疾走。
そのサーヴァントとマスターの現在の状態を言うのであればこの一言で終わる。
反撃も反抗も或いは隠れるという選択肢すらも彼女達には無かった。
緑色の髪と獣の耳を靡かせ、幼いマスターを連れ、アーチャーは逃げる。
森を駆け抜ける風のように。
*****
鉄塔の上で男は笑う。
弓による攻撃にも関わらず、まるで爆撃でも起こったのかと疑うような破壊の痕にではなく、自分の遥か前方に逃走する者に称賛の言葉を述べながら高らかに笑う。
「ハハハ、見ろマスター。あの美しき狩人め、我が矢を避けきっておる!いつか勝負したいと常々思っていたがよもや遥か未来で叶うとは!」
左足に包帯を巻いたサーヴァントは歓喜と声と共に矢を穿つ。
光の一閃となった矢は高速で逃走するアーチャーに向かって飛んでいき、地に直撃すると爆発と共に巨大な砂塵が起きる。
視界を大幅に隠す砂塵が晴れるのを待たずにすぐさま次の射撃を行う。
そのお陰で山の幾つかは更地となり、幾つものクレーターができていた。
「アーチャー。何もサーヴァントを狙う必要は無い。あの小さい子供がいるだろう。そいつを狙え」
「無茶を言うな。アタランテの足は美しいがその脚力は数多の英霊の比ではない。奴が撃ち返してくれば当てられるが逃げに徹されると流石に...」
「じゃあ、ポイントCに誘導しろ。あそこで追い詰める」
三十代後半の魔術師の指示にアーチャーは弓の狙いを僅かに変え、射る。
*****
「くっ!」
アタランテのすぐ横を矢が飛来し、前方で爆発が起きる。
「あ、あーちゃー...」
幼いマスターが不安げにアタランテの顔を覗く。
その声は今にも泣き出しそうだがアタランテの服を強く握って必死に堪えているようだった。
そんなマスターにアタランテは優しげな笑顔を浮かべる。
「大丈夫だ、マスター。必ずなんとかする」
気休めにもならない言葉だが、幼いマスター、クレアは頷く。
アタランテはクレアを背負い直すと再び逃走を始める。
だが、狙ってくる追跡者はアタランテの逃走を許さない。
森の奥へ逃げようとするアタランテの進行方向を塞ぐように矢が飛来する。
逃げ道を塞がれ、マスターを守る為に降り注ぐ矢の雨を掻い潜り、森とは逆方向の眼前に広がる町へアタランテは飛び出した。
落下の瞬間、自身を狙う者の姿を確かめようと視線を巡らせるが矢が視界を遮る。
しかし、アタランテにはこの弓兵の腕に心当たりが幾つかあった。
それはかつて、生前の自分が目の当たりにしたモノと似ていたのだから。
*****
その逃走劇は到る所で見る事ができていた。
幾つもの光が山を消し飛ばしたのだ。
当然、魔術師だけではなく、一般人の目にも止まる。
しかし、特に騒ぐという事はなく、皆気にせずに日常を過ごしていた。
その中で二人の男が足を止めていた。
「暗示か。一応隠蔽しようとする気はあるみたいだな」
空中を漂う砂を掴みながら呟く宗治は安堵の表情を浮かべる。
魔術の隠蔽に使われた砂から情報を得ようと指で弄っていると轟音が響く。
視線を再び戻すと光の矢は近くの鉄塔から放たれていた。
「宗治、敵は眼前です。ここは強襲しましょう。幸い敵は何かに気を取られています!」
「ここは様子を見た方が良いんじゃないか?流石にあれに勝てる気がしないぞ。まだチャンスを待つべきだ」
消極的な意見を述べる宗治にセイバーは首を横に振る。
「何を言ってるんですか!チャンスは今しかありません。それにここで見過ごせば多くの人の命が奪われます!」
「それはそうだが...」
「それに先日の件に関しても僕は納得いっていません!マスターは僕の実力を疑っておられますが...」
そこまで言いかけた所でセイバーの回りに光が集まりだし、やがてそこには召喚時に見た白い鎧を纏った騎士が現れた。
巨大な剣を片手に持つとその切っ先を鉄塔に向ける。
「実力はあそこにいる者で証明して見せましょう!ですからマスター、どうか」
「.....」
セイバーの説得に宗治は何も言わない。
賛成も反対も。
ただ、無言でセイバーを見つめているだけが、やがて呆れたように宗治は口を開く。
「いや、駄目だ。相手は徒党を組んでる。流石に一対多数は警戒して避けるべきだ」
「ですが!」
「駄目だ。ここは静観する。これ以上言うと令呪を使うぞ」
宗治はそう言い放つと右手をセイバーに向かって突き出す。
ギリッ、とセイバーの歯が軋む音が微かに聞こえた。
不満を抱えながら武装を解除しようとセイバーは自身の周囲に光の粒子を集めようとした時、何かの気配を察知した。
「誰だ!」
気配のする方に剣を構え、相手の出方を見る。
「怪しい者じゃない。ただ、貴方達がタミヤの魔術師かどうかを聞きたい」
曲がり角からの問いかけ。
セイバーはチラリと宗治を見ると剣を下ろせと仕草をしていた。
セイバーが構えを解くと同時に宗治は返答をする。
「俺が多宮の魔術師だ。そういうお前達は協会の魔術師だな」
「そうです。今回の聖杯戦争の調査に参りました。ベンジー・ドントルマンと言います」
そう言って姿を現したのは年若い魔術師と槍を携えたサーヴァント。
ランサーのクラスだろうそのサーヴァントはマスターであるベンジーの後ろで控えていた。
「で、何の用だ。俺は当主じゃないぞ」
「知ってますよ。先ほどミス・ミサトにご挨拶しましたので」
「手が早いな。あいつはなんて?」
「素っ気なく話されて帰されました。どうも我々の介入を快く思っていただけてないようです」
肩を竦めながら、やれやれと首を振る。
そりゃそうだろ。あいつにとって協会の介入は面白くないだろうし、俺だって生まれ育った地に面倒な奴らが来るのは反対だ
内心、そんな事を思っている宗治にベンジーは語りかける。
「そういえば、先ほどの話を聞いていたのですが...」
「盗み聞きか。協会の魔術師は悪趣味だな」
「恐ろしいほどの短絡的な思考の貴方に言われたくないですよ」
「なんだと?」
宗治の怒気を孕んだ視線に物怖じせずにベンジーは続ける。
「自分のサーヴァントの手の内を明かしたくないのは分かります。ステータスで全てが決まらない、分かります。ですが全くあてにしないのは悪手ですよ。あのアーチャーの攻撃が自分に向いた時、同じ事を言えるのですか?」
「....」
山を消し飛ばすほどの一撃。
確かにこちらに向いたら恐ろしいほどの脅威となるだろう
「言えませんよね。どうせ襲いかかってくるなら矢が向いてない今、仕掛けるべきです。ランサー!」
「御意」
ランサーの姿が消えた。
霊体となってアーチャーの下に移動したのだろう。
「貴方はどうします?我々に任せてもらえればこちらも楽なのですが」
挑発と取れる言葉に宗治はセイバーに視線を向ける。
「セイバー!必ずランサーより成果を上げろ!良いな」
「分かりました。マスター」
宗治の言葉にどこか嬉々として向かうセイバーを二人の魔術師は見送る。
その数秒後、アーチャーによる攻撃が止み、代わりに鉄塔に火花が光る。
どうやら戦闘に入ったようだ。
「サーヴァントを向かわせるのは良いですが、我々の邪魔はしないでくださいね」
「それはこっちの台詞だ。ここは多宮の土地だ。他所者は黙ってろ」
*****
「攻撃が止んだ?他のサーヴァントが邪魔に入ったか?」
アタランテが足を止め、鉄塔を見るが矢は飛んでこない。
視界に入る限りに三騎のサーヴァントが戦闘を行っていた。
「マスター。どうやらもう大丈夫のようだ」
背中に背負っていたクレアを下ろし、アタランテは周囲を見回す。
公園の中のようだが、夜の為か誰もいない。
ふとクレアがアタランテの手を握る。
「どうしたマスター?まだ予断を許さないがしばらくは大丈夫なはずだ」
「ちがうの!こわいのが集まって来てるの!」
「怖いの?...っ!」
いつからそこにいたのだろう。
居なかった筈のサーヴァントが三騎。
先ほど鉄塔で戦っていたサーヴァントではない。
セイバー二騎に、あの感じ、まさかバーサーカーか!
驚愕するアタランテが身構えより早く、バーサーカーが襲いかかる。
「~~っ!」
ギリギリの所で回避するが衝撃の余波は凄まじく、数メートル後方に吹き飛ばされる。
クレアも吹き飛ばされ、どこかで頭を打ったのか血のを倒れている。
「マスター!」
そんなクレアにバーサーカーがその刃を降り下ろした。