とある約束の終着地点   作:ゆきひな

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『終局』 ep1

 初春飾利はオープンカフェにいた。風紀委員である彼女は今日は非番であったため、彼女の友達である春上衿衣へのプレゼントを買いに街へと、繰り出していた。その帰り道、第7学区の駅前で迷子になっていたとある少女を保護することになり、佐天涙子らと別れ、職務を全うしている最中である。

 

「ところで、迷子はどうなったんですか。アホ毛のビビッと反応はもうなくなったんですか?」

 テーブルに突っ伏して、手を伸ばしグターっとなっている打ち止めと名乗る10歳ぐらいの少女に、この店名物の大型甘味パフェに挑戦していた初春飾利は声をかけた。カフェには数人の客が入っており、談笑に花を咲かせている。

 

「...ミサカはミサカは、アホ毛じゃないもん、って萎れてながら答えてみたり!!」

 はぁっとため息をついた少女は、キョロキョロと周囲を見渡す。それに合わせて秋のそよ風を受けた彼女の頭頂部から飛び出した一部の髪の毛が揺れる。

 

「あー、あっちの喫茶店から迷子の反応がするって、ミサカはミサカは感じ取ってみる」

「嘘ついてもダメです。向こうにあるキーホルダーを眼見してるのはバレてますよ。大体、私の甘味パフェは序章を迎えたばかりで、まだ席を離れるわけには行かないんです」

 初春飾利はそう言って、パフェのバニラアイスの部分をスプーンで掬い口に含む。冷たい感触と口の中に広がる甘さに彼女の表情が緩んでいく。

 

「ふん、じゃあいいもん。タクシー代のお釣りをもらってたから、それを握ってミサカはミサカは喫茶店にダッシュしてみたり!!」

 言い終わる前に走り出していく打ち止め。彼女の後ろ姿へ初春飾利はハンカチを振りながら、戻ってくるように、と告げると中層へと差し掛かる甘味パフェへと手をつけるべくスプーンをパフェへと入れたその時、

 

「失礼、お嬢さん」

 不意に横から声をかけられた。初春飾利は声の方向、何だかガラの悪そうな少年が立っていた。手には機械でできた怪しげな爪が装着されており、その風貌に似合わない柔和な笑みを彼女に向けて言った。

 

「俺は垣根帝督。人を探しているんだけど、どこに行ったか知らないかな?」

 そう言って、彼は懐から取り出した一枚の写真を初春飾利に見せた。写真には先程まで一緒にいた打ち止めと名乗っていた少女が歩いている光景が映されている。それをじーっと見ていた彼女は、垣根帝督と写真を数回交互に見て、首を左右に振った。

 

「いいえ、残念ですけど見てないですね」

「そうか。じゃあ、もう少し自分で探してみる。ありがとう」

 にこっと笑顔を向けたまま垣根帝督は立ち去る。その姿を初春飾利は視界から外し、目の前の大型甘味パフェからアイスクリームを掬いだした。表面が溶けかけたバニラアイスが夕日に照らされ輝いている。帰路についている学生たちが慌ただしくテラスの前の大通りを通り過ぎていく。

 

「ああ、そうだ。お嬢さん。言い忘れてたことがあるけど」

 初春飾利が顔を上げる前に、次の言葉が出た。

 

「テメェが最終信号といた事は分かってんだよ。クソボケ」

 ゴン!!という衝撃がこめかみの辺りを突き抜け、視界が反転する。殴られた、彼女が気づく前に椅子から転げ落ちた彼女の体は周囲の椅子やテーブルを巻き込んでいく。食べかけの大型甘味パフェは床に落ち、硝子の割れる音が店内に響き渡った。次いで、通行人たちの悲鳴が響き、辺り一帯は混乱に包まれる。

 

 何とか起き上がろうとするが、彼女の右肩を地面に縫い付けるように垣根帝督の足が押さえつける。靴底をグリグリと彼女に押し付けるたび、骨が擦れる音が襲う。そして、グゴギッ!! という鈍い音が鳴り響くと同時、激痛が走り、彼女の口から声にならない悲鳴がこぼれた。関節が外れ、痛みにのたうち回るが、垣根帝督は表情一つ変えず暴行を加える。

 

「あぁ、ムカついた。一般人には手を出さないつもりだったが、協力しないなら容赦はしねぇ。ここでお別れだ」

 外れた骨を無理やり靴底で動かされ、初春飾利の目からは涙が溢れた。なぜこうなったかわからない理不尽さ、圧倒的な暴力による恐怖、そして状況を打破できないことへの未熟さに彼女の心は圧迫されていく。右肩に置かれていた足が、彼女の頭上へと狙いを変える。垣根帝督は空き缶でも潰すように躊躇いなく足を動かした。

 

「...ったく、シケた遊びでハシャいでンじゃねェよ。三下」

 突然吹き荒れた風に思わず初春飾利は目を瞑った。次いで、新たな先程とは比べ物にならない烈風が轟音と壁やガラスを巻き込んだ衝撃波となって垣根帝督を襲う。その一撃をくらいバランスを崩した垣根帝督は、視線を初春飾利から外した。

 

「もっと面白いことして盛り上がろうォぜ。悪党の立ち振る舞いってのを教えてやるからよォ」

 学園都市最強のレベル5の狂気の声を初春飾利は確かに聞いた。

 

 

 

 

 

 

 天江空也は下部組織の人間が運転する移動用の白のバンの後部座席に乗っていた。隣には聖望琉が座っている。彼女の顔色から疲労の色が見て取れるが、天江空也は気づかないふりをする。スマートフォンからは電話口の女が繋がるやいなや、スピーカー越しに大声で責めてくるのを彼は軽く聞き流していた。

 

『って、聞いてんの!?』

「聞いてる。聞いてる」

鬱陶しそうに答える天江空也に電話口の女が悔しげに呻く。

 

『まぁいいわ。アンタの無断行動は許してあげる。那須亮太が重傷を負いながらも、『ブロック』の構成員の回収と『スクール』の砂皿緻密の処理、『ブロック』、『スクール』の制御役の男の粛清と頑張ってくれたからいいわ。最も、那須亮太は傷口も開いちゃって全治3週間らしいわよ』

 

『それと、『アイテム』は崩壊しちゃったみたいだし。なんでも仲間割れらしいわよ』

「あぁ、分かってる。こっちで麦野沈利と絹旗最愛は回収した。ただ、フレンダとか言う奴は上半身と下半身が真っ二つ、あれはもう駄目だ」

 にやりとしながら天江空也は会話する。垣根帝督との戦いの後、『デリート』の構成員の斉藤莉奈と絹旗最愛は下部組織の人間に回収させ、今頃はおそらく第7学区の『冥土返し』のところへと送られているはずだ。

 

 麦野沈利は『デリート』側で回収し、今現在、この車の中で捕縛している。第3学区の植物性エタノール工場で倒れていた麦野沈利は右目が潰れ、左腕が消失していた。その途中、証拠隠滅に来ていた『アイテム』の下部組織の連中がいたが、全員、『終着地点』の餌食になってもらった。

 

 麦野沈利のあっけない最期を憐れむと同時、彼女を倒したと思われるあの無能力者の男を思い出し、笑いがこみ上げてきた。助けてやって正解だったな、と。

 

『そう、ならいいわよ。これで私の面目も保たれるわ。それじゃあ、アンタらに今日最後の仕事。上からの直々の案件でね、一方通行と垣根帝督が喧嘩おっぱじめたからさ、垣根帝督の回収お願い。何か騒ぎが大きくなりすぎて下部組織だけじゃ証拠隠滅の対応が間に合ってないみたいでね』

「了解」

 通話を終了した天江空也は下部組織の男に行き先を告げる。車が進路を変更して行くのをカーナビの画面越しに見た聖望琉は天江空也に話しかける。

 

「...第1位...倒す。...私、頑張る」

「頼む。お前の能力が鍵だ。能力の使えない一方通行なら、楽勝だ」

 楽勝、そう言いつつも天江空也の表情が晴れることはなかった。一方通行。学園都市最強のレベル5にして最もレベル6に近いと呼ばれている存在。天江空也が超えたくても越えられないと烙印をされた二人の関係に聖望琉もまた、彼に声をこれ以上かけることはできなかった。

 

 ただ、聖望琉は静寂に包まれた車内で遠い昔のことを思い出していた。3年前のあの日、まだ、天江空也が暗部に堕ちる前の出来事を。

 

 

 

 

 

 

 聖望琉が天江空也と出会ったのは、彼女の姉の聖瑠花(るか)の紹介だった。いつも大人しく口数の少ない姉が、頬を染め照れながら天江空也を紹介する姿に妹は衝撃を受けた。どうやら姉は天江空也のことを好きなようだった。幼い聖望琉にも分かるほどその姉からは女の香りが漂っていた。

 

 聖瑠花という少女は愛に飢えた子供だった。幼い時から実の父親にDVを受け、そんな父から逃れるように娘を置いて他の男と逃げた母親、そんな暴力に怯える妹、頼れる人間のいない家庭で育った彼女は酷く愛に飢えた子供だった。欲しいものを買ってもらえず、他人との距離の取り方もわからなくなってしまった彼女にとって、親に捨てられ、大人たちの紛い物の笑顔ばかりを向けられて来た天江空也は似通った部分があると本能的に感じ取ったのだろう。

 

 聖瑠花と天江空也は学園都市のとある研究施設で出会った。置き去りであった彼は小さい頃から学園都市のレベル5として様々な研究施設に連れ回され、そして今回は『自分だけの現実』が脳のどこに宿っているのかを調べる『プロデュース』という実験に呼ばれていた。その時の最期の被験者として研究者たちが準備したのが聖瑠花だった。

 

 当時、学園都市最高のコンピュータの『樹形図の設計者』の計算で絶対能力者になることを証明されていた天江空也は、絶対能力者へと進化するため『プロデュース』を得た実験結果から最終段階を迎えようとしていた。

 

 そして、『樹形図の設計者』の出した絶対能力者へと進化するための予測は、レベル5の天江空也の脳に、『暗闇の五月計画』の副産物によって、能力を無意識下で自動展開できるレベル4の『肉体再生』を持つ聖瑠花の『自分だけの現実』を移植することだった。そうすることで絶対能力者へと至った時に、天江空也の『終着地点』が、あまりにも強力すぎて自分自身の肉体を破壊する前提条件を、『肉体再生』で常に再生し続けることでクリアすることが可能という結論に行き着いたのだ。

 

 『プロデュース』の実験は、数十人の置き去り達の脳を解剖することによって、『自分だけの現実』がどこに宿るのかを特定することに成功した。実験が終わるまでの間、天江空也と聖瑠花の二人は互いのことを意識するようになっていた。幼い聖望琉にも分かるほど、二人は愛し合っていた。

 

 実験の前日、姉の聖瑠花はやけに嬉しそうだったのを彼女は覚えている。やっと天江空也の役に立てる。こんな私でもだれかの役に立てるんだって。こんな姉の姿は今まで見たことなく、聖望琉もまたそんな彼女の様子を見て自分のことのように喜んだ。

 

 そして、あの日。全ての始まりとなった惨劇が起こった。最後の最後に実験は失敗し、聖瑠花は死んだのだ。失敗というより、研究の存在を知った警備員によって実験途中の状態で強制的に止められたというのが正しい。当時、研究所の制圧を行った警備員の一人は、手術台の上で寝かされた少年と少女がいたと証言している。少年は麻酔を打たれたように眠っていて、少女は、頭を開かれ、その中にはあるはずの脳が無く、手近にあった台の上に、一部が切り取られた脳が置いてあった、と。切り取られていた部分の脳は研究施設すべてを探し回っても、発見には至らなかった。

 

 それに伴って、実験は終了。『樹形図の設計者』により、他の方法では絶対能力者へと至れないと判断され、彼はレベル5でありながら落ちこぼれの烙印を押されることになった。使い捨てのレベル5、いつしかそう呼ばれることになった天江空也は序列を第6位に落とし、学園都市の闇、暗部へと堕ちていったのは時間がかかからなかった。

 

 と、言う事を聖望琉は暗部に入る事と引き換えに、学園都市の上層部の連中から聞き出していた。天江空也はこのことを知らない。ただ、聖瑠花の死を悔み、『約束』を叶えるため、『ゲート』をともに知る共犯者という関係だと彼は解釈している。『ゲート』、学園都市の科学技術が作り出した死んだ人間を作り直すと言われる装置。都市伝説のような根も葉も無い噂だが、そんなものに縋るしかない。

 

 止まりたくても、止まらない。止められない。例え、一方通行が強かろうと、天江空也は引き下がるつもりなど毛頭なかった。アレイスターとの直接交渉権、『ゲート』が本当に存在するのか、それはどこにあるのか、それらを知るためには交渉材料が大いに越したことはない。麦野沈利だけじゃ駄目だ。一方通行、垣根帝督。彼らもまた交渉のテーブルを左右する大事な人質なのだから。

 

 

 

 

 

 

 車が停車した。天江空也は外の光景を見て心の奥底から生まれる物を堪えきれずに口の端を釣り上げた。あの垣根帝督が一方通行に全く反抗できずに虐殺されていた。背中から垣根帝督のメルヘンチックな白い翼とは真逆のイメージを与える噴射にも近い黒い翼を生やした一方通行はアスファルトにめり込んだ垣根帝督に華奢な腕を振り上げ、拳を振り下ろす。肉を打つ音が響くたびにアスファルトに亀裂が走り、余震のように大地が震えた。周囲には垣根帝督の体の一部が弾け飛んで、撒き散らされている。

 

 なんだあれは、面白すぎんだろ。ただ、彼は深い闇へと自分の心が落ちていくのを感じながら他人事のように思った。

 

 周囲の野次馬達はその光景に目を奪われ、ただ、圧倒的な殺意の塊に押しつぶされそうな心を守ることしか出来ずにいた。その中には警備員の姿も見られたが彼らもまた何もできずにただ静観するばかりだ。

 

 天江空也は笑う。乾いた笑みを浮かべ、その手を肩から下げたショルダーバックから注射器を取り出す。『Maid in Ensyu』という意味の奇怪な記号が刻まれたそれは『擬似強度増加薬品』が入っていることを意味していた。発酵させて褐色になったそれを聖望琉に渡す。

 

「さっさと打て。対象は一方通行だ」

 感情を一切込めていない冷たい声に聖望琉は背筋に嫌な汗が流れるのを感じる。完璧に暗部モードに入り込んでしまっている空也に逆らえば、例え、自分でも迷いなく殺されると彼女は感じていた。

 

「下部組織のやつは垣根帝督の肉塊を全て回収しろ。いいか、ほかの組織に先を越されんじゃねぇぞ」

 天江空也の命令に下部組織の連中は頷く。そして、聖望琉が注射器を打ったのを確認すると、人ごみの中へと飛び込んでいく。野次馬たちの中を押しのけ、騒ぎの中心へと移行する天江空也に気づいた野次馬の一人の男が彼の方を掴む。

 

「おい、あぶな...」

 彼からしてみれば危険な場所へと入ろうとした天江空也を助けるつもりの善意の行いだったのだろう。ただし、今の頭のネジが数本抜けた状態の天江空也にとってそれは邪魔以外の何者でもなかった。周囲から一斉に悲鳴が起こる。肩を掴んだ男の体が一瞬でミイラへと変わったのだ。それだけじゃない。さらにその周辺の関係のない野次馬達もミイラへとなる。

 

 空也の邪魔したから...。聖望琉はミイラとなった彼に同情しながら、天江空也の隣を彼女は歩く。既に『能力調整』で一方通行のAIM拡散力場は彼女の支配下に置かれている。彼女が鑑賞すれば一方通行の能力の出力をゼロにすることも最大にすることも自由自在だ。

 

 その時、上空からバタバタバタ!! という空気を叩く音が聞こえた。空を見上げれば、青空を引き裂くように黒い攻撃ヘリが頭上を舞っていた。学園都市最新鋭の『六枚羽』と呼ばれる無人攻撃ヘリだ。

 

 天江空也は上空を舞う六枚羽から発せられる騒音に顔をしかめた。

 

「うぜぇ...」

 天江空也は一言、そう言うと腕を振り上げた。その手のひらが六枚羽に向けられる。刹那、六枚羽がバラバラに分解され墜落した。『終着地点』の最大出力並みの威力を『能力調整』の助けもなしに使えることに聖望琉は薄ら寒いものを感じていた。さすがはレベル5、落ちこぼれの烙印をつけられる前まではどの超能力者達より、戦闘能力が高く、木原円周や木原素数によって『木原』の残虐性を植えつけられただけはある。

 

 そんな中、一方通行は天江空也に目を向けず、ひたすら垣根帝督だったものを殴り続けている。衝撃が地面を揺らし建物を震わせる中、唐突に一方通行の腕がぐちゃりとこぼれ落ちた。そう、彼の右腕から肉と皮が骨から削ぎ落ちたのだ。まるで糊付けされていた紙がポロッと剥がれ落ちるように何の抵抗もなく重力に逆らっていないようだった。

 

 初めて、一方通行が垣根帝督から視線を移した。その先にいるのは天江空也。

 

「じゃぁ、とっとと終わらせるか。今回は素数のクソやろぉ、数多おじさん、病理おばさん、乱数おじさん、テレスティーナおばさん、那由他ちゃん、いや違うか。うん、違う。なら彼女か。こういう時、『木原』ならこうするんだよね、円周ちゃん」

 にやりと天江空也は笑い、動く。まるで自分の命に執着など無い相打ち覚悟のノーガードの突撃だった。防御を一切捨てて、ただ、相手を壊すことだけを重点においた複雑性のない真っ直ぐな突撃が一方通行を襲う。

 

「ォォォおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 それに対して一方通行は咆哮を上げ、轟音を鳴らす。周囲に悪意をばらまきながら、一方通行はその莫

大な攻撃を突撃してくる天江空也に叩きつける。

 

 二つの衝撃はぶつかり、戦いの合図を告げる衝撃波が野次馬たちを正面から巻き込んでいった。

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