってくるであろうと。アーシア自身、今まで癒しの力で治してきた信者達に対して同じ様な事を言ってきたのだから。

 

(……私って、誰かに助けてもらわないと何もできないんだ)

 

 だからこそ余計に自分の無力さが悔しく、悲しく、そして情けないといった感情が湧き上がり、やがて涙という形でアーシアの目から零れていく。すると、アーシアは信仰の師であるニコラスの教えを思い出した。

 

― この世界にある全ての物は主のお作りになられたものです。……主の教えを説く者としてはこの様に教えるのですが、実際には主以外の神々もおられますので当然ながら事実とは異なっています ―

 

 少しだけ気不味そうな表情を浮かべた後、ニコラスはこう続けた。

 

― ですがあえて事実に背く形であってもその様に記されているのは、この世界にある全てのものと私達人間が繋がっているからです。そして真摯に祈りを捧げる事でその繋がりを辿って小さきもの達と心を交わし、ほんの少しだけ力をお借りする事で邪な力や魂を祓い清める。それが本来の悪魔祓い(エクソシズム)であり、悪魔祓い(エクソシスト)としての私はこちらの方を専門としています。また応用としては、お借りした力を別の方向に利用する事もできます。私は心霊医術に使っていましたし、聖剣使いである武藤神父は聖剣の力をより高める事ができます。……アーシア。異端として破門された事で主のご加護を失ってもなお聖霊達に愛されている貴女であれば、本来のものとも私とも違う事ができるのかもしれませんね ―

 

 ここまで思い出した時、アーシアはふとある可能性に思い至った。悪魔祓い(エクソシズム)の真髄は、あくまで小さきもの達と心を交わしてその力を借り受ける事。しかし、誰かにただ借り受けるのはどうしても気が引けてしまう事から、アーシアは未だに力を借り受ける事ができずにいた。

 

(だったら、小さきもの達から力を借り受けるんじゃなくて、小さきもの達に私の力を皆さんの元に届けてもらう様にお願いすれば……!)

 

 そして、その手本となる能力をアーシアは既に何度も見ている。しかも、最初は実際に自分の力を送り届けてもらう形で。自分のやるべき事を見出したアーシアは、身動きが取れない中でそっと目を閉じると静かに祈り始めた。

 

「父と子と聖霊の名の元に、どうか私の力を皆さんにお届け下さい……!」

 

(無理かもしれない。無駄かもしれない。でも、私にはそれしかできない。だから、敵と戦って倒すのではなく、皆さんの、そして私の愛する人が死なない様に心から支える。それが私の意志で選んだ私の戦い方。そして私の生きる道だから)

 

 ……そして、その祈りは確かに届いた。

 

「アーシア?」

 

 追憶の鏡(ミラー・アリス)による椿姫の強烈な一撃からギャスパーを少しで守ろうと覆い被さっていたリアスは、かつてライザーとのレーティングゲームの対戦でアーシアに使ってもらった魔力強化の魔力と同じ力が自分に働いている事に気付いた。

 

「……これなら、いける!」

 

 魔力の強化の具合から残された魔力の全てを振り絞れば何とか防げると確信したリアスは、すぐさまギャスパーに覆い被さるのを止めて振り返り、両手を椿姫に向かって突き出す。そのリアスの行動に驚いたのは、転送用の魔方陣への魔力供給を止めようとしていたギャスパーと爆砕撃の為に長刀(なぎなた)を振り下ろそうとしていた椿姫だ。

 

「部長? ……って、いけない!」

 

 リアスの心変わりに驚いたギャスパーは止めようとした魔力供給を慌てて再開する。そのお陰でどうにか魔方陣への魔力供給が途切れずに済み、カウントも継続していた。

 

「クッ! ですが、如何にリアス様とはいえ残り僅かな魔力でこの一撃は防げませんよ!」

 

 一方、椿姫の方はリアスの消耗具合からたとえ破滅の盾(ルイン・シェイド)を使われても押し切れると判断し、そのまま追憶の鏡に爆砕撃を叩き込む。その瞬間に追憶の鏡は砕け散り、威力が倍増した衝撃波が鏡に映っていたリアスとギャスパーに襲いかかる。

 

「この一撃だけでいい、何とか持ち堪えて!」

 

 それに対して、リアスは破滅の盾を再び全方位に展開する。衝撃波の方に集中して展開しなかったのは、その隙を憐耶に突かれる恐れがあったからだ。だが、その分どうしても魔力の消耗が激しくなる。……その結果。

 

「まさか、あの状況で私の渾身の一撃を防ぎ切られてしまうとは思いませんでした。ですが、リアス様。貴女もこれ以上は……」

 

「えぇ、そうね。私も完全に魔力を使い果たしてしまったわ。お互い、後はもうリタイアを待つだけね……」

 

 残っている力の全てを使い果たしたリアスと椿姫は、既に意識を保つ事すら難しい状態になっていた。そして、まずは椿姫が床に倒れ込み、そのまま意識を失う。

 

『ソーナ・シトリー様の女王(クィーン)、リタイア』

 

 次に床に膝をついた状態だったリアスがそのままギャスパーの方へと倒れ込んだ。既に意識が朦朧としている事から、グレイフィアはこれ以上の戦闘続行は不可能と判断してリアスの強制転移を始める。

 

「ギャスパー、後は頼むわね。……あぁ、憐耶の遠隔攻撃については心配いらないわ。だって、貴方を守る盾はまだ残っているもの」

 

 最後にリアスは笑みを浮かべながらギャスパーにそう伝えると、そのまま転移の光に包まれて消えてしまった。

 

『リアス・グレモリー様、リタイア。よって、これ以降はリアス・グレモリー様の女王である姫島朱乃選手が(キング)の代理となります』

 

 グレモリー眷属の王のリタイアを通告するアナウンスがデパート中に流れる中、異変はシトリー眷属の本陣でも起こっていた。

 

「祐斗の体が、凄いスピードで治ってきてるのか……!」

 

 ただでさえ全身が傷だらけでボロボロになっている所に加えて、瑞貴によって最高純度の聖水を腹の中に仕込まれた事で強制リタイアとなる筈だった祐斗の体が急速に癒されていくのを見て、元士郎は思わず息を飲んだ。しかも、異変は祐斗だけに留まらない。絶界の秘蜂(ギガ・キュベレイ)の端末で確認した憐耶が元士郎にその事実を伝える。

 

「それだけじゃないわ、匙君。リアス様と姫島先輩にも、何か加護の様なものが働いているみたいよ」

 

「草下、具体的には?」

 

 元士郎が詳細を伝えると、俄かには信じがたい事実が憐耶の口から語られた。

 

「姫島先輩の方は純粋に雷光の威力が上がったみたいで、会長が切り札のウェーブカイザーで対抗しているみたい。でも、姫島先輩以上に凄いのはリアス様よ。……追憶の鏡を使った副会長の渾身の一撃を、残り僅かな魔力を振り絞った破滅の盾で耐え切ってしまったわ」

 

「……それで、力を使い果たしたグレモリー先輩は副会長と一緒にリタイアしたって訳か。そうなると、向こうの本陣にいるのはギャスパーだけって事になるな」

 

 それだけでも驚きの事実であったが、リアスのリタイアという代償があっただけに元士郎はどうにか納得できた。しかし、それ以上に信じ難かったのはその後だった。

 

「えぇ。それで誰も守る人がいなくなったギャスパー君に早速攻撃を仕掛けているんだけど、何故か攻撃が通らないのよ。どうも、ギャスパー君の周りに強力な防御結界が張られているみたい。それと魔力の質から考えて、私が言ってきた事も今こうして目の前で起こっている事も、全部アーシアさんが一人でやっている筈よ」

 

「なんだって!」

 

 桃のスロウムーブによって時間の流れを遅延させられている状況で一体何をすればその様な事ができるのか、まるで理解できない元士郎は驚きを隠せないでいた。しかし、すぐさま頭を切り替える。今、自分達の目の前には間もなく回復が終わる強敵がいるからだ。しかも残された時間はほんの僅か。……取るべき道は、一つだった。

 

「元士郎。ここは僕達に任せて、今すぐグレモリー眷属の本陣に向かうんだ」

 

 しかし、自分が祐斗の相手をする事を元士郎が伝える前に瑞貴から指示が出されてしまった。元士郎はすぐに反論しようとするが、その前に瑞貴からその理由を語られる。

 

「一誠が転送するまでの残り時間が、既に一分を切っている。今から向こうの本陣に向かっても、僕の足では流石に間に合わないよ。これが実戦なら空間を切る事で向こうの本陣に移動するなり、あるいはそのまま魔力を供給しているギャスパー君を攻撃するなりすればいいんだけど、あいにく今回のルールで空間を切る事自体が明確に禁止されているからね。でも、元士郎が一人で向かえばまだ間に合う可能性がある。……だから、行け! 元士郎!」

 

 瑞貴から今まで聞いた事のない強い口調で改めて指示された元士郎は、この場を瑞貴達に任せる事にした。

 

「……解りました。ここはお願いします」

 

「そうはさせないよ、元士郎君!」

 

 ここで回復が完了した祐斗がすぐさま聖剣を幾つも元士郎の周りに創造すると同時に冥覇の魔極剣(ソード・オブ・アドバーサリー)で元士郎に斬りかかる。しかし、聖剣の方は憐耶が魔力刃を展開した端末をぶつける事で対処する一方、祐斗の直接攻撃の方は瑞貴がすぐさま閻水で形成した聖水の剣で受け止めた。

 

「今までは僕達が祐斗に足止めされていたけど、今度は僕達が祐斗を足止めする番だ」

 

 ここで生まれた膠着状態の隙を突いて、憐耶が瑞貴と祐斗の二人を囲い込む様に防御結界を展開する。……これで、祐斗は結界の中にいる瑞貴と結界の外にいる憐耶の二人を倒さない限り、この場から動けなくなった。

 

「行って、匙君!」

 

 祐斗の封じ込めに成功した憐耶からの後押しを受けて、元士郎は早速走り始める。そのまま後ろを振り返る事無く吹き抜けのアトリウムとなっている天井が直接見える場所まで移動すると、元士郎は黒い龍脈(アブソープション・ライン)の本体を発現している右手を掲げてから天井まで一気にラインを伸ばす。そして、軽くジャンプすると同時に荷物満載の4 tトラックを引き摺り寄せる程のパワーで一気に巻き上げた。その結果、元士郎はほぼ一瞬でデパートの天井まで移動する。

 

「さて、グレモリー眷属の本陣は確かあっちだったな。……流石にここから一度で直接行くのは無理か。だったら、()()で行くしかないよな」

 

 元士郎はそう呟くと、天井からラインを切り離して次の目標地点にラインを伸ばす。そこから再びラインを巻き上げる事で変則的な高速移動を開始した。そうして何度かラインを繋ぎ直しながら移動した所で、元士郎に気付いた朱乃が空中で身動きが取れない一瞬の隙を突いて雷光による強烈な一撃を放つ。しかし、元士郎は右手の黒い龍脈から伸ばしたラインを切り離すと同時に右足の装甲から一階の床にラインを伸ばしてすぐに巻き上げる事であっさりと回避する。

 そうして床に着地した元士郎は邪龍の黒炎(ブレイズ・ブラック・フレア)を発動すると黒炎を球状に形成・圧縮してから振り向き様に朱乃に向かって投げつけた。大きさこそ野球の硬式球程だが込められている力の大きさに寒気を感じた朱乃はかなり余裕を持って回避する。それでも巫女服の袖が少し焦げてしまった。なお、今朱乃が身に纏っている巫女服は一誠やロシウによって様々な術式が施されている為、並みの防具を遥かに上回る防御力を誇る代物である。それにも関わらず余波だけで焦がしてしまう程の威力に朱乃は息を飲むが、それによって意識が逸れた一瞬の隙を突いて元士郎は攻撃の届かない場所までさっさと移動してしまった。ここであれ程の威力の火球なら壁にぶつかればペナルティが期待できると思い至った朱乃はソーナ達に警戒しつつ振り返って確認したが、火球は壁に当たる前に既に霧散していたらしく、壁には破壊の跡はおろか焦げ跡一つ着いていなかった。

 ……攻撃を受けてからこの場を離脱するまでの元士郎の鮮やかな手並みを見て、朱乃はもはや溜息を吐く事しかできない。

 

「悪魔に転生してからまだ数ヶ月しか経っていないと聞いていたけれど、これを見た人は誰も信じようとはしないわね。それにまだ飛行には慣れていないと聞いていたからこれなら回避できないと思って攻撃を仕掛けたのに、あんな形で対処するなんて……!」

 

 一方、元士郎の主であるソーナも黒い龍脈のラインを用いた変則的な高速移動の元ネタを知っているだけに、やや呆れた様な笑みを浮かべている。

 

「あれは漫画やアニメの中にあったワイヤーアクションをラインで再現したものらしいですよ。本人曰く「俺の黒い龍脈ならできそうなんで、やってみました」との事でしたが、やはりサジもチーム非常識の一員でしたね」

 

 今が正念場であるのに何処か達観した様なソーナの言い様に、朱乃は既にソーナが元士郎に全てを託している事を悟った。……だからこそ、朱乃もまた自分の為すべき事を果たそうと動く。

 

「あら。そういう事でしたら、私達は常識人同士でもう暫く戦いましょうか?」

 

「そうしましょう。私は既にサジに全てを託しました。後はただ、己の為すべき事を果たすのみです」

 

 お互いに言葉を交わしつつ、朱乃はいつでも雷光を放てる様に両手に雷の魔力を迸らせ、一方のソーナも手にしているウェーブカイザーを中央で分離、双剣モードにして身構える。

 

「……ここで「貴女達も既に常識人の枠からはみ出している」と私がツッコんでも、比較対象が一誠達なだけに即座に否定されるだけなんだろうな」

 

 再び雷光と水の()(どう)(りき)が激突する中、やや取り残された感のある翼紗の口から何ともやるせない独り言が溜息と共に零れ落ちた。

 

 ……そして、再びグレイフィアのアナウンスが流れる。

 

『ソーナ・シトリー様の僧侶、リタイア』

 

「……やられたのは、桃か! でも、一体誰が!」

 

 僧侶のリタイアを告げるアナウンスを聞いてすぐに絶界の秘蜂の端末が健在である事を確認した翼紗は、撃破(テイク)されたのは桃である事を即座に悟った。それだけに桃を撃破したのは誰なのか、それが解らなかった。それに対し、ソーナは即座に指示を出す。

 

「翼紗! 今、憐耶から連絡がありました! 桃を撃破したのは、アルジェントさんが何らかの手段で回復させたゼノヴィアさんです! 既に端末を切り落としながらあちらの本陣に帰還しつつあるとの事ですから、貴女がゼノヴィアさんを足止めしなさい!」

 

「そうはさせませんわ!」

 

 しかし、ゼノヴィアの戦線復帰を本人から知らされている朱乃はそうはさせまいと、雷光を翼紗に放つ。翼紗はすぐに精霊と栄光の盾(トゥインクル・イージス)を前に出して雷光を防ぐ。しかし、そのせいで完全に足を止められてしまった。

 

「アラアラ。私が「常識人同士でもう暫く戦いましょうか」って言った事、もう忘れちゃったのかしら? 由良さん、貴女だって私達と同じ常識人だから、当然付き合ってくれるんでしょう?」

 

 ウフフと笑みを浮かべながらそう語りかける朱乃であったが、その目は「ここから先は一歩たりとも通さない」と言っていた。

 

(不味いな。この状態で下手に動くと、私がやられる)

 

 アーシアの魔力強化によって威力を増した雷光を実際に防いでみて、翼紗はその様に感じた。

 

「会長、どうやら本当に匙に全てを託す以外にないようです」

 

「えぇ、そうですね。ただ、桃が完全に無力化した筈のゼノヴィアさんが戦線復帰してきたのは完全に計算外でした。これがサジの足を引っ張る様な事にならなければいいのですが……」

 

 最後の最後で詰めを誤ったと、ソーナは密かに思っていた。万全を期すのであれば、椿姫がグレモリー眷属の本陣に突入した事でゼノヴィアとアーシアの無力化を隠す必要がなくなった時点で憐耶に二人を撃破させ、その後でフリーとなった桃を自分達の元へと呼び寄せるべきだったのだ。桃の使用する補助魔法の中には魔法や魔力の軌道を逸らしてしまうものや魔力の発動そのものを阻害するものも含まれている為、朱乃との相性もけして悪くはなかったのだから。

 

「……私も、まだまだですね」

 

 最善手を選び損ねたソーナはそう自嘲すると、すぐに頭を切り替えて朱乃に全力で対処する事を決めた。

 

 こうしてそれぞれの場所で戦いが激しくなる中、グレモリー眷属の本陣にある転送用の魔方陣から浮かび上がるカウントが遂に残り十五となった。その間もギャスパーを仕留めようと絶界の秘蜂の端末が何度も攻撃を仕掛けるものの、ギャスパーの周りにはかなり強力な防御結界が張られており、端末はそれを抜けないでいる。正確には少しずつ削ってはいるので、時間を掛ければ防御結界を抜いてギャスパーに攻撃を仕掛ける事はできる。しかし、その肝心の時間が残り少ない為に憐耶が一誠の転送を阻止するのは実質不可能だった。ただ、シトリー眷属はけして勝利の女神から見放された訳ではない。

 

 ……転送用の魔方陣に、一本のラインが接続された。

 

 それを見たギャスパーが視線をラインの先に向けると、そこにはシトリー眷属の本陣というグレモリー眷属の本陣から最も遠い場所にいた筈の元士郎がいた。驚愕の表情を浮かべるギャスパーに対し、元士郎はニヤリを笑みを浮かべる。

 

(悪いな、ギャスパー。折角ここまで積み上げてきたお前達の頑張りだけど、これで全て台無しにさせてもらうぜ)

 

 後は先程祐斗の対抗策を全て無効化した様に漆黒の領域(デリート・フィールド)の力をラインを通じて魔方陣に送り込み、魔力を削り落とす事で転送用の魔方陣を機能停止に追い込むだけだった。

 

「そうはさせんぞ、匙!」

 

 しかし、それを実行しようとした正にその時、地下駐車場からデュランダルの聖なるオーラを後方に噴き出す事で強引に高速移動したゼノヴィアが駆け付け、まだかなりの距離があるにも関わらず、デュランダルを上段から一気に振り下ろす。それによって聖なるオーラの斬撃が放たれ、魔方陣に接続したラインを断ち切った。いくらヴリトラの復活によって大幅に強化されたラインとは言え、流石に一本だけではデュランダルの一撃には耐えられなかった。

 

「匙。イッセーの転送が終わるまで、私に付き合ってもらうぞ」

 

 不敵な笑みを浮かべるゼノヴィアは再びデュランダルを後方に向けて聖なるオーラを噴き出すと、その勢いで元士郎に体当たりしてそのままグレモリー眷属の本陣から遠ざけていく。

 本来であればデュランダルで斬りかかっている所であり、実際に元士郎を確認した時点ではゼノヴィアもそのつもりでいた。しかし、いざそれをやろうとした時に元士郎と一瞬だけ目が合ったが、元士郎はそのまま視線を元に戻した。その瞬間、ゼノヴィアの背筋に悪寒が走ると同時にある考えが頭を過ぎる。

 

(…ひょっとして、匙はこちらの攻撃を防ぐ気がないのか?)

 

 ただの勘で特に根拠もなかったが、だからこそ正しいと直感したゼノヴィアは、元士郎を斬り伏せるのではなく本陣から離すべきだと判断してラインを断ち切った後の攻撃をデュランダルによる一撃から体当たりへと切り替えたのだ。

 ……ゼノヴィアの勘は、実際に当たっていた。元士郎はゼノヴィアのデュランダルを食らってでも一誠の転送阻止を優先するつもりだった。だから、ゼノヴィアが体当たりを仕掛けてきた事に元士郎は少なからず驚いている。ただ、ゼノヴィアの体当たりを食らう直前に残り時間が十秒を切っていたのを確認しているにも関わらず、元士郎の顔に焦りの色はなかった。

 

『あの娘の読みは中々良かったが、残念だったな。相棒の本命は我の方だ』

 

 その言葉と共に転送用の魔方陣のすぐ側にあるテーブルの影から出てきたのは、実体化したヴリトラだ。元士郎はグレモリー眷属の本陣に到着する直前、自分が一誠の転送を阻止してからギャスパーに奇襲を仕掛けさせるつもりでテーブルの影にヴリトラを送り込んでいたのだ。

 

『予定のタイミングより少々早いが、ここで仕留めさせてもらうぞ!』

 

 ゼノヴィアという最後の盾まで失ったギャスパーに対して、ヴリトラはそう言うと同時にギャスパーに向けて強烈な黒炎を吐き出す。いくらアーシアの防御結界があるとはいえ、流石にこれを防ぎ切る程の力はない。……だが、ギャスパーにはまだ切り札があった。

 

「魔力を流しながらでも、僕のこの目は使えるんだ!」

 

 ギャスパーの持つ神器(セイクリッド・ギア)で本来の代名詞と言える停止世界の邪眼(フォービトゥン・バロール・ビュー)だ。ただし、流石に魔力との併用となる以上はどうしても出力が落ちてしまう。まして、相手は本来の実力とは程遠いとはいえ五大龍王の一角。ほんの数秒でも止める事ができればいい方だった。

 

(でも、そのほんの数秒で十分。……十分なんだ)

 

 停止世界の邪眼によって数秒だけ止まった黒炎だが、やがて防御結界を突き破るとその勢いのままにギャスパーの体を焼いていく。それと同時にギャスパーの体をアーシアの力が癒しているのだが焼け石に水そのものであり、そう遠くない内にギャスパーはリタイアの判定を受ける事になる。しかし、それでも魔力供給を続けるギャスパーの顔は全身の焼ける苦痛で歪む事はなく、それどころか笑みすら浮かんでいた。

 

「僕達の勝利だ……!」

 

 その言葉と共に転送用の魔方陣のカウントがゼロを示し、一誠がバトルフィールドから転送される。そして、審判役(アービター)のグレイフィアから最後のアナウンスが流れ始めた。

 

『兵藤親善大使の転送を確認しました。よって、今回の対戦はリアス・グレモリー様の勝利です』

 

 ……こうして、対戦直前での兵藤一誠考案の新方式へのルール変更というサプライズから始まった若手対抗戦の開幕試合は、王であるリアス・グレモリーがリタイアに追い込まれながらも最後まで転送の手順を途切れさせなかったグレモリー眷属の勝利に終わった。

 

Overview end

 




いかがだったでしょうか?

……どうにか、ここまで持って来れました

では、また次の話でお会いしましょう。

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