「ゴリラはちっと黙ってろ」
「んだとモヤシっ!」
僕達の中では終わった話でも義理の兄であるジンさんと、同じく義理の息子になったアキラ君には謝らないと。
そう言って血を吐くかのような声音で謝り出したマコトをガイが怒鳴りつけているのだが、そのどちらも作業のBGMとしちゃ最悪だ。
「だから黙れって言ってんのさ。んでメガネ、相手が戻って来てからはタレットに防弾板でも貼られてんのか?」
「……そうなるね。タレットの前面だけじゃなく横も、ご丁寧に上部にまで鉄板が配置されている」
「このスナイパーライフルで破壊は?」
「可能だけれど10射以上はかかってしまう。ただでさえ貴重なスナイパーライフルの弾が、あと1度の戦闘で底をつく計算だよ」
「なるほど。だからこの大通りで睨み合って膠着状態、か」
「そうなるね。見張りを残して旧豊橋市内を探索したり市外にも足を延ばして狩りをしたりもしてるけど、スナイパーライフルの弾もそれに代わる有用な武器も見つけられていない。だから……」
「秋の終わりまで探してもダメなら全滅覚悟の一斉突撃ってか。そこのゴリラや他の連中はまだしも、メガネなら結果は見えてるだろうに」
それでも。
そう呟いたマコトが黙り込む。
それでも奪還を諦めて腹を切ろうとは言えないし、自分もそうするくらいならば3倍以上の敵が待ち受ける豊橋駅に斬り込んで死にたいという事なんだろう。
「まあ、そんなのも過去の話じゃ。なにせアキラがそこに現れてしまったのだからのう」
「……本気で言ってんのかよ、クソジジイ?」
「当り前じゃ。アキラ、現時点で思い付く程度のでよいから作戦を聞かせてやるがよい」
「まだ使えそうな突入ルートも見てないのにですか?」
「うむ。話せる限りでよい」
と、言われても。
作戦なんてのはタレットの配置と豊橋駅に繋がる道や、この時代のマコトが詳しくない駅ビルの有無なんかを調べた上でなければ怖くて立てられない。
それを告げてからそれでもいいのかと尋ねると、ジンさんは当り前じゃと言って笑う。
「なら、そうですね。……下の指揮はジンさんにお願いします。なんといっても無線があるし、無駄な犠牲を出さないためにも」
「うむ。下、と言うからには上もあるんじゃな?」
「ですね。まあ部隊を分けるって程じゃねえですけど」
「ふむ」
言葉を区切って、もう一度だけ考える。
俺みたいなバカには絶対に必要な事だと自分に言い聞かせ、何とか最近になって身に付いてきた習慣だ。
「……この大通りの左右、駅に一番近い建物の屋上に俺とメガネが上がります。メガネには俺のピップボーイにある向こうのパワーアーマーを装備させて、その上で筋力と相談して扱える最も強力な武器を持たせてね」
「僕とアキラ君の狙撃でまずタレットを潰すのか……」
「やっぱカウンター・スナイプが怖いか?」
「その初めて耳にする言葉の意味を完全に理解しているとは言えないけれど、こっちの狙撃に気付いた敵が僕とアキラ君に攻撃を集中させるって事ならそんなに心配はしないね。これは、別に死ぬ事を恐れていないからという意味じゃなく」
「大通りの奥はまだ見てねえが、駅に繋がる通路は道を1本挟んだ至近距離のはずだ。そうなりゃ駅の入り口に作った遮蔽物に身を隠しながらでも俺達を撃てる。それなのにかよ?」
小さな笑い声。
俺は作業をしながらなので確認できはしないが、どうやらマコトは笑っているらしい。
そこに、低く野太い笑い声も重なった。
「ふむ。敵の練度はそれほどに低いという事かのう。銃を使わぬバカ息子までが嘲笑うほどに」
「うるせえよクソジジイ。でもま、その通りだ。だろ、マコト?」
「そうなるね。僕はスナイパーライフルがあるからあの人に、マナミさんに連中が悪さをしないよう駅に繋がる連結通路の柵際まで来たヤツを何度も狙撃している。でも、今まで効果的な反撃なんてされた事はないから」
なるほど。
敵、中部第10連隊とやらは豊橋をそう重視していないという事か。
でなければ下手をするとロクに射撃訓練していないような兵士をここに配置したりはしないはずだ。
連中の目的は豊橋駅の確保。
そうであるのなら小舟の里にはまだ時間が残されている。悪い話ではない。
「スナイパーライフルの弾切れに感謝だぁな」
「この状況なら、そうなるね。まったく因果なものだよ」
悔しさが先に立って素直には喜べない。
マコトの胸中はきっと、そんな感じなのだろう。
だが、俺にしてみればラッキーなだけだ。
「…………ぜんっぜん意味がわかんねえ。どういう事だよ?」
「おそらくじゃが、マコトのスナイパーライフルとやらの弾が残り少ない事が一因で今以上の戦力を敵はこの豊橋に置いておらぬ。それが幸運じゃとアキラは言うておるのだろう」
「ですね。筋肉だけじゃなく頭も鍛えねえとなあ、どこぞのゴリラは」
「うっせえよチビモヤシ!」
「誰がチビだボケ、標準以上はあるだろうがよ!? って、そうじゃなくって続きだ」
「ふふっ。そうだね。義理とはいえ兄と弟でじゃれ合うのは後にしてもらいたいかな」
「冗談。こんなんが兄なら恥ずかしくって市場にも行けねえや」
「うっせえ、モヤシ」
そう言ったガイの声は呟きかと思うほどに小さい。
こんなバカでも今の一言で、小舟の里にいる妹や両親がどれだけ苦労してきたのかを察したのだろう。
まだまだそれを言い聞かせてやりたいところだが、数時間後には戦闘開始となるのでそんな時間はもったいないだけ。
続きを話し出す。
「……とまあ、こんな感じですかね」
「悪くないのう。どうじゃ、マコト?」
「いやいや、悪くないどころか最上でしょう」
「なら乗るのじゃな、アキラの作戦に?」
「そうなりますね。というか、それしかない。僕達にはね」
「ならアキラが修理を終えたら詳細を詰めようぞ。それと準備の時間を考えたら、そう時間は残されてなさそうじゃ」
「ですね」
5分ほど、だろうか。
30分ほど前に狙撃ポイントに到着した俺は、念入りに荒れ果てた、窓のすべてが割れている元社長室だと思われる部屋の隅にスナイパーライフルを抱くようにして座って目を閉じていた。
その目を開けた理由はもちろん、ジンさんからの無線。
「ようやくか」
そうなるのう。
準備はよいか、アキラ?
「もちろんです。すぐに始めちまってもいいんで?」
うむ。
あと数分で夜明けじゃ。
「了解。狙撃を開始します。マコトにゃあ俺の銃声が聞こえたら左ルートのタレットを潰せと言ってあるんで、あっちもすぐに始まるかと」
わかっておる。
それより。
「こっちこそわかってますよ。敵の動きは随時連絡しますって。でも、張り切り過ぎて怪我人なんか出さないでくださいよ?」
無論じゃ。
ではの。
「はい。狙撃、開始します」
立ち上がる。
パワーアーマーを装備していてもずっしりとした重みを腕に伝えてくるのは、こちらの世界に来て初めて使うガウスライフルだ。
この『ツーショット・シールド・ガウスライフル』はフル改造済みの上にスコープが長距離暗視スコープになっている手持ちに1丁しかない銃で、大通りの反対側にいるマコトには同じく長距離暗視スコープが付いていた扇動のガウスライフルを渡してある。
「コイツの重量は23.2。浜松に出かける前に『モーションアシスト・サーボ』付きのX01をめっけといてホント良かったぜ」
俺の素のSTRは5。
パワーアーマーを装備して11だ。
それだけだとこれだけ重量のある銃は重すぎて、とても狙撃なんてできやしない。
だがそこにパワーアーマーの胴体モジュール、モーションアシスト・サーボが加わるとSTRは13になる。軍用塗装に塗り直さずとも充分だ。
幸運に感謝しながら窓辺へと歩を進めると、パワーアーマーに踏まれた割れたガラスがその扱いを責めるように嫌な音を出す。
だがそんな音には一切頓着せず、窓から突き出すようにしてガウスライフルを構えた。
「荒れ果ててところどころ崩れてるでけえ駅。歩道橋みてえな連結通路。その駅前広場に迫撃砲って、まるっきりマンガの世界で笑えるぜ。ああ、この世界はマンガじゃなくってゲームだったか」
そんなどうでもいい独り言を漏らしながら舐めるように夜明け前の豊橋駅を観察。
練度もそうだが士気もかなり低いのか、見える範囲に敵兵の姿はない。ちょっとばかり異常だ。
「いくら大した敵じゃねえってナメてるにしても、しばらく大正義団と対峙してる軍隊がこっち側に見張りの1人も置いてねえとはな。呆れるしかねえぜ」
マコトの狙撃を警戒。
それだけでなく、襲撃はタレットが勝手に跳ね返してくれるとタカをくくっておるのじゃろう。
「聞いてたんですか、ジンさん。駅の外に敵影はなし。タレットが配置されてるのも、見えてるのはマコトが描いた地図通りです。仕掛けますね」
うむ。
その返事を聞いて、チャージ開始。
特徴的なレティクルの中心は防弾板の隙間から突き出ている銃身の上を小刻みに行き来している。
息を止めてその揺れがなくなった瞬間、トリガーを離した。
特徴的な銃声。
それを爆発音が追う。
「まずは1つ」
初弾から防弾板とやらではなく、その隙間から見えるタレットの本体に当ておったか。
さすがじゃのう、アキラ。
「たまたまですって。……敵は爆発に気付きはしたようですけど、駅の階段の上にある土嚢から姿勢を低くしてこちらを窺ってるだけですね」
いくら兵隊でも己が命は惜しかろう。
夜が明け始めるまではその程度のはずじゃ。
「なら、予定通り今のうちにっと」
敵の反応はマコトとジンさんの読み通り。
ならばと次の獲物、ゴテゴテと鉄板を張り付けられた国産タレットにレティクルを重ねる。
これを潰したらまた駅の構内にいる敵の様子を見て、それからまた次のタレットを始末すればいい。
銃声。
どうやら、大通りの左側にいるマコトも攻撃を開始したらしい。
銃声が断続的に続くと爆発音。
それが束の間だけ止んでまた銃声、そして当然のようにその音を追う爆発音。
「敵さんは気が気じゃないでしょうね。こっちはタレットの破壊完了。マコトの方は爆発音からしてあと3つです」
見事に間に合わせてくれたのう。
ちょうど夜明けじゃ。
無線から聞こえるジンさんの言葉通り、東の空に朝日の頂点が顔を出し始めている。
「鹵獲を恐れてか敵は連結通路の上にしかタレットを配置してねえらしいですけど、それでも用心はしてくださいね。ジンさん」
当然じゃ。
皆の者、ワシに続けえぃっ!
「張り切っちゃってまあ……」
さすがにあれだけの銃声と爆発音が耳に届けば不安になるのか、駅の入り口付近にある土嚢を積んだ遮蔽物には左右それぞれ5人ほどの古臭い軍服を着た兵士が集まっている。
いいカモだ。
「悪いが、今になって出てこられると面倒なんでね」
絞り切っていたトリガーをそっと離す。
長距離暗視スコープの中心に見えていた三十路に足を踏み入れたと思われる男が、その頭部を消失して首から派手に血を噴き出させながらゆっくりと倒れた。
「もう1人、逆っ側も殺っとくか……」
人を殺す事に躊躇いはない。
いつの間にかそうなっていた。
向こうの、生まれ育った日本では喧嘩の経験すらないような半ニートの大学生が、だ。
決して褒められた変化ではないのだろうが、俺はそれでいい。誰に何を言われようが、この生き方を変えるつもりはなかった。
配置についたぞ、アキラ。
「了解。でもこっちはマコトの銃撃が駅の構内にまだ向いてないんで、ってちょうど来ましたね」
うむ。
それでは頼むぞ。
「ええ」
自分が担当するタレットの破壊を終えた後は駅の兵士を狙撃しろ。敵が見えなきゃ土嚢を撃つだけでいい。
マコトにはそう言ってあった。
そしてそうなったら、俺はこのバカ共が、大正義団が命を投げ棄ててでも取り戻したかった人を連れ帰るのに手を貸す。
相手が自分の嫁の母親であるからとかは関係なく、晒し者にされている亡骸はスコープに入れず、その人を連結通路からぶら下げている太い鎖にレティクルを重ねた。
「頼むぜ、ガウスライフル」
自分の喉が音を立てて唾液を飲み下す音を聞きながら、そっとトリガーを離した。
反動。
特徴的な銃声。
着弾。
まるで湯気のような煙が少し上がっているようだが、見るからに頑丈そうな鎖はビクともしていない。
「いくらガウスライフルでも、あんな鎖は砕けねえ、か。ジンさん、作戦は第2フェーズに移行します。プランはA」
ダメじゃったか。
「はい。そして敵は、カメが甲羅に首を引っ込めたみたいに出てきません。なので連結通路に上がるのは」
わかっておる。
アキラを単身で行かせるのは心苦しいが、誰かを連れてゆけばそれを庇うような動きをするじゃろうしの。
「なあに。反対側のビルからマコトが牽制を続けてくれるし、コンクリートの土台を浮かべて弾除けにするんで楽なミッションですよ」
それでも充分に気を付けるのじゃぞ。
その言葉に『はい』と返してガウスライフルをピップボーイに収納。
代わりに出したのは、こちらの世界でもやはり強武器であってくれた『スプレー・アンド・プレイ』だ。
「おし、もしチビったら爺さんになるまでからかわれっからな。気合を入れろよ、俺」
独り言を漏らしながら窓枠を掴み、片足をかける。
このビルは5階建て。
怖くないと言えばウソになるだろうが、フォールアウト4仕様のパワーアーマーを持っている俺はこんなのにも慣れておかなければならない。
「南無三!」
言ってから、跳んだ。
「うっはぁ、っひゃー! 超こえー!」
叫びながら、それを掻き消す轟音を上げながら着地。
足は、……動く。
HPだって1すら減っていない。さすがは4仕様のパワーアーマー。
朝焼けの空に跳び出すと、荒れ果てたポストアポカリプス世界の駅の全景が見えて。
その景色を堪能する間もなく強烈な落下感。
そして轟音を轟かせてあんな着地をしても使用者を守ってくれるか。
「気を付けるのじゃぞ、アキラ!」
無線ではなくジンさんの肉声をパワーアーマーの集音マイクが拾う。
さすがの高性能じゃないか。
落下時の姿勢制御も、見事に衝撃に耐えてくれたのもありがとうな。
心の中でそう礼を言いながら頷き、走り出す。
もちろん向かうのは、連結通路の2階にある駅前広場だ。
走る。
階段を駆け上がる。
踊り場の途中で走る速度は落とさずワークショップ・メニューを展開。
コンクリートの土台を宙に浮かべた状態で駅前広場に駆け込んだ。
「よしっ。コンクリート固定。鎖をピップボーイに収納しますよ、ジンさん」
ま、待つんじゃアキラ……
「ん?」
珍しく、いや、初めて聞くジンさんの焦っているような声。
一体何事だと顔を上げかけた俺の耳に、パワーアーマーがもう忘れかけていた音を届けてくれた。
「ウソだろ、おい……」
バラバラとやかましい独特の駆動音。
怖気が背筋を駆け上がるのを感じながら、勢いよく顔を上げて振り返る。
その音が聞こえる方向、さっきまで俺達がいた大通りの上空に、それはいた。
「べ、ベルチバード。この時代の日本にもあったってのかよ」
ビルとビルの間をベルチバードがやってくる。
誰もが動けない。
言葉すらない。
そんな永遠とも思える数秒が過ぎると、ヘリコプター特有の駆動音を掻き消すほどの音が響いた。
俺が、渾身の力で歯を食いしばった音だ。
ヘリコプターに、あちらの日本では何かと話題だったオスプレイに似たフォールアウト4の航空機、ベルチバードの機首から2発のミサイルが放たれる。
ベルチバードはもう大正義団が寝床にしていたビルの辺りにまで達しているので、スモーク付きの航空ヘルメットを被ってトリガーなりの発射スイッチを押したパイロットの上半身が2階にいる俺からは見えている。
額にネジのような部品があって、それを緩めてシャッと上げ下げするイカしたヘルメットにはスモーク・シールドが貼ってあるので表情は覗けない。
だが、問題はヘルメットじゃなかった。
パイロットの上半身、この目に見えている服の色はゲームの世界で見慣れた、あの色。
そして、首元から下に向かって伸びる黄色いライン。
間違い、ない……
ミサイルが迫る。
あれが直撃すれば、パワーアーマーを装備していたって無事では済まないだろう。
コンクリートの取り出しは絶対に間に合わない。
「なぜ裏切った、101ッ!」