Fallout:SAR   作:ふくふくろう

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狩りへ

 

 

 

 ノック。

 その音で目を覚ました俺は、がらんとした広い室内を数秒ほど見渡しても、ここがどこであるかを咄嗟には思い出せなかった。

 

「……そうか。小舟の里で晩メシをごちそうになった。そんでこの部屋に案内されて、風呂屋に行くのも億劫で着替えただけでベッドを2つ並べてそのまま寝たんだ」

 

 フォールアウト4の主人公になったつもりでチンピラのような口調で話し、銃を使ってクリーチャーを殺してレベルを上げても、本当の俺は20になったばかりの半分ニートみたいなゲーム好きの大学生でしかない。カギのかかった部屋でベッドに横たわれば、こうまで熟睡してしまうのも当然か。

 隣で寝ていたドッグミートに顔を舐められながら身を起こすと、少し離れた隣のベッドでまだ寝ているミサキを庇うようにドアを向いて浮かんでいるEDーEが目に入った。

 

「さすがだな、EDーE。ドッグミートもおはよう」

 

 ノックは続いているが、まずは脱ぎ捨てていたブーツをしっかりと履いてデリバラーを握る。

 その上でドアに向かって歩き出すと、ドッグミートが尻尾を振りながら先に立ってくれた。

 

「はいよー。どちらさんで?」

 

 ドアの向こうにいる人間の数は、黄色のマーカーで1人だとわかる。

 ドッグミートが警戒していないので心配はないと思うが、念のためにドアを開ける前にそう訊ねた。

 

「セイ」

「あいよ。すぐに開ける」

 

 ドアの向こうの汚れた絨毯の上には、やはりオーバーオール姿のセイちゃんが立っていた。

 

「どうぞ。今からミサキを起こすから、入ってくれ」

「おじゃまする」

 

 少し迷ったが、セイちゃんを招き入れた後しっかり施錠する。

 ミサキもいるので身の危険を感じる事はないだろうし、何よりセイちゃんはまだ小学生か中学生くらいのか弱そうな女の子なのでこの方が安心だろう。

 

「ドッグミート、ねぼすけのミサキを起こしてやれ」

「わんっ!」

 

 ドッグミートがコンクリート製の床で爪を鳴らしながら駆け出したので、俺はピップボーイのインベントリからテーブルと椅子を出した。

 コーヒーとお茶は、木下商店の台所でいくつものマグカップに注いでピップボーイに収納しておいたのでまだまだある。こうしておけば冷めないし、不思議空間であるピップボーイのインベントリなら中身がこぼれる心配もない。

 

「お茶とコーヒーなら、お茶がいいかな?」

「コーヒー、苦手」

「そっか。なら、座ってこれでも飲んでて」

「ありがとう」

「わあっ、くすぐったいっ! な、なにっ。なんなのっ!」

「わんっ!」

 

 ドッグミートに顔を舐めまくられて跳び起きたミサキの白いふとももを見ながら、タバコを咥えて火を点ける。

 ミサキはパジャマ代わりにと俺が渡した、洗濯されたピンクのドレスというスカート丈の長いフォールアウト4のアイテムを着ているので、残念ながらそれ以上のラッキースケベイベントは発生しないようだ。

 

「起きたなら準備をしろよ。出かける時間らしいぞ」

「今って、……うっわ。ま、まだ朝の5時だよっ!?」

 

 ピップボーイの時計を見てミサキが叫ぶように言う。

 

「かなりの人数が暮らす街の食料調達部隊だ。朝から晩まで懸命に働いてんだろ」

「なんか、私達よりずっと勤勉な生活をしてそうだね。こんな世界なのに、ああ。こんな世界だからこそ、か……」

「働かないと、飢えて死ぬ」

「だとさ。洗面台の横に、水のボトルは出してある。一応、便所にもバケツと一緒にな。ティッシュペーパーがねえから、紙は戦前のお金でカンベンしろ。紙は流せねえから、使ったらピップボーイに入れてどっかで捨てるしかねえぞ。覚悟して使え」

「わざわざ言わなくていいって。洗面台やトイレ、水なら流して平気なの?」

「大丈夫そうだったよ」

「わかったー」

 

 この部屋は競艇の選手達が着替えなどをするために使う広い部屋だったようで、隣にはトイレや洗面所に、なんとシャワールームまで付いているのだ。

 蛇口をひねって水やお湯が出るはずもないが、配水管が使えるのはとてもありがたい。

 

「しかし、こんないい部屋を使わせてもらっていいのかねえ」

「山師は里にとって、得難い人材。浜松や豊橋から山師を呼んで定住させるとなれば、それなりのお金か好みの異性を要求される。で、酔って暴れたりするし」

「危険の多い仕事をする連中だから、街での振る舞いも荒っぽいのか」

「そうでない山師もいる」

「セイちゃんのお師匠さんみたいに?」

 

 セイちゃんが両手で包むようにしてカップを口に運んでから頷く。

 

「どんな人だったんだ、その人って?」

「……強くて優しくて物識りで、とても高潔な人」

「その人は、どうして西に?」

「5年前。西から、緑色の肌の大男が現れて」

 

 スーパーミュータントか。

 人間を捕食する、知性のあるバケモノ。

 この日本にもいるのかもしれないとは思っていたが、もしかすると西日本はスーパーミュータントの勢力圏か。

 

「5年前って、セイちゃんはその時……」

「12歳だけど?」

 

 17?

 この童顔で、このツルペタで17歳!?

 

「ふうっ、さっぱりしたー」

「ミサキ、今さらだがオマエ何歳なんだ?」

「18だけど?」

「そうなんか。セイちゃんの1コ上だな。まあ、仲良くやれ」

「こんなにかわいいのに1コ下っ!?」

「だとさ」

「そうなんだー。よろしくねえ、セイ。あ、呼び捨てでいいよね? あたしもミサキでいいからさっ」

「ん」

「ねえ、アキラ。セイにも洋服を出してあげてよ。今の服もかわいいけど、スカート姿も見たいっ!」

 

 そうは言われてもサイズが。

 ゲームでは大人が着ていた服を子供にスリ渡すとサイズが自動で変化していたが、現実世界じゃそうはいかないだろう。

 

「スカート嫌い。シズクお姉ちゃんもセイも」

「なら、こんなのはどうだ?」

 

 こちらの人類にSPECIALがあるのかは知らないが、俺やミサキが装備すればIntelligenceが2も上昇するVault-Tecの白衣を出してセイちゃんに羽織らせる。

 すると驚いた事に白衣は音もなく縮み、セイちゃんにピッタリのサイズになった。

 

「こ、これ。この作業用オーバーオールと同じ……」

「そういや3のDLCに、そんなアイテムがあったなあ。Repairが10くらい上がるんだっけか」

「じゃあその服って、賢者さんから貰ったんだ。さすがはお弟子さんだねえ」

「ホントはもっと防御力の高いのを着て欲しいんだけどな。セイちゃんは戦闘には参加しないんだよな?」

「セイは近場の伝令と、里の外で見つけた物が修理可能か見極めるのが仕事」

「ならそれでいいか。ミサキは、念のためにこれをすべて装備しな」

 

 テーブルの上にフル改造したアーマード軍用戦闘服と、各部位のレジェンダリー防具を出す。

 

「えーっ、こんなのかわいくないよーっ。このセーラー服って改造できないの、アキラ?」

「どうだろな。ちょっと貸してみ?」

 

 立ち上がってドアの横にアーマー作業台を出すと、セイちゃんの驚く声が聞こえた。

 ピップボーイのインベントリは知っているが、こんなに大きな物が出て来るとは思わなかったのだろうか。たしかにイスとテーブルくらいなら、101のアイツのピップボーイにも入りそうな気はする。

 ミサキは俺に歩み寄ったはいいが、なぜかピップボーイから出したセーラー服を抱き締めるようにして立ち止まっていた。

 

「に、臭いとか嗅がないでよ?」

「人を変態扱いすんじゃねえ、タコ。……お、改造可能みてえだな。ほいっと」

「やった。なんにも変化してないように見えるけど、防御力が凄いねえ。ありがとっ」

「おう。いくらかわいくなくても、その上のアーマーはちゃんと装備しろよ?」

「当然よ。あたしだって死にたくないんだし。着替えて来るねっ」

 

 椅子に戻ってコーヒーを飲み干しそれを収納してまたタバコに火を点けると、セイちゃんがじっと俺を見詰めているのに気がついた。

 

「どした?」

「何もかもがデタラメで、どうしてもあの人を思い出す」

「師匠か。もしかして、初恋の相手でもある?」

「ち、違っ。セイはそんなっ!」

「ははっ。冗談だよ、冗談。ところでシズクは?」

「……アキラさん意地悪。シズクお姉ちゃんは、食料調達部隊のみんなとミーティング」

「なるほど。出発は?」

「正門から6時」

「余裕で間に合いそうだな。じゃあ、そろそろ俺も着替えるか」

 

 アーマード軍用戦闘服に受難者のポリマーコンバットアーマー:左腕。1だけだがCharismaが上がるので、黒縁メガネも忘れずにかけておく。

 昨夜寝る前に気がついたのだが、この世界に来るまで極端に悪かった俺の視力はなぜか回復していた。それでもメガネがないと、どうにも落ち着かない。もう、体の一部のようなものなのだ。

 

「昨日いただいたホルスターは、デリバラーじゃサイズが合わないんだよなあ。ショートカットですぐ取り出せるから、このままでいいか」

「おまたせーっ!」

「よし、じゃあ行くか」

「ええっ、朝ごはんはっ!?」

「集合場所でヌードルカップでも啜れ」

「屋台の朝ごはん……」

「残念ながら、俺達は一文無しだ」

「……ううっ、貧乏のバカヤローっ!」

「そのくらいなら、セイが」

「いらんいらん。狩りから帰ったら手持ちの物を市場で金に換えるから、心配しなくていい」

「なら買い取りしてくれるお店に案内する。そこじゃないと戦前の世界の品なんて、価値をわかってもらえずに買い叩かれる」

「そりゃ助かる。頼むよ」

 

 もっとゴネるかと思ったが、ミサキはそれ以上メシの事は言わずにテーブルの上からアーマーを取って装備している。

 お嬢様のくせに偉いじゃないかという気分で、その頭を撫でた。

 

「な、なに?」

「なんとなくだ。晩メシは、屋台で好きなモンを食わしてやるからな」

「やった。お風呂も行けるっ?」

「たぶんな」

「よーっし、張り切っちゃうよーっ!」

 

 たった2日だが、1日の終わりに熱い湯に身を浸していないと気分が悪いのは俺も一緒だ。

 3人と1匹と1体で部屋を出て市場を抜けて改札口のようなゲートのある正門に向かうと、そこには戦闘準備万端のシズクと10人ほどの食料調達部隊の連中がすでに集まっていた。

 

「悪い、待たせたか?」

「そうでもないさ。おはよう」

「おはようさん。そういや、狩りのノルマってのはあるのか?」

「狩れるだけ、さ。どんなに頑張ってもマイアラークを狩り尽くすなんて出来ないし、里には数百もの人々が暮らしている。農業や養殖、畜産にも力は入れてるが、それだけじゃな」

「そんじゃ、気合い入れて狩りまくるか」

「ふふっ。期待してるよ」

 

 もう少しレベルを上げたら、遠くに見える山の方にまで狩りに出てもいいのかもしれない。

 場所がアメリカではなく日本なのでゲームと同じ生態系ではないにしても、ヤオ・グアイやラッドスタッグのように肉を多く取れそうな獲物も探せばいるはずだ。

 まあ俺はヒヨコ同然のレベル2。ミサキもまだレベル5でしかないので、のんびりと頑張るしかない。

 

 


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