Fallout:SAR   作:ふくふくろう

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再会

 

 

 

 なぜいきなり。

 

 そんな問いを投げかける事すらできない。

 恥ずかしい話だが、俺はビビっているらしい。震え出してしまいそうな足に力を込め、平静を装うので精いっぱいだ。

 それほどに、ジンさんは怒っているらしかった。

 

 アニメやマンガではよく目にするが、ただの大げさな描き方の一種でしかないと思っていた、『殺気』という言葉。

 それを放つだとか、浴びせられただとかいう表現。

 

 こちらの世界に来て、何度も命懸けで戦闘を繰り返すうちに、なんとなくではあるがその存在はたしかにあるのだと思い始めている程度の、そんな俺でも感じられる『殺気』がハンパじゃない。

 

「あの不心得者を出さぬかッ! 今すぐにじゃッ!」

 

 料理屋の壁の陰から広い駅前通りへと足を進めたジンさんの怒声が響く。

 

 その大声に肝を冷やしながら、これほどの大声なら大正義団だけでなく、駅にいる悪党の動向も確認しなければとツーショット・ハンティングライフルを持ち上げ、駅の階段の上にある広場のような場所をスコープで素早く舐めた。

 

「…………ッ!?」

 

 するとその途中で、予想だにしていなかった人影がスコープに映る。

 

 ズタズタに引き裂かれた赤い着物。

 酷く乱れた長い黒髪。

 そして肢体の全面のほとんどを陽光に晒す白い肌。

 

 その女は駅へと繋がる歩道橋のような建造物の手摺りから鎖でぶら下げられて、晒し者にされているらしい。 

 フォールアウトシリーズで、レイダー共がよくやっていたあれだ。

 

 自分達が殺した人間の死体を縄張りの入り口にぶら下げる事で『これ以上近づいたらオマエもこうなっちまうんだぜ?』と言いたいのか、それとも単純に牛や豚を解体するように食料である人間をぶら下げているのかはわからない。

 ただ今までも何度か見たそれが、間接的なものではあるが知り合い、それも自分の女の母親の死体であるとなると、どうしたって怒りを抑え切れやしない。

 

「クソが! 息は、息はねえのかっ!?」

 

 実の娘と同じ、どうしても男の目を惹いてしまう大きな乳房。

 それがかすかにも呼吸で揺れていないのを確認するのに、3秒とかからなかった。

 

 その胸の真ん中に、肉の繊維がささくれ立つ大穴が空いていたからだ。そしてその肉色の空洞はどう考えても傷口であるのに、血が垂れる事もない。

 

 HPを確認する必要もないだろう。

 あの傷じゃあ間違いなく即死で、女が殺されたのは昨日今日の出来事ではないはずだ。

 

「どこにおる、バカ者がッ! 早く出てこぬかぁッ!」

 

 そんな怒声を聞きながら、無意識に振りかぶって地に叩きつけようとしていたツーショット・ハンティングライフルをピップボーイに収納。

 代わりに出したタバコを咥えてオイルライターを擦り、火を点けて思い切り紫煙を吸い込む。

 

「ダメだな。こんなんじゃ、落ち着けるはずがねえ……」

 

 ジンさんに続いて歩き出す。

 ツグオとコージを含めた5人はもちろんジンさんに気づいているが、どう反応するべきかわからなくて、動くに動けないでいるらしい。

 

 夜中の道路に飛び出して、ヘッドライトで照らされたネコか。

 ……いや、間違いなくそれ以下。

 だからクソほどの役にも立てねえんだ。

 

 そんな風に心の中で毒づき、ジンさんの左やや後方まで進む。

 あまりにも大きな怒声なので駅にいるはずの敵も怖いが、まずはここまでキレたジンさんが息子をぶん殴るなリした後で大正義団がどう動くかが気になる。

 駅のハイテクレイダーは、その後に片付ければいい。

 

「ま、迫撃砲じゃハイテクとは言わねえか」

 

 呟きながら、何があっても、たとえ相手が誰であっても、ジンさんに敵対する人間は俺が眉間をぶち抜いてやろうと心に決める。

 

 駅に向かって左側にある崩れかけたビル。

 そこの出入り口に、揺れながら近づくマーカーが7つ8つ見えたからだ。

 

 もう相棒と言ってもいいデリバラーを両手に装備。

 総勢8人であるらしいクソヤロウ達、大正義団の生き残りがビルから出てくるのを待つ。

 

「やっど来だが、ほんつけなしがぁ」

「親父……」

 

 若い。

 そして長身で、いかにも女にチヤホヤされそうな精悍な顔立ち。

 

 ジンさんにそっくりな若い男は、ヘルメットを外した戦前のパワーアーマー姿でビルの入り口に立ち尽くしている。

 その右手には、こちらの世界に来て実物を見慣れた日本刀。銃は持っても背負ってもいない。

 

「ジンさん、訛りが出てますよ。何語ですかそれ」

「事ここに至っても腹すら切れぬ臆病者が。そこに直れ。その薄汚い首をすぐに落としてやる……」

「うるせえよ、糞親父。腹は切る。切るけど、それは今じゃねえんだ」

 

 老人と若者。

 どちらもパワーアーマーを着ているのに武装は日本刀という、奇妙ないでたちの2人が、実の親子が歩道を挟んで睨み合う。

 

 俺からしてみれば切腹なんて時代錯誤な責任の取り方なんてせず、パワーアーマーと銃を置いてさっさとどこへなりと消えて欲しいんだが。

 今はもう夕暮れ時、何よりも時間が惜しい。

 

「何をしてからくたばるつもりなのかは目に見えてるが、それをオマエ達にゃあ任せておけねえな」

「うむ」

「誰だオマエ? 見ねえツラだな」

 

 若者の視線が俺に向く。

 土や煤に汚れていても隠し切れない整った顔立ち。

 素直に気に入らない。

 

「戸籍上はテメエの義理の弟だよ。ま、クソヤロウを兄と呼べるほど人間ができちゃいねえが」

「こんなフヌケ面をしたモヤシ男にセイを? 何を考えてやがんだ糞親父。耄碌しすぎて物を見る目も失ったってのかよ……」

「たわけが。アキラは貴様等の誰よりも腕が立ち、頭も回る」

「……俺にゃあただの腰抜けにしか見えねえがな」

 

 腰抜けじゃねえさ。

 

 そう返す代わりに、見ているだけでムカつくイケメン顔ではなく、右手に見える駅に視線を向けた。

 どういう仕様なのかショートカットで両手に装備したデリバラーは装填済みで、安全装置も解除されている。

 あとは敵に銃口を向け、トリガーを引くだけだ。

 

「クズに構ってる時間も惜しいです。こいつらから銃とパワーアーマーを剥くのは後にして、まずはシズクの母ちゃんを下ろしてやりましょう。かわいそうに。アタマだけじゃなく腕まで悪い、口だけ達者な連中なんかとツルむから」

 

 なんだとっ!

 

 そう叫びかけたらしいイケメンに向き直ってデリバラーの銃口を向けた。

 トリガーを引くだけで、コイツは死ぬ。

 

 仲間が応戦する素振りを見せたら迷わずVATSを発動しようと心に決めて、眉のひとつも動かさないイケメンを睨む。

 

「言っておくが、俺はシズクの旦那でもあるんだよ。わかるか? つまりあそこで晒し物になってんのは俺の義理の母親で、その母親があんな目に遭ったのはお前らの責任って事だ。違うか?」

 

 イケメンは何も言わない。

 ただ今の今まで生意気だとしか思えなかった眼差しに、かすかではあるが申し訳なさそうな影が差したように思えた。

 

「だから、お願いだから黙ってろ。でもって可能なら小舟の里から盗んだ武器とパワーアーマーを置いて、どこへなりと消えちまえ」

「……たった2人で、100人からいる悪党の群れに突っ込むってのかよ?」

「ああ」

「テメエみてえなモヤシが、くたばりぞこないのジジイを連れて? そんなの、不可能に決まってるじゃねえか」

「やるっつったらやるんだよ。じゃなきゃ、意味がねえんだ。……黙って見過ごすくれえなら、意味はねえ」

「あ?」

 

 もう黙ってろとだけ言って、戦前の国産パワーアーマーをショートカットで装備解除。

 ピップボーイを開いて目当ての品を探す。

 

「そ、そいつは……」

「間違いないよ、ガイ。あれは電脳少年じゃなく、本場のピップボーイだ。あの人のとは、少し仕様が違うようだけどね」

 

 そう言ったのは、今まで口を開かずに成行きを見守っていた俺と同年代の男。

 ジンさんの息子、ガイとは系統が違うがその男もイケメンで、同じメガネでも俺とは違ってさぞかし女にモテる事だろう。

 ただその分、俺のような同性のブサイクはタイプの違うイケメン2人のどちらにも『いけ好かない』という印象を受けてしまう。

 

「いい目をしてるじゃんか、メガネ」

「君も眼鏡をしているように見えるんだけど、それは僕の気のせいなのかな?」

「うるせえよ。集団に1人しかいねえメガネなら軍師キャラなのかもしれねえが、だとしたらテメエが一番のバカヤロウなんだ。テメエらが持ち逃げした銃とパワーアーマーがあれば、何人の食料調達部隊が死ななくて済んだと思ってる。そうなるとは思ってなかったとは言わせねえぞ? 頼むから、黙ってろ」

 

 大正義団のリーダー、ジンさんとマアサさんの息子であるガイの横に並んでいるメガネの男が黙り込む。

 あてずっぽうで言ったがこの男は大正義団の軍師役を自任しているようで、多少は知恵が回るからこそ、自分の力不足を痛感しているのかもしれない。

 眉根を顰め、俺を睨むでもなくそっと視線を落とす仕草は、自分の間違いを自覚して後悔をしている人間のそれだ。

 

 そもそも101のアイツを追って小舟の里を出なければ。

 大正義団となった連中を止められなかったにせよ、せめて銃とパワーアーマーを盗み出さなければ。

 そういった後悔がまるで顔に書いてあるように見える。

 

 小舟の里を出た後だってそうだ。

 どういう経緯で大正義団からシズクの母親を含む死者が出たのかは知らないが、死者が出る前に撤退なり転進なりを決断していれば。

 

 この男を含めた大正義団の生き残り達は、そういった過ちを、そうしてしまった自分の愚かさをいつまでも忘れられず、それこそ死ぬまで悔やんで生きてゆくのだろう。

 だからこそ腹を切るなんて言葉も出てくるのだろうが、そんな苦悩から逃げるように死んでゆくというのは、なんというか、責任の取り方を酷く間違えている気がする。

 

「ふむ。それにしても、初めて見る塗装のパワーアーマーじゃのう」

「ヴォルトテックカラーのX-01。胴体モジュールはSTR、こっちで言う『筋力』を2プラスだったかな。装備の仕方はですね」

「問題ない。すでにメガトン基地の格納庫で試しておる」

「……いつの間に。まあ、説明の手間が省けたのはありがたいですけど」

「作戦はどうするんじゃ?」

「面倒なんで一直線に突っ込んで、シズクの母親を掻っ攫う。それでいいんじゃないんですか? ロープか鎖かは知りませんが、それは俺が銃で撃ち抜きます。ジンさんは、あの人を抱えてすぐに撤退を。追撃の相手は任せてください」

「ふむ。アキラが殿を請け負ってくれるのは心強いのう」

「任せてくれていいですよ。じゃあ、それで」

「待ってくれ!」

 

 驚くほどの大声。

 ガイだ。

 

「なんだよ盗っ人」

「ぐっ。……なんと蔑まれてもいい。あの人を、マナミさんを取り戻しに行くんなら俺を先に行かせてくれ。頼む、この通りだっ!」

 

 ガイが大きな体を折るようにして深く頭を下げる。

 

 そんな姿をなんの感慨もなく眺めていると、妙な違和感を受けた。

 なんだろうと目を凝らす。

 

「あっ……」

 

 違和感の正体。

 すぐに見つけたそれに、思わず絶句してしまった。

 

「気にするでない。愚か者が、そのツケを払わされただけじゃ」

「盗っ人だろうが愚か者だろうが、好きに呼んでくれ。それに、このパワーアーマーはこの場で親父に返す。だから頼む、俺を先に行かせてくれ」

「ガ、ガイさん。本気で言ってるんですか? いくら師匠、ジンさんが剣鬼なんて二つ名がつくほどの手練れでも、たった2人じゃ……」

 

 そう言ったのはガイとメガネの後ろにいる、やはり俺と同年代の男。

 いつかタイチが言っていたように、ここにいる連中は全員が全員、小舟の里の外れにあるジンさんの道場で剣や弓を習っていた若者達なのだろう。

 

「このジジイは嘘をつかねえ」

「だね。でもガイ、君を1人で行かせはしないよ?」

「そういうムチャを言って困らせるな。俺が死んだ後を任せられるのはオマエしかいねえんだ、マコト。ジジイにエネルギー武器とパワーアーマーを引き渡したら、悪党連中から剥ぎ取った銃や防具で装備を整えて、みんなを連れて西へ向かえ」

「無理だね。僕達はあの夜、生きるも死ぬも共にと誓い合ったはずだ」

「そうですよ、ガイさん!」

「俺達もお供します!」

「そうだそうだ!」

 

 リーダーと副官の会話を黙って聞いていた連中が口々に叫ぶと、ガイはそれで説得を諦めたらしい。

 盗っ人が、それだけでなく仲間が晒し物にされていてもそれを取り戻す事も出来ずにいた能無しが、アニメやマンガのような熱血ごっこなんぞしてんじゃねえと怒声を上げかけたが、なんとかそれを堪えて成り行きを見守る。

 

「……バカが。なら、好きにしろ」

 

 はいだの好きにさせてもらいますよだのと言う連中が、マコトの助けを借りて戦前の国産パワーアーマーを脱ぐガイに倣う。

 副官であるらしいマコトが先にパワーアーマーを脱ぎ終えた連中に悪党から奪った銃と弾薬を運び出せと命じると、5人ほどが大きな声で返事をしてビルの中に消えていった。

 

「すまねえな。支度はすぐに済むからよ」

 

 パワーアーマーを脱いでからそう言ったガイが、部下から預けていた日本刀を受け取る。

 右手でだ。

 本来なら刀を持つ方の手である左手は肘から下を失っているのだから、そうするしかないのだろう。

 

「……うるせえよ、バカヤロウ」

 

 そうとだけ言ってデリバラーをピップボーイに収納し、タバコを咥えて火を点けて暮れかけている空を見上げた。

 生きるも死ぬも一緒だなんて言う友情ごっこも、死ぬ覚悟を決めて見せるいい笑顔も、見ていて気持ちがいいものではない。

 それになにより、頼りなげに風に揺れる左腕の戦前のシャツを見ていたくはなかったからだ。

 

 


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