かつて万能の願望機と呼ばれる物があり、その願望機を巡る戦いがあった。
それはとある二人の魔術師によって解体され、もう再び姿を見せる事は無いだろうと思われていた。
だが、人の欲はどこまでも深く、暗かった。
一度も願いを叶えず、ただ悲惨な結果だけを撒き散らした聖杯を再現するほどに。
*****
ある所に小野殿という都市があった。
元々は日本の田舎町だったこの都市も遷都の影響により静かな田舎町として役割を終え、今では国際都市として存在していた。
しかし、魔術師達から見ればこの都市は別の意味を見せる。
かつての田舎町では無く、国際都市としてでも無く、通過点にして悲願と言った面を。
根源に到る道としての意味を。
聖杯戦争の舞台という意味を魔術師達は見ていた。
その中で一人だけ哀愁を漂わせて令呪が浮かんだ右手を眺める青年が一人佇んでいた。
彼の頭にはつい数日前の記憶が鮮明に蘇りつつあった。
*****
それはロンドン、時計塔にて。
一通の手紙から始まった。
親愛なる偉大な十二の君主へ
我々はかつての聖杯の再構築に成功致しました。
しかし未だに未知なる部分が多く、我々は問題を抱えている状態です。
そこで我々はかの極東の地にて聖杯戦争の再開を宣言し、そこで多くの魔術師にこの神秘の解明にご協力願いたい所存であります
付きましては君主の方々のご参加を強く切望しており、もし良い返事が聞こえるのであれば、かの地にて盛大な歓待を準備致します。
書面にはそれだけが書かれており、差出人の名前は愚か、日付までもが書かれていなかった。
老人の一人が顔にシワを寄せ、重々しく口を開く。
「これはなんだ?悪戯か?」
「私も最初はそう思いましたがどうも違うようです」
「と言うと?」
「日本にて既に英霊の現界が確認されました」
「本当か!?」
「ええ、既にほとんどのサーヴァントが現界しているかと。どうもロードの苦労は無駄になったようです」
弟子の青年がチラリと長髪の男に視線を移し、様子を窺うがロードと呼ばれた男はただ黙していた。
「少し口を慎みたまえ。...ロード、貴方の意見が聞きたい。聖杯戦争に参加し、大聖杯を解体した貴方の意見が」
老人の言葉に男はゆっくりと語りだした。
複雑な感情を孕んだ言葉を使って。
「英霊が現界した、という事は紛れもなく聖杯戦争だという事でしょう。どんなに優れた魔術師でも聖杯のバックアップ無しでは英霊を維持できませんから」
「ふむ。しかしなぜだ?なぜ奇跡を公開する。第三者に解析など馬鹿げているにもほどがある。聖杯はロード。貴方の手によって解体され、アインツベルンや遠坂の手にも残っていないというのに」
「恐らく、残骸や情報を集めて再現したものの、これに書かれている通り、聖杯のシステムが完璧に把握できてないのでしょう。とりあえず起動して自分達で問題が解決できれば上出来。他の誰かが理解して別の聖杯戦争を始めたらそれに乗じて結果だけを持っていく気なのでしょう」
「だからと言って公開など...。あれは第三魔法に類するモノだぞ?」
「だからこそなのでしょう。聖杯戦争が容易に再現可能になれば、チャンスは幾らでも手に入る。そして各地で聖杯戦争が起きればもう誰にも止める事はできない。これは、この手紙は大聖杯を解体した私に対する皮肉でもあるんです」
ロード・エルメロイ二世の言葉に老人は頭を押さえる。
もう既に起こっている事なので後手に回るしかない。
つまり、最悪な事態になってもただ見ている事しかできないのだ。
「兎に角、何人か人を回そう。何もしないよりはマシだろう。最悪の場合、協会総出で事態の収拾に掛からねばなるまい」
「そうですね。せめて七騎のサーヴァントがどのような英霊なのかを見ておく位はしておくべきでしょう」
「えっ?...七騎、のサーヴァント?」
その声は老人の弟子の青年のだった。
ロード・エルメロイ二世の言葉に老人の弟子が困惑の表情で場の空気に妙な流れを産み出した。
それが後に自分にとってどのような返しになるかは彼はまだ気づいていないが。
「そうだ。七騎のサーヴァントだ。セイバー、ランサー、アーチャーの三騎士に始まり、ライダー、キャスター、アサシン、バーサーカーの七騎だ。まさか知らないとは言わんだろうな?」
師匠である老人に睨め、たじろぎながらも青年は自身が確認した事実を告げる。
それは聖杯戦争の常識が逃げるような事実だった事に青年は最後まで気付かなかったのだが。
「い、いえ。それは初耳ですが現に英霊は十六騎です。七騎以上既に現界していますよ?」
「何の冗談だ?そんなのありえない!英霊は七騎しか現界しない筈だ!」
「状況がよく分からない中で先入観だけで物事を見るのは危険です。兎に角、これはただの聖杯戦争では済みそうにありません」
エルメロイに窘められ、老人は浮かしていた腰を沈める。
その表情は苦悶と言っていいほど皺が深く刻まれていた。
「ベンジー。君は日本語ができたよな?」
「え、ええ。六ヶ国は一応話せますよ。貴方がよく御使いを言いますから...」
師匠である老人がこちらを見ずに語りかけてきた事に悪寒を走らせながらも青年は答える。
全身が聞くなと警告を発しているにも関わらず。
「ロード。こうなっては事態の全貌を掴むには使い魔だけでは足りまい。今から間に合うか分からないが、私の弟子を参加させよう。愚かな弟子だがよく気が利く。何かしらの役には立つだろう」
「えっ!?」
「ですが、危険では?あの戦いは生易しいものじゃありませんよ?」
「なに、とっておきの英霊がある。それが召喚できれば深い所に踏み込めるでしょう」
「あ、あの~...」
「そういう訳だ。ベンジー、頼んだぞ。間に合わなければ現地の協会の人間と協力して令呪を奪ってでも参加したまえ」
*****
その後、ロード・エルメロイ二世が止めに入ったが老人の弟子という事で押し切られ、結局ベンジーを派遣する事になった。
最後まで有無を言えぬまま送り出されたベンジーは一人、異国の地に放り出され、師匠である老人の言葉を思い返していた。
「師匠はあんな事言ってたけど。その必要はなくなってたなぁ。いったい何騎のサーヴァントを召喚するんだろう。この聖杯戦争」
青年は右手に浮かび上がった令呪を眺めながら呟き続ける。
「私で十九人目。ここまでくるともう驚かないな。でも...」
ベンジーが視線を上げて目の前に映るビル郡に目を向ける。
「この、龍脈の流れはなんだ?まるで無理やり生み出したような...」
土地に流れる龍脈に違和感を感じながら、改めて現状を認識する
自分が今、この聖杯戦争の発端の手がかりを目の前にしている事を。