移動した東海道、国道一号線はさすがと言うべきか、かなりしっかりした広い道路だった。
バリケードの一部にちょうどバスの残骸を利用した見張り台として使用されている部分があったので、食料調達部隊のほとんどはその屋根の上と中にいる。
バリケードの外の道路に下りているのは俺とジンさんとタイチ、それにシズクだけだ。
「あのー。アキラに貰った服、オイラのだけなんか方向性が違うくないっすか?」
「いやいや。さあ、この帽子もかぶって。武器はコレな」
「あははっ。街が廃墟になってるのに草野球の練習に行こうとしてるお兄さんがいるーっ!」
「ミサキさん、大爆笑だし……」
「レッドなんとかってこれは、なかなかの着心地だ。本当に貰っていいのか、アキラ?」
「ああ、もちろんだ。ジンさんはやっぱり、タキシードが似合ってますねえ」
「うむ。気に入ったぞ」
「本当は俺だけでいいんだけどなあ」
俺だけにカイティングをさせては申し訳ないからと、3人はどうしても釣り役を交代でやると言ってきかない。
ならばせめてと3人に渡してバスで着替えさせたのは、どれもフル改造したアーマードのタキシード、レッドレザー・トレンチコート。それに野球ユニフォームに装備可能なだけのグールスレイヤー効果を持ったレジェンダリーアーマー類だ。
タイチには最初ヘルメット付きケージアーマーを着せたのだが、息苦しいとワガママを言ったので変えてやった。まああれは改造不可能な服だから、怪我でもされたらスティムパックがもったいないので野球ユニフォームでいいだろう。
「タレットとやらの準備は良さそうじゃの、婿殿」
「ええ。ジンさん達が着替えてる間にね。そして婿殿じゃないです」
「がはは。テレおってからに。よし、まずはワシが行こう」
「くれぐれもムリはしないでくださいよ? 数が多すぎても、防衛線を越えられたらせっかくのバリケードをタレットが壊しちゃうんで」
「わかっとるわ。老いたりとて、まだまだ若い者には負けんっ」
「はあ……」
意気揚々と東海道を東に向かうジンさんの背を見送りながら、確認のつもりでシズクとタイチに視線をやる。
「順番待ち中は、絶対タレットの前には出ないっす」
「そしてカイティングに出たらムリはせず、警察署とやらの前で大きな音か声を出して一目散にここまで逃げる。アキラがいいと言うまで建物には入らない、でいいんだろう?」
「まあねえ」
それでも、クリーチャーをマーカーで発見できない2人を釣りに出すのは怖いのだが。
「ジンさんはまだ見えるか、ミサキ?」
バスの上で俺が渡した、リコンスコープ付きのハンティングライフルを構えているミサキに訊ねる。
撃ってもクリーチャーには命中しないどころか俺達を撃ち抜く可能性もあるので、弾はしっかり抜いておいた。問題が起きてそのまま戦闘になったとしても、ミサキの銃の腕とStrengthならハンティングライフルは鈍器として使用した方が効果的だろう。
「うん。ジンお爺ちゃんがクリーチャーをおびき寄せたら大声で知らせるよ」
「頼んだ」
夕暮れまで、およそ3時間。
今日のところは警察署に踏み込むつもりはない。
それどころか食料調達を少し休んでもいいのなら、シズク達にショットガンの使い方を練習させてそれから警察署の中を探索してもいいと俺は思っている。
ミサキは銃が使えないし、俺もマトモに使える強武器はハンドガン程度。それになんといってもレベルがまだ2と5でしかないのだ。無茶なんて、したくても出来やしない。
「先は長そうだ……」
スーパーミュータントの来襲を受けて西に向かった101のアイツは気になるが、その消息を探るにしても今の俺達ではパワーアーマーを着込んでエネルギー武器で武装した大正義団とやらにすら勝てるとは思えない。
日銭を稼ぎつつ、地道なレベル上げ。
まず集中するべきはそれだろう。それをしながら、小舟の里の守りをしっかりと固めていけばいい。
「来たよっ!」
「敵の種類、それに数は?」
「フェラル・グールが3!」
「いいカモだ。どうせならポケットに、38口径でも入っててくんねえかな。そしたら鴨葱だぜ」
こちらに向かって走るジンさんの姿は、すぐに見えた。
白髪をオールバックにしてタキシードを着た老人がゾンビに追われている光景というのはなかなかにショッキングなものだが、その表情は活き活きとしているので恐怖はあまり感じない。
ジンさんが振り返りもせず先頭のタレット2台の間を駆け抜けると、それらが轟音を上げながらミサイルを発射し始めた。
「ぜえっ、ぜえっ。ど、どうじゃっ!?」
「お見事です。2匹をすでに撃破。3匹目も、ああ。くたばりましたね」
「3か。まずまずかのう」
「上出来でしょう。お水をどうぞ」
「ありがたい」
全力疾走したジンさんが息を整えて喉を潤すのを待っていると、体をほぐす体操をしながらシズクが前に出た。むにゅっと形を変える豊満なお胸についつい目が行く。
「次はあたしだな」
「へいへい。タレットが倒したグールの持ち物を回収すっから、途中まで一緒に行くよ。いいか、警察署の入口付近にいたグールはこの3匹だけかもしんねえ。ただでさえ田舎の警察なんだから、当時その中にいた人間だってそれほどには」
「わかってるよ。建物には入らない。入口で大きな音を出しても来ないようなら、素直に戻るさ」
「ならいいが」
話しているうちに最初のグールの死体から回収したのは、使いかけのマッチ箱。
2匹目が持っていたのは片方だけの靴下で、3匹目は使用済みのつまようじだった。どれも、フォールアウト4にはなかったアイテム。これからもこういった現実世界、日本独自のアイテムにはたくさん出会うのだろう。
「全部ハズレだなあ」
「それは残念。じゃあな、旦那様」
「なあ、それって冗談だよな?」
「ふふっ」
小さな笑みを見せ、シズクが警察署へと向かう。
俺はジンさんとタイチのいるバリケードの前に戻りかけたが、どうにも心配なので最初のミサイルタレットの所で足を止めてタバコを咥えた。
「冗談でも人に気のあるフリをするなら、危険な事はするんじゃねえっての」
「逃げて、シズクさんっ!」
俺が呟くと同時に、バスの上でミサキが叫ぶ。
「くっ」
警察署に向かって歩き出したシズクを狙って飛び出してきた影。
人間だ。
薪割りにでも使うような斧を振りかぶってミサキに迫るのは、悪党・ケン。銃を持っていないのが救いだが、それに気づいたシズクが腰に差した日本刀でやり合う気になられても困る。
咥えタバコのまま、俺は前に出た。
ミサイルタレットの射線には入っていないので危険はないのだが、背後からミサキが悲鳴のような声で俺の名を呼んでいる。
デリバラー。
コッキングは済んでいる。安全装置を解除して、両手でしっかりと構えた。
「足は肩幅。腕は、地面と水平にしてみるか」
銃撃の基本姿勢なんて知らないし、インターネットがないのでそれを簡単に調べたりも出来ない。
だが銃の撃ち方なんかより、ずっと大切な事がある。
俺が、人間を殺せるかどうかだ。
「なにしてる、下がれアキラ。悪党はタレットにっ!」
「殺るさ。殺っとかなきゃいけねえんだ。俺が平和な日本の大学生じゃなく、ウェイストランドを生き抜くタフな男になるためにはよ……」
ゲームの主人公気取りも、もうやめだ。
その程度のロールプレイ気分で、人間は殺せない。
俺が俺としてクリーチャーだろうが人間だろうが殺せるようにならないと、とてもじゃないが守りたい物を守れやしない。
VATSもゲームの一部。
なので俺は、それを使わずに悪党を殺すと決めた。
「まずは足、か」
俺の横に滑り込むようにして止まったシズクの方から、日本刀を抜く音が聞こえる。
いいから任せておけ。
思いながら、トリガーを引いた。
パシュッ
「ぎゃあっ」
サイレンサー付きの小さなハンドガンだからか、射撃音より悪党の悲鳴の方が大きい。
「いてえか? いてえよな、おっさん? ふとももを撃ち抜かれたら、そりゃいてえさ」
俺の声は悪党には聞こえていないだろう。
足を引き摺った悪党が、痛みに顔を歪めて引き返そうとする。
「逃がすかよ」
両手でデリバラーを構えたまま、悪党が逃げた分だけ前に出た。
パシュッ
「いでえっ!」
「当たり前だっての」
反対の足を狙ったのに、血が噴き出したのは悪党の腰だ。
細かな狙いは、やはり上手く出来ていない。
それを勝手に割り振られたSPECIALのせいにするのは簡単だが、そうしていては上達など望めはしないだろう。
悪党はもう立つ事も出来ないようで、這って俺から逃げようとしている。
「や、やめてくれ。頼むっ」
「オマエは誰かにそう言われて、やめた事があんのかよ?」
「お、俺はっ」
「斧なんか振り上げて、なんでシズクを狙った。犯したかったのか? 食いたかったのか?」
「ううっ……」
「言わねえと、ドタマを撃ち抜くぜ?」
顔中から脂汗を垂らしながら、悪党が強く目を閉じた。
「……りょ、両方だっ。一度でいいから、あんな女をっ!」
「クズが」
パシュッ
「ぎゃあっ!」
デリバラーの装弾数は12。
弾は、まだまだある。
パシュッ、パシュッ
「がああーっ!」
悪党の左腕と右肩に銃弾を撃ち込みながら歩み寄ると、いつの間にか手放していたらしい斧がブーツに蹴られてアスファルトで鳴った。
これで殺す方が、覚悟も決まるか。
「いや。銃の方が俺らしいよな」
「待っで、いでえんだ。じぬ……」
「死ねって言ってんだよ」
こんなクズでも、死ぬ前に泣くのか。
これまで何人殺したか知らないが、それでも死にたくないと泣くのか。
悪党の涎に血が混じっている。鼻水まで垂れ流して。
「俺は、静かに死のうと思う。これから何人殺すかわからんが、だからこそ自分だけ死にたくねえなんて言わねえでよ」
「いでえ、いでえよぅ……」
「今、楽にしてやるよ」
「い、いやだ。じにだぐねえっ!」
「さんざん殺しといて、そんな都合のいい話があるか。あばよ」
「うあ、うああっ」
パシュッ
人を殺すのだから、殺される覚悟もしよう。
そう考えながら撃った銃弾は、狙い通りに悪党の眉間を撃ち抜いた。
ゴツッっと悪党の頭がアスファルトを叩く。
悪党がピクリとも動かなくなるまでその死に顔に銃口を向けていた俺は、大きく息を吐きながらマガジンを交換した。
「アキラ……」
「怪我はねえよな、シズク?」
「あ、当たり前だろう。それより顔が真っ青だぞ?」
「気にすんな」
童貞を捨てただけだ。
「アキラっ!」
駆け寄ってきたミサキが、叫びながら俺に抱き着く。
銃を持っていない方の手でその頭を撫でると、シズクの手が伸びて俺の唇からタバコを奪った。煙が出ていないので、どうやらフィルターで火が止まった事にすら俺は気がついていなかったらしい。
「まさかアキラは、初めて人を……」
「当たり前でしょうがっ! あたし達はね、こんな野蛮な世界のアンタ達とはっ」
「それ以上は言うな、ミサキ」
「……まずは、里に戻ろう」
「悪いが、そうさせてくれるか。なんか、熱っぽくてよ……」
それに、地面が揺れている。
そこまで口に出来たかわからないまま、俺は酷く柔らかい、いい匂いのする何かに倒れ込んだ。