Fallout:SAR   作:ふくふくろう

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夜更け、立ち話

 

 

 

「外は真っ暗じゃないか。まあ、もうこんな時間なんだから当然だね」

 

 俺の前を歩くスワコさんが呟くように言って肩を竦める。

 

 その芝居がかった仕草の理由には約12時間も5階の会議室で話し込んでいたからという事だけでなく、すっかり夜になっている外の景色が向こうに見える正面玄関に、身を隠すようにして完全武装の山師部隊が配置されているからというのもあるのだろう。

 

 突発的に開始された3つの街の代表と商業ギルドの初会合。

 そこでなし崩し的に決められた新制帝国軍との開戦。

 

 その話し合いがようやく終わったのはついさっきだというのに、商業ギルドはすでに兵を集めて配置につかせている。

 その辺りは、さすがと言うべきか。

 

「ご無沙汰しておりやす、スワコ姐さん」

「おや、ヒデ坊。正面玄関はアンタの受け持ちかい?」

「俺らの隊は、市場と農耕地区を繋ぐ8番出入り口の封鎖でさあ。ここに詰めてんのは見張りがてら、裏切り者が出たのを告げる笛の音が聞こえたら飛び出してって捕らえるためで」

「なるほどねえ。ま、その心配はいらないだろうさ」

「でしょうなあ。夕刻に、四ツ池のイカレ野郎達が一般人に偽装して三々五々散っていきやしたから」

 

 だからこのタイミングで裏切るような連中は、とうに始末されている。

 

 このまるで昭和のヤクザ映画に出てきそうな悪役をさらに戦場の空気に数年ほど漬け込んだような中年男は、そう言いたいんだろう。

 ツラ構えで戦いに勝てるなら誰も苦労はしないが、この中年男はそれなりの腕をした高レベルの山師に違いない。

 

 見るからに使い込まれているのにCNDがわずかばかりも減っていない国産アサルトライフル。

 この男はスワコさんの後ろを歩く俺を見た瞬間、顔色を変えず視線すら揺らさず、ただアサルトライフルを背負うためのベルトのような紐をほんの少しだけ緩めた。

 

 脱力。

 そしてその状態からの、抜き打ち。

 

 数日前にタイチとやり合うバカ2人を見ている時、気がついた身構え方。

 あの時のバカ2人は木刀でぶっ飛ばされてはまた立ち上がってタイチに向かっていったが、深呼吸をして体の力を抜いて突撃した時には惜しいと思わせるシーンが多かったのを覚えている。

 

「アンタには紹介しとこうかねえ、ヒデ坊」

「どうも。小舟の里の山師、アキラって者です」

 

 スワコさんに紹介される前に自分から名乗りながら、視線は外さずに小さく頭だけ下げた。

 

 タイチやシズクには劣るのかもしれないが、イケメンゴリラとインテリメガネと少なくとも同等の腕を持つ山師。

 そんな剣の使い手が国産とはいえアサルトライフルを担いだ12、3人を率いているのなら、俺の方から挨拶をしておくにこした事はない。

 機嫌取りなんてするつもりは欠片もないが、それで少しでも意思の疎通が円滑になるのなら。

 

「これはこれは。お噂はかねがね、イサオの叔父貴から聞かされてまさあ。あっしはヒデって名の博徒崩れでして。なんの因果か、ここの常雇いの山師連中を預かってるんでさあ」

「なるほど。イサオさんが束ねる山師部隊の隊長さんって事ですか」

 

 ヒデさんという強面はその中の1人でしかないと謙遜するが、ついさっきまで続いた作戦会議でイサオさんは、山師部隊が最も戦力を集中させるのは8番で出入り口にすると断言していたはず。

 山師部隊は30人を5つに分けて運用されるそうだが、イサオさんが最も信頼している隊長がこのヒデさんという事になるんだろう。

 

「ところでスワコ姐さん、住み込みの嬢ちゃん連中はどこに避難させるんで?」

「ああ。3階の部屋を1つ回してもらえるそうなんでね。これから全員を連れてくるよ」

「そいつぁ安心だ」

「ありがとよ。しっかし、顔に似合わない子供好きはあいかわらずだねえ」

「ほっといてくだせえ。ツラの事ぁ言いっこなしですぜ」

 

 稀に見るほどの強面である隊長がそんな言葉を漏らすと、すっかり暗くなっている外を警戒している隊員達から笑いが起こる。

 が、それで部隊の空気が緩んだようには見えない。

 

「これは、うちの隊長さんを呼んで紹介してもらうべきかな」

「いいね。タイチとスイチ組、名前も似てるし気が合いそうだ」

「スイチ組ってのは?」

 

 もう隠す必要のない無線機で、タイチにちょっと打ち合わせがしたいから出て来てくれと告げる。

 するとタイチがスワコさんの店から出てくるわずかな間に、ヒデさんがスイチという単語の意味を教えてくれた。

 

「……とまあ、そういう博打がありやしてね。その賭け方で一番デカイ張り方ばかりするようなバカしかいねえんで、いつの間にかスイチ組なんて呼ばれ方になっちまってたって訳で」

「なるほど」

「お、タイチが来たよ」

 

 スワコさんの言葉通り、旧市役所の正面玄関からタイチが建物に足を踏み入れる。

 

「よう、ガキ大将」

「げえっ。アキラ、こんなヤクザもんと話したらダメっすよ。チンピラ臭が伝染るっす」

「おいおい。まさかの知り合いかよ。ヒデさんとタイチって」

「あっしは大昔、ガラにもなく剣の道なんてを志して小舟の里におりやしてね。ま、酒と博打と女で身を持ち崩して、今じゃご覧の通りですが」

 

 そんな自嘲の言葉に、タイチは黙って首を横に振る。

 

 つまりこんな状況のこんな立ち話程度では語り尽くせないような理由があって、それでヒデさんはここ浜松の街に流れて来たという事なんだろう。

 2人の様子を見ただけでタイチがヒデさんを嫌っていないのも、本人が言うように酒や博打で失敗をして小舟の里を追い出されたのでもない事は明白。

 なら、俺がヒデさんを嫌ったり疑ったりする理由はない。

 

「なんとなくだけど理解したよ。んじゃタイチ、選んでくれ」

「何をっすか?」

「Nと合流して向こうで遊撃に加わるか。ここに残って戦況を見ながら臨機応変に動くか。好きな方でいいぞ」

 

 言ってタバコの箱を抛る。

 タイチはその箱から1本抜いて俺達とお揃いのライターで火を点けると、箱を俺に返してから細く長く紫煙を吐く。

 

 集音マイクのようなロストテクノロジーを新制帝国軍の諜報部隊が持っていないとは限らないので、四ツ池に駐屯している新制帝国軍の部隊が裏切って浜松に攻めかかる等の詳しい話はしていない。

 ただついさっきまで続いていた長い長い話し合いの最中に何度かあった休憩中、アイリーンとタバコを吹かしながら無線機で符牒を使って状況報告はしていたので、タイチは「Nと合流して遊撃に」と告げただけで俺の考えを理解したんだろう。

 

「Nの戦力はどの程度っすか?」

「わかんね。ただ、とんでもねえ隠し球を持ってそうな気はするな」

「……なら、こっちに残った方が愉しめそうっすね」

「遠慮してんじゃねえなら、それでいいさ」

「そんなんしないっすよ。言葉通りの意味っす」

「りょーかい。俺は今からスワコさんの店の商品を預かるから、タイチは住み込みの女の子達の避難を手伝ってやってくれ。その間ショウとヤマトは店の入り口から外を見張って、その後はタイチに任せる」

「了解っす」

「ではヒデさん、今日はこれで失礼します。この茶番みてえな戦いが終わったら、梁山泊で飲みながら剣の使い手をぶちのめすためのアドバイスでも聞かせてやってください」

「ははっ。そいつはいい。いい酒が飲めそうじゃござんせんか」

 

 頷き合う。

 3人同時に。

 

「えらく簡単な打ち合わせだねえ。これから大戦だってのに、そんなんでいいのかい?」

 

 俺とタイチが店に向かって足を動かすと、それに続きながらスワコさんが呆れたような声を出す。

 

「充分ですよ。主役の座は譲った。俺達にとっては、そんな戦いでしかねえんで」

「やっぱり男共の考えってのはよくわからないねえ」

「ははっ。それより、店の在庫の管理なんかは?」

「バッチリさ。どうにもこりゃあヤバそうだってんで、昨日も棚卸をしといたばかりだからね」

「ありがたい。さすがのご慧眼です。なら俺は店舗と倉庫の商品を片っ端からピップボーイに入れてくんで、スワコさんは避難の準備を。運べない生活用品や家具なんかは、最後に回収しますんで」

「商品だけでいいさ」

「まあそう言わずに。ギルドの方の準備が終わるまでは、俺も魔女も動けませんし」

「アイリーンの嬢ちゃんは、あれで繊細なんだ。誰かさんと同じでね。魔女なんて言ってやるんじゃないよ」

「へいへい」

 

 パッと見25、6にしか見えない金髪女。

 それが丸腰で立っているだけなのに、日本刀を持ったジンさんと同等かそれ以上のプレッシャーを感じる。

 

 そんなバケモノのような相手が繊細なはずないでしょうと言ってやりたいところではあるが、特に言葉は返さず3人でスワコさんの店へと入る。

 

「それじゃアキラ、オイラ達は避難を終えたらさっきの正面玄関で待ってるっす」

「頼む。ギルドが通信機の存在を隠すようなら、ショウとヤマトは5階だか6階の司令部みてえな会議室で通信係だ」

「そうはならないと思うっすから、そうなった場合の配置も考えておくっすよ」

 

 商業ギルドは新制帝国軍の殲滅するなら自分達でと申し出て、俺は新しい共同体の責任者としてそれを受けた。

 なのでギルドがこれまでの話の流れから絶対に持っているであろう通信網を隠し続けはしない、というのがタイチの読みで、それはおそらく間違ってはいないのだろう。

 

「……準備ができたら四ツ池まで送ってくし、その後も特等席でギルドの戦いぶりを見せてやるって笑ってやがったからなあ。あの魔女」

 

 という事は商業ギルドは四ツ池の集落とを結ぶ通信網だけでなく、なんらかの移動手段も持ち合わせている事になる。

 

「もしプリドゥエンでも出てきたら、爺さんを説得してボストンまで送ってってやるか。ついでに新婚旅行でボストン観光だ」

 

 フォールアウト4の舞台、コモンウェルスを自分が訪れる。

 そんな妄想が捗らないはずもなく、俺は10分とかからずそれなりに広い店舗を棚やカウンターすら残っていないがらんどうの空間に変え、途中から作業を見守っていたショウとヤマトに敬礼を飛ばして2階の倉庫へと向かう。

 

 

 


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