とある約束の終着地点   作:ゆきひな

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いつもより長めです。


『終局』 ep2

 どうして?

 

 聖望琉は今日何度目かわからない嘔吐をした。もうすでに胃の中の食べ物は出し切ってしまい胃液だけが地面を汚していく。蹲り、体の震えが止まらない彼女は、溢れ出る涙を堪えきれずに何度も自問自答を繰り返していた。

 

 彼女の周囲の野次馬達は目の前で繰り広げられている天江空也と一方通行との戦いの光景に見入っているため、聖望琉に目を向けない。それほどまでに、円形に囲っている野次馬たちの中心で行われている二人の超能力者同士の殺し合いは凄まじいものだった。

 

 一方通行は、『終着地点』による筋肉の腐敗をもろともせず、ひたすらにベクトルを乗せた骨が見えた拳で殴るか、離れた場所から何らかの方法で天江空也の体を引きちぎる。何らかのベクトルを操り、一点に集中して攻撃してくるのは分かるが、それが本当に可能かどうか判断できない理屈のないその攻撃はもはや回避不可能であった。圧倒的なその攻撃は垣根帝督でさえ、理解できないものだった。

 

 対して、天江空也のとった行動は単純だった。木原円周の行動パターンから、防御を一切捨てた攻撃のみを特化させたその戦闘態勢で確実に一方通行を追い込んでいた。現に、一方通行はベクトルを必要としていない『終着地点』の攻撃を反射することもできず、右腕と左足、顔の左下の部分の肉が腐り落ち、その白い骨が見せる状態にまでなっていた。だが、天江空也もベクトルをコントロールした一方通行の拳で体のあちこちの骨は折られ、左腕に至っては付け根のあたりから引きちぎられている。

 

 互いにノーガードで攻撃をぶつけ合い、どちらが先に倒れてもおかしくはない。血しぶきがアスファルトの地面を紅く染め、大地を揺らした。頭のネジがぶっ飛んでいるのか両者とも、重傷を負い激痛が走っているはずなのに、笑みをより一層深いものにする。心の底から歓喜しているようなその表情は狂っていると表現するのが正しいだろう。そんな中、聖望琉の心は焦りと違和感で埋め尽くされていた。

 

 『能力調整』の効果が一向に現れない。この能力は対象のAIM拡散力場に侵入し、その能力の出力を自由自在に操るものだ。一方通行を対象と設定したその能力を聖望琉は先程から、出力ゼロにしているのだが一方通行の攻撃が止むことはない。対象のAIM拡散力場の選択のミスも考えられたが、『能力調整』の副産物として、対象者の痛覚を共有してしまう効果は彼女を今でも襲い続けており、先程からあまりの痛みに嘔吐が続いていた。

 

 こんなことは今まで一度もなかった。原因不明の現象に、天江空也を助けられないという思いで聖望琉のフラストレーションが溜まっていく。聖望琉は『擬似強度増加薬品』を発酵させて効果を薄めた薬品を注射することで強制的に能力のレベルを大能力者程度にまで上げている。この状態で、超能力者の天江空弥や垣根帝督の能力を完全に支配することは出来ていた。

 

「...AIM拡散力場...意識して操作...してるの?」

 聖望琉の脳内である一つの仮説が思い浮かぶ。そもそもAIM拡散力場は能力者がそれぞれ無自覚に発生させているものであり、精密機械でも使わないとAIM拡散力場は観測できない。中には聖望琉や滝壺理后のようにその科学的な能力ゆえにAIM拡散力場を認識し、利用する能力者もいるがそれは極少数のはずだ。普通の能力者には他人はもちろん自分のAIM拡散力場に干渉することなど不可能だ。いや、聖望琉は不可能と先程まで思っていた。しかし、仮に意図的にAIM拡散力場を操作しているとしたら、操作というよりは作り変えると言った方が正しい。ただ、それをするなら『自分だけの現実』や既存のルールを一度捨て去り、新たに設定しなおす必要性がある。もし、それが可能だとしたら莫大な演算が必要だが、第1位なら出来てもおかしくない。

 

「...それなら無理。...私じゃ無理だ」

 聖望琉は(わら)う。自分の未熟さを嗤い、第1位の規格外さを呪った。AIM拡散力場を乗っ取っても、能力本体に干渉する部分を作り替えられては対応のしようがない。少なくとも大能力者程度では不可能だ。そんなAIM拡散力場を作り変えるなど馬鹿げたことあっていいはずがない。科学にあふれた学園都市の既存のルールを捨て去るなど科学の根幹そのものを揺るがす行為だ。それをあんなに箍が外れた状態でやってのけるなど、どうかしている。その行為は、学園都市に住む全ての能力者の存在を否定しかねない。AIM拡散力場を作り変えるなど、学園都市のあらゆる科学者が目指し、挫折してきたものだ。

 

「...撤退。...空也...帰ろう。...アレは...手に負えない」

 弱々しい声で聖望琉は言う。その声には諦めが多分に含まれていた。だが、天江空也にはその声は届かない。彼にとっては聖望琉の能力が使えなかろうと、今こうして一方通行と削り合いの勝負をしている事実が彼の動きを止めない。勝てる可能性がある以上、いや、勝てないとしても聖瑠花という彼にとって愛する人のためならば、どんなに愚かな行為であろうとも、勝算のない戦いであろうとも彼は止まらないだろう。馬鹿みたいにしがみついて、惨めになりながらも、彼の目から輝きは失われない。

 

 周囲の野次馬の悲鳴が大きなものへと変わった。天江空也のもう片方の腕が肘からぶちりと音を立てて引きちぎられたのだ。両方の腕を失いバランス感覚が失われた天江空也はヨロヨロと後ろに下がっていく。一方通行は咆哮を上げ、アスファルトの地面を蹴る。ベクトルを変換させたアスファルトの破片が、勢いよく天江空也の体へと吸い込まれていった。その衝撃を受け止めきれず、後方数メートルまで飛ばされ、背中からアスファルトの硬質な地面に叩きつけられる。

 

「...空也。...駄目、殺されちゃう」

 ヨロヨロと震える膝を奮い立たせ、聖望琉は激痛に顔を歪めながら天江空也に躙り寄る。膝を付いたまま移動する彼女の目の前に、ピンクのショルダーバックが飛んできた。肩から下げるタイプのそれは肩紐の部分がちぎれており、天江空也を襲った先ほどのアスファルトの破片によるものだろう。そのバックの中には『擬似強度増加薬品』という液体が入った、表面に『Maid in Ensyu』という意味の奇怪な記号が刻まれた注射器が数十本ほど緩衝材によって包まれている。聖望琉は顔を見上げた。一方通行は天江空也の間近に迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 天江空也は酷く冷静になっていた。どうやら両腕共に引きちぎられているらしい。起き上がろうにも、上手くバランス感覚を取れずに立ち上がれない。それに今までアドレナリンが出て興奮状態にあって気がつかなかったが、声を上げたくなるほどの痛みが全身を駆け抜けてくる。さらに血が流れすぎて、視界が歪むのを感じていた。息を吸うことさえ苦痛になってくる。

 

 天江空也の目の前には、顔に薄ら寒い笑みを浮かべた一方通行がじわりじわりと近づいてくる。まるで死へのカウントダウンを告げるように、一歩、また一歩と距離が縮まっていく。『終着地点』を使おうにも演算が追いつかないことを感じ、天江空也は小さく息を吐いた。

 

 クソが。何処にぶつけたらいいのか分からない怒りが彼の心を締め付ける。止めを刺そうとしている一方通行に怒ればいいのか、能力が発動しない聖望琉に怒ればいいのか、こんな依頼を持ちかけてきた学園都市の闇に怒ればいいのか、世界でたった一人愛して死んだ聖瑠花に怒ればいいのか。

 

(いや違うな。俺だ。俺は俺自身に、天江空弥という『個』に怒りを感じてるんだ)

 どうしようもなく弱い自分自身に怒りを感じているんだ。3年前の『プロデュース』でさえ、当時の俺がもっと強ければ、結果は変わっていたかもしれない。遣る瀬無い憤りに天江空也は正面の敵を睨みつける。いや、それは自分自身へ向けられたものかもしれない。

 

 にやりと狂気染みた一方通行の笑みが彼に向けられる。ブォッと風の唸る轟音が一方通行の背中から生えた黒い翼から聞こえた。決して、天江空也は目を背け無かった。それは意地か、それとも勝負への執着か。死を正面から受け止めようとした。だが、その視界は直ぐに遮られることになる。

 

「...ごめんね。...空也」

 その声は彼を安心させるものだった。3年前のあの日からずっと傍にあった声。

 

「...私は役たたずの...道具で」

 セーラ服を着た少女は天江空也に背を向け、綺麗な長い黒髪を靡かせた少女は目の前の第一位に臆することなく言葉を続ける。彼女の手には一本の注射器。その注射器の中に入っている液体は褐色ではなく透明だった。

 

「おい、やめろ、望琉。...お前、自分が何をしようとしているのか、ゴホッ...分かってるのか!?」

 天江空也の表情が強張り、死ぬ寸前まで強気でいた彼が取り乱した声を上げた。天江空也に腕がついていれば聖望琉を押し倒して、ぶん殴ってでもその注射器を取り上げただろう。木原円周が独自の科学で生み出した『擬似強度増加薬品』。脳に急激な負担をかけることで数分だがその能力の強度を強制的に跳ね上げるもので、普段は天江空也が発酵させ、効果を薄めて使用させているがそれには理由がある。

 

 無色透明な状態で使えば、強制的にレベル5相当にまで跳ね上がるが、能力使用後に今後一切の能力は使えなくなり、脳にかなりの負荷がかかる影響で、エピソード記憶、手続き記憶、意味記憶のうちのいずれかを失うことになるためだ。使用者の限界を無視して、壊すことを信条とした『木原』らしい産物だろう。

 

「...大丈夫。...超能力者になった...私が...空也を守る」

 その言葉は弱々しいが、何者にも邪魔させない決意を秘めた声だった。

 

「...だから、ね。...最期の我が儘」

 一瞬だけ振り返った聖望琉の表情が見えた。笑っていた。涙を流しながらも、聖望琉は彼との思い出を抱きしめるように笑っていた。天江空也はあらん限りの大声で止めさせようとするが、その口からは掠れた声しか出ない。

 

「...お姉ちゃんを助けて」

 注射器の針が音も立てずに彼女の腕に入っていく。液体が彼女の体内に全て入りきる。

 

 使い終わった注射器がアスファルトの地面に落とされ、破片へと変わる。同時、一方通行は動いた。噴射のような黒い翼で空気を引き裂き、その線上にいる聖望琉と天江空也の二人をまとめて叩き潰そうとした。その場にいた全ての人間が悲惨な光景を想像し、目を背ける。

 

「...対象は一方通行。...対象のAIM拡散力場に侵入。...調整開始...3、2、1、出力ゼロ」

 感情のない冷ややかな声が空間を支配した。刹那、一方通行の体に異変が起こる。暴風の渦のようになっていた黒い翼が一瞬で霧散した。わずかに聖望琉の頬を撫でる程度の風が吹いただけだ。聖望琉は能面のように感情の篭らない瞳で一方通行を見つめた。

 

「...出力最大...ベクトル変化」

 彼女は懐から拳銃を取り出し、安全装置を手早く解除し、引き金を引いた。放たれた銃弾は一方通行に当たる直前勢いを増し、彼の腹部を貫く。ベクトルの向きを一方通行自身に向けることで銃弾にベクトルを上乗せしたのだ。腹部を貫かれた一方通行はその場に崩れ落ちる。

 

 これが超能力者。『能力調整』を持つ彼女の最後の舞台だ。聖望琉は下部組織の人間を携帯で呼び出した。通話が終わると同時、野次馬たちもいるこの場所に煙幕が発生する。下部組織の連中が二人を回収するためにしたのだろう。案の定、混乱する野次馬達に紛れるように下部組織の人間が二人を回収する。一方通行も回収しようとしたが、騒ぎに気づいた警備員達の抵抗に会い、諦めることになった。

 

 いつもの白いバンに乗せられた二人はその場を後にする。車内で聖望琉はボロボロになった天江空也の口に素粒子工学研究所で飲ませたモノと同様の錠剤を一粒、入れ込む。そして、『能力調整』の対象を天江空也に変えた。『擬似強度増加薬品』の効果が切れるまで後1、2分ほどしかないが超能力者になった彼女には十分な時間だった。

 

「...空也...助けるから」

 聖望琉は、激しい体の痛みと頭をすり潰されるような痛みに抗いながら、天江空也の治療を行った。天江空也との最後の時間を全て使い、彼女は天江空也の体を全て治した。だが、

 

(...さよなら...空也)

 不思議と恐怖はなかった。ゆっくりと沈んでいく意識に彼女は身を委ね、瞼を閉じる。柔らかな布に包まれたような安心感に少女は笑みを浮かべた。この瞬間、今を生きた聖望琉は壊れていった。

 

 

 

 

 

 

「あなたがここまでするなんて、珍しいんじゃないんですか?」

 スクランブル交差点の中心、ついさっきまで一方通行と垣根帝督、そして天江空也たちが争いを広げた場所に彼女らの姿があった。一人は『スクール』の構成員、ドレスの女。『スクール』のリーダーである垣根帝督は敗北したというのに彼女は悲しむことすらなく、そこに立っていた。派手なドレスに身を包んだ彼女は目の前の女を見つめる。

 

「うーん。今回は天江君が関わっていたわけで、彼に恩を売るには絶好の機会だと思ってねぇ」

 ふふっと楽しげに笑う女、常盤台中学の制服に身を包んだ学園都市のレベル5、食蜂操祈だ。彼女は『デリート』の天江空也と何らかの接点があるようだが、ドレスの女の知るところではないし、知ろうと聞くことはない。精神系能力者の頂点に位置する彼女の前ではドレスの女の『心理定規』など、食蜂操祈の『心理掌握』の一部でしかない。およそ自分の敵う相手ではないのだから、彼女の機嫌を損ねるのは避けたいと考えていた。

 

「それにぃ、あなたを助けてあげたんだけどなぁ。お礼の一つも言うのが礼儀だと思うゾ」

 髪をかき上げる仕草をしながらドレスの女を見る。食蜂操祈がここに呼ばれたのは、ここであった一方通行と天江空也の戦いに関する一般人たちの記憶の改竄をするためだ。あれだけの目撃者達を証拠隠滅するには『心理掌握』を使ったほうがいいというドレスの女の考えだ。垣根帝督と一方通行の戦いは全くいじっていない。

 

「感謝していますよ。ですが、私が天江空也を助けたのもまた事実です」

 ドレスの女は食蜂操祈を使った証拠隠滅の方法を評価され、反乱を起こした『スクール』であるにもかかわらずお咎めなしになっている。ただ、それと引き換え第三学区の高層ビルで垣根帝督に殺されかけた天江空也達を見逃すように、垣根帝督に言い、実際に彼らの命を救っていた。食蜂操祈と交わした約束は互いに達成されたというわけだ。

 

「そうかもねぇ。まぁ、いいわ。あなたも私の派閥に入ってくれるみたいだし、頑張ったかいがあったわぁ」

 

 

 

 

 

 

 天江空也は窓のないビルの内部に呼ばれている。聖望琉をカエル顔の医者のいる病院へ運んだ後、彼は垣根帝督だった肉片や脳と麦野沈利の二つの交渉材料を使ってアレイスターとの直接交渉を考えていた。そんな彼の前に『案内人』と呼ばれる男なのか女なのか分からないように狐のお面を付けた人間が現れたのだ。『案内人』によるとアレイスターが天江空也に用があるらしい。

 

 窓のないビルは出入り口のないビルだ。学園都市で一番立場の高い統括理事長であるアレイスターが引き込もっているこのビルを覆う壁は天江空也の能力を持ってしても分解することはできない。中に入るには『案内人』と呼ばれる空間移動系の能力者の手助けが必要になる。『案内人』に連れてこられた一室は、蔦のように伸びたパイプが中央の巨大なビーカーのような容器に繋がれていた部屋だった。その容器の内部には液体が入っており、さらにその中には逆さまに浮いた緑色の手術衣を着た人間が天江空也を見ていた。男にも女にも、子供にも老人にも、聖人にも囚人にも見える『人間』の名をアレイスター=クロウリーという。

 

「直接会うのは初めてだな。『終着地点』。私はアレイスター=クロウリー」

「うるせぇんだよ。そんな自己紹介なんて無意味だ。とっとと本題に入れ」

 天江空也はアレイスターの言葉を遮った。聖望琉を失った彼はもう失敗はできないのだ。

 

「君の持ってきた麦野沈利と垣根帝督をこちらに引き渡して欲しい。特に『第二候補』である垣根帝督は、ね」

「はい、そうですか。とでも言うと思ってんのか。俺はこいつらをアンタとの交渉のために連れてきたんだ。俺の質問には答えてもらう」

 

「『ゲート』か...。随分と懐かしい名だな。答えておくよ。『ゲート』は存在するし、この窓のないビルの中にある」

 アレイスターの回答を受け、天江空也は動こうとした。だが、その行動は失敗に終わる。足が地面に縫い付けられたように動かないのだ。

 

「勝手に動いてもらっては困る。...『プラン』に誤差が生じるのはなるべく避けないといけないのでな」

 表情ひとつ変えることなく言うアレイスターを天江空也は睨みつける。『終着地点』を放とうとするがそれよりも早く頭の中にノイズが走る。まるでAIMジャマーの影響を受けている時のようだ。

 

「...用件は以上だ。気をつけて帰りたまえ」

 アレイスターの言葉を受けた『案内人』が天江空也の肩に触れた。その瞬間、視界が変わり、景色がビルが立ち並ぶ街中を映す。『案内人』を捕まえて窓のないビルにもう一度、入ろうとしたが既に『案内人』の姿は無かった。

 

 

 

 

 

 

 第7学区の病院に運ばれた那須亮太は、ベットの上で目を覚ました。全治3週間という大怪我を負った彼だが、その活躍の甲斐あって『デリート』が学園都市に反乱、という扱いを受けずに済んだのだから良かったのだろう。

 

 体を動かそうとすると、激痛が走るため動くのを止め、染み一つ無い真っ白な天井を見つめる。誰が助かり、誰が死んだのかは那須亮太は知らないが、『デリート』という暗部が正式に生き残ったというのは確定事項だろう。自己満足にしかならないが、自分の領域を守れたというのは嬉しいものだ。

 

 あの時、第十学区の少年院で出会った少女との戦いは、那須亮太が正体不明の謎の力の片鱗に触れたということでもあった。それは『魔術』と呼ばれるものなのだが、今の彼は知らない。ただ、学園都市の超能力といった力で、別の力がこの世界には存在しているということを物語っていた。その経験は彼の力になる。今の彼はそんな力でも必要なのだ。

 

(俺は学園都市を、あいつの居場所を守ってやりたいだけなのであります)

 那須亮太は未知の力に臆することなく、再起するその時を静かに待った。

 

 

 

 

 

 

 病院の待合室の一角の席に腰掛けた斉藤莉奈はぼんやりと時計の針を眺めていた。時計の針は21時近くを指し示している。垣根帝督に吹き飛ばされた彼女は右足の骨を骨折、そのほか打撲が多数と言う診断だった。同様に『アイテム』の絹旗最愛も似たような症状だ。

 

 斉藤莉奈の右足には包帯が巻かれ、席には松葉杖が掛けられている。いつもの露出度の高い服は着ておらず、今は入院患者が切る地味な服に収まっている。

 

 そんな彼女は垣根帝督との戦いではない過去を振り返る。電話口の女は、天江空也の過去を知っていた。そして、彼女の話が正しければ天江空也は本当の『終着地点』の使い方を思い出したことになる。

 

(電話口の女は信用できないのぉ)

 斉藤莉奈は天江空也の過去を知っている。当時も暗部に属していた彼女は非公式な実験の『プロデュース』を行っている研究所が警備員に感づかれたことを受け、聖瑠花の『自分だけの現実』を回収するためにあの場所へと派遣された。斉藤莉奈は少女の『自分だけの現実』が宿る脳の一部を持ち出したが、その帰り、天江空也が『終着地点』を暴走させ、研究所の職員や警備員らをミイラ化させたのを見ている。

 

 それをつい最近まで天江空也は忘れていた、もしくは忘れさせられていたのだが、今日になって突然、思い出させるなどやはりありえない。あの力は学園都市そのものを崩壊させかねないほどのパワーを秘めている。それはたくさんの悲劇を生み、後には絶望しか残さない。

 

(学園都市が何を考えてるのかは分からないけど、これ以上は好きにはさせないのぉ)

 斉藤莉奈は誰もいない待合室で誓いを立てる。もうこれ以上誰も悲しまないように。

 

 

 

 

 

 

 そして、夜遅く天江空也と斉藤里奈はとある病室の前に集まっていた。もう一人、那須亮太にも来て欲しかったのだが、彼はベットの上から動けないでいるため仕方が無い。

 

「それで、もう病室に戻ろうと思ったのに、私を呼び出してどうしたのぉ?」

 斉藤莉奈は面倒くさそうに携帯をいじりながら言った。

 

「会えば分かる」

 天江空也はただ、一言、何かに耐えるようにそう答え、控えめに病室のドアをノックした。いつもの彼ならばノックなどせずにドアを開け放つのだが、と彼女は思った。

 

 どうぞ、というやけに『明るい』声が部屋の中から聞こえた。それを受けて、天江空也は入るぞ、と律儀に返しドアを開け室内に入る。わずかに窓が開いているためカーテンが揺れる。その窓からは夜空に浮かぶ半月が見えた。

 

「いらっしゃい。『お兄ちゃん』」

 目の前のベットで起き上がっていた少女は、斉藤莉奈の見知った顔だった。

 

「それと、この方は誰なのですか? 『お兄ちゃん』」

 そういうことだ、隣で弱々しい顔をした天江空也が悲痛な声を上げた。長い綺麗な黒髪の少女、聖望琉が疑問を浮かべた表情で天江空也を見つめていた。




 これにて、暗部抗争編は終了となります。この後は、オリジナルの話と天江空也の過去編を絡めながら話を作っていく予定です。

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