Fallout:SAR   作:ふくふくろう

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八幡駅

 

 

 

 タバコ休憩を終えて歩き出すと、1分もかからず次の交差点が見えてきた。

 そこから150メートルほどの距離で高架橋の土台に身を隠し、スコープとサイレンサー付きのハンティングライフルを出して交差点のすぐ先にある八幡駅を覗き込む。

 

「まるっきり歩道橋みてえな駅だなあ」

「小さな駅だからねえ」

「くーちゃんも狙撃するか? するんならハンティングライフルを出すぞ」

「いいっていいって。くーちゃんは周囲の警戒をしとく」

「そりゃあ助かる」

 

 スコープのレンズの向こうに見えるのは、普通の歩道橋とほとんど変わらない階段と、その歩道橋の上にある小さなコンクリート製の建物だ。

 セイちゃんが前に言っていた通り、この遠州鉄道という線は利用客がそう多くない私鉄で、駅も小さなものばかりであるらしい。

 

 待合室しかないような駅舎の窓ガラスは割れて中が見えているが、そこに人影は見当たらなかった。

 

「いないっすねえ」

「マーカーが表示される距離まで近づくしかねえかな。作戦変更、狙撃はタイチだけで俺は釣り役」

「いくつ出るっすか?」

「2つか3つ、かな。狙撃と授業は任せたぞ、タイチ」

「くーちゃんを連れてく気は?」

「ねえな。ポイントマンとスナイパー、どっちに護衛が必要かなんて考える必要もねえだろ」

「それはそうなんっすけどねえ」

「大丈夫だよ。まだ、な」

「……覚悟はしてたつもりっすけど、その時になったらオイラは冷静に見てられる自信がないっすよ」

「信じてるさ。そんじゃ2つ、それでもマーカーが見えなきゃ3つ進んでおっぱじめるぞ」

「はいっす。狙撃も授業も任せてくださいっす」

「頼んだ」

 

 身を隠している高架橋の土台から姿勢を低くして跳び出し、すぐに次の土台を盾にして八幡駅の窓からの射線を切る。

 同じ要領で3つ目の土台まで進み、そっと顔を覗かせて八幡駅の待合室を窺った。

 

 まだ遠いか。

 ピップボーイの視覚補助システムにマーカーが表示されない。

 もしかすると土台を3つどころか、5つは進まないとダメなのだろうか。

 

 こういうところがまだまだで、だから俺には兵士になる適性なんてないんだよなあ。

 

 そんな事を考えながら振り返り、ハンティングライフルをいつでも撃てる構えでこちらを見ているタイチにハンドサインを送る。

 

 3、バツ。

 行く、5。

 追従せよ。

 

 そんなサインを見たタイチが頷いたので、また土台から跳び出して次に身を隠せる土台へと向かう。

 

「ようやく見えやがった。1つ、2つ、……見えてるマーカーはたった5か」

 

 元は集落であったという話だし、そこの住民を皆殺しにしたという悪党が総勢5名でしかないというのは考えにくい。

 おそらくだが遠目からは見えなかった縦に長い駅舎の奥に、まだまだ悪党がいるのだろう。

 

 こちら側、駅の南端に5なら北端にも同数。

 そしてそこまでの間、間違いなくある駅のホームなんかにも悪党はいるだろう。

 

「……でも、地図で見た感じじゃ駅への入り口はあの歩道橋だけなんだよなあ」

 

 突っかけてみないと何もわからないか。

 

 そんな気分でハンティングライフルをピップボーイに入れ、代わりに手榴弾を持つ。

 それを見せたタイチが頷いたので、土台の陰から跳び出して交差点の真ん中まで一気に走った。

 

 走りながら安全ピンを抜き、安全把を握り込む。

 

「あんな爆発音がしても待合室にいる危機感のねえクズにゃ、こんなプレゼントがお似合いだぜっ」

 

 投擲。

 

 いつかPerceptionを5まで伸ばせたら、DEMOLITION EXPERTを取得して2段階まで上げよう。

 そうすれば強武器である投擲武器を使う時、こういった手榴弾を投げる軌跡がピップボーイの視覚補助システムに表示される。

 

 手榴弾は狙い通り待合室の割れたガラスの向こうへ。

 それが爆発する前に、俺の手には追加の手榴弾が握られていた。

 

 爆発。

 

 間を置かず2度目の投擲。

 それが待合室の窓に吸い込まれるのも確認せず、俺はまた走り出す。

 

 さっき跳び出した高架橋の土台にではなく、歩道橋の階段、それとタバコ屋の間にある歩道へ。

 ここならば高架橋の土台より近いし、もし視界にマーカーなんて表示されない悪党が駅から駆け出してくれれば、それを物陰から撃てる。

 

 目の端にチラッと見えた赤くなったマーカーを安全な階段の陰で数えてみると、それはもう2つに減っていた。

 そこに新たな3つの赤マーカーが合流。

 と同時に、1つのマーカーが消えて、視覚補助システムの端に経験値を取得したという表示が現れる。

 

 見て確認するまでもない。

 タイチが狙撃で数を減らしてくれたのだろう。

 

「ありがてえ」

 

 すでにデリバラーは抜いてある。

 

 歩道橋の床と待合室の壁の向こうで慌てふためく赤マーカー。

 チラリと目をやってみたが、タイチは2射目すら撃っていないらしい。

 

 ダメ、身を隠して出てこないっす。

 了解。フォローを頼む。

 

 まるでテレパシーでも使えるようになったような自分に少し驚きながらそんな意思疎通を行い、もう1丁のデリバラーを左手で抜いた。

 

「パワーアーマーはどうすっか……」

 

 束の間だけ迷った俺が戦前の国産パワーアーマーを装備せずに突入する覚悟を決めて後方に目をやると、ハンティングライフルを持っていない方の手で胸や腕を叩く仕草をしているタイチが見える。

 その手は最後に頭上に伸ばされ、帽子でもかぶるような動作をしてまた胸を叩く。

 

 しゃあねえなあという気分でデリバラーを持ったまま、流れ者の服の襟を抓んで首を傾げる。

 するとタイチは何度も大きく頷いて、それからまたハンティングライフルを構えた。

 

「ほんっと、どいつもこいつも過保護なこった」

 

 フォールアウトは登場する銃器の豊富なゲームだが、その本質はRPG、ロールプレイングゲームだ。

 どこぞのスポーツ系だったりリアル系だったりするFPSとは違う。

 

 撃って、撃たれて。

 HPを削り切られる前に、どうやってジャンジャン押し寄せる敵を倒すかというゲームシステム。

 

 それはタイチだけでなくジンさんとウルフギャングにも話してあったし、レベルが20になった今の俺ならばそんな戦闘をする必要がある場合はそれもやむなし、と話し合いの場で決めてある。

 なのでさっき俺が『まだ大丈夫』と言ったのは、この八幡駅ではまだそういう戦闘にはならないだろうという意味だ。

 

「でもま、ヤマトに戦前の国産パワーアーマーを見せとくのは悪くねえかな」

 

 ショートカットで国産パワーアーマーを装備。

 タイチがまた大きく頷いたのを見てから、両の手にデリバラーが握られているのを確認して駆け出す。

 

 3段抜かしで階段を駆け上がるなんて、いつぶりだろうか。

 中学、いや、下手をすると小学生の頃以来。

 

 どう考えても人殺しの前に抱く感慨ではないが、そんな事を思いながら歩道橋を上り切る。

 

 右手の駅舎。

 そこから不意に出てきた、薄汚れた髭面。

 

 銃声。

 

 撃とうと思う前に、俺の右手はデリバラーの銃口を上げてトリガーを引いていた。

 浅い。

 いや、当たり所が悪かったのか。

 男は額の辺りから血を飛沫かせ、後ろに倒れ込んだ拍子に俺の視界から消えてしまった。

 

「弾が頭蓋骨にでも弾かれたか。くっそ、マーカーは減ってねえから仕留め損ねた」

 

 やはり、俺に戦闘のセンスなんて欠片もないらしい。

 そんなのは当たり前の事なのだろうが、叫び出したくなるほどに口惜しいと思った。

 

 センスがねえなら、努力。

 そして経験を積むしかねえんだぞ。

 

 心の中で自分にそう言い聞かせながら走り、待合室の枠だけになっているドアを渾身の力で蹴り開ける。

 

「カチコミの時間じゃゴルアッ!」

「ひいっ!?」

 

 浜松の街ですらまず見かけない、戦前の国産パワーアーマー。

 そんな厳つい防具に全身を守られた男が外部スピーカーから最大音量でそんなセリフを吐くと、人殺しで人食いというどうしようもないクソヤロウでも、こうして思わず悲鳴を漏らしてしまうらしい。

 

 クズでも男なら、黙って死んでゆけ。

 

 そんな気分でVATS起動。

 待合室の中にいるのはたった4人。

 その全員の頭部に2射ずつの攻撃を選択して、VATSを発動させた。

 

 1人、2人。

 スローモーションの世界で、薄汚れた命が散ってゆく。

 

「おわあ-ぁっ」

「いーやーだぁー」

 

 マヌケな悲鳴。

 それがすべて止むと、世界は時間を取り戻した。

 

「マーカーはなし。ま、そんでもホームは確認しねえとな」

 

 手榴弾の爆発でぐちゃぐちゃになった椅子なんかの残骸を踏みながら待合室の窓まで歩き、タイチにOKのサインを送る。

 それから小さな改札口を塞ぐようにヘビーマシンガンタレットを設置して、国産パワーアーマーを装備解除した。

 

「ったく。俺って人間は楽をする事ばっか考えやがる。国産パワーアーマーを使ったからタレットも出していいだろって? そんな考えをしてるようじゃ、帰りにはバイクまで使ってそうだぜ」

 

 デリバラーは右手だけにぶら下げ、タバコを咥えて火を点ける。

 煙を吐きながら見渡してみるが、待合室で回収できそうなのは、悪党達が使っていた武器くらいだ。

 

「お疲れっす、アキラ」

「お、お疲れ様です。アキラさん」

「さーすが双銃鬼。くーちゃん、じゅんってしちゃったぁ」

「それはやめれって。ヤマト、これがタレットな。人目が怖い外じゃまず出さねえが、いい機会だからよく見とけ」

「はい。……自律型の銃座、これが」

 

 ホームに悪党の残りがいて、それが顔を出してくれれば威力と精度まで見せてやれる。

 そう思いながら喫煙組の全員がタバコを吸い終えるまで待ったが、残念ながら悪党はもう顔を出さなかった。

 

「仕方ねえ。ザッとホームを確認したら交差点のタバコ屋を漁って、それから先を急ぐか」

「了解っす」

「くーちゃんがアキラっちと行く~♪」

「へいへい」

 

 改札口にヘビーマシンガンタレットを置いた意味なんて、どう考えてもなかったらしい。

 電車の見えないホームには、悪党どころかフェラル・グールの姿すらなかった。

 なのですぐに待合室へ戻って悪党の粗末な武器を回収して八幡駅を出たのだが、その駅前とも言えないような交差点のタバコ屋には、戦前の商品なんてマッチ箱の1つも見当たらない。

 

「まあ、当然っすよねえ」

「飴玉の1つすら落ちてねえのかよ。クソが」

「いいじゃん、別に。悪党の拳銃が3丁に、小銃まで1丁あったんだから。充分な稼ぎだって」

「東名高速のバス停までの途中にも、まだまだ店はあるだろうしな」

 

 


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