Fallout:SAR   作:ふくふくろう

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始まりの日

 

 

 

「高い空、荒れ果てた街並み。着てるのはやけにピッチリした、青いヴォルトスーツ。そして左腕にはピップボーイ、か。形状からすると、去年の年末に発売してから俺がアホみたいにやり込んでた4のだよな。にしてもマジかよ、これ……」

 

 思わず出た呟きで俺の今の状況を察せる人間となら、この空の下でもいい酒が飲めそうだ。

 そんなくだらない事を考えながら、震える指先でピップボーイを操作する。

 

 ステータス

 

 攻撃力10

 ダメージ耐性 エネルギー5 実弾10

 HP95

 レベル1

 アクションポイント90

 

「うっわ、レベル1かよ。フォールアウト4は猿みてえにやってたから、ゲーム内じゃどのキャラもレベル100オーバーだったってのに……」

 

 ボヤいても始まらないかと、ピップボーイのタブを操作して次のページを表示。

 そこにある古めかしい画面には、予想通りSPECIALが映る。

 

「上から3、3、3、3、3、3、10。って、LUCK特化かーい! 夢じゃないならヤバいぞ、これ」

 

 風が肌を撫でる感触。その風に含まれた、少しばかりの磯臭さ。

 こんなリアルな夢があってたまるかと毒づきたいが、現実であるならばそれはそれで困る。

 

 フォールアウトというゲームは核戦争後の荒廃した世界で主人公が生き抜く物語で、とても俺のような半分ヒキコモリの大学生が勝者になれるような場所が舞台ではないのだ。

 放射能で変異したバケモノ、クリーチャーだけが敵ではない。戦争を生き残って暮らしている人間達の大半も、油断ならない連中だ。

 

「まいったねえ。そりゃ、こんな世界なら好きに生きられるって思った事もあるよ? でもそれは平和な日本で、波風のない穏やかな生活を享受してたからこそだっての……」

 

 今は、春。

 大学が春休みに入った俺は実家にも帰らず、安アパートの一室でゲームをしたり動画を見たり、ネット通販で買ったマンガを読んだりして自堕落に暮らしていた。

 はずだったのに。

 

「PERKSは1つもなし。そりゃレベル1だもんなあ。スキルもなくクリーチャーに襲われたら、すぐ死んでゲームオーバーじゃね? おお。オオバコの葉っぱを千切る感触もリアル。指先に付いた葉の汁も青臭いったらない。現実なのかなあ、この景色。ってかそんな事より、武器はあるのか? なかったら詰みだぞ」

 

 ピップボーイのインベントリ画面。

 それを開いた俺は、驚きで固まった。

 

 ゲームならヴォルトと呼ばれる核シェルター脱出時に拾う、初期武器とも呼べる10mmピストルを先頭に、あるわあるわ。

 

 フォールアウト4は武器を改造して自分好みにしたり出来るのがウリの1つで、特に性能の良い武器はレジェンダリー武器といって、それは強い敵を倒して手に入れるのが常だった。

 そしてフォールアウト4をやり込んでいた俺はそんな武器をせこせこ集めては改造して自宅として使っていた、廃墟になったガソリンスタンドの保管棚に溜め込んでいたのだ。

 が、そのすべてが、なぜかピップボーイの中にあるらしい。

 

「こ、これなら俺でも生き残れるか? この、ウェイストランドで。防具も、……あるな。薬品に食料、クエストアイテムにジャンク。MODに弾も。っは、俺このまま街の支配者にでもなれんじゃね? 所持金が51万キャップだってよ」

 

 こんな状況だというのにどこかウキウキとした気分でヴォルトスーツからフル改造済みのアーマード軍用戦闘服に着替え、アーマーも胴に両手足にと全部位を装備した。

 アーマーはもちろん、すべてレジェンダリー防具だ。防御力も高いがそれぞれに固有の特殊効果があるので、かなり重いがきちんと装備する。

 

 ピップボーイのインベントリにはスクロールするのが面倒なほどの数のパワーアーマーもあったが、あれを着て動くには大きな乾電池のような消費アイテムが必要だ。それを補充できるかどうかもわからないので、とりあえずはこれでいい。

 

「武器のショートカットも設定できるのか。拳銃にショットガン、フルオートのライフルにスナイパーライフル。忘れちゃいけないのが、回復手段のスティムパックだな。……よしっと」

 

 どんなに強い武器や防具を身に着けても俺は俺なのだが、やはり安心感が違う。そんなはずなんてないのに、なんだか強くなった気分だ。

 

 最後にゲームでも現実でもいつもしていた黒縁メガネをかけ、俺は辺りを見回した。

 

 錆びた車の残骸。

 ひび割れたアスファルト。

 伸び放題の雑草に、これまた錆びて赤茶けたガードレール。

 俺が立っている交差点の左右には崩れかけた家。少し先には、倉庫のような大きな建物も見えた。

 

「さて、どうすっか……」

 

 水や食料、それに金は使い切れないほど持っている。

 ならば人が多く暮らす街かせめて集落でも見つけて、金か物々交換で安全な建物を確保してしまえばとりあえず安心だろう。

 

「まあ、その街を探すのが大変なんだけどなあ。ピップボーイの地図は真っ黒だし、こんな交差点に見覚えもない。とりあえず歩くか」

 

 フォールアウト4では自身のPerception、日本語に訳されると状況認識力となっていたSPECIALの数値で視界の中央下部にマーカーが表示され、敵や近くにあるロケーションを表示してくれた。

 

 今の俺にもそれは見えてはいるのだが、なんせPerceptionはたったの3。敵を示す赤いマーカーが見えていないからといって油断はできない。

 

 力がなくても使えそうな武器、消音器付き小型拳銃のデリバラーを右手にぶら下げて歩き出した。

 ブーツの底が、砂を噛んで鳴る。

 

「しっかし、マンガやラノベみたいに異世界転移かよ。それもこのフォールアウト4なんて極悪非道な世界が現実なら、俺はどうなっちまうんだか」

 

 それでも、これが夢や幻だったとしても、俺に死ぬ度胸なんてあるはずもない。どうにかして、生き残るしかないのだ。

 

 レトロフューチャーがコンセプトのポストアポカリプス世界が舞台なだけあって、車の残骸はどこかユーモラスな造形をしている。

 それらの間を縫うように歩きながらアスファルトを踏んで進んでいると、右手に崩れていない建物があるのに気がついた。

 

 造りからして、食料品などを売っていた個人商店であるらしい。

 ゲームにはなかったアイスクリームの冷凍庫が見える。

 

「金と物資に余裕はあるが、ここがどこか知るためにはざっとでも探索しておきたいな。フォールアウト4の大都会、ダイヤモンドシティーは有名な野球場の跡地だ。崩壊前の地図でもあれば、その場所は確認できる」

 

 人間を襲うバケモノ、クリーチャーは建物の中にいる事も多い。

 デリバラーのグリップを握り直しながら、俺はその店へと足を向けた。まだ春先だというのに、手にはじっとりと汗が滲んでいる。

 

「おい。ウソ、だろ……」

 

 俺は目的である建物に入る前にある物を発見し、膝から地に崩れ落ちそうになった。

 

 食料品 雑貨

 木下商店 電話番号3382

 

 そう書かれた掠れた文字の看板を見上げながら、震える自分の体をギュッと抱き締める。

 ここはフォールアウト4の舞台、アメリカのボストンじゃない。

 

「日本、なのかよ。核戦争後の……」

 

 フォールアウトシリーズはレトロフューチャー、つまり大昔の人間達が夢想した現実世界とは違う発展を遂げた未来の世界で核戦争が起こったという設定だ。

 それはさっきまでいくつも見た車の残骸からして、ここでもそうなのだろう。

 だが掠れた看板の文字、日本語を目にした俺はどえらいショックを受けているらしい。

 別に、愛国心なんかこれっぽっちもなかった。

 それは自信を持って言える。

 

「でもさ、核爆弾で滅びた故郷なんて見たくなかったよ……」

 

 木下商店の前には小さいのと大きいの、2人分の骸骨がボロボロの服を着た状態で横たわっていた。

 小さな頃に仏壇や墓前で親に強制されてそうしたのとは違い、心を込めて両手を合わせる。

 崩壊した世界じゃ、いや、そうなってしまう前から祈りを聞き届けてくれるような優しい神様なんていやしない。

 それでも俺は地面に片膝をつき、眼前の親子の屍にどうか成仏してくださいと祈った。

 

「ぐるあぅ……」

 

 木下商店のガラスが割れた引き戸の奥から、そんな声が聞こえる。

 

 デリバラーを跳ね上げて、銃口を店の奥に向けた。

 

 銃を撃った経験など、中流家庭で育って大学に入学し、2年ほど独り暮らしをしていた俺にあるはずもない。海外旅行の経験なんてないのだ。

 

 それでもやらなければ、俺が殺られる。

 

「ぶち殺してやる。レベル1だって、レジェンダリー武器があればグールくらい……」

 

 汗が額から頬を伝い、顎先から落ちた。

 

 時間の流れが、酷く遅い。

 声が聞こえてから3分ほど、俺は片膝をついたままデリバラーを構えていた。

 

 マーカーは赤。

 つまりさっきの声の主、十中八九グールと呼ばれるクリーチャーである存在は俺を殺す気なのだ。

 

「落ち着け、落ち着け。現実だからと気負うんじゃない、ゲーム感覚で撃ち殺せ。グールでもスーパーミュータントでも、その出自なんて考える必要はないんだ。殺せ。出来なけりゃ、自分が死ぬだけだぞ?」

 

 どれほど見よう見マネの、窮屈な射撃姿勢でじっとしていただろう。

 

 マーカーは動かない。

 

 もしかしたら、俺がこの場を離れればそれで。

 思うと同時に、激しく踊るように赤マーカーが動いた。

 

「ぐるああっ!」

「ひっ……」

 

 体を回転させながら飛び出して来たグール。

 その体毛のないひび割れた肌のシワを見ながら、震える指先でトリガーを引く。

 

 ガチッ

 

「えっ……」

 

 拳。

 顔や頭部と同じくひび割れたそれが、俺に迫る。

 

「があっ!」

 

 間に合わない。

 衝撃。

 事故に巻き込まれたバイクのドライブレコーダーを、有名な動画投稿サイトで見た事がある。

 俺の視界は、まさにそんな感じだった。

 

 痛みを感じる余裕すら、ない。

 

「……いってえ」

 

 もう一度。

 もう一度デリバラーを構えて撃てと他人事のように考える。

 

 起こっている出来事に現実感がなさ過ぎて、まるで映画館でスクリーンの向こうに声援を送っている子供にでもなった感じなのだ。

 

 起き上がれ。

 銃を、デリバラーを構えろ。

 そして、撃て。

 

 グールは俺を殴り飛ばし、その拍子に姿勢を崩していた。

 だが今はまた立ち上がり、干からびた瞳で俺を睨みながら拳を振り上げて迫っている。

 

 時間が、酷くゆっくりと進む。

 

 ボロ布で局部だけをかろうじて隠しているグール。

 その動きが、はっきりと見えた。

 

「死ねるかあっ!」

 

 デリバラーを持ち上げ、トリガーを引く。

 

 ガチッ

 

 弾が出ない。

 衝撃も、音もない。

 

 死ぬのか?

 俺はこんな場所で、なぜこんな目に遭っているのかもわからずに死ぬのか!?

 

「嫌だ。嫌だーっ!」

 

 


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