Fallout:SAR   作:ふくふくろう

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 こういうのを、なんと表現すればいい。

 

 子供と大人か?

 それとも、素人と手練れ?

 

「いや、子供らしく駄々をこねるガキと大人気の欠片もねえ大人、か……」

 

 目の前では、さっきから同じ光景が繰り返されている。

 まるで短い動画が終わって、リピート再生がずうっと繰り返されているみたいに。

 

「クソが。俺は強くなったんだ。あの頃より、ずっと。強くなった、はずだぁぁぁっ!」

 

 ぶっ飛んでアスファルトに転がったガイがふらつきながら立ち上がり、タイチに木刀を振り上げながら迫る。

 あと少し。

 1歩か2歩でその木刀はタイチに当たると、そう思っていたのは俺だけのようで、ガイはまたタイチの木刀でぶっ飛ばされて、白線の消えかかっているアスファルトに転がる。

 また立ち上がろうとするガイの口の端から血が垂れて、アスファルトのひび割れから伸びている雑草に落ちた。

 

「そろそろ満足しただろう、ガイ?」

「まだだ。まだに決まってんだろうが」

「やれやれ、これだから意地っ張り達は面倒だ。アキラ君もそう思うだろう?」

「わからんでもねえが、最近の俺はそんなバカが少しだけ羨ましく思えてきてな。我ながらどうかしてるぜって呆れてる」

「悪い兆候だよ、それは。まるで、大昔の僕じゃないか」

「そりゃホントに嫌な予感しかしねえな」

「ああ。気をつけた方がいい。じゃないと僕達みたいな人間は、バカに引きずられて冷静な判断ができなくなるからね。……こんな風に」

 

 マコトが駆け出す。

 ガイと同じく一直線にタイチへ向かって。

 

「あいかわらずっすねえ。頭でっかちは、これだから困るっす」

 

 突然の方向転換。

 まっすぐに直線を描き出したペン、その先を左前方に跳ね上げるような、急激な加速をしながらの軌道修正。

 

 少なくとも、タイミングは外せた。

 

 俺だけでなく、それを仕掛けたマコト本人も思ったんだろう。

 どてっぱらに薙ぎ払うような一撃を受けて吐瀉物を吐き出すマコトの顔は、痛みよりも苦しさよりも、驚きに歪んでいるように見える。

 

「ぐええぇっ。がっ、ごっ、おえっ……」

「頭を使うのはいいんっすよ。でも、機を外すために最初の踏み込みを甘くするからせっかくの策がムダになるっす。やるんなら全力で踏み込んで、そこから方向転換で1つ、その次の打ち込みでもう1つギアを上げるっす」

「おええっ。そ、それができないのが全力だろうに」

「できるできないじゃないんっすよ。やるかやらないか、それだけっす」

 

 ムチャな事を言うな。

 

 ガイと同じくふらつきながら立ち上がろうとしているマコトの顔にはそう書いてあるようだが、俺はほんの少しかもしれないがタイチの言いたい事がわかるような気がする。

 

 策を立てる。

 それはいい。というか、絶対に必要な事だ。

 だが、その策の肝が相手のタイミングを外し虚を突いて一撃を入れるというものなら、最初の仕掛けで手を抜くべきではない。

 

「オレはちょっとわかるな。いや、剣はさっぱりわからんがよ。タイミングを外してえってんなら、相手は自分より格上か数が多いんだろ。だからこそ小細工しようってのに、わざわざその小細工のために手を抜いてたら、負けて当然な気がする」

「正解っすね。アキラは、その辺をよくわかってるから大将の器なんっすよ」

「んな器じゃねえのは、俺が一番わかってるさ」

「そうじゃないっすよ。まあ、そう本気で言えるアキラだからこそ、なんっすけどね」

「立ち合い中におしゃべりかよ、師範さんよっ!」

 

 ガイがまたタイチに迫る。

 

 今度のは悪くない。

 腹を殴られてゲロを吐きながらガイを仕草で抑えていたマコトは、もう片方の袖で汚れた口を拭き、木刀を握り直して機を窺っていた。

 

 そして今がチャンスだとガイを突撃させながら、それよりタイチに近い位置にいたマコトも突きを繰り出して囮になっている。

 だが、囮には違いないが、その突きは全力だ。

 

「だからそれを最初からやれって言ってるんっすよ」

 

 突きを紙一重で躱しながら、半歩ほど前へ。

 そうしながら跳ね上げられた膝はまたもマコトの腹に吸い込まれ、タイチはうるさいハエでも払うような気軽さで木刀を薙ぐ。

 

「くそがあっ!」

 

 囮役を買って出てくれた相棒が、もう胃液しか出ないらしいゲロを撒き散らしながら苦しんでいる。

 きっとガイはそれを見ながら、この一撃でタイチに一泡吹かせられるから許してくれとでも思っていただろう。

 俺も、そう思った。

 だが無情にもガイの木刀は、誰が見ても余裕のある動きでタイチに払われている。

 

「もう、どっちもやめとけ。策がどうこうでも、全力がどうこうでもねえ。これ以上は意味がねえんだ。ムダに全員が痛みを感じながら、こんなんを続ける意味なんてねえだろ」

 

 3人が3人、体ではなく心の痛みを噛み締めて戦っている。

 なら、それだけでもう充分じゃねえか。

 

「い、意味はあるさ。今だっ、ガイ!」

 

 木刀を捨てたマコトがタイチの腰に抱きつくように跳びかかる。

 そしてその細い顎に、またタイチの膝だ。

 

 相棒の言葉に背中を押され、ガイも獣のように低い姿勢から片手で突きを放っている。

 さっきとは違って、それがタイチに届くビジョンなんて欠片も見えない。

 

「ぐぼらあっ!?」

 

 容赦のない頬への一撃。

 

「そろそろいいだろ、タイチ」

「オイラがよくっても、バカ共はまだ足りないみたいっすねえ」

「まーだやるってのかよ。ウチの隊長さんは忙しいんだ。あんま時間を取らせるんじゃねえっての」

「う、うるせえ。モヤシは黙ってろ。殺すぞ?」

「ボッコボコの、血だらけんなったツラで、膝まで震わせながら言われてもなあ。産まれたてのブサイクゴリラんなってんぞ」

「まあ、この時間は借りって事で。いつかこの借りは返すから、体が動くうちは好きにさせてもらうよ。アキラ君」

「そのメガネを割らねえ手加減をされてるヤツが、偉そうに」

「だから気に食わねえ、だから許せねえんだッ! タイチだけじゃねえぞッ! テメエもだ、モヤシ!」

「同感だってのは心の中にしまっておくとして、もうちょっとだけ付き合ってもらわないと」

「バカだなあ、ほんっと」

 

 まあ、こっちに来てからの俺は、そんなバカが嫌いじゃない。

 好きにさせておこうかとタバコを咥え、火を点けて空に向かって煙を吐く。

 

 立ち上がり、ぶっ飛ばされる。

 それを繰り返しているうちにガイとマコトは木刀を拾い上げる事すら忘れているようだが、それでも立ち上がってタイチに向かっていくのをやめなかった。

 タイチもタイチで、そんな2人を律儀にも木刀で打ち続けるのをやめない。

 

「男ってのハ、これだかラ」

「暑苦しくても、不格好だっていいんだ。男だからこそ、こんな方法で溝を埋める事もできる」

 

 特徴的な駆動音と人工音声が止んで、人間の、それも亭主に呆れている奥さんのものとしか思えない溜め息が聞こえる。

 何本目かもわからないタバコを咥えて箱を放ると、ウルフギャングは1本咥えて箱を投げ返してきた。

 

「ほら、アキラ。火だ」

「サンキュ」

 

 いつ頃からだったか忘れたが、俺達が使うようになったお揃いのオイルライター。

 

 もし俺とタイチが袂を別って、そしていつか再会したなら。

 その時にどれだけギクシャクしていたって、このライターをタイチがまだ使っているのを見たら、俺は黙ってタイチに、大親友ってヤツに酒でも差し出すだろう。

 タイチも、それを黙って受け取ってくれるはずだ。

 

「このライターの火を分け合って、乾杯なんかせずに酒を呷る。それと同じか」

「だろうな。見ろ、タイチも木刀を捨てて拳で殴ってる。ガキ大将みたいな笑顔でな」

「ガキが」

「男の嫉妬は見苦しいぞ、アキラ?」

「冗談じゃねえっての。ああもう、早く終わりやがれ。こっちは方針転換を余儀なくされて時間がねえってのによ」

「急ぐのか?」

「ああ。そうしたいってのはジンさんにも伝えてあるし、だろうなって言ってた」

 

 つい先日までは、ただ待っていればよかった。

 交易は始まれば商人ギルドは間違いなく動くし、上手くすれば欲を出した新制帝国軍がちょっかいをかけてきて戦力を削ってやれる。

 

 両者が予想通り動かなくとも、問題はなし。

 それならそれで小舟の里と磐田と天竜がガッチリと手を組んで、豊かになりながら戦力を充実させてゆけばいいだけ。

 浜松は蚊帳の外に置いておけばいい。

 

「どう考えても、両面は無理だろうからなあ」

「ああ。それに下手したら新制帝国軍、中部第10連隊、それにベルチバードを保有してミサイルをポンポン撃てるような勢力が同時に敵になるかもしれねえ。両面どころじゃねえよ」

「頭の痛い話だ」

「だからさ、なんとしても浜松は潰しておきてえ」

「穏やかじゃないな」

 

 たしかに。

 

「潰すっても、皆殺しにする訳じゃねえよ」

「わかってるさ。それで、具体的にはどうするんだ?」

 

 急ごうと決めた時から、それは考え続けている。

 だからこそウルフギャング、それとタイチには俺の意見を早く伝えたい。

 その上で全員で話し合えば、突破口も見つけられるはずだ。

 

「浜松のなにが問題かって、新制帝国軍と商人ギルドが微妙な均衡を保ち続けてるって事だと思うんだ」

「同感だな」

「だから両者には、その均衡を投げ棄ててもらう」

「どうやってだ?」

「簡単さ。商人ギルドに選ばせる。俺達か、新制帝国軍かを」

 

 勝ち目はあるはずだ。

 いや、これまで耳に入れた話が真実なら、分のいい賭けだろう。

 

「相手は海千山千の商人達だぞ。そう簡単に、はいそうですかと、どちらかを選んだりはしないだろう」

「だからさ、3日後の初交易と同時に浜松に出向いて、宣言してこようかと思ってんだ」

「宣言?」

「ああ。交易開始の日に、会談を申し込む。あっちがいい目や耳をしてるんならそれは受け入れられるだろうし、遅くても翌日には交易の様子や規模が判明して、それを分析してから会談が開かれるって流れになるだろ」

 

 おそらく、この予想は間違っていない。

 

「だろうな」

「だからさ、そこで言ってやろうと思って。今回の交易を軽く見るような商人に用はねえし、これから儲けさせてやるつもりもねえ。俺達をここで選ぶ商人以外と、今後一切の取引は行わねえってな」

「天竜は自給自足に近いようだが、磐田はそうじゃないだろう。あの市長だって根は商人だ。そんな強引な交渉を本当に許すのか?」

「だから選んでもらうんだよ。市長さんにも、天竜のリンコさんにも。そして、ジンさんとマアサさんにも。俺か、新制帝国軍ってコブ付きの商人ギルドか。どっちを選ぶんですかってよ」

「最大の、すべての味方に喧嘩を売るようなマネを」

「だなあ。俺は小舟の里にも、天竜にも、磐田にも喧嘩するつもりで行く。もちろんそれが終わったら、商人ギルドにもな。だから、知恵を貸してくれ。まずは明日中に、ジンさんとマアサさんを説得してえ」

 

 


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