Fallout:SAR   作:ふくふくろう

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空へ

 

 

 

 機械の駆動音。

 それを追うようにバラバラとプロペラが鳴る。

 どちらも、俺の想像よりずいぶんと控えめな音量だ。

 

 この世界にやってきたばかりの頃は余裕がなさ過ぎて気づけなかったが、この遠州という地域はなぜか強風の吹く日が多い。

 たとえここが遠州随一の大都市浜松の街の入り口であっても、夜の闇と強風の音に紛れてしまえばベルチバードの存在を隠し通すのは容易か。

 

「まーだ怒ってんの、アキラっち?」

 

 少しだけ心配そうにそう訊ねるのは、いつかと同じ黒革のライダースジャケットとパンツ姿でベルチバードの後部に乗っているくーちゃんだ。

 このアホは俺がどれだけ言っても戦前のパワーアーマーを装備するのを拒み、身軽な姿で安全バーも掴まずに離陸の時を迎えようとしている。

 

「別に怒っちゃいねえよ。呆れてるだけだ」

「だってしょうがないじゃんー。くーちゃんは電脳少年もピップボーイも持ってないけど、あったら絶対にAGI極振りになってる戦闘スタイルなんだしー」

「そんでもせめてガンナー席にいる間はパワーアーマーを着てろっての」

「ヤダよ。そんなの装備してたら、間違いなくミニガンの命中率が落ちちゃう。そんでなくってもくーちゃんはサブマシンガン以外は得意じゃないしー」

「知るか。さっきも言ったように、離陸して少しでも危険を感じたらロープを結んだカラビナで安全バーとオマエのベルトを繋ぐかんな。そうなっても文句を言うんじゃねえぞ?」

「はいはい。アキラっちは心配性だにゃあ」

 

 知るかと返すと同時に、優しい浮遊感が全身を持ち上げる。

 戦前の遺物。

 ベルチバードの離陸だ。

 まさか自分がベルチバードで空を飛ぶ事になるなんて思いもしなかったが、わずかばかりの高揚感がない事もない。

 

 俺とくーちゃんとジュリの姐さんを後部に乗せ、ベルチバードは漆黒の闇へと浮かび上がった。

 

「……シンスのボディー。それも人格インストール前の新品が、まさかこんな近所にあったなんてな」

 

 呟きながら市役所の屋上に開いた大きな穴の向こう、機械の計器が微かに光るラボを見下ろしてタバコを咥えて火を点ける。

 

 人造人間のボディー。

 そんな代物がある場所なら、ラボなんて大層な名で呼ばれても当然だろう。

 アイリーンはどうせ見てもわからないだろうが、見なくては信用もできないだろうからと、保存液で満たされたチューブの中で立ったまま眠っているようにしか見えない人造人間の体を俺に見せてくれた。

 

 そしてかなり簡単にではあるが、日本製の三式機械歩兵へインストールされたサクラさんの人格プログラムをどのように、どの程度の正確さと成功確率で新品の人造人間のボディーに移植できるかを説明した。

 

 最終的に決断を下すのはサクラさん本人とその伴侶であるウルフギャングだが、説明を聞いた限りでは賭けと表現するほどの危険すらなさそうなので、この夏が終わればウルフギャングの店のカウンターにとびきりの美人が立って、夜毎酔っぱらい共から熱い視線を向けられる事になるのかもしれない。

 

「見て、アキラっち」

「あん?」

 

 くーちゃんが指差す方に視線を向ける。

 すると各階から洩れるわずかな生活光のおかげで朧げにその姿を認識できる浜松の街の象徴、浜松城の姿がメガネ越しに見えた。

 

 浜松の街を訪れる前に想像していたよりはだいぶ小振りだが、実際に商業区画から見上げている時よりもだいぶ大きく感じる建造物。

 大昔にではあるが戦うために建てられたその城を攻めるとなれば、どんな作戦を立てるべきなのか。

 

 俺とタイチなら2人でパワーアーマーを装備して惜しみなくレジェンダリー武器で武装し、派手に銃弾をバラ撒いて牽制しながらタレットを配置して、ジリジリと前線を押し上げればいいだけだが、四ツ池の戦力とそれを率いる新制帝国軍の反乱部隊の装備と練度を見てみなければ作戦の立てようがない。

 

「ずいぶんと難しい顔をするじゃないか、お客人。そんなんじゃせっかくの色男が台無しだよ?」

 

 そう言いながらからかうように微笑むのは、俺とタイチとアイリーンをラボで待っていたジュリ姐さんだ。

 この婀娜っぽい美人さんはなんと四ツ池の集落の戦闘部隊を率いる隊長さんであるらしく、ベルチバードが離陸しても顔色すら変えない。

 きっとくーちゃんと同じように慣れているんだろう。

 

「お世辞はよしてくださいって。それより、まだ四ツ池の集落の戦闘部隊の装備なんかは教えちゃくれないんで?」

 

 俺のそんな問いに、ジュリ姐さんはニヤリと口角を上げて2本の指を突き出す。

 タバコをくれという意味だろうと戦前のパワーアーマーの腰のケースに入っている箱を渡すと、ジュリ姐さんは気が利かないねえと言いつつ1本抜き出して化粧っ気のない唇に挟む。

 

「ジュリ姐、ほい」

「ありがとう。こんないい女にタバコを渡すんなら、自分で咥えて火を点けてから渡すのがスジだろうに。教育が足りてないんじゃないか、くー?」

「はいはい。それは申し訳ありませんねえ」

 

 俺達とお揃いのライターでジュリ姐さんのタバコに火を点けてやったくーちゃんは、アイリーンと同じように芝居がかった仕草で肩を竦めて見せてから自分もタバコを咥えて火を点ける。

 

 俺は操縦席の後ろにある段差に腰掛けているし、ジュリ姐さんは後部スペースの床で胡坐を掻いている。

 それなのに頭上の安全バーすら掴まず立っているくーちゃんは、どんなバランス感覚をしているんだか。さすがはAGI型といったところだ。

 

「数は50」

「……小さな集落の戦闘部隊にしちゃ数が多いな」

「あたしらは四ツ池の集落の戦闘部隊じゃなく、四ツ池の集落があたしら戦闘部隊の駐屯地って感じだからね」

「なるほど」

「武装は全員にハンドガン。斥候にスカウトライフル、数は少ないが機関銃手に軽機関銃、その他はアサルトライフルだね。すべて戦前のアメリカ製さ」

「と、とんでもねえな……」

 

 この時代のこの国では間違いなく最高の武装を施された兵が50。

 だけでなく、20ちょっとの新制帝国軍反乱部隊。

 

 それが今まさに遠ざかっている浜松の街へと攻め込めば、商業ギルドが抱える戦闘員や、金で雇われた山師達が新制帝国軍の横っ腹を突く。

 

 たしかに勝ち目は充分にありそうだ。

 

「まあ、心配はいらないって。アキラっち」

「んだよ。やっぱなんか隠し球でもあるんか?」

「まーね。四ツ池の集落に下りる前にはわかるよ」

「ったく、今のうちに教えてくれりゃ作戦だって考えやすいだろうに」

「えっ。でもアキラっち、指揮はエイ姉に任せるって言ってなかった?」

 

 エイ姉というのは四ツ池の集落に駐屯している新制帝国軍の反乱部隊の隊長で、たしかに俺はラボでのミーティングの際に指揮はできるだけその女隊長に任せると伝えてあった。

 

 そして俺はこのベルチバードから戦況を眺め、守りの厚そうな場所やピンチに陥る部隊があれば、そこにパワーアーマーで降下して助太刀をする遊撃部隊のような役割をこなそうと考えている。

 

 


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