ヤマトが上島駅の辺りで言ったように、そこから目的地である『東名浜松北バス停』まではすぐだった。
1時間とかからず進行方向には、戦後300年が経ってもまだ聳え立っている東名高速の高架がすでに見えてきている。
俺達が進む道と線路が分岐でもしたように分かれていたので、次にあるはずの自動車学校前駅の様子は見ていない。
「もし自動車学校前駅にもクリーチャーの死体があるようなら、付け入る隙はありそうだな」
「どういう意味っすか?」
「くーちゃん、ヤマト。エオンと四ツ池って、もしかして仲が悪いんじゃねえのか?」
俺の問いを受けたクニオがニヤリと笑う。
ヤマトの方は驚いているようで、まじまじと俺の顔を見てから慌てて小さく頷いている。
「さーすがアキラっち。いい読みしてるぅ♪」
「ど、どうしてわかったんですか、アキラさん!?」
「簡単な話だ。曳馬駅と上島駅の途中の交差点なんかにゃ生きてるクリーチャーがいたのに、2つの駅前と直近の交差点だけはクリーチャーが倒されてただろ」
「はい。でも、それがどうして……」
「鉄道は、それ単体でも大事な交通手段だがよ。その駅を使ったり人を送り迎えするためには、徒歩や車両での利便性も求められる」
「は、はあ」
「まあ遠州鉄道ってのは大手の私鉄じゃなかったんだろうが、そんでもその駅を使うのに不便がねえような形で道路なんかも伸びてるって事だ。そしたら、エオン集落の連中がその駅にだけ人を出してる意味は? モングレルドッグは食えるから倒して当然だが、食えもしねえフェラル・グールまで倒してよ」
「……もしかして、エオン集落は偵察のためにそうしてるんだろうという読み方ですか? そしてエオン集落から駅の方角には四ツ池集落があるから、2つの集落は仲違いをしていて戦闘に備えていると?」
「正解。んでその仲違いの理由が新制帝国軍にあるなら、エオン集落とは仲良くできるんじゃねえかってよ」
大都会である浜松の街の山師でさえ、戦前の歓楽街どころか六間通りの東方面にすら足を向けてはいない。
それはおそらく、金にならないフェラル・グールがジャマで仕方ないからだ。
だがエオン集落の戦力であると思われる連中は、わざわざ駅前にまで来てフェラル・グールを倒している。
となればその目的は日々の糧を得るための狩りではなく、俺達と同じような戦前の物資の回収か、もしくは公費を投入しての見回りという事になるだろう。
2つの駅前に転がっていたフェラル・グールの死体には刃物や鈍器のものではない明らかな銃創があったので、それを倒した連中は銃で武装している。
集落と呼ばれる小さな街の山師が銃で武装して戦前の店舗や民家を漁りに出ている可能性より、規模は小さくとも軍隊かそれに準じる組織が見回りのため定期的に駅まで出かけている可能性の方が高いはず。
「お、おみそれしました……」
「バカでも考える事をやめなきゃ、これくらいは読めるんだって」
「まーたそういう言い方を。ヤマトもそうっすけど、アキラが自分をバカって言うと嫌味にしか聞こえないんっすよ。わかってるっすか?」
「んだにゃあ」
「ホントの事なんだから仕方ねえだろって。それより、戦闘準備だ」
「はいっ」
「あいあい~♪」
「はぁ、すぐ手前のでっかい交差点にもフェラル・グールがいたのに。またっすか」
「今度は、両手の指じゃ足らねえ数が押し寄せるかもしんねえ。気合を入れろよ」
見えている敵は、戦前のボーリング場の広い駐車場をうろついているフェラル・グール。
その人影は片手の指で足りる程度でしかないが、駐車場の車の残骸の陰や、かなり距離はあるがボーリング場の建物近くにもフェラル・グールはまだまだいるだろう。
ただ幸運なのは俺達の左、サッカー場にクリーチャーの姿がないという事だ。
これなら片側二車線ずつのこの道で、いくらかは安心してカイティングしたフェラル・グール達を迎え撃てる。
「まずはヤマトの練習でいいっすか?」
「いいぞ。好きに撃ちまくれ」
「ありがとうございます」
ボルトアクションのライフルにもだいぶ慣れた様子のヤマトが、装填を確認して基本に忠実な片膝を地につけた構えを取った。
もう片方の膝は立てている、この映画なんかでよく見る撃ち方は、膝撃ちと言うんだったか。
銃声。
駐車場のフェラル・グール達はサイレンサーのおかげで撃たれた事に気が付いていないようだが、ヤマトの放った.308口径弾はどの個体にも命中していない。
「くっそ……」
「練習だって言ったっすよ。気にせず次射っす」
「もしかしてドタマをブチ抜くつもりだったんか、ヤマト?」
「はい。でも、30センチほどズレてたみたいです」
「それだって大したモンだと思うがなあ」
「ホントホント。ヤマトっちも、将来はとんでもない男になりそうだよねえ」
俺とタイチは20歳。
ヤマトは、その6コ下。
この俺達の弟分があと数年で期待通りの成長を見せてくれたら、その時は俺に何かあっても、安心して後を、タイチの補佐をしてもらうという形で託せるのかもしれない。
再度の銃声。
駐車場の一番手前、ボーっと突っ立っていたフェラル・グールの頭部が、熟れたスイカでも撃ったように弾けて血が飛沫く。
「よしっ」
「修正が早いっすねえ。ドンドン撃っていいっすよ。マヌケなフェラル・グールは、まだこっちに気づいてないっす」
「はい!」
2匹、3匹。
すっかり狙撃のコツを掴んだらしいヤマトがテンポよくフェラル・グールを撃ち倒すのを見守っていると、流れ者の服の袖がツンツンと引っ張られた。
目をやってみればそうしているのはクニオで、俺の視線に気づいた見た目だけ美少女は道路の左側にあるサッカー場を指差している。
「げえっ!」
「どうしたんっすか?」
「撃ち方やめ。反対車線に走れ!」
「えっ?」
「指揮官の指示には黙って従う、それが兵士っすよ。ヤマト」
「は、はいっ」
クニオが指さした先にいたクリーチャーの習性を語り聞かせている余裕はない。
全員で反対車線の真ん中に走った。
「敵はでっけえサソリで、ゲームと同じなら地中を移動して奇襲を仕掛けてくる。気は抜くんじゃねえぞ」
「サソリって。こんなところに針鎧虫がっ!?」
「タイチ、背後を頼む。来るとしたら路肩の土のどっかだ」
「了解っす」
「くーちゃんは左の中央分離帯。俺は右な」
「はいな~♪」
道幅が広いのは助かるが、そのおかげで中央分離帯、それも土に植物が植えられているそれがいくつもあるのは少しばかり厄介だ。
「まあ、そんでもくーちゃんが気づいてくれたのはラッキーだな」
「出るって噂は聞いてたからねえ」
「ったく。なんで日本にサソリ、ラッドスコルピオンがいるんだよ。ここはあのイカレた国とは違うんだぞ」
「知らなーい」
「フェラル・グールに動きはなしっす」
「よしよし。なら、ラッドスコルピオンさえ捌けばどうにかなりそうだあな」
クニオはいつものサブマシンガンだが、俺もタイチもハンティングライフルを背負ってデリバラーと10mmピストルを握っている。
それに気づいたヤマトも同じようにハンティングライフルを背負い、腰のホルスターのホクブ機関拳銃を抜いた。
初夏の陽射し。
ひび割れたアスファルト。
沈黙が続いているおかげでやけに大きく聞こえる、ヤマトのいつもより荒い呼吸音。
戦闘にはいくらか慣れても待つという行為に慣れていないからか、そんなどうでもいいものばかりに気が行きそうになる。
それでも、待った。
「まずはくーちゃん大当たりっ!」
そんなセリフを、サブマシンガンの連続する銃声が掻き消す。
「経験値が来た。さすがだな、くーちゃん」
「迎撃は得意だからねー」
「10発ってトコか?」
「だねぇ」
クニオのサブマシンガンで倒し切るのに10射必要なら、和製ラッドスコルピオンのHPはかなりのものか。
害虫駆除のコンバットショットガンを出したいところだが、ショートカットに害虫駆除どころか、レジェンダリー武器は一切入っていない。
己の迂闊さを呪うような気分で、デリバラーをほぼノーマルのオートマチックコンバットライフルに代えた。
「へえ。良さそうな銃だね、アキラっち」
「あとで好きなのをくれてやるよ」
「くーちゃんは、サブマシンガンしか使わないもん」
「なら、とっておきがあるぞ。フォールアウト4じゃ誰もがいっぺんは手にして、その強さに呆れた経験のあるような銃だ」
「ふうん。でもそしたら、くーちゃん9式じゃなくなっちゃうんですけど」
「それならそれで、って言ってる場合じゃねえなっ!」
右の中央分離帯。
そこの背の低い植え込みの根元が、ボコボコっと盛り上がってゆく。
間違いない。
ラッドスコルピオンだ。
だがこんな移動先を限定されるような状況ならば、地中から跳び出しての攻撃でも奇襲になんてなりはしない。
「こっちも来たっす」
「タイチ先生っ!」
「ヤマトは待機。こういう動きを見るのも勉強っすよ」
こんな時でも授業かよと呆れるような気分で、地中から跳び出したラッドスコルピオンにコンバットライフルを撃ちまくる。
大きさが子供に毛が生えた程度の個体だからか、そのHPバーは見る間に削れ、腹を見せて中央分離帯に転がったラッドスコルピオンはピクリとも動かなくなった。
「ラッシュ、来っぞ!」
叫んだ途端に銃声が響く。
俺も右の中央分離帯から新手のラッドスコルピオンが現れたので、またコンバットライフルを撃ちまくった。
「リロードっす!」
「任せろっ!」
コンバットライフルを投げ捨てる。
ショートカットで両手にデリバラー装備。
もう出し惜しみしている場合じゃないだろう。
VATS起動。
中央分離帯のラッドスコルピオンに2射、リロード中のタイチの前方に現れた新手の尻尾に7射を選択してVATSを発動した。