Fallout:SAR   作:ふくふくろう

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目覚めてみれば

 

 

 

 俺は、どこにでもいるような平凡な中学生だった。

 親戚の兄ちゃんが新婚の奥さんとそれが理由で離婚寸前まで行ったとかで、おふくろが貰って来たゲーム機とたくさんのソフト。

 夏休みに入ったと同時にそんな夢のようなプレゼントを貰い、俺は小躍りするほど喜んだものだ。

 

 夏休みも中盤に差し掛かった頃だったろうか。いくつかのゲームをクリアして、ゲーム機に突っ込んだ1枚のディスク。

 有名タイトルはもうやり尽したので、適当に選んだゲームだった。

 それが、フォールアウト3。

 始めようと思っただけで時間がかかり過ぎて、もうこれはシカトしようと思って別のゲームを手に取った。

 そこでスピーカからノイズと、すぐに特徴的なメロディーのオールディーズナンバーが流れる。

 古臭いが悪くない歌声だとテレビに目をやると、映っていたのはガラスが割れてどこもかしこも汚れ錆びたバスの車内。その座席には、テディーベアなどのオモチャ。

 どんな状況だよと首を傾げるとカメラが動き、バスが真っ二つに割れている姿と瓦礫の街がテレビに映った。

 そしてそんな景色を気にもしていないような近未来的な兵士が、「なに勝手に人を撮ってんだよ」とでも言うようにカメラを見る。

 

「日本のゲームじゃ考えらんねえ登場人物のブサイクさに呆れたけど、次の冬休みまでずっとやってたっけな……」

「アキラ。気がついたんだね」

「もしかして俺、寝ちまってたのか?」

 

 上から聞こえたのは、ミサキの声だ。

 

「寝てたって言うか、倒れてたんだよ。今はもう、次の日の朝」

「マジかよ……」

 

 寝てる場合じゃない。マアサさんとジンさんと、シズクも入れて小舟の里の防衛計画を話し合わないと。

 それに、警察署も探索をして。

 

「ちょっと。まだ寝てなさいって!」

「やる事はいくらでもあるんだ。ちょっと人を殺したくれえでぶっ倒れた男なんて、お呼びじゃねえかもしんねえがよ」

「そんな事はないさ」

「……その声は、シズクか?」

「ああ。今日は食料調達部隊も休暇だ。いいから寝てろ」

「なら、マアサさんと話を」

「長も今日は休みだ。ミサキ、まずは水を」

「わかった」

 

 どうやら俺は、小舟の里の自室でベッドに寝かされていたらしい。

 肘で体を支えて身を起こすと、心配そうに眉を寄せたミサキがきれいな水のボトルをそっと握らせてくれた。

 喉は渇いていないと思ったが口をつけると、もう止まらない。俺はあっという間に水を飲み干し、大きく息を吐いた。

 

「もっといる?」

「いや。それより、タバコくれ」

「禁煙ブームの日本で、しかもまだ若いのにヘビースモーカーっておかしくない?」

「流行に乗せられてはしゃげるタイプじゃねえんだよ。そんなおめでたい生き方、まっぴらごめんだ」

「はいはい」

 

 ベッドの上で胡坐を掻き、シズクが渡してくれたタバコに火を点けて吸い込む。

 

「え。なんで俺、裸?」

 

 部屋にはなかったはずの毛布が掛けられているので大事なところは隠れているが、肌触りで全裸だというのはわかる。

 

「あ、汗が酷かったから。ね、シズク」

「うむ。防具は、向こうのテーブルの上だ。服はセイが1階の水場で洗濯をしている」

「そうなんか。申し訳ねえなあ」

「せっかく裸だから、このまま初夜の床入りにするか? 思いっきり朝だが」

「まだ言ってんのか。冗談はよせって」

「冗談ではないんだが」

「そうとしか聞こえねえんだよ。あの後、全員で小舟の里に?」

「ああ。タレットは、どうしていいかわからんからそのままだ」

「それでいいのさ。里の人間を襲おうってクリーチャーや悪党を、自動で迎撃してくれっからな」

「薪割りの斧と悪党の革鎧は、汚かったから駅に置いて来たよ」

「剥ぎ取ったのか。ムリしなくてよかったのに」

「あたしも覚悟を決めたから、そのくらいはね。灰、落ちそうだよ」

「覚悟……」

 

 差し出された灰皿に灰を落とすと、俺の目を見てミサキは頷いた。

 

「うん。命の恩人で、たった一人のあの日本を知っている仲間。アキラを失うくらいなら、悪党なんて何人でも殴り殺してやるわ。アキラが倒れてからジンお爺ちゃんが絶対に大丈夫だって言ってくれるまで、すっごく怖かったんだから」

「泣きながらスティムパックというのを、何本もアキラにぶっ刺してたからなあ。まるで浮気でもした夫を殺そうとしている新妻のようだった」

「……なにしてくれてんだ、おい」

 

 スティムパックがもったいないなどとケチな事を言うつもりはないが、あれの針を刺すとかなり痛みを感じるってのに。

 

「あはは。恥ずかしながら、かなり気が動転しちゃって」

「笑い事じゃねえと思うがなあ。まあいいか。着替えるから、部屋を出るかそっぽ向いててくれ」

「ふっ、何を今さら」

「は?」

「汗を掻いていたと言ったろう。3人で隅々まで拭いたに決まってるじゃないか」

「なにしてんのおまえら……」

「凄かったよな、ミサキ。寝てるはずなのに、あんなに大きく」

「ストップ。それ以上は聞くのが怖い!」

 

 意識がない時で助かった。

 もしその時に目を覚ましていたら、何をしでかしたかわかったもんじゃない。善意で汗を拭ってくれている異性の友人に襲い掛かりなんかしたら、俺は自分を許せやしないだろう。

 

「そうだ。倒れた理由を説明するためにシズクとセイ、それにジンお爺ちゃんとマアサさんとタイチくんには、あたしとアキラの事を話しちゃった。いいよね?」

「いいけど、信じたってのかよ?」

「セイのお師匠さんも、それなりに話してたらしいから」

「101のアイツかあ。どこで何してんのかねえ」

「緑色のおっさんは自然に生まれたりしないはずだ、って言って西に向かったらしいね」

「そっから音信不通だろ。まあ、電話なんかない世界だから仕方ねえけど」

「だね」

「でも、生きてさえりゃいつか会えるだろ。俺とミサキと同じ存在なら、そう簡単にくたばりゃしねえだろうし。それにしても、今日は休みか。小舟の里に娯楽ってあるのか、シズク?」

「アレ以外なら、もっぱらこれだな」

 

 シズクが笑顔で俺に見せたのは、ラベルのないビン。

 

「もしかして、酒か?」

「ああ。爺様が、アキラが起きたら飲ませろと置いてった。セイが洗濯を終えたら屋台でメシを買って来るはずだから、ツマミもすぐに来るぞ。やるか?」

 

 原料が何かは知らないが、小舟の里の生活水準を考えるとここで作った酒がそうそう美味いとも思えない。なので冷えたグインネットを全種類、ベッドに寄せられている小さなテーブルに出した。毛布や敷布団、シーツと同じく、わざわざ運び入れてくれた物だろう。

 

「どうせなら、これを飲もうぜ。ミサキとセイちゃんはジュースな」

「えーっ」

「なんだこれ?」

「冷えたビールだよ。キンキンに冷えてっから美味いぞ」

「あたしは焼酎でいいんだがなあ」

 

 そう言っていたシズクだが栓を抜いたビールを口にすると一気にそれを飲み干し、なんとも豪快なゲップまで披露してくれた。

 

「ちょっと、シズク。昨夜サイダーの時に言ったでしょ。女の子がゲップなんてしないのっ!」

「仕方ないだろ、出ちゃうんだから。アキラのあれと一緒だよ、くくっ」

「お、思い出させないでよ……」

 

 何を出したんだ、俺!?

 

「いやあ。しかし美味いなあ。もう1本もらうぞ。アキラも飲め飲め」

「あ、ああ」

「よーい、しょっと。おっと、こぼれるこぼれる」

「テーブルの角で栓を抜くのは仕方ないにしても、床に落ちた王冠はすぐ拾うっ。いい、日本人ってのはねえ?」

「はいはい。わかってるからガミガミ言うな。せっかくの酒がマズくなる」

「なんですってぇ」

 

 どうやらミサキは戦前の日本人が持ち得ていた美徳のようなものを、戦後になってどれだけ経っているのかもわからない時代のシズクに教え込もうとしているらしい。

 俺からすればそんなものは戦いの場では役に立たないからどうでもいいが、育ちの良さそうなミサキからするとシズクは女のくせにガサツ過ぎると感じているのかもしれない。

 ミサキの説教とそれを聞き流すシズクを放っておいてピップボーイのインベントリを見ながら冷えたビールを飲んでいると、ノックもなしにカギを回す音が聞こえた。

 咄嗟にデリバラーを出してドアに向ける。

 

「セイだから撃つんじゃない、アキラ」

「合鍵を渡したのか。ふうっ、あぶねえあぶねえ」

 

 すぐに姿を見せたセイちゃんは、手に大きな木のカゴをぶら下げていた。

 気に入ってくれたのか、食料調達は休みなのにオーバーオールの上から白衣を羽織っている。

 

「アキラ、起きた。大丈夫?」

「ああ。心配かけたかな、もう平気だよ」

 

 そういえば、ミサキもシズクを呼び捨てにしていたが、いつの間にそうなったのだろう。まあミサキもそうだがセイちゃんも妹のようなものかと、呼び捨てにされるのは気にしない事にする。

 俺は兄弟姉妹がいなかったので、妹が出来たようで嬉しいくらいだ。

 

「それ、お酒?」

「だよ。朝から飲むなんて、だらしないかな」

「ううん。セイも飲む」

「いやいや」

「ダメよ、セイ。お酒はハタチになってから!」

「この里では15から。師匠も飲んでた」

「あー。そっか、法律なんかない世界だったここ。飲酒なんかのルールも、街ごとに違うのね」

「ん」

「なら、あたしも飲んでみよっと」

「……おいおい」

 

 セーラー服のミサキがビールを持つと、なんというかそれまで欠片もなかったビッチ感がハンパじゃない。

 

「乾杯」

「カンパーイ」

 

 2人がビールを呷る。

 ミサキは身長がそれなりにあるのでまだいいが、セイちゃんは大丈夫なのだろうか。

 

「……けふうっ」

「むっ。セイ、女の子がゲップなんかしないのっ!」

 

 また始まったかと苦笑すると、立ったままビールをラッパ飲みしたセイちゃんに椅子を譲ってシズクがベッドに腰かけた。

 

「長くなりそうだなあ。ツマミは、おお。茹でマイアラークだな。ほら、アキラ。あーん」

「自分で食えるって。それに手掴みで食ってっと、またミサキにどやされるぞ?」

「男が細かい事を気にするな。ほれ、あーん」

「お、おう」

 

 異性に物を食わせてもらうなんて、おふくろ以外じゃ初めての経験だ。

 ドキドキしながらマイアラークを食ったのがバレたのか、俺を見てシズクがニヤリと笑う。

 

「アキラはパンツが好きなんだよな。服を脱いで、それ見ながら飲み食いさせてやろうか?」

「い、いらねえっての」

「ちなみにあたしとセイは、賢者に浜松で見つけた新品の戦前の下着をたくさん貰っててな。好きな男が出来たら、それを身に着けて押し倒せと言われていた。今日のはその中でも、特に過激なパンツだぞ?」

「……ああもう。あんまからかうなって」

 

 


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