「待ってたわよ、ボーイ」
ひらひらと手を振りながらアイリーンが言う。
隣に立つタイチは、これ以上もないほどの苦笑いだ。
フォールアウト3ではどうだったか覚えていないが、このスタイル抜群の金髪美女が装備している防具『中国軍ステルスアーマー』は体の前面に首元から下腹部までのジッパーが付いていて、アイリーンはそれをみぞおちの辺りまで下ろし、惜しげもなく白人女らしい爆乳のふくらみを見せつけている。
こんなブツが目の前にあったら、洋モノはあまり好みではない俺ですら目のやり場に困ってしまう。
だが、タイチの困ったような苦笑の理由はそれだけではないんだろう。
「んだよ。そういう事か、くー助」
「にひひっ」
悪びれず笑って見せる、もう1人の美少女。
厳密には美少女ではない、くーちゃんが愛銃のサブマシンガンを揺らして笑う。
よく見知った顔。
普段の服装とはまるで方向性が違うが、俺だけは見覚えのある革ジャンとレザーパンツ。
パンキッシュなファッションに身を包んだ美少女、にしか見えないくーちゃんがタバコの箱を俺に向かってポイッと投げてきたので、受け止めて1本咥えて投げ返す。
「ったく、つまんねえイタズラしやがって」
言いながら自分のライターで火を点け煙を吸い込むと、いつもとは違う清涼感が口内を掠めて少しだけ驚いた。
「イタズラ成功、かにゃあ」
「そうでもねえよ。ま、よくてこのメンソールの煙程度のイタズラだ」
「なら大成功だねえ。おかえり、アキラっち」
「おう。んでくーちゃんがそのイカしたレザーの上下を着てるって事は、ヴォルト・スーツのパイロットは隣のパツキンねーちゃんだったって事でいいんだよな?」
俺とジンさんが同胞団の生き残りを連れて豊橋駅を襲撃したと同時に、どこからともなく飛来したピカピカのベルチバード。
そのコックピットにはゲームの中で見慣れたヴォルト・スーツに身を包んだパイロットがいて、後部のガンナー席では今のくーちゃんと同じ背格好のガンナーがミニガンを構えていた。
あの時の俺はパイロットが発射した2発のミサイルとガンナーが派手にばら撒いた銃弾に助けられたが、それらがどれだけ今の時代で貴重な品でも、こんなネタバラシをされて素直に礼を言う気になるはずもない。
「あー。アキラ、わかってるとは思うっすけど」
「おう。別にくーちゃんをスパイだったんだなとか罵る気はねえよ。このいたずら小僧がここ浜松の街の地付きの山師だったのも、その中でかなりの実力者として名前が売れてんのも最初から知ってたんだ。元からの知り合いに手を貸してイタズラついでに俺を助けに来たってんだったら、感謝こそすれ文句を言うつもりはねえな」
まあ、素直に礼を言う気なんて欠片もないが。
「つまんないボーイねえ。ここでクーニーを責めるようなら、言い負かしてミサイル代を請求してやろうって思ってたのに」
「ご期待に沿えなくて申し訳ねえ。ザマアミロ」
「これだから童貞を卒業した男ってかわいくないのよね。クーニー、小舟の里にかわいいピチピチの童貞少年っていないの? できれば自分の力のなさに歯を食いしばって、それでも戦う事しかできなくって、泥の中をのたうち回ってた頃のこのボーイみたいな子は」
「それならちょうどスワコさんを護衛しながらこっち来たけど、手を出したらアキラっちがブチキレそうで怖いにゃあ」
足音。
それとその前に上がった遠州屋の正面玄関のドアを開け閉めする音には気がついていた。
咥えタバコのまま、チラリと背後を振り返る。
腰のホルスターにあるホクブ機関拳銃をいつでも抜ける構えで、商業ギルドまでの短い通路を油断なく周囲を見回しながら先頭に立つヤマト。
そんな自分の息子と言ってもいいほどの若い、若すぎる少年の背中を、どこかくすぐったそうに、けれど誇らしげに眺めながら歩くスワコさん。
行商人が担ぐ背嚢に偽装した大きな通信機を背負いながら、殿を受け持つ事の重大さをきちんと理解しているらしいショウ。
「言っとくが、ウチの弟達に手を出したらその場で撃ち殺してやるからな? ショタコンの変態女さんよ」
「ケチねえ。こんな美女が筆おろしをしてあげようって言ってるんだから、兄なら素直にお礼を言ってついでに味見をされておけばいいのに」
「どっちもノー・センキュー、ってな」
そんなバカ話が聞こえていたのかいないのか、俺の立つ商業ギルドの正面玄関にまで辿り着いたショウとヤマトがほんの少しだけ緊張を緩める。
と同時にこの将来が楽しみな弟分の片方は、一瞬で真っ赤にした顔を思わずという感じで伏せかけ、さらにそれより早く緊張感を取り戻し、周囲に気を配りながらも丁寧なお辞儀をして見せるという、とんでもなく複雑で奇妙な行為を披露した。
「あー。くーちゃん、これってもしかして。そういう事、なんっすか?」
困惑顔のタイチが問う。
するとくーちゃんは、それ以上がないほどの良い笑顔で、この『ショタコン変態パツキンバインボイン女』アイリーンを、ヤマトがノゾとミライの3人でツルんで山師になるのをを目指す前、浜松の街では珍しくもない日雇い仕事で口を糊する孤児でしかなかった頃に引き合わせ済みであるのだと教えてくれた。
「よし。このくだんねえ余興みてえな戦いが終わったら、ショウとヤマトは俺とタイチが梁山泊にでも連れてって酒の飲み方と女の口説き方を教えてやろう。それがいいな、うん」
「まあ同感っすけど、ヤマトは誰かさんに似て頑固で潔癖っすからねえ。似なくていいトコまで似ちゃってるから、もう1人の兄としちゃ少し心配っす」
「元気そうね、私のかわいいヤマト」
慈母のような笑み。
それなのに嫣然とした声音。
明らかにすべてを理解した上でからかうように声をかけたアイリーンに、顔を真っ赤にしたヤマトが「おひさしぶりですご無沙汰していますえっとその、……またお会いできて嬉しいです」と小さな早口で挨拶を返す。
「……ヤベエ。新制帝国軍との戦争なんかより、コッチのが心配になってきた」
「まーた不謹慎な。戦争になったら少なからず犠牲者が出て、すべて終わった後にそれをぜーんぶ自分のせいにして酒を呷るバカがそういう事を言うもんじゃないっす」
「うっせえよ。それより、こっちの指揮はタイチなんだからな。ショウとヤマトはどこに配置すんだよ?」
「それはあちらさんの装備や作戦次第っすよ」
「でしょうね。市役所に入ってすぐの受付待ちのベンチで、ざっと説明するわ。ヤマトとお友達もいらっしゃい。スワコは5階の指令室に向かっていいわ。さっきタイチが連れて来た住み込みの女の子達とコウメは3階の1室でしっかり守られてるから、心配ないわよ」
「そりゃありがたいけど、あんまり若者をからかって遊ぶんじゃないよ?」
「はいはい。いいババアになっても、カラダの割に細かいわねえ。ヴァージンだった頃のスワコが懐かしいわ。どうにかタイムマシンでも開発できたら、またたっぷりとかわいがってあげるのに」
「うっさいよ、妖怪ババアが」
なるほど。
スワコさんとアイリーンは旧知の間柄。
そしてそれには劣る付き合いの長さではあるのかもしれないが、くーちゃんもアイリーンとはかなり深い付き合いをしていると。
階段を上がるスワコさんを見送り、6人で市役所の受付を待つベンチを2つ向き合わせる形に変えて腰を下ろす。
「あら。どうして、隣が美少年2人じゃないのよ? 両手に華を満喫したかったのに」
「テメエがそういうド変態のショタコン女だからだよ。んで、商業ギルドは通信設備を持ってんのか? それを俺達に隠さねえで周波数を合わせて連携する気は?」
「質問に偽装した決めつけも、当たり前の事をわざわざ問うのもマイナスよ。ボーイ。通信機はそれなりの物があるし、その周波数は576kHz。そちらも自由に使っていいわ。開戦後は符牒を使用する必要もないわよ」
「ショウ」
「はいっ。すぐに合わせます」
ベンチの端に座ったショウがバックパックのジッパーを少しだけ下げ、隣に座る俺からは見えないダイヤルを操作する。
俺も一応はピップボーイのラジオの周波数も登録しておこうと左手を持ち上げてそれを操作するが、特にその周波数を登録し直す必要はなかった。
「このクラッシック音楽のチャンネルは、商業ギルドが放送してたってのかよ」
お上品な音楽は趣味ではないが、このクラッシック音楽専門のラジオ放送は俺とミサキがこの世界に迷い込んですぐに見つけていて、それなりに耳を傾けたりもしていた。
どうにかこの世界で生き延びてやらなければと、それができなくては隣で安らかな寝息を立てる無垢な少女が不幸になるだけだぞと自分に言い聞かせながらクラッシック音楽を聴いてこれからの立ち回りに考えを巡らせた、そんな夜もある。
「ええ。そちらと同じく、日替わりの符牒をプレイリストにしてね」
「なるほどなあ」
浜松の街と四ツ池の集落。
こうまで文明が崩壊した世界では簡単に連絡が取れる距離ではないが、それがあるからこそジョージ爺さんは新制帝国軍との開戦を決意し、すぐにそのための準備を始められたという事か。
「アイリーンさん、でいいんっすよね。もしかしてこの放送って?」
「ええ。戦前のラジオ放送施設を修理してそのまま利用してるわ。それより、大きなお胸が好きそうな男とは仲良くなれる自信があるの。だから呼び捨てを許すわよ、タイチ」
「い、いえいえ。それよりも、その放送に大リグで割り込めばキャラバン隊に現状を伝えられるって事じゃないっすか。そうっすよね、アキラ?」
「どうだろうなあ。こんな時代だから放送法なんてありゃしねえだろうが、俺は通信やら電波やらに疎いからこの大リグでそんな芸当が可能なのかどうかなんて想像もできねえよ。セキュリティとかあるだろうし」
もし周波数を合わせるだけでラジオ放送に割り込めるなら、あくまでも『比較的』民度が高いと言われていた日本でも、もっと電波ジャック事件なんかが起きて世間を騒がせていた事だろう。
そんな簡単に事が運ぶはずがないという気はする。
「可能よ。この放送は、その割り込みを待つための放送でもあるんだし」
「……なるほどね」
ラジオを聴ける者には生きる苦悩を癒す音楽を届ける。
放送を辿れる人材には浜松の街という働き甲斐のある場所を教える。
そして放送に割り込めるほどの技術者やそれを抱える組織が接触をしてきたならば、いつでも話し合いに応じるためのラジオ放送だったのか。
「アキラさん、タイチ隊長。周波数は合わせました」
「俺はまだ放置でいいと思う。タイチは?」
「同じく。新制帝国軍との開戦は既定事項だし、緊急時の連絡や片が付いた後の連絡方法もしっかり話し合ってあるっすからね。今ラジオ放送に割り込んで、夜明けまでの貴重で短い時間を消費したくはないっす」
「だなあ。んで俺が四ツ池の集落にいる反乱軍と合流するんなら、タイチ達はどう動くよ?」
「それなんですけど、ちょっといいですか?」
いつもより硬い口調で話に入ってきたのは、今まで黙って話を聞いているだけだったヤマトだ。
「もちろんっす」
「だな。考えがあんなら言ってくれ、ヤマト」
「いつの間にか、すっかり男の顔をするようになったわね。ヤマト。お姉さんは嬉しいわ」
言われてヤマトがまた顔を赤くする。
まったく、このショタコン変態女は……