とある約束の終着地点   作:ゆきひな

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『思惑』 ep1

 天江空也が瀕死の重傷から生還しようとしていた頃、『デリート』の構成員の一人、那須亮太は第十学区のとある雑居ビルの一室へと来ていた。第五学区のウィルス保管センターの制圧には彼も同行しようとしていたのだが、おそらくダミーだと考えていた斉藤莉奈が一人で制圧しに行ってしまう。そして、クラッキングをしていたであろう場所が特定され、連絡を受けた那須亮太がその部屋を訪れたというわけだ。

 

 『ブロック』の隠れ家として数分前まで機能していたそこは、空きテナントの多い貰い手の少ない部屋の一つだった。近くにある学園都市唯一の少年院が関係しているのかもしれない。かつて自分がそこに閉じ込められていたことを思い出し、那須亮太はその少年院が見渡せる窓から目を離した。

 

 思えば、自分が暗部に堕ちたのは、無能力者刈りをしていたのを警備員に見つかったのがきっかけだった。少年院に入れられ、独房の中で過ごす日々に良い思い出はない。時々訪れる『木原』と名乗る科学者らしき白衣をつけた男は、適当に数名の那須と同じように罪を犯した少年たちを連れて行き、そして彼らが二度と帰ってくることはなかった。

 

 そんな時にあの男、天江空也と出会った。黒髪のお団子を左右に整えた少女と共にやってきた彼は、那須亮太を暗部の道へと進めた。実際は少女、木原円周が天江空也の能力と那須亮太の能力で新たな実験をするためのデータ収集が目的だったのだが、那須亮太はそれを知らない。ただ、彼は少年院で怯える日々を抜け出したかったのかもしれない。抜け出した先が更なる深い地獄へと繋がっているとも知らずに。

 

 室内はこじんまりとしており、物も少なかった。部屋には放置されたビジネスデスクのみが残されており、机上には何も置かれていない。だが、その部屋には目当ての人間がいた。

 

 制服を着ていた少女が一人、気絶して倒れていた。『ブロック』の構成員の一人である鉄網は、右手が爆発したかのような状態になっており、指が何本か無くなっていた。出血も酷いようで、床は血で染まっている。

 

「あんまりこういうのは乗り気じゃないのでありますが、情報がないだけに致し方ない」

 那須亮太は懐から取り出した拳銃を取り出すと、少女の太ももに銃口を向ける。迷うことなく彼は引き金を引いた。パンと乾いた銃声が響き、少女の制服のスカートを赤く染め上げていく。

 

「...あァ!!」

 呻き声とともに、少女の意識は無理やり現実へと引き戻された。激痛と驚きの目で見ている少女の眉間に那須亮太は容赦なく銃口を押し当てる。小さな鉄の塊の大きな重圧に少女は自分の喉が干上がっていくのを感じた。

 

「『ブロック』がしようとしていることを洗いざらい吐け」

 口元をマフラーで隠した目の下のクマが印象的な男が少女の瞳に映る。黙秘を続けようとする鉄網を見た那須亮太はもう片方の太腿をもう一つ隠し持っていた拳銃で撃ち抜いた。再び少女の絶叫が室内に響く。

 

「分かった。言います。言うから撃たないで...」

 少女の頬を溢れ出てくる涙が伝う。

「...第十一学区の外に傭兵を用意しました。その数は5000。彼らと共に第十学区の少年院を襲う...予定です」

 鉄網の言葉にピクっと那須亮太の片眉が上がった。あそこには特に学園都市を混乱に落とすようなものはなかったはずだ。いるのは犯罪を犯した少年のみで、彼らを殺すにしても解放するにしても決定打にはならない。

 

「何故、そこを狙う、答えろ」

 額に突きつけた銃口を更にグリグリと押し付ける。鉄網はひぃっとか細い悲鳴を上げたあと、言葉を続けた。

 

「...『座標移動』。窓のないビルへの案内人の『座標移動』を脅迫する材料が、そこにはある。私達は『座標移動』と交渉し、窓のないビルの中へ侵入、内側から爆破し、あの建物を吹き飛ば...す予定です」

 少女の言葉が終わると同時、那須は鉄網の首筋を叩き、意識を刈り取った。『座標移動』という単語に那須亮太は聞き覚えはなかった。案内人と言っていたことからおそらく空間移動系の能力者と予想できるが、どこの誰だか知らないのだ。

 

「回収しておきますか」

 那須亮太は自身の能力、『熱気変換(ヒートチェンジ)』を扱う。これは周囲の熱を吸収・圧縮して、冷気に変えたり、逆に周囲の熱を吸収・膨張させることで高温になった熱を生み出すこともできる能力である。いわば『氷結能力』と『発火能力』の二つを使えるようなものだ。

 

 彼は部屋の熱を吸収・圧縮して冷気となったそれを鉄網にぶつける。すると彼女の体はみるみる凍りついていき、氷像が出来上がった。同時に傷口も凍りついていき、出血を塞いでいく。彼はビルの下で待機している下部組織の連中に氷像の回収を命じる。彼女がどういった能力者か不明だが、暗部の人間である以上、上層部に引き渡すのは鉄則だ。学園都市へ反抗した『ブロック』の一員である彼女がこれからどういう処分を受けるかは知らないが、今よりは確実に立場は悪くなるだろう。

 

 ともかく、『ブロック』の目的は分かった。他の暗部組織も動いているらしいから、傭兵の方はどうにかしてくれるだろう。那須亮太は『デリート』としての役割を果たしに行く。

 

「とりあえず、『座標移動』について調べて、少年院にでも行きますかね」

 那須亮太は少年院への移動を開始した。脅迫材料を無かった事にするために。

 

 

 

 

 

 電話口の女と『デリート』の構成員、斉藤莉奈は通話していた。第五学区のウィルス保管センターの制圧を終えた斉藤莉奈は第五学区と第十八学区の境界付近へと足を運んでいる。コンクリートの整備された道路を歩く彼女の服装は相変わらず胸のみを隠す上着で、下はショートパンツという露出度がかなり高いものだった。

 

「ふ~ん。天江が死にかけだから私に、ね。アイツのことだから死なないと思うけどぉ...」

 

『あんな奴なんて死んじゃえばいいのよ。ったく、私の命令も聞かずに全部の組織潰すなんて言っちゃって、あームカつく』

 電話口の女の愚痴を聞く羽目になって、斉藤莉奈は自然と口元が緩む。電話口から『デリート』に指示を出してくる物の正体は分かっていない。生身の声が言っているのか、機械音声がそれを言っているのか、はたまた指示を出しているのは演算装置の機械なのか。しかし、こんな人間らしい愚痴を言う程度には電話口の女はまともな部類なのだろう。

 

『まぁ、聖ちゃんが行ったらしいからあの糞餓鬼は死んでないと思うけど。それより次の指令ね。第四学区で『メンバー』って暗部組織のリーダーがやられたらしいわ。他の構成員も1人を除いてほぼ全滅。んで、そいつらをやったのが『スクール』って組織なんだけど、莉奈、そいつらの殲滅お願い』

 聖望琉という仲間の名前に、斉藤莉奈は安心した。彼女なら問題はないだろう。あの少女は事他人のAIM拡散力場を奪い、そしてその能力を扱うという点においては能力者本人以上に優れている。はっきりと言ってしまえば、味方は聖望琉にあえて能力の使用権を預けてしまったほうが、より高みへと昇ることができるということだ。

 

 それなのに何故、彼女の能力強度が未だにレベル1から上がらないのか斉藤莉奈は疑問に思っていた。彼女の演算能力の高さはレベル4の自分を容易く超え、もしかすると天江空也でさえ超えうる可能性を秘めている。演算能力の高さは、能力の強さと直結すると言っても過言ではないのにだ。

 

「はいはい、良いですけどぉ、天江の方はどうすんの? 死にかけにしても助かったにしてもアイツのことだから、また勝つまで『何度も』繰り返すと思うよぉ。いくら望琉ちゃんがいたからって、あの子自身には戦闘能力はないんだし、彼女がやられるってのは、『デリート』の根幹に関わっちゃうんだよね。そこんとこはどうなってんのぉ? 返答しだいではさ、私はあっちに行くよ」

 斉藤莉奈は電話口の女に冗談でもなんでもない脅しをかける。それほど、聖望琉という存在は重要であり、彼女にとっては自分の妹のような存在だと思えるほど好きなのだ。

 

『...。其の辺は大丈夫よ。向こうには、『 』を向かわせたから。彼女に任せれば『終着地点』の本当の使い方を思い出させてくれるわ』

 電話口の女の言葉に、斉藤莉奈は自分の手が震えるのを感じた。

 

 『終着地点』の本当の使い方...、またあれを繰り返すのか。3年前の『プロデュース』の悲劇を。

 

「あんた、天江のことどこまで知って...」

『うん? 全部かな。彼がなんで暗部に入ったのかも、それ以前に何があったのかも』

 フフッと電話口の向こうで女は笑う。改めて学園都市の闇の深さを感じた斉藤莉奈は、背筋に嫌な汗が伝うのを感じた。

 

『そんなことより仕事に戻りなさい。私も忙しいのよ』

「...分かっ」

 彼女の言葉は最後まで続くことはなかった。重力に抗うように体が宙を舞っていると気がつくと同時、頬が熱くなるのを感じる。数十メートルの距離を数回地面に激突して、やっと勢いが無くなったのだ。

 

 倒れた姿勢の状態で斉藤莉奈は自分が何者かに殴られたと気付く。いや、殴られたというより、ダンプカーか何かで突っ込まれたような威力を、拳という小さな塊でぶつけた様な印象だった。

 

(私だったから、口の中を切る程度だったけど、普通に首が耐え切れずに折れててもおかしくないのぉ)

 

「『スクール』とか『デリート』とか聞こえたのですが、あんたは超何者何ですかね?」

 声の方向、ふわふわしたニットのワンピースを着た少女が拳の調子を確かめるように右手をグーパー握っては開くを繰り返していた。その手にはナックルのような装備品はついていない。体格を見ても、小学生ぐらいの小柄な少女で、筋肉質というわけでもなさそうだ。

 

「痛いんですけどぉ。つうか、人の名前を尋ねるならますは名乗るのが礼儀でしょ、まぁどうでもいいけどぉ」

 斉藤莉奈は『無傷』の殴られた頬をさすりながら起き上がった。肌をむき出しにしていた彼女だが、何度も地面にぶつけられたはずなのにその体に傷は頬同様に無い。

 

「どこの暗部か知らないけど、『デリート』の私に刃向かうなんてムカつくぅ。胸があったら死刑だけど、あんたは無いみたいだから半殺しで許してあげる」 

「超うるさいです」

 少女、『アイテム』の構成員の絹旗最愛の行動は至ってシンプルなものだった。拳を握り締め殴る。極めて単純であり戦いの基礎でもある動きだ。ただし彼女の拳は凶悪であり、その威力は自動車を破壊することができるレベルだ。

 

 しかし、絹旗最愛は怪力というわけではない。彼女は空気中の窒素を自在に操り、圧縮した窒素の塊を身に纏うことでこうした現象を引き起こしているのだ。レベル4の『窒素装甲』は近接戦闘においては強力と言える。

 

 ただし、そんな能力を持つのは彼女だけではない。

 

「硬いけど、私も硬いのぉ」

 絹旗最愛の拳は防御態勢に入っていた彼女の腕ごとへし折るつもりで殴っていた。ただし、斉藤莉奈の腕は折れるどころか、受け止められていた。その腕は無色透明で光沢を放っている。

 

「これは...ダイヤですか」

「正解だよぉ」

 キラッっと斉藤莉奈の腕が輝いた。太陽の光がダイヤモンドの表面を反射し、絹旗の視界を焼く。いくら窒素で覆っても光を防ぐことはできない。そして、彼女の顔が前後にブレたかと思うと、数秒遅れて衝撃と共に真後ろに吹き飛ぶ。

 

 殴られた、と歯を食いしばるのと同時、視界が潰されているのでろくに着地も出来ずに地面を転がっていく。ただし、絹旗最愛も斉藤莉奈と同様にダメージはほぼ無い。彼女は自分の体の周りに能力で固めた窒素の壁を無意識で作り出せる。

 

「演算を妨害できたと思ったんだけど自動で能力発動って、第一位かよぉ」

 ずるいなぁ、と斉藤莉奈は笑う。能力は互いに互角。似たような能力に、長丁場になりそうだと彼女はダイヤとなった拳を奮った。

 

 

 

 

 

 

 第十八学区の素粒子工学研究所。

 『スクール』、『アイテム』、そして天江空也との戦いで既に半壊以上の被害を被っているその建物には、三人の人影があった。一人は天江空也。灰色の天然パーマの男であり、彼の身につけている黒の改造学生服は垣根帝督との戦いでボロボロになっていた。もう一人は聖望琉。長い黒髪が特徴の少女で、柵川中学のセーラ服を来ている。ただ、こちらの少女の顔色はあまり良くない。

 

「望琉、少し休憩してろ。負担をかけすぎた。それにこっからはあまり見ないほうがいい」

 天江は聖に言った。その天江の見つめる先には金髪の女子高生、『アイテム』の構成員であるフレンダがいた。手足は腐っており、気絶しているが、命には別状はない。天江はまず、彼女の武器である爆弾や拳銃の類を没収していく。天江空也にとって爆弾はあまり好ましくない。もし、分解の途中で違う化学反応でも起こされて爆破するなんて状況は避けたい。

 

「...ふぇ...っ!」

 武器の類を奪ったあとに天江はフレンダの顔を幾度か叩いて意識を覚まさせる。この際、左手で拳銃を額に押し当てることは忘れない。天江にとって拳銃は普段は使うことはないが、拷問や尋問の時はこうした見える凶器というのは相手の心をへし折るには一番なのだ。特に拳銃のような相手に感触を伝えるものはより現実味を帯びさせる。

 

「何の真似よ...」

 引きつった顔でフレンダは言った。ただ、それと同時、暗部にいた彼女はこれから自分の身に起きるであろうことも悟る。更に自分の手足の感触もなく動く首だけで、それらがどういった状況かを理解する。常人なら気絶してもおかしくない光景を前に、彼女は唇を噛み切る痛みでなんとか堪えた。

 

「尋問だ。大人しく『アイテム』の情報を教えれば助けてやる。反抗すれば...分かってるだろ」

 天江の言葉にコクりと少女は頷く。そして、アイテムのメンバーの容姿から能力、アイテムの隠れ家の場所、さらには聞いてもいない『スクール』と揉めている理由、『スクール』のメンバーとその能力までその口から漏れ出した。暗部の人間としてこの行動はどうかと天江は思うが、『デリート』にとっては知ってて損はない情報なのでありがたく受け取っておく。

 

 すべてを話し終えたフレンダに突きつけていた拳銃をしまい、天江は自分も飲まされた錠剤をフレンダに飲ませた。そして彼女の体内に入ったそれを分解し、合成して再生能力を高めさせる。すると、ものの数秒で彼女の腕は元の健康な状態へ回復した。

 

 ホッと安堵の息を漏らすフレンダを視界の端に捉えつつ、天江空也は先ほどの情報を他の『デリート』の構成員にメールで送信する。とりあえず『アイテム』の隠れ家は分かったのでこれからそこを強襲しに行くことを文面に含めた。

 

「聖、行くぞ。とりあえず第4位を生かして捕らえねぇとな」

 天江空也は座って休憩していた聖に声を掛ける。聖が腰をあげようとした時、

 

「やっほー、天江君。何か困ってるんだってぇ? 良かったら君の活躍力に期待したこの私が助けてあげちゃうゾ」

 その部屋、破壊され尽くして複数の部屋がひとつになった広間のようなこの場所の一角に、その女はいた。腰まで伸ばした長い金髪に中学生とは思えない発育の良すぎる胸、そして常盤台中学の制服をきた女。蜘蛛の巣を連想させるレース入りのハイソックスにレース入りの手袋を着用している。

 

「こんなところに何しに来やがった? 今日はアンタとのデートの約束はしてねぇぞ、『心理掌握(メンタルアウト)』」

 天江空也は露骨に嫌そうな顔をして、その女を迎え入れた。隣にいるフレンダは理由が分からないといった様子で二人を交互に見ている。

 

「いいじゃん。私が会いたかったってことじゃ駄目かしらぁ? ってのは冗談力で、今回はお仕事なんだけどねぇ」

 女、学園都市最高の精神系能力者のレベル5の食蜂操祈はクスリと笑い、天江空也の顎をそっと撫でた。

 

「私の能力は知ってるでしょ。ここは大人しく従っとくのが得策だと忠告しておくゾ」

 そして、食蜂操祈はおもむろに星のマークが入ったバッグからリモコンを取り出し、ボタンを押した。すると、聖望琉とフレンダの目から生気が消え、その場で固まってしまう。

 

「相変わらずエグい能力だな、食蜂」

「私には操祈って名前があるんですケド。そっちを呼んでくれないかなぁ...なーんてね、仕事、仕事っと。何か上から頼まれちゃって、天江君の『終着地点』を返してくれってさぁ」

 食蜂操祈の言葉に、今まで表情豊かだった天江空也から表情が消えた。

 

「必要なんでしょ? トラウマがあるみたいだけど、もうそろそろ克服力してもいいんじゃないかなぁ」

 聖たちに使ったリモコンとは別の物を取り出して、食蜂操祈は言う。

 

「天江君は私のお気に入りだからさ。悪いようにはしないってぇ」

「悪いようにね。んなもんは記憶を弄ったお前にしか分かんねぇよ。そもそも俺らが付き合ってること自体、事実かどうかも」

 プツンと唐突に天江空也の体が傾いた。力が抜けたように倒れていくその体を食蜂操祈は受け止める。リモコンのスイッチに指を当てたまま、彼女は胸に抱いた彼の気を失った顔を見て微笑む。

 

「フフフ...どうかしらねぇ、一応そうなんだけど、私の改竄力でどうにでもなっちゃうもんねぇ、天江君」




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