Fallout:SAR   作:ふくふくろう

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会議室

 

 

 

 遠州屋浜松支店。

 俺のせいで本日は臨時休業になってしまった、この大都会である浜松でも名の知れた店の入り口で、背広メガネは酷くにこやかに俺を出迎えた。

 それだけでなく簡単にではあるが自己紹介をして、握手まで求めてくる。

 

 どうやらこの若者は筋肉ダルマである実の父にまるっきり似てはいないので想像もできなかったが、俺の知り合いの息子だったらしい。

 

「こりゃどうも。俺はアキラ。オヤジさん、梁山泊のマスターにはいつもお世話になってます」

 

 まるで戦前のサラリーマンのように清潔な背広を着ているし、差し出された手には汚れのひとつも見当たらない。

 向こうの日本ならばまだしも、こっちのこんな時代にこんな手の持ち主がいるとは。

 

 自然に握手を交わすと、意外と強い力で手が握られた。

 それからまるで無垢な少年のような、ニカッと効果音が入りそうな満面の笑みを向けられる。

 戦闘力はほぼないように見えるが、やはりコミュ力はかなり高いらしい。

 

「ああもガサツな父ですから、失礼も多いでしょう」

「いえいえ、とんでもない。それで、俺はどこに呼ばれてるんで?」

「議事堂、と言ってしまっては誤解を招きそうですね。商人ギルドの議員達が集まって会議をする部屋ですよ。階段をかなり上がっていただく事になりますが、そこはどうかご容赦ください」

「足腰は丈夫な方なので、お気になさらず。お手数ですが、案内をよろしくお願いします」

「喜んで」

 

 梁山泊の跡取り息子。

 しかも商人ギルドの会議室を『議事堂』と称する事の危うさを理解しているインテリ、か。

 

 わざわざあんな言い方をしたのは、『こんな時代でも商人ギルドの職員はそれなりの教育を受けているんだぞ』と言いたかったのか。

 それとも他者から見てどうであれ、『商人ギルドは立法機関ではありませんよ』と暗に伝えたつもりなのか。

 

「い、いらっしゃいませ」

「どうも」

 

 俺達が旧市役所に入ってすぐ擦れ違った若い女は驚いた顔をして上ずった声を上げ、足早に通り過ぎてゆく。

 

「申し訳ありません。どうやら職員の間でも、噂で持ち切りのようでしてね」

「別に気にしちゃいませんよ」

 

 わざわざ目立つためにあんな到着の仕方をしたんだから。

 

「ありがとうございます。では、こちらの階段で5階まで」

 

 ええとだけ返し、だいぶ古びてはいるが掃除の行き届いた階段を無言で上がってゆく。

 すると4階から次の階へと続く踊り場で、不意に行く手を遮られた。

 

「小銃くらいじゃ絶対に破れそうにない、立派な鉄の扉だ。セキュリティーは万全って事ですね」

「ここから上層は、有事の際の避難場所も兼ねておりますので。……総務部長のサジです。お客様をお連れしたので開門を」

 

 ギギイッと鉄が軋み、銃眼でもあると思われる覗き穴のある分厚い鉄のドアが開いてゆく。

 その向こうにいたのは驚いた事に、国産と思われるアサルトライフルを担いだ男女だった。

 フォールアウト4のアサルトライフルではなく、3の中華タイプに似た、CNDがほぼ減っていないアサルトライフル。

 スワコさんの店では売っていない銃だが、やはりある所にはあるのか。

 見た目も好みだし威力や精度も気になるので、いつか手に入れてみたいものだ。

 

 髭面の男と目が合う。

 

「どうも」

 

 返事はない。

 だが男だけでなく、それと同年代の女もほぼ同時に無言で頷き、半身になって道を譲られた。

 

 アサルトライフルを持たされているだけあって、仕草に澱みがない。

 揺るがない視線も、いかにも手練れといった印象。

 タイチと同等の腕か、落ちてもメガトン特殊隊の副隊長であるカズハナコンビまでは下がらないだろうと思われる。

 

 ちょっとした仕草、たとえば上げていた腕を下げたり、半歩だけでも足を引いたり、そういった動きの最中の視線なんかでも相手の腕を計れるというのは、今日まで少しずつ少しずつジンさんに教わった事だ。

 いくら鍛えても俺の見る目なんてのはどう考えたって大層なものではないが、それでもこうまで腕がいいと感じさせるんだから、どちらもただ者ではないんだろう。

 

「……お客人」

 

 そんな古風な呼び方で歩き出した俺に話しかけたのは女の方。

 30に届くか届かないかの年齢。

 おっぱいこそ残念だが、こんな出会いをしていなければ酒の1杯でも奢ってお近づきになりたいと思わせる整った切れ長の目が、すうっと細められて俺を射抜く。

 

 ずいぶんと剣呑な流し目だ。

 興奮してしまいそうだからやめてほしい。

 

「なんでしょう、美人の姐さん」

「もし戦闘になっても勝ちを確信しておられるようだが、2人で同時にかかれば手傷くらいは負わせられる。そして、アタシ達は2人だけじゃない。穏便にお願いしますよ?」

「こっちのセリフですね。俺は暴れに来たんじゃなく、話をしにここへ来たんで」

 

 また女が頷く。

 どうやら話はそれで終わりのようで、もう声はかけられなかった。

 

「いやはや。あの2人に負けると言わせますか。さすがと言うべきか。アキラさんは、やはりかなりの実力者なのですね」

「とんでもない。あの女性が過大評価しただけでしょう」

 

 勝てない。

 でも、殺せる。

 

 その事実に居心地の悪さを感じるのにはもう慣れた。

 ついでに言うと傷を負わされても即死さえしなければ、いくらでもあるスティムパックで怪我は治せる。減ったHPなんて、コンクリートブロックを遮蔽物にしてタレットを設置している間に全回復だろう。

 

「この部屋です。案内はここまでとなりますので、どうぞ中に」

「お手数をおかけしました。では、またいつか」

「ええ。弱いので舐めるようにしか飲めませんが、いつか父の店で酒でも付き合ってやってください」

「楽しみにしてます」

 

 跡取り息子、俺より8つかそこらばかり年上であると思われるサジが口を開きかけると同時にドアが開く。

 心構えくらいさせろよと心の中で舌打ちをしながら目をやると、そこに立っていたのは、以前この旧市役所の図書室で会ったイサオさんだった。

 

「ひさしぶりだな、青年」

「ご無沙汰してます、イサオさん」

「うむ。さあ、入ってくれ。サジも一緒にな」

「私もですか?」

「ああ。ご老体の指示だ」

「それは。……断れそうにありませんね」

「うむ」

 

 ご老体とは、ジンさんやリンコさんが『化け物ジジイ』と呼ぶ商人ギルドの長だろうか。

 

 まあ入ればすぐにわかるさとイサオさんに続いてドアを抜けると、20ほどの人間の目が一斉に俺達の方に向けられる。

 

「ずいぶんと待たせちまって悪いねえ、アキラ。ほら、ここに座りな」

「いえいえ。じゃ、失礼しますよ」

 

 驚きを隠しながら立派な円卓に歩み寄り、スワコさんの隣の椅子に腰を下ろす。

 

 どうして驚きながらかというと、その円卓の上に、この部屋にいる人数よりも10ほど多いピカピカのターミナルが並んでいたからだ。

 椅子が錆びの目立つ戦前のパイプ椅子なので、余計にその光景が異様に感じる。

 

 まるで、インスティチュートの会議室じゃねえか……

 

「さて。まずは自己紹介といいたいところだが、こちらには見ての通り病人がいるのでな」

 

 イサオさんの言葉で視線を動かす。

 目に入ったのは円卓の一席に座る車イスの老人だ。

 

 肌はどこもかしこも皺くちゃで、だからこそ豊かな白髪が余計に目立つ。

 きちんとした医療知識を持っている人間でもいるのか、老人は点滴を受けながら車イスでこの会議に参加していたようだ。

 

 見た目は死にかけの老人。

 

 だが油断できない相手なのは間違っていないようで、その視線は荒廃した世界で戦う人間の、それもジンさん達レベルの鋭さで俺を射抜く。

 

「アキラさん。ご老体は耳が遠く話すと体力を消耗するので、お話はターミナルを使っていただけますか」

「そりゃ構いませんが、キーボードはローマ字入力でいいんですか?」

「その単語はわかりませんが、このように『あ』なら『A』を…… ええと。ご老体、なにを言っているんです?」

 

 スワコさんとは反対側の俺の隣に座ったインテリ、サジがキーボード操作の説明を始めようとした手を止めてターミナルの画面に浮かんだ文字を訝し気に眺める。

 

 昭和後期か平成に生きた者であれば問題はないだろう。

 そうでないのなら、その子にレクチャーを受けるといい。

 

「……マジかよ」

 

 このジジイは、俺の生まれ育った日本を知っている。

 その腕に国産の電脳少年ではなく本場のピップボーイがあるのは部屋に招き入れられてすぐに確認していたが、まさか……

 

「ご老体らしくない。こうもいきなり手札を晒すか」

「らしくないどころか、いかにも爺様らしいとアタシは思うがねえ。悪くない先制パンチじゃないか」

「そうかもな。効いているのは間違いなさそうだ」

「いえいえ。別に効いちゃいませんって」

 

 イサオさんとスワコさんが茶々を入れてくれたおかげで、どうにか思考を巡らす時間が取れた。

 

「そうかい?」

「ええ。小舟の里に滞在してた101は浜松方面にばっか出かけてたって話だし、そっからの情報でしょう」

「まあね。この爺様は、あの子やアキラと同じ存在じゃない。それはたしかみたいだよ」

 

 なるほど。

 

 ならばとターミナルのキーボードに手を伸ばし、まずは挨拶の言葉を打ち込む。

 すると間を開けずに『商人ギルドは貴殿を歓迎する』という文章が古臭いモニターに浮かんだ。

 

「……浜松のジョージ爺さんは日本語が達者なようで。交流が捗ってなによりだ」

 

 ジョージ・ディンブル。

 老人の頭上にはそんな文字が浮かんでいる。

 他の20人ほどいる連中は家名なんて表示されていないのに、どういう違いがあってそうなっているんだか。

 

「さて。挨拶は済んだようだし、本題に入ろう。サジ、ご老体のために会話はすべて文字に起こしてくれ」

「まあ私が呼ばれた理由なんてそれしかありませんよね。任されました」

「頼む。では、発言のある者は?」

 

 イサオさんの言葉に真っ先に反応したのは、俺のほぼ正面に座っている壮年の男だ。

 サジと交換でもしたんじゃないかというほど派手な若者風の戦前のスーツを着て、気障ったらしい口髭を生やしている。

 

 簡単な自己紹介。

 そして自分が経営している店の品揃えの説明がしばらく続いた。

 

 それらの商品になんて毛ほどの興味すらないという態度を俺はまったく隠していないが、男の言葉は止まらない。

 

 それどころかオマエが頭を下げるなら3つの街の交易に商品を出してやるからバイクを1台だけでも格安で売れ、とまで言って下品な笑みを浮かべる。

 

「なるほどねえ」

「悪い話ではないだろう? この浜松には富が集まり、それを一手に扱っているのはこの商人ギルドだ。その助けを得られるのだから」

「死にかけのジジイがいるから遠慮してたんだが、まあこうなっちゃどうでもいいわな」

「なに?」

 

 返事はしない。

 黙ってタバコを咥えて火を点け、男に唾を吐きかける代わりに紫煙を天井に向かって吐く。

 

「商人ギルド。その下劣さと、議員の能力すら把握できない無能さは今の話でよーくわかった」

「なんだと若造っ!」

 

 話を終え満足してふんぞり返っていた壮年の男が、身を乗り出すようにして叫ぶ。

 

「黙れ、クズ」

 

 殺すぞ?

 

 とまでは言わない。

 だが黙らなければ即座にそうしてやる、という意思は視線に込めた。

 

 


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