Fallout:SAR   作:ふくふくろう

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最上階

 

 

 

 壁に寄りかかって座り体を休めている未来の兵士にしか見えない真紅のパワーアーマー。

 その金属製のホルスターと弾薬入れに、俺の愛銃であるデリバラーとその弾薬がしっかり収まっているのを目で確認する。

 どんな武器でも使いこなすタイチのような手練れの兵士に使わせるには少しばかり威力不足だが、まだまだ成長期の途次にあるヤマトには、ちょうどいい大きさと重さのハンドガンだろう。

 足りない威力は、ヤマトの最大の武器である射撃センスで補えばいい。

 

「こんなトコか。……出し忘れは、ねえよな?」

 

 3人分のパワーアーマーと武器弾薬。

 スティムパック等の物資は、連携を取るギルドの兵士や山師にも少しは分けてやれるようにと、多目に出しておく。

 銃弾は互換性がないだろうから常識的な数だが、薬品類だけでなく、手榴弾や地雷も3つの背嚢に入るだけ詰め込んでおいた。

 背嚢の中身はそれぞれがその持ち場で配ってもいいし、面倒ならギルドの誰かに渡して持ち場につく前に配らせてもいい。

 

 それから小舟の里ですら滅多にしない買い物の時に使っている財布を取り出し、深紅のパワーアーマーの、タバコなんかの小間物を入れておくポケットのような収納部に突っ込む。

 

「あの、アキラさん。それは?」

「一端に覚悟を決めてガキから男になろうとしてる弟への小遣い、だな。そう言っても受け取っちゃくれなそうだから、有無を言わせねえようにここへ突っ込んでおく。梁山泊に入ったら、まずマスターに俺の名前を出してこの財布を渡せ。梁山泊に避難して来てもメシや水を頼めねえ連中に、これで飲み食いをさせてやってくれってな。んでもし可能なら、足りねえ分は俺のツケにしといてくれとも伝えてくれ」

「…………ありがとうございます」

「礼を言われる筋合いじゃねえよ。そんじゃ、また後でな」

「はい。お気をつけて」

「こっちのセリフだっての」

 

 苦笑しているタイチ。

 何事か考え込んでいるらしいショウ。

 はっきりと頷いた後、深々と頭を下げたヤマト。

 

 そんな3人に背を向けながら二本指で敬礼を飛ばし、アイリーンに顎で階段を示す。

 そんな雑な仕草にアイリーンはまるでハリウッド映画の登場人物のように肩を竦めて見せたが、黙って階段へと足を向けた。

 

 経年劣化で滑り止めが金具しか残っていないような古い建物ではあるが、掃除はかなり行き届いている。

 そんな階段に3つの足音が重なって響く。

 無言。

 だからこそ、3つの足音のうちの1つの重さが際立つ。

 

「どしたよ、くーの字? ガラにもなく元気がねえな」

「べっつにー。くーちゃんはいつも通りですけどー」

「ならいいがよ」

「うふふ。どうやらこの英雄さんは、女心ってものがまったく理解できないらしいわね。やっぱり教育が必要かしら」

「女。女か。女心、ねえ……」

 

 茶化すように言いながら振り向くと、くーちゃんはほんの少しだけ眉根を寄せながら自分の足元へと視線を落とす。

 

 これは。

 どうやら俺が思っていたよりもずっと、この美少女にしか見えない友人は先日の事を気に病んでいるらしい。

 

 普段ならこうして俺が冗談でくーちゃんを女扱いするべきか悩む素振りを見せれば、すかさずそこに噛みついて皮肉交じりのセクハラ発言でやり返してくるというのに。

 

 予想を大きく外れた落ち込みっぷりにどう反応すべきか束の間だけ考えた俺は、階段を上がる足を止めてくーちゃんと並ぶ。

 そして次の瞬間、平手が肉を打つそれなりに大きな音が階段に響いた。

 

「いったあっいっ! いきなりなにすんのアキラっち!?」

 

 大袈裟に痛がって尻を押さえているくーちゃんに笑みを向け、追い打ちのデコピン。

 その一撃を避けたくーちゃんは、片手で尻を押さえながら器用にあっかんべー! という仕草を返して寄越す。

 

「これからも頼りにしてるぜ、ガンナー?」

「……ふん。セクハラ大魔神に扱き使われるのは怖いけど、友達を守るためなら仕方ないね」

「ふざけんな。くだらねえ事をいつまでもグジグジ気にしてる男友達のケツをひっぱたくのがセクハラであってたまるか」

「間違いなくセクハラですー。それにー、くーちゃんは男でも女でもありませんー。でもってー、セクハラ大魔神のくせにたまにピンポイントで優しくしないでくださいー」

「失礼な。俺ほどの紳士なんて他にいねえだろうに」

「その発言の方が失礼でしょって。マジメに生きてる男の人達に謝って?」

「知るかよ」

 

 そう言ってまた階段を上がり始めた俺の背に、さっきよりも少しだけ軽さを感じさせる足音が続く。

 どうでもいい子供じみたじゃれ合いではあるが、どうやらそれは俺が思ったよりもだいぶ効果的だったらしい。

 

「いい友人ができたわね、クーニー」

「かなあ。……ん。でも、そうだったらいいなあ」

 

 いきなりそんな事をしみじみと呟くように言われても、どう反応したらよいのやら。

 

「かわいい妹の友人には、サービスが必要よね」

「アイ姉、まさか……」

「ええ。このちっぽけな戦争の終わりをもって、数年越しの契約は果たされた事にしましょう。どうせこの心配性のお節介屋さんは、ここでも決して少なくはない働きをするんでしょうし」

 

 契約。

 

 それはなんだと問う前に俺達は5階へと続く踊り場に辿り着き、またあの大仰な鉄の扉に行く手を遮られる。

 

「お気をつけて、カシラ」

 

 そう言いながら鉄の軋む音を階段に響かせたのは、最初にここを通った時にドアを開けてくれた髭面の男。

 

「もちろんよ。ジュリはもう上?」

「ですね。見てるこっちがヒヤヒヤするくらいに気合を入れまくってるんで」

「あの子らしいわね」

 

 ジュリというのは、さっきここを通る時に少しだけ話した美人の姐さんか。

 

 そう考えながら鉄のドアを潜ると、その向こうに立っている髭面の男に深々と頭を下げられる。

 いつでもアサルトライフルの背負い紐を滑らせて俺を撃てる構えではあるが、わざわざ隙を見せるような真似までして、どうして俺なんかに頭を下げて見せるんだろうか。

 

「お客人」

「はいよ」

「ケダモノの群れに、光の射す場所を示してくれたお方を。いつでもナマイキで仕方ないが、それでも間違いなく血を分けた妹を。生き方が見ていて危なっかしい、だからこそ手を貸してやりたくなる歳の離れた友人達を、どうかよろしくお願いいたしやす」

 

 髭面の男が頭を下げたまま視線だけを合わせ、そんなセリフを口にする。

 

「……努力はしますよ。約束はできやしませんがね」

「それで充分。どうかご武運を」

「お互いに」

 

 頷いてドアを閉める髭面の男は、三ッ池公園には向かわずここを守り通すのが役目なんだろう。

 この先には会議室があってそこにはこの商人ギルドのトップであるジョージ爺さんと、それを補佐する議員達、それに俺の予想が正しければいくら金を積み上げても手に入れられないお宝の保管場所がある。

 

 会議室のある5階。

 その廊下を横目にさらに階段を上がる。

 するとまた手榴弾の1つ2つでは破壊できそうにない頑丈そうな鉄製のドアがあって、アイリーンは慣れた様子で鍵穴にカギを挿し込む。

 どうやらここには見張りを配置していないらしい。

 

「さあ、どうぞ。歓迎するわよ、錬金術師さん」

「秘密基地にご案内ってか?」

「基地ではないわね。ハンガー、そしてラボよ」

「……へえ。そいつは楽しみだ」

 

 今から足を踏み入れるのは、この旧市役所の最上階。

 おそらくその屋上には災害時なんかを想定したヘリポートのような施設があって、豊橋で駅に突撃する俺をミサイルで援護したベルチバードがそこにあるんだろう。

 

 だが、それとは別にラボと来やがるか。

 日本語で言えば『研究所』となる施設が、それほどの科学力を持つ相手が、まさか何度も訪れている浜松の街の入り口にあるとは。

 予想すらできなかった。

 

「アキラっち」

「おう」

 

 階段を4、5段ほど上がってからそう言って振り返ると、やけに真剣な目をしたくーちゃんと目が合う。

 背後で頑丈そうなドアを閉めてまた施錠しているアイリーンのニヤリとした笑みが気にかかるが、それを茶化せる雰囲気ではないので、黙ってくーちゃんの次の言葉を待つ。

 

「アイツの、101の代わりだなんて思ってないから」

「はあ? いきなりなんだよ?」

「ただの本音」

「……そうかい」

「うん」

 

 101の代わり。

 わざわざ俺をそう思っていないと告げるからには、この先のラボで101絡みの何事かが待っているという事か。

 

 面倒事じゃねえといいがなあ。

 

 思わずそんな独り言を漏らしかけたが、言葉通りの未来が待っているとは思えない。

 101のアイツ、俺が大好きだったフォールアウト3の主人公なら、どこへ行ってもなにをやっても、確実に厄介事に巻き込まれるであろう事は明白だからだ。

 

「まあ、俺も人の事を言える立場じゃねえか」

 

 ところで将軍。

 

 この世界じゃそんなセリフこそ出てはこないが、こちらに来てから次から次へとやるべき事が多すぎて、その延長線上にあるのがこれから始まる戦争だ。

 そんな俺が101を笑ったり同情したりできるはずもない。

 

「さあ、御開帳よ」

 

 アイリーンがごく普通の引き戸を開けて入室を促す。

 覚悟を決めてその部屋に足を踏み入れた俺は、そんな覚悟が無駄になったのを知って拍子抜けしたような気分になった。

 

 まるで教室のような配置で正面にホワイトボードがあり、それを座る全員が見えるように横長のベンチが置かれているだけの広い部屋。

 俺の目に映ったのは、そんな光景だ。

 

「ミーティング前に、まずは説明と案内ね。腰を落ち着けるのもコーヒーも少し待ってもらうわ」

 

 なるほど。

 ここはミーティングルームという訳か。

 

「あいよ。んで、説明ってのは?」

「まずはそこの表を見てちょうだい。マス目に日付と名前が書きこまれてるでしょう」

「ああ。まあ前半、それも半分以上が『101』って数字だがよ」

「そうね。そしてそこから下は、クーニー」

「だな」

 

 それがどうした?

 

「残りのマス目は5つ。ボーイが今回の戦争でこちらの望む働きをして見せたら、そのマス目は111という数字で埋まるわ。そして、契約が果たされる」

「契約?」

「ええ。101の、クーニーの、そしておそらくボーイのお望み通り、未使用の人造人間のボディーを1つ進呈するわ」

「なっ、なんだとっ!?」

 

 


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