居ついていた悪党を殲滅した八幡駅を通り過ぎ、また北上して東名高速を目指す。
俺達の進行方向、左側にある大きな駐車場と立派な建物は、戦前の大企業であるユマハの本社であるらしい。
なので中を漁ればかなりの物資があるのだろうが、俺達はその敷地、駐車場にすら足を踏み入れず電車通りの車道を歩く。
「本社ビルの玄関をプロテクトロンが固めてるんじゃなあ」
「ぼく、動く警護ロボットなんて初めて見ました。やっぱり強いんですか、あれって?」
「1体1体はそうでもねえさ。でも1体を攻撃したら、この施設の全プロテクトロンが俺達に襲いかかってくるかもしんねえ。どれほどの数が稼働してるかもわからねえ、そのすべてがな」
「うっひゃ。それはヤバイねえ」
「だろ。だからプロテクトロンを倒して持ち帰りてえのは山々だが、こんなでっけえ施設のはスルーだ。カンペキに発見されてるのにマーカーは赤になってねえし、とっとと通り抜けようぜ」
「それが一番っすね」
平静を装いながら、鼓動よ静まってくれと願いつつユマハ本社の横を通り抜ける。
なんというかあれだ。
犯罪になどわずかばかりの縁すらないのに、夜道で警察官と擦れ違う時のドキドキ感。
今の気分はそれに似ている。
「……ようやく抜けたか」
「広かったねえ、敷地」
「嫌んなるくれえにな。ここを左折すっとスーパーマーケットがあるはずだが、そこはスルーでいいか?」
「うんっ」
「ですね。アキラさんのピップボーイに戦前の品をすべて入れられないなら、大きすぎる店舗を漁るのは安全確保にかかる手間が惜しいだけです」
「この電車通りにも、まだまだ店はあるっすからね」
「りょーかい」
なんて事を言ってはいたのだが、次の交差点にタムロするフェラル・グールとの戦闘準備をしながら、俺は道の向こうにある店舗を漁るべきかかなり迷っていた。
戦闘準備といってもフェラル・グールの数はたった2匹で、下手をすればヤマトがぶちかますグレネードライフルの初撃でカタはつくのだが。
「いいですか、アキラさん?」
「おう。いつでも好きにやってくれ。とにかく気楽にな」
「はいっ」
グレネードライフルを持ち上げたヤマトが、見よう見まねで射角を調整。
ほどなく、ポンっというあの気の抜けるような発射音が聞こえた。
それなりに広い交差点のほぼ中央、まるで立ち話でもしているような2匹の足元に、ヤマトが初めて放った40mmグレネード弾が着弾。
「おおっ。ヤマトっち、やっるぅ♪」
「お見事っす」
「あ、ありがとうございます。凄い威力ですね、これ……」
「手で投げるとあんなヒデエのに、なんで撃つと狙った場所に命中するんだろなあ」
「才能でしょうねえ。それよりアキラ、次はなるべく軽いスコープ付きの銃を出してくださいっす」
「ヤマトにはホクブ機関拳銃だけ持たせるんじゃなかったんかよ?」
「ここまでのセンスを見せられたら、状況に応じて使い分けてもらうしかないっすよ」
「欲を掻きやがって」
だが、本人のためにも様々な銃に慣れておくのは悪い事ではないだろう。
なのでスコープを付けただけのレーザーライフルを出し、グレネードライフルと交換して、今度は弾薬であるフュージョン・セルもいくつか渡す。
「重さはどうっすか、ヤマト?」
「……少し重いです。でも最初に使うはずだった散弾銃よりずっと軽いので、これならなんとか」
「レーザーライフルは、コンバットショットガンの半分程度の重量だからな。ホクブ機関拳銃は俺が預かっておくか?」
「少しでも鍛えて筋肉をつけたいので、このままでお願いします」
「はいよ」
「それじゃあ、まずは狙撃の心得からっすね」
歩き出しながら狙撃の利点から語り出した教官の声を聞き流し、後ろ髪を引かれる思いで戦前のカーディーラーの前を通り過ぎる。
中をちょっとばかり見ておきたいと言えば誰も反対はしないだろうが、割れたガラスの向こうに見える展示車はどれも動きそうにないので、スクラップとして回収ができないのなら時間のムダでしかないだろう。
蕎麦屋、床屋、郵便局。
それらを眺めながら歩いていると、今度は不思議な構造物が見えてきた。
「……ああ、なんだ。歩道橋の地下版か」
「あれが気になるの、アキラっち?」
足を止めた俺に並び、クニオがアーチ形の天井のほとんどが崩れた地下道の入り口を指差す。
「浜松の街に行く途中の歩道橋にも、さっきの歩道橋に似た八幡駅にも悪党がいやがった。ならあそこにもいて当然って俺は思うがな」
「ふうん。なら、サクッと殺っちゃう?」
「どうすっかねえ」
「アキラ。道の反対側にも同じような入り口が見えるっすけど、あれはそういうものなんっすか?」
「ああ。この道は、遠州鉄道の高架橋と並走してるだろ。だからそれがジャマで、普通の歩道橋が作れねえ訳だ。高架橋を跨ぐんじゃ、費用がかさむ。安全面でも不安だろうし」
「やるなら挟み撃ちですか、アキラさん?」
「そうだな。って、ヤベエ。戦闘準備!」
どう対処するか迷うにしたって、身を隠してからそれをすべきだった。
ミスに気づいても後の祭り。
デリバラーを抜いて地下道の入り口、まだ赤になっていないマーカーが揺れるそこに銃口を向ける。
「悪党なら、くーちゃんに殺らせてねぇ♪」
「相手の出方次第、って。マジかよ……」
「アワテズ、サワガズ、コウイッタトキホド、オチツイテ、コウドウシマショウ。コチラハ、シズオカケンケイ、デス」
プロテクトロン。
しかもカラーリングが白と黒で、頭のてっぺんに警察官の制帽を模した飾りのような部品まで取り付けてあるタイプだ。
この世界のプロテクトロンはそれなりに見たが、こんな型の、それも県警仕様なんてのは初めて見た。
「アキラ、どうするっすか?」
「どうしたもんかねえ」
プロテクトロンは俺達に気が付いてもバトン型の右手を振り上げたりはせず、同じセリフを繰り返しながらゆっくりと俺達に近づいている。
「うわっ、なんかキモイっ」
「だなあ。おーい、警官プロテクトロンさん。聞こえてっかー?」
「モヨリノ、ヒナンバショハ、ヒクマショウガッコウ、デス。オチツイテ、ムカイ、マショウ」
「……ダメだな。避難は促しても、その対象である連中の言葉を理解して対応する機能はぶっ壊れてやがるらしい」
「じゃあ、倒して持ち帰るっすか?」
どうするか。
浜松の街を出てからずっと、万が一にも尾行などされぬようにと背後には気を配っている。
が、まあそんなのはパワーアーマーを装備した瞬間にどうでもいい心配になっているかと、この哀れなプロテクトロンには新しい人生、ではなくロボ生をプレゼントする事に決めた。
「少しばかり気が引けるけどな」
「これじゃ仕方ないっすよ」
セイちゃんには、壊れた国産型の警官プロテクトロンを見つけたから持ち帰ったとだけ言っておこう。
そう心に決めながらデリバラーを『壊し屋のコンバットショットガン』に持ち替え、ガションガションとやかましい音を立てながら歩くプロテクトロンのコメカミに銃口を突きつける。
「300年間、お疲れさんな。少し休め」
トリガーを引く。
轟音。
マーカーが赤に変わるのを見ながら、すかさずVATSを起動。
頭部への追加攻撃2射でアスファルトに倒れ込んだプロテクトロンを、そのままピップボーイに収納する。
「きっとセイちゃんが直してくれるっすよ」
「別にあんなポンコツがどうなろうが、俺の知ったこっちゃねえさ」
「はいはい。おセンチさんはすーぐ、ロボットにすら同情しちゃうから困ったものっす」
「……なんかムカつくな。くーちゃん、俺が許すからそこの地下道でタイチを好きにしていいぞ」
「やあったぁ♪」
「い、いい訳ないっすよ。なにバカな事を言ってるんっすか!」
すぐ慣れるだとか死んでも慣れたくないっすなんて声を聞きながら、タバコを咥えてロードマップを出す。
昨日から何度も眺めているので地理は頭に入っているが、確認も必要だ。
「あった。曳馬小学校」
「その先には中学校もありましたよね」
「ああ。まあ、まずは小学校の手前にある助信駅だがよ」
「そこで待っているのは悪党か、それとも屍鬼、じゃなくってフェラル・グールか。どちらにしても、このレーザーライフルを早く試したいです」
「屍鬼でいいさ。そこまで俺達に合わせる必要はねえよ」
「いえいえ」
「おら、そこのバカップル。ヤラねえんなら行くぞ」
「するする」
「しないっすからっ!」
小学校は進行方向の左側、つまり俺達が歩いている道に隣接している。
助信駅がどの程度の規模なのかは知らないが、そこを片付けたら道の反対側に渡ってから進むべきだろう。
そう考えながら歩き出すと、屋台に毛が生えたような古い餃子専門店の向こうに、派手な赤色で『祭』と書かれた看板が見えてきた。
どこの世界にも祭りはあって、それを心から楽しみにしているような連中もそれなりにいるのだろう。
俺のように集団でバカ騒ぎをするのが性に合わない人間からすると迷惑な話だが、年に1日くらいなら耳を塞いでガマンすればいいだけだ。
「また地下道があるっすねえ」
「東名高速の近くにもあるようなら、ファストトラベルのお迎えを待つのにちょうどいいな」
「また歩道橋が見えます、アキラさん」
「それが助信駅だろうな。駅の向こうにゃ小学校があっから道を渡っときてえが、それをすっと道の反対側に神社がある。嫌な配置だぜ」
ゲームのフォールアウトの中ならばこんな建物の配置では十中八九、製作者の悪意を疑ってしまうような戦闘が発生する。
駅だけでなく小学校と神社にも充分に注意しながら進むぞと声をかけ、まずは道を反対側に渡った。
運命の日の避難所であった小学校よりは、今では境内の手入れもされず背の高い草が生え放題の神社の方がまだ安心して横を通り抜けられるだろう。
「駅は入り口すら見えないっすね」
「八幡駅よりだいぶおっきいねえ。アキラっち、ここは漁らなくっていいの?」
「いいさ。少し大きい駅らしいが、あっても小さなキヨスクくれえだろうし。襲われなきゃそれでいい」
「あいあい」
「了解です」
一応は駅前になるのだろうが、電車通りの右側には2階建ての食事処と、少し大きなアパートが並んでいるだけ。
とは言ってもおそらくだが、俺達のような新鮮なエサが通りかかれば、そのどちらかの敷地からフェラル・グールが飛び出してくるはず。
それをヤマトに伝えようとすると、俺が言おうと思った注意とほぼ同じ事をタイチが言っている声が聞こえた。
「さすが相棒」
「おだてたってなんも出ないっすよ」
「この食堂、あの日は休みだったのかな」
「……いませんね、フェラル・グール」
アパートの敷地には確実にいるさ。
そうヤマトに告げてもよかったが、タイチはこの頭の切れる若者を本気で鍛えるつもりでいるらしい。
ならばこんなのも経験させておこうと何も言わず、食堂とアパートの間の細い道が覗き込めるところまで足を進めた。