Fallout:SAR   作:ふくふくろう

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商人ギルド

 

 

 

 そういえばスワコさんはノゾとミライの就職が本決まりになる前にこの店へ送ってきたんだったなと、まずは2人の就職と新しく建てたアパートの事を話す。

 

 カナタが言っていた、スワコさんの店の2階で住み込みで働いている女の子達をそこに住まわせる計画も、すぐには決められないと言ってはいるが乗り気ではあるようだ。

 

「しっかしまた、とんでもない量の戦前の菓子だねえ」

「くーちゃんの分からなら味見してもいっかな。みんなで食べよっ。はい、コウメっち」

「わあっ。チョコレートなんて誕生日にしか食べられないのに。ありがとう、くーちゃん!」

「あまり甘やかすなって言ってるのに。この量なら、まずは査定台に持って行きな」

「わかりました」

 

 ヤマトが向かったのは、レジカウンターの隣にある木製の階段の下。

 そこの壁にくっつけてある長テーブルだ。

 

「ここにリュックを下ろせばいいのか」

「そうなりますね」

「それとこれだけの菓子となると、あたしの店じゃなく商人ギルドが買い取るって形になるよ。それでいいかい?」

「そんなんしたら、スワコさんの儲けが減るんじゃ? 俺達は隠してるだけでいくらでも備蓄できるんで、小出しにして売ってもいいですよ」

「利益はそれほど目減りしないさ。売り上げの大部分はあたしの懐に入るし、逆に商人ギルドへの貢献度が上がって、その分あたしの発言力が増すからね。むしろ得をしてると言ってもいい」

「ふうん。それなら、俺達も構いませんよ」

「ありがたい。それじゃさっさと査定を済ませるから、適当に待ってておくれ」

「了解です」

 

 ならちょうどいい機会だと、カウンターの近くにある陳列ケースの前に立ち、汚れたガラス越しに銃弾とマガジンの見本をじっくりと眺める。

 それらの商品の横にはどれも、値段が書かれたミニチュアの木製看板のような物が立っていた。

 

「ヤマトのマガジンっすか、アキラ?」

「ああ。なんか掘り出し物はねえかなってよ」

「そんな。ぼくはアキラさんとセイさんが設計してくれた、このマガジンがいいんです」

「嬉しいセリフだが、そりゃあシロウトが設計した軽量ロングマガジンだからなあ。戦前の状態がいいホンモノがあればって。……ねえな」

「9mm弾は普通にあるけど、マガジンはありふれた感じのしかないっすね」

 

 残念ながら、ヤマトの装備更新はまたの機会にか。

 ここ遠州屋の本店である磐田の街のイチロウさんの店になら在庫がある可能性は高いだろうから、次にあそこを訪れる機会を待とう。

 

 リュックに水筒、解体ナイフ、弾薬ポーチと医薬品ポーチ、懐中電灯なんかはミキの店で全員分を揃えてある。

 他に必要な物はないかと店内を見て回るが、何をするにも常にピップボーイ頼みである俺にそんな判断ができるはずもなかった。

 

「こんなもんだね。アキラ、商人ギルドで金を引き出すからアンタは着いておいで」

「いいんですか?」

「もちろんさ。ついでに腕利きの山師を演じて、若い職員の女でも引っかけるといいよ」

「そんなんは遠慮しますが、商人ギルドに行けるのはありがたいですね」

 

 単純に興味があるだけでなく、商人ギルドの偵察をしながら、少しでも山師として顔を売りたい。

 商人ギルドが俺達と手を取り合える組織かなんてそんな偵察でわかるはずもないが、情報を得られる機会があるならば迷わず向かうべきだ。

 

「リュック4つも2人で持てるのー?」

「俺が1人で持つさ」

「金を引き出したら職員に取りに来させるから、商品はこのままでいいんだよ。じゃ、行こうか」

「助かったっすね、アキラ」

「こ、こんくれえの荷物なんて屁でもねえし。それより、コウメちゃんの護衛は任せたぞ」

「もちもっち~♪」

「はい」

「任されたっす」

 

 ほんの少し、いや、かなり助かったと心の中で胸を撫で下ろしながらスワコさんと一緒に店を出る。

 そうしただけで見えた旧市役所、現在の商人ギルドの玄関の前ではキャラバンのような連中が牛の背中から荷物を下ろしているので、それをジャマしないようにしながら建物に足を踏み入れた。

 

「荷物を運ぶの、馬じゃなくって牛なんですね」

「馬も使うさ。割合は半々くらいかねえ」

「なるほど」

 

 初めて入る商人ギルドはそれなりに掃除が行き届いた、本当に市役所そのままといった感じの場所だった。

 

 カウンターの中にいる人間は誰もが身ぎれいにしているようだが、その外の椅子なんかでダベっている連中は誰も彼も薄汚れているので、やはり体臭が籠って臭う。

 スワコさんは1階のカウンターの奥に誰かを探しているようだったが、すぐに踵を返して2階へ上がる階段へと向かった。

 

 2階は1階とは違って部署がいくつもあるらしく、導かれた部屋のカウンターは下に比べるとかなり小さい。

 

「スワコさんじゃないですか。今日はどうしました?」

 

 そう言いながらカウンターに歩み寄ったのは、いかにもインテリといった感じのメガネをかけ、戦前の背広を着た男だ。

 年の頃は30前後で、武装すらしていない。

 

「腕っこきの流れ者が、大量に戦前の菓子を持ち込んでくれたんでね。縁を結ぶためにも早く現金を渡してやりたいから、商品の買い取りは商人ギルドにさせちまおうかなってさ。イサオ爺さんはどこだい?」

「資料室に行くって言ってましたよ。なんでも、電脳少年の事を調べ直しておきたいとかで」

 

 顔を見合わせる。

 このタイミングで電脳少年の事を調べ直しているとなれば、その理由は俺と無関係ではないのかもしれない。

 

「いい機会だ。資料室は、一般開放もしてる図書室の奥にあってね。こっちから出向いてやろうか」

「了解です」

 

 スワコさんは鷹揚な感じでインテリ男に礼を言い、俺は黙って会釈だけしてその大きな背を追う。

 後ろから電脳少年がどうのという呟くような声が聞こえたが、まあ気にしないでおこうと振り返りはしなかった。

 

 それよりも問題は、電脳少年の事を調べ直しているという老人が、なんのためにそれを業務中に行っているか。

 

 つい先日この浜松の街を訪れた電脳少年持ちの山師の噂を聞いて調べているとしたら耳の早さに驚くし、さらにそれをどうにか利用できないかと調べているのならば、そのしたたかさは厄介である。

 どちらにしてもやりづらい。

 

「ここが図書室さ」

「……広さも蔵書の数もかなりのもんですが、人っ子ひとりいませんね」

「こんな時代だからね。本を読むのなんて変わり者で、晴れた日に仕事もせずそれができるような金持ちなんてもっと少ないのさ。こっちだよ」

「なるほどねえ。浜松の街に学校は?」

「長屋街に寺子屋。ビジネスホテルには住民の子供用の私学。公園地区から西には、新制帝国軍の軍学校だねえ」

「それなりにあるんですね」

「そうでもないさ。うちみたいな商家の子供は、親に読み書き計算を教わるから寺子屋には通わないし。だから教育レベルにはバラツキがあって、それが揉め事や差別的な扱いの元になったりもしてる。商人ギルドの中ですらね」

「同程度の教育を行き渡らせるのは、やっぱ難しいのか……」

 

 小舟の里にも学校はあるが、そこでは最低限の読み書き計算を教えながら、人として、狭く貧しい里の中で間違いを起こさないための方法というか、生き方そのものを教えているのだそうだ。

 それが正しいとも間違っているとも俺なんかに言えるはずがないが、もう少しなんというか、子供達の選択肢を増やしてやりたいという願いは間違いなくある。

 

 それを考えるために模範にはならなくとも、参考にできるような教育制度を是非とも見ておきたいと思ってはいるのだが。

 浜松の街ですらこんな感じならば、それも難しそうだ。

 

 スワコさんがノックもせず図書室の奥にあるドアノブを回す。

 

「いたいた。イサオ爺さん、ちょっといいかい?」

 

 資料室はすべての壁が本棚で覆われた酷く狭い部屋で、そこのデスクでページを捲っていた老人がスワコさんの声を聞いてしわくちゃの顔を上げる。

 

「スワコ嬢ちゃんか。どうした? ……なるほど。さすがの腕で、手持ちの金じゃ払い切れないほどの物資を持ち込まれたのか」

「そうなるね」

「品は?」

「戦前の菓子だよ。標準的な背嚢4つ分」

「……青年、本場の電脳少年の中にある分は売らなくていいのか?」

 

 一目で俺の腕にあるのが電脳少年ではなく、アメリカ製のピップボーイだと見抜くとは。

 

「菓子なんかはそんなに入ってませんからね。それとはじめまして、アキラってもんです」

「私はイサオ。スワコと同じく、イサオ爺さんと呼んでくれていいぞ」

「いえいえ」

「ふむ……」

 

 値踏みするような視線。

 

 まあ、そんなのにはもう慣れたもの。

 スワコさんが戦前のタバコを咥えたのでオイルライターで火を点けてやり、俺もポケットから煙草の箱を出して紫煙を吐く。

 イサオさんにも箱を差し出したが、デスクの煙管を持ち上げる事でいらないと伝えられた。

 

「微妙な表情だねえ、イサオ爺さん」

「山師にしては頭が回りそうで、商人にしては激しさが過ぎる瞳をしておる。そんな男が不意に現れた事を、幸運と見るか否か。咄嗟には判断ができんな」

「たかが山師ですからね、俺は」

「よく言う。それで青年、ここ商人ギルドをどう見る?」

「……どうもこうも。浜松の街には来たばかりで、商人ギルドにも初めて入らせてもらいました。大きな組織なんだなって以上の感慨はありませんよ」

「つまらん話だな。もっと腹を割ってくれてもいいだろうに」

「初対面の、それも年長者にはそれなりに気を使いますのでね」

「ならば近いうちに梁山泊へ出向いて、酒でも酌み交わしながら話すとするか」

「いつでも大歓迎ですよ。イサオさんになら、こちらから教えを乞いたい事も多そうですし」

「ありがたい。スワコ、書類はこれだ」

「はいよ。すぐに書き込むから待ってておくれ」

 

 スワコさんがポケットからペンを出し、デスクに身を屈めてサラサラとそれを走らせる。

 その間もイサオさんは、何も言わずに俺の目だけを見ていた。

 

 なんというか、不思議な老人だ。

 その視線には嫌味なところがなく、見詰められているような気すらしない。

 間違いなく観察されているのに、だ。

 

 それなのになぜか、すべてを見透かされているような。

 

「見れば見るほど、不思議な男だな」

「俺も今、まるっきり同じ事を感じてましたよ」

「ふむ。ならば、アキラ青年と私は似た者同士か」

「だろうねえ。この子はイサオ爺さんと同じで、強いだけじゃなく頭も回る。それに世を憂いてるような眼の色が、どうにも女を惹きつけるんだ。タチが悪いったらないよ」

「失礼な。私はまだまだ現役だぞ?」

「そっちのタチじゃないよ。まったく、50を過ぎて下ネタなんか言うんじゃないっての」

 

 50過ぎ。

 ならば、ジンさん達よりだいぶ年下なのか。

 

 銃どころか剣すら身に帯びていない老人が身に纏う空気感、言葉にするのならば『手強さ』とでも表現するべきそれを不思議に感じながら、ピップボーイから灰皿を出してタバコの灰を落とした。

 

 


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