「……いっそ脅してくれた方が、こっちとしちゃ楽だあな」
「そうね」
「あと四ツ池とエオンって集落の事なんだが、なんか情報はねえか?」
「利用できそうなら、そっちの方向から引っ掻き回してやろうって事かしら」
「それをするべきかどうかの判断材料だっての。こっちが発展するために他の集落の人間を苦しめるくらいなら、どの街もずっと貧乏をしてる方が俺はいい」
「理想家ねえ」
「だから殿様なんかにゃ向かねえのさ。んで?」
カナタがタバコを揉み消し、テーブルの裏に後から取り付けたマガジンラックからロードマップを取り出してそれを広げた。
どうせなら印を付けてくれと赤マジックを出すと、まず浜松と四ツ池とエオンが丸印で囲まれる。
「今から100年ほど前かしらね。戦前の物資が豊富なエオンは、数でこそ劣るけれど新制帝国軍に対抗できる唯一の街だったらしいの」
「へえ」
「そんな街だから、エオンはいつか新制帝国軍との対決は避けられないと睨んでいた。おそらくだけれどね」
「わかるよ。どっちも」
「ええ。そこでエオンはその対決時に少しでも優位に立とうと、本陣が攻められたらその背後を衝くのを前提に部隊を分けた」
「うっは……」
そういう事か。
「お察しの通り、四ツ池はエオンの街から移動した戦闘部隊が核になって作った集落なのよ。しかも新制帝国軍を必要以上に刺激しないため、兵士だけじゃなく若い者を中心とした入植者を率いていった連中が」
「そんで四ツ池の連中は新制帝国軍と組んだのか」
カナタが苦笑しながら頷く。
エオンからしてみれば、最低な裏切り行為だろう。
新制帝国軍に包囲された時それを背後から急襲して崩すための軍勢がそのまま敵の戦力になり、それだけでなく新制帝国軍に前線基地までもくれてやったようなものだからだ。
そりゃあ怒る。
「だから2つの集落の対立は根深いわよ。ちょっと突っついたら、それで破裂してしまう水風船みたいなものね」
「……利用すべきなんだろうなあ。それこそ、国盗りが仕事の戦国大名なんかなら迷わず」
「そうね。許可してくれるなら、すぐにでも効果的な作戦を提案するわよ?」
「しねえよ」
「やっぱりね」
俺達がその対立を利用するならば、新制帝国軍だけでなくエオンと四ツ池の連中にも多少の被害が出てしまうだろう。
100年前の裏切りと、100年前の恨み。
そんなのに今を生きる連中が殺されたら、ソイツは死んでも死にきれない。
俺は平和な日本でニートのような生活をしていても、過去をどうこう言っている連中がどうにも嫌いだった。
戦争関係は、特に。
敗けた方が悪とされるのはまだわかるが、その子や孫にまで罪をかぶせようとする連中が悪とされないのが納得できなかったからだ。
「まあどこの誰だろうと、クソヤロウなら遠慮なく利用だろうがなんだろうがしてやるけどよ」
「今じゃどっちも生きていくだけで精一杯の田舎者よ。だから100年が経っても集落止まりなの」
「将来を考えると嫌になるが、まあ今はそれでいいさ。話を戻そうぜ」
「ええ」
商人ギルドが交易の開始とその規模を知り、どんな風に介入を目論むか。
互いの予想を順に述べながら、そういう場合はこう動いたらどうだ? なんて事を話し合う。
カナタはジンさんとウルフギャングを除けば小舟の里で最もこういう先読みに長けた人間なので、ずいぶんと参考になる話だった。
「おっはよー」
「アキラ、カナタ姉。おは」
「なんだなんだ。2人して朝っぱらからマジメな顔をして。抜け駆けは許さないぞ?」
「なーにを言ってんだか。とりあえず、お姫様達の朝食をこのセバスチャンが用意してやっか」
「あたしトーストとコーヒー」
「じゃがバタ」
「肉はなんでもいいから大盛りで、野菜も多めのサンドウィッチだな」
「……好き勝手言いやがって。カナタは?」
「コーヒーで充分よ」
「せめてトーストとサラダだけでも食え。どっこいしょっと」
ミサキはもちろん、シズクもセイちゃんも、カナタだって生粋のお嬢様。
自炊なんてできるはずもない。
なので俺が料理をするのは、もう当たり前の事になってしまっている。
手早くこちらの食材で朝食を用意してそれをテーブルに並べ、全員で手を合わせて『いただきます』と言ってから賑やかな食事が始まった。
「ゆでたまご美味しー」
「戦前のバター最高」
「さすがアキラだな。それで、今日の予定は?」
「特にねえなあ。家でまったり、それだけだ」
行きたい場所や漁りたい店や施設はいくらでもあるが、俺が動けばこの嫁さん連中も確実に着いてくるだろう。
俺とタイチが浜松の街にいる間も、全員で山師仕事に出たり特殊部隊に同行したりして忙しくしているようだから、こういった休日にはしっかりと休ませてやりたい。
ファストトラベルのチートが俺にもあればと思わないでもないが、ないものねだりをしても仕方ないだろう。
「ふむ。それじゃあ、ひさしぶりに朝から酒でも嗜むか」
「こんな時間からかよ?」
「朝寝朝酒は最高の贅沢だからな。疲れを取るならそれに限る」
「頼むから飲みすぎるんじゃねえぞ?」
言ってテーブルに瓶に詰めて売っている焼酎と戦前のウイスキーを出してゆく。
ビールはキッチンスペースの隅にある冷蔵庫で冷やしてあるので、ピップボーイからでなくその冷蔵庫からそれなりの本数を運んだ。
嫁に甘いという自覚はあるが、まあたまにならいいだろう。
そう考えながら自分の席には戻らず、朝メシよりも多いツマミをテーブル出してから1人で家を出る。
健啖家揃いの嫁さん達に美味いツマミを食わせてやりたいし、くーちゃんや、夕方からウルフギャングの店のカウンターで飲みながらひさしぶりの会話を楽しむであろうヤマト達3人、それに特殊部隊の連中に、たまには戦前の料理を振舞ってやりたい。
小舟の里の住民にはお盆に酒とジュースと戦前の缶詰なんかを配布する予定だが、味の評判が悪くなかったらそのついでに作って全員が一食を浮かせられるようにしてもいいだろう。
「あっ。アキラさん、おはようございます」
「おはようございます!」
正門の通用口が見えると同時に、そんな2つの声が聞こえた。
地上から10メートルほどの位置にある見張り台からだ。
「おはよう。ショウ、ヤマト。なにしてんだ、こんな朝っぱらから?」
「ショウに剣の基礎を教えてもらってたんです」
「へへっ」
「仲良くなったようで何よりだが、ヤマトが剣って。筋はどうなんだよ、ショウ?」
「ええっと。それはほら、まあ。ね……」
ショウがポリポリと頬を掻きながら俺から視線を逸らす。
やっぱりか。
「んな事だろうと思ったよ。それよりショウ、頼みがあるんだが」
「アキラさんが? 俺に、頼み?」
「おう」
「な、なんでも言ってくださいっ!」
「んじゃ、ヤマトの見張りを頼む」
「へ?」
「ぼ、ぼくの監視ですかっ?」
「ああ。休日は体を休めろって言ったのに、朝っぱらから剣を教わってるとか信じらんねえんだ。頼めるか、ショウ?」
「えっと、はい」
「なら頼む。報酬は、そうだなあ。……俺達と一緒に山師仕事に出て、タイチ教官の特別授業1回ってのはどうだ?」
「やりますっ!」
いい笑顔だ。
ただ、声がデカすぎ。
「頼んだぞー」
はいと言う元気な声を聞きながら通用口を開け、メガトン基地を出る。
向かうのがあの市場というのが気にかかるが、あの頃より小舟の里の住民達はだいぶ身綺麗にして暮らすようになったので、まあなんとかなるだろう。
辿り着いた競艇場の本館1階、だだっ広いロビーにある市場は俺の予想通り、浜松の街のそれよりもずっと清潔で、店主や客達の体臭もそれほど気にならない感じだった。
ミサキとカナタは小舟の里の役人のような連中や学校の教師達に戦前の衛生管理などを教えたりもしているそうなので、こんなのもその成果であるのかもしれない。
ありがたい話だ。
「おねえさん、そのタマネギを30個。それとジャガイモも同じだけ。ニンジンは、……ねえか。じゃあその2つで」
「はいよ。すぐに量るから待っとくれ」
どうやら、野菜類はグラムいくらの量り売りをしているらしい。
タマネギが30個で2円80銭。
ジャガイモはそれよりだいぶ安くて、1円30銭だそうだ。
オマケして4円ちょうどでいいよと言ってくれたオバサマに紙幣を渡し、ウルフギャングの店の手前で出した買い物かご2つにそれを詰めて次の店へと向かう。
だが重い荷物をぶら下げながら苦労して探し回っても、目的の店はついに見つからなかった。
「おっかしーなあ。ま、これだけでも作れるからいいけどよ」
肉はピップボーイにかなり入っている。
酒も買おうか迷ったがまだまだ焼酎はあったはずなので、市場を出てメガトン基地に戻った。
「おかえりなさい、アキラさん」
「お、おかえりなさいです……」
「なにやってんだ、妙な表情をしやがって?」
見張り台には屋根だけでなくテーブルとスツールを置いてあって、門番は座りながら来客の対応ができるようになっているのだが、そのテーブルに並んで座っているショウとヤマトの表情はこれ以上ないほどに対照的だった。
どこかイキイキとしているヤマトと、眉根を寄せながらテーブルに置いてある何かを眺めるショウ。
「ショウが監視のためにここにいろって言うんで、せっかくだから苦手らしい読み書きと計算を教えようかと。ぼくも剣の握りと構え、素振りを教えてもらったんで、そのお礼に」
「そりゃあよかったなあ、ショウ」
「よくないです…… ヤマトは気弱なくせに、字を間違えると鬼みたいに怒るから……」
「それだけいい教師だって事だ。ちゃんと勉強してたら、昼メシにいいもんを食わしてやるぞ。だからしっかり教わっとけ」
「いいもん?」
「おう。だから頑張れ」
はあと生返事をしたショウと何かを問いたげなヤマトに手を振り、通用口のカギを開けて基地内に戻る。
荷物は本館を出てすぐ、ピップボーイに入れてあった。
まずは自室ではなく待機所へ。
そこで通信機の前に座ってオペレーターをしていたジュンちゃんに何かの非常事態ですかと驚かれたが、気まぐれで料理をしに来ただけだと言ったら、さらに驚かれてしまった。
「そんなに意外かねえ。おじゃましまーす」
「あら。アキラさん」
「おひさしぶりです、コトリさん。アオさんとチルとミチは元気ですか?」
「息子と娘はついさっき学校に。夫は、……ああ、ちょうど下りてきましたね」
あの2人は学校に通う事にしたのか。
「アキラさん」
「ご無沙汰してます。アオさん、メガトン基地でしんどい事とかはないですか? 今なら、他の街で働き口を紹介したりもできるようにもなったんですけど」
「いえいえ。まったくありませんよ。それで、今日はどうしたんです?」
「コトリさんの献立の都合とかが平気なら、たまには特殊部隊の連中に戦前の料理でも振舞おうと思いましてね」
「あらあら。献立の都合なんてどうにでもなりますけど、よかったらその料理を教えてもらえます?」
「もちろんです。アオさんも手伝ってくれたらすぐに終わりますよ」
「わ、わかりました」
「うふふ。あなたの料理する姿なんて、ずいぶんとひさしぶりね」
特殊部隊の連中は食事を待機所の2階にある食堂でそれぞれが交代で摂るのだが、いつもとかなり違う献立、浜松の街のパンと戦前のルーを使ったカレーはそれなりに好評だったらしい。
嫁さん連中も、特にミサキはひさしぶりとなるカレーをとても喜んでいた。
もちろん俺も食ってみたが味は悪くなかったし、白米ではなくパンにつけて食うカレーはツマミにするのにちょうどよい。
「まあ、そんでも白飯が恋しいわなあ」
「ほんっとそうだよねえ。どこかでお米を作ってないのかなあ……」
「どっかでは作ってるだろうって話だ」
「早く見つけたいね」
「だな」
カレーはまだ小さめの鍋で3つ残してあって、そのうちの1つはウルフギャングの店が開いたら差し入れするつもりだ。
あの店ではミライが見習い調理人として働き出しているので、おそらくノゾも本館の鶴のような爺さんの店がハネたら顔を出すはず。
せっかくだから、あの2人とウルフギャングにもカレーを食わせてやりたい。
「ミキも喜ぶだろうなー」
「そっちは任せたぞ。俺は帰り際のジンさんに鍋を渡して、マアサさんと一緒に食ってくれって言っとく」
「チルとミチの分はちゃんとあるんだよね?」
「ってか、昼には学校から帰ってるはずだからもう食ってるだろ」
「ならよかった。それじゃ、あたし達はカレー持ってミキの店に行ってるねー」
「おう。気をつけてな」
嫁さん連中がリビングを出てゆくのを見送り、タバコに火を点けながらピップボーイの画面に目を落とす。
ここ最近はこうやってピップボーイに入っている武器や物資の確認をしていないので、休日の昼下がりにするヒマ潰しにはいいだろう。
特に銃弾の数を念入りに見ながら、この調子で消費だけを続けていたらあと何年保つかをザッと計算していると、不意に壁際の無線機がノイズを吐く。
「面倒事じゃねえといいがな」
こ、こちら北西橋見張り台。
トラックが接近中。
……間違いなく、大正義団だと思われます。