Fallout:SAR   作:ふくふくろう

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夕暮れ

 

 

 

「ったく。どうするんですか、ジンさん?」

「死なせてやればよい。そう時間はかからぬじゃろ」

「……それでいいってんですか? 本当に?」

「無論じゃ」

 

 茫洋とした眼差しを微かにさえ揺らさぬまま、ジンさんが事も無げに言う。

 実の息子と自らが鍛え上げた弟子達が自殺まがいの特攻で、それも目の前で死んでゆくというのに、止める気など欠片もないらしい。

 

「まいったな……」

 

 甘い、と言われればそれまでなのかもしれない。

 ただ俺はどうにも、このままこの連中を死なせるのは違うんじゃないだろうかという考えを拭い切れずにいる。

 

 本当に、どうしたものか。

 

 そう考えながら新しいタバコを咥えてライターを擦ると、1人の男がそんな俺を見つめているのに気が付いた。

 マコト。

 そう呼ばれていたメガネの、ガイとはタイプの違う優し気な顔立ちをしたイケメンだ。

 

「んだよ?」

「あ、いや。こんな時だというのに、どうにも気になって仕方なくってね。君は、あの人が言っていた『運び屋』なのかい?」

「違うな。運び屋は別にいる」

「すると……」

「101がフォールアウト3の主人公で、運び屋はフォールアウトNVの主人公。俺は、その2つの後に出たフォールアウト4の主人公と似た能力と物資を持ってこの世界に放り出された」

「なるほど。あの人が待ち望んでいたという、続編の……」

 

 煙草の箱を放る。

 メガネ、マコトがそれを受け止めてタバコを抜き出したのを見て、ライターのヤスリを擦った。

 3歩ほどジンさんから離れてからだ。

 

 マコトはそんな俺の動きを見て怪訝そうな表情を浮かべたが、視線に『いいから来い』という意思を込めると、黙ってタバコを咥えたまま俺の傍まで寄った。

 

 ライターの小さな火に、俺と同じくらいの身長と肉付きをしたマコトが顔を寄せる。

 

「ちょっくら知恵を貸せよ、メガネ」

 

 ライターの火にタバコの先端を寄せたマコトに囁く。

 

「知恵だって?」

「ああ。俺はバカ兄貴をぶん殴って、銃とパワーアーマーを取り返せればそれでいいんだ。そのために、こんな豊橋くんだりまで来たんでな。おまえらが死のうが生きようがどうでもいいが、セイちゃんにそれを告げる時の事を考えると憂鬱になる。だから、知恵を貸せよ」

「……死なせてやるのも優しさだとは思えないのかい?」

「当たり前だ。なんせ、俺は優しくなんてねえからな」

 

 タバコに火を点けたマコトが顔を上げる。

 その目を見ながら、黙って頷いた。

 

「難しい事を言うねえ。さすがは、あの人の同類って事かな」

「知るか。んで?」

 

 マコトが紫煙を吐きながら首を横に振る。

 

「見てごらんよ。どいつもこいつも、あんなに晴れ晴れとした表情をして。やっと終わるんだって顔に書いてある。それは、僕だって同じだよ」

「だから知らねえっての。死ぬなら、少しでも今まで迷惑をかけた小舟の里の連中の役に立ってから死ねって話だ」

「……厳しいね。僕達には、責任を取って華々しく散る資格すらないのか」

「当たり前だ、タコ助」

 

 見つめ合う。

 

「何をどうしたいか。まずはそれを聞かせてもらわない事にはね」

 

 あって当然の問い。

 なので、言葉はスラスラと出てゆく。

 

 この豊橋までの途次で見かけた公園の集落。

 新天地を求めて旅をしているというあの連中に、今の小舟の里ならばその場所を提供できる。

 そうすれば幼い子供も多いあの放浪者達は、今より安全で温かな寝床と、過酷ではあるがやりがいも実入りもずっと良い仕事を手に入れられるだろう。

 大正義団があの連中に今日まで肩入れをしていたならば、それを死ぬ事で終わらせるのは少しばかり無責任なんじゃないか?

 

「……そう言われてもね」

「じゃあいいんだな? あんなボロボロでも稼働品のトラックはこんな世界じゃ何にも代えがたいお宝で、ガキや老人を皆殺しにしても手に入れてやろうって連中はいくらでもいる。そして小舟の里には、移民の集団に護衛を付けてやる余裕なんてねえ。あの連中を見殺しにしてもいいんだな?」

「そうは言っていないだろう」

「同じ事さ」

 

 灰を落とし、まっすぐにマコトの目を見る。

 そうされたイケメンメガネは束の間だけ俺の視線を受け止めると、諦めたように小さな笑みを浮かべてから首を横に振った。

 

「それで、僕達にどうしろって?」

「死ぬな。今はまだ、な」

「……酷い男だ。ジンさんの優しさの、半分も持ち合わせてないのか」

「当然だな。で?」

 

 今度はマコトが俺の目を見る。

 その視線を受け止めながら、何も言わずに待った。

 

「…………マナミさんの亡骸を取り戻して、海辺の高台に埋葬してから全員で腹を切る。それだけを願って、僕達は今日まで戦ってきた。それなのに、死ぬなって言うのか」

「当たり前だ。本当にそれだけを願ってたんなら、あんな連中は助けるだけ助けて放っとけばよかったんだよ」

「手厳しいね」

「本音だからな。んで?」

「……少しだけ時間をくれないか。5分かそこらでいいんだ。全員で話し合っておきたい」

「行って来い。駅を見張るのは俺がやる」

 

 小さく頷いたマコトが俺に背を向け、見るからに粗末な銃器を点検している仲間達の元へ向かう。

 それを眺めていたジンさんの視線が俺に向いたが、黙って頷くと、同じように頷きが返ってきただけだった。

 

「なんだとっ!?」

 

 怒鳴り声。

 それを発したガイの視線が俺を射抜く。

 

 咥えタバコでその視線を受け止めていると、ガイの肩をマコトが小さく叩いた。

 まだこっちの話は終わっていないぞという事だろう。

 

 3秒ほど睨み合っただろうか。

 舌打ちを鳴らしたガイがマコトに向き直って、ようやくそれだけで人を殺せそうな視線から解放される。

 

「はてさて、どうなる事やら」

「なにがなんでも死にてえってんなら、そうさせてやるだけです。けど第三者の俺から見ると、それじゃあんまりにも無責任だろうって思えて仕方ねえんですよ」

「厳しいのう」

「何と言われようと、必要な事ですから。総勢50人からの移民を工場跡に住ませて周囲の畑で農業をさせるとなれば、その守りがタレットだけじゃ不測の事態には対応できません」

「ワシらにはその守りのために割く人手などありはせぬ、か」

「ええ。ですから、ここは折れてもらいますよ? 息子や弟子をキレイに死なせてやりたいってジンさんの気持ちもわかりますけどね」

「あんなのは、とうの昔に息子でも弟子でもない。いらぬ心遣いじゃ」

 

 そうですかと返して吸いさしで新しく咥えたタバコに火を点け、大正義団が話し合いを終えるのを待つ。

 

 途中で何人かが激高したような声を上げたが、ガイの小さな叱責でその声はすぐに止んだ。

 どうやらこの大正義団という集団は、俺が思っていたよりずっと統率の取れた集まりであるらしい。

 

「……おい、モヤシ野郎」

「んだよ、偽伊庭?」

 

 話し合いは終わっていないようだが、ガイが前に出て俺に話しかけるまでに5分はかからなかった。

 まだ長いタバコを吹き捨て、戦前の国産パワーアーマーの足裏で踏み消してから殺気を放つガイと向かい合う。

 

「本当にあの爺さん達を小舟の里で受け入れようってのか?」

「正確にゃ小舟の里じゃなく、浜名湖の対岸にある工場跡でだがな」

「数こそ50にも届こうって連中だが、半数以上はジジババと年端もいかねえガキ共なんだぞ?」

「それぞれがやれる仕事をすれば、それでいいさ。ガキには小舟の里と同じ教育も受けてもらうつもりだから勉強をする時間も必要だし、朝晩に鶏の世話でもさせりゃいい。足腰の弱ってる年寄り連中は畑仕事じゃなく、室内に作る加工場で簡単な作業でもいいな」

「鶏の世話だぁ?」

 

 頷く。

 

 養鶏は、いつか手を付けようと思っていた産業だ。

 浜松の街でツマミにするには最上と思えた焼き鳥は、街一番の酒場でありレストランでもある梁山泊のそれでさえ味が悪すぎる。

 それに、値段も驚くほど高い。

 

 そうなっている理由は、どこの街でも鶏は食肉用として飼っているのではなく、鶏卵を産ませるために飼育しているからなのだそうだ。

 ゆえに仕入れされる鶏はただでさえ少ない頭数のうちのオスのみで、それに老いて鶏卵を産まなくなったメスがいくらか混じる程度であるらしい。

 オスは性別がそれと知れた時点からロクに餌も与えられないで潰されるそうだし、卵を産まなくなったメスは老いているのが当たり前で、どんな部位でも肉の味がいいはずもない。

 

 なのでトラックでの交易が盛んになれば、きちんと管理された食肉用の鶏肉はどこの街でも喜んで買ってくれるだろう。

 せっかく思いついたのだから、それに手を付けない理由などありはしない。

 

 それを全員に聞こえるように説明すると、ガイはまた舌打ちをしてから話し合いに戻った。

 

「相変わらず痒いところまで手が回るのう、アキラ」

「そうですか? 俺としちゃ、当たり前だとしか思えないんですが」

「アキラほどの知恵を持つ者の当たり前という案は、ワシらの天啓にも等しい。だからこそ、皆がアキラを頼りに思うのじゃよ」

「俺なんかを、ねえ」

「悪い癖じゃな。その言いようは」

「本音ですからねえ」

「……なぜにそこまで己を蔑む?」

 

 口の端が持ち上がる。

 どうやら、俺は笑っているらしい。

 

「見てくださいよ、あれ」

「うむ?」

 

 言ってから俺が顎で示したのは、まだ何事かを話し合っている大正義団の連中だ。

 

「こんな世界じゃ、街の外で生きてゆくだけでもとんでもなく危険な事でしょう」

「当たり前じゃな」

「んでそういう連中は、そのために想像も絶するような努力をして生きてゆく力を身に付けた。……俺とは違って、ね」

 

 ジンさんが戦前の国産パワーアーマーの腰に後付けされた小物入れから葉巻を出して吸い口を噛み切る。

 普段なら、小柄とかいう小さな刃物で鮮やかに吸い口を切り落とすのに。

 

「バカを言うでない。アキラは、充分に努力をしておる」

「足りませんよ。努力だけじゃない。覚悟も。それに、俺には苦労が一番足りないな」

「……戯言を」

「事実ですよ。なーんの苦労もせず物資が詰まったピップボーイを手に入れて、ただそれに頼って、頼りっきりで生きている。俺なんてのは、そんな程度の存在です。ミサキなんかはあっちの日本で苦悩に苦悩を重ねて生きていたようですが、俺にはそんな苦しみもなかった」

 

 本当の事だ。

 

「おい、テメエ今なんつった!」

 

 その声は、思ってもいない男の口から放たれた。

 少し離れた場所で話し合いをしていたガイだ。

 

「あん?」

「テメエは今、自分なんて大した人間じゃねえと言わなかったか!?」

「言ったが。それが何だってんだよ?」

「……っけんじゃねえ」

「はあ?」

「ふざけんじゃねえって言ってんだよっ!」

 

 


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