Fallout:SAR   作:ふくふくろう

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移住

 

 

 

 可能性はそう高くないと思っておる。ワシは、だがの。

 

 リアシートからそんな言葉が聞こえてきたのは、すべての準備を終えて荷物と住民をトラックとバスに乗せ、東に向かって走り出してすぐだった。

 主語はないが、ジンさんが何を言っているのかは明白。

 

「この世界のこの時代、それも日本の東海地方だってのにですか?」

「うむ。アキラを待つ間かなり考えてみたんじゃが、あの子の気性を考えるとどうにも腑に落ちんのじゃ。ならばアキラが見たう゛ぉると・すーつとやらを着た者は、あの子、自らを101のアイツと名乗り、ワシらが賢者と呼んだ者ではないと考えるのが自然じゃろう?」

「それはそうかもしれませんけど」

 

 そんな偶然があるんだろうか。

 

 もしそうだとすれば日本にもあったという核シェルターはアメリカのヴォルトテック社が作っていたという事になるし、少なくともベルチバードの航続距離の半分以下の近場にフォールアウトで言うヴォルト居住者のような連中が拠点を持っている事になる。

 

 ……あれ、もしかしてそっちの可能性の方が高いか?

 ウルフギャングも日本のヴォルトに逃げ遅れてああなったそうだし、フォールアウト3、NV、4にはなかったが空軍用ヴォルトなんてのが存在しなかった方がおかしい。

 そして旧浜松市には、空軍基地があった。

 

「冷静に考えるとそうなるじゃろう?」

「戦前の浜松は空軍基地があっただけじゃなく、政令指定都市だったって本に書いてありましたしね。言われてみれば、って感じです」

「じゃろう? あとでウルフギャング殿やタイチ、シズクとセイにも賢者殿の人となりを聞いてみるがよい。きっとその考えは確信に変わるはずじゃ」

「……いや、101のアイツが運び屋に残したノートだけでもそう思えますよ。でも、そうなるとなあ」

「うむ。新制帝国軍や、豊橋の向こうにおるという旧防衛軍の生き残り。それよりもずっと厄介な勢力が姿を現した事になるのう」

「最悪じゃないですか」

「そうでもなかろう。賢者殿がその勢力に加わったならまだしも」

「まあ、向こうはなんかのついでだろうけど俺に手を貸した訳ですからね。次の接触イコール敵対となる可能性は、そう高くはないと思います」

「ならばそれでよいではないか。それでなくとも、アキラは忙しいんじゃ。あまり悩むでない。禿げるぞ?」

 

 ベルチバードパイロットは101のアイツではない?

 だが本当にそうであるなら、俺達は日本のヴォルト居住者に、文明が荒廃したこの現代でもベルチバードを運用する勢力に監視されていた事になる。

 

「襲撃をかけて、その最終段階でベルチバードが現れた。んでそのベルチバードは挨拶代わりにかなり貴重なはずのミサイルを使って俺をサポートして、この隙に迫撃砲を奪えとまで仕草で伝えた。ほんでもって俺がそれを終えるのを見て悠々と離脱。どう考えたって監視されてたって事になりますよね?」

「そうなるのう。だが、監視していたのは豊橋駅を占拠していた連中やもしれぬ」

 

 それはそれで最悪だろう。

 ベルチバードを運用するような勢力が叩き潰すのではなく監視していたのなら、豊橋の向こうにいる中部第10連隊という連中はかなりの戦力を保持している事になってしまう。

 ベルチバードを運用する勢力と、そんな連中が監視している中部第10連隊。

 

「急がなきゃいけない理由ができちまいましたねえ」

「そうなるのう」

 

 うちの嫁さん連中がやけに乗り気な計画、少しばかり縁起は悪いが『遠州共栄圏』とでも呼ぶべき、各町が固く手を取り合って結びつく計画を急がなければ。

 

「……新制帝国軍、そのまま手に入れてやりますか」

「アキラならやれそうで怖いのう。じゃが、ああまで規律の緩んだ軍におった兵隊に武器を持たせてはおけぬ。せいぜい数十の性根が歪んでおらぬ連中しか使い物にはならぬよ」

「なるほど」

 

 なら潰すだけだ。

 そしてその前に、使えそうな連中に目星をつけておかなければ。

 

 またしても急激な方向転換が必要になって頭が痛いが、だからこそ考えは尽くしておかなければならない。

 なのでトラックの前まで出ては速度を落としてバスの後ろに付くという方法で索敵をしながら頭を働かせていると、特に何事もなく公園の住人がこれから暮らす事になる船外機工場に辿り着いた。

 

「まずは住民達の昼食かのう」

「ですね。また缶詰で申し訳ないですが」

「そうでもなさそうじゃぞ」

「はい?」

 

 リアシートのジンさんが指差す方向に目を向ける。

 するとそこには大きな寸胴鍋を持ったミサキと、その肩に手を置く大荷物を背負ったミキの姿があった。

 

「アキラ、マアサさんからすいとん預かってきた」

「人数分の茹で野菜と焼き魚もあるのです」

「葬式だのなんだので忙しいだろうし、ショックも受けてるだろうに。さすがですねえ、マアサさん」

「心根の優しい女じゃからのう」

「でも、だからこそジンさんが今は隣にいるべきでしょう。サンキュな、ミキもミサキも。それとミサキ、悪いが戻る足で小舟の里までジンさんを送ってくれ」

「うん。アキラはどうするの?」

「ウルフギャングのバスにタイチと乗って帰る。礼を言いてえし、話し合っておきてえからよ」

「わかった」

 

 シズクの母親の事もあってか、ミサキはいつもの元気がない。

 だが申し訳ないが、今は他にやるべき事がある。

 

「アキラ、とりあえず住民達は食堂でいいか?」

「ああ」

「食事はメガトン特殊部隊が運ぶっす」

「頼むよ」

「それと、バカ2人をちょっと借りるっすよ」

「……せめて引っ越しが終わってからにしろっての」

「それはムリっすねえ」

 

 そう言いながら引きつった笑みを浮かべるタイチは本当にもう限界のようで、持っている3本の木刀を持つ手が震えまでしているようだ。

 

「いいんですか、ジンさん? 止めなくって。朝、骨の2、3本は折るとか物騒な事を言ってましたよ」

「足りぬくらいじゃよ。タイチ、任せたぞ」

 

 タイチが頷く。

 それから、トラックの最後尾で住民が万が一にも荷台から落ちたりしないよう壁になっていたガイとマコトに向かって木刀を2本投げた。

 

 カラカラと音が鳴った木刀を荷台から降りた2人が拾う。

 

「子供もいるんだ。全員が建物に入ってからにしろよ?」

「わかってるっすよ」

「木刀か。タイチの腕なら間違って殺される事はないだろうけど、今夜は骨折の熱と痛みで眠れそうにないね」

「戦場で腕を上げたんなら、2人がかりでせいぜい抵抗してみるといいっすよ」

「したってどうにもなるもんか。そうだろう、ガイ?」

「だからって、むざむざやられてやるつもりはねえなあ」

「ほっほ。我が道場の塾頭対、その元補佐2名の立ち合いか。時間があるなら見物したいところじゃがのう。アキラ、それではワシは戻ってマアサにも例の話をしておくでの」

「ええ。今回はありがとうございました」

「礼を言うのはこちらの方じゃ。では、また後での」

 

 ミサキがミキとジンさんを連れてファストトラベルで船外機工場の駐車場から姿を消しても、住民達が引っ越し荷物を持ってウルフギャングの案内で工場の中に姿を消しても、タイチはガイと睨み合っていた。

 

「なあ、メガネ。タイチってそんなにつえーのかよ?」

「そうなるねえ。彼はシズクさんとごく一部の高弟を除けばもっとも強くて、師範である彼女の下で塾頭ってのを任されてたんだ。たぶん、今もそうじゃないかな」

「へえ」

「ついでに言うとタイチはシズクさんのすぐ下の世代のガキ大将で、僕やガイはそれこそ毎日のように泣かされたものさ」

「ふうん。タイチは腰が低いのになあ」

「傍若無人なガキ大将も、思春期になって想い人ができたらその理想に近づいて気を引きたくなったらしくってね。その日からずっとあんな話し方だよ」

「カヨちゃんに気に入られたくってか。男の子だねえ」

「まったくさ。もうひとつ、ついでにいいかい?」

「おう」

「タイチは、大正義団の頭領になるはずだった男さ」

「はい?」

 

 タイチが、大正義団に?

 

「くっだらない昔話の次は、話を聞いた瞬間に断った事を。どうやら、キツイお仕置きをお望みのようっすねえ」

「冗談じゃないよ。こうして話しながらも、どうにか塾頭殿の機嫌を取って僕だけ竹刀で相手をしてもらえないかと頭を働かせてるくらいだし」

「ムダな努力はするもんじゃないっすよ」

「やっぱりか。ああ、嫌だなあ。素直に介錯してくれるんならまだしも、絶対に勝てないのに木刀で立ち会うとか」

「本当はそうしてやりたいっすけど、うちの殿様が怒りそうっすからね。仕方なくっすよ」

「……あのタイチが、そこまで言うか。ねえ、アキラ君。お殿様のご命令で、僕だけ立ち合いはなしとかにならないかなあ?」

「知るか、タコ」

 

 タイチがそんな男じゃないのはよくわかってるが、俺の反応を試すようなマネをしやがって。

 どうせなら骨の5、6本でも折られてしまえばいい。

 その方が、スティムパックをもったいないと思わずに済む。

 

「さあ、おしゃべりの時間は終わりっすよ」

 

 だらりと下がっている右手に木刀をぶら下げたタイチが半歩前に出る。

 その瞬間、なぜか俺まで身構えそうになってしまった。

 

「マコト、下がってろ」

「気持ちは嬉しいけど、結果は見えてるんだよねえ。どうせなら同時に打ち込んで、奇跡みたいな1本が出るのを祈ろうとは思わないのかい?」

「ねえな。俺は、強くなった。片腕を、それとこの命以上に大切なものを失ってな。勝てねえまでも、相打ちくらいには持ち込める」

「相打ち、ねえ。防衛隊にいた僕達が小舟の里を出る前から食料調達部隊の副官として実戦を繰り返していた、いつからかはわからないけれどあの人の同類と肩を並べて戦っていたと思われるタイチ相手に?」

「……そうだ」

「今、絶対に『それは考えてなかった』って顔だったけど?」

「うるせえ。行くぞ、タイチ!」

 

 タイチは返事どころか、頷きさえ返さない。

 ただ右手にぶら下げている木刀を、すうっと上げただけだ。

 

「くっ……」

 

 タイチは1歩も動いていない。

 だが片手で頭上に木刀を構えたガイは、額に汗を浮かべながら迷っているらしい。

 木刀は、その切っ先は5メートルほど先にあるというのに。

 

「メガネ、解説。俺は剣術とかまったく知らねえんだ」

「そうだねえ。まずタイチは、ただ立っているだけのように見えないかい?」

「見えるな。そうとしか思えねえ。まあ、殺気みてえのはハンパじゃねえがよ」

「だねえ。でも、タイチはただ立ってるんじゃない。見事と言うしかない、ジンさんですら目を細めて褒めてくれそうな自然体で立ってるんだ」

「自然体ってのは聞き覚えがあるな。武術の基本、って感じで」

「まあね。でもこうまで見事な立ち姿はジンさん、それかシズクさんのくらいしか見た事がないよ。やっぱりタイチは、かなり腕を上げてるね」

「ふうん」

 

 


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