片膝を立てて胡坐を掻き、俺と同じ地図を見下ろしていたタイチのこめかみがピクリと動く。
それと同時に俺の耳も聞き慣れない音を拾った。
「おいおい。なんだこりゃ」
「エンジン音、だけじゃないっすよね」
「ああ。この騒音はまるで……」
まさかと思いながら急いで地図をピップボーイに収納し、音の聞こえてくる方向の窓に姿勢を低くしたまま移動する。
ここが旧浜松城が聳え立つ戦前の公園の敷地に近い街道沿いのコンクリートビルであるのはとうに地図で確認済み。
なので油断はせず、音のする方、姫街道と呼ばれているらしい国道257号線の北側を覗き込む。
「な、なんなんっすかあれはっ!?」
タイチが驚くのも無理はない。
俺達がほんの少しだけ窓から顔を覗かせた先には、信じられないような光景があった。
「戦車、だろうな。それに装甲車までありやがる」
戦車も装甲車も、どちらも数はたった1台。
だが装甲板すら取り付けていないという戦前の軍用トラックしかない新制帝国軍からすれば、どちらもベルチバードに匹敵するほどの脅威だろう。
まったく、とんでもない援軍が現れたものだ。
「だから商人ギルドは新制帝国軍を潰すなんて気軽に言えたんっすねえ」
「そうなるなあ」
「あ、どっちも交差点の手前で止まったっす」
「まああっこなら天守閣からの射線は切れてっし、逆に戦車の砲撃なら新制帝国軍のバリケードを壊すのにちょうど良さそうだからな。悪くねえ位置取りだ」
「んで後ろの車の屋根から顔を出した美人さん、オイラ達に気づいてるっぽいっすよ。月明かりしかないこの闇夜で」
タイチの言う通り装甲車の上部ハッチから顔を出した女は、間違いなく俺達の方を見てから顎で、先に停まっている戦車を示す。
戦闘車両の上部に目立つライトが取り付けられているのには違和感しかないが、おかげでこちらからは女のバタ臭く整った顔立ちまでもが見て取れる。
「どうやらお呼びのようだ。顔合わせと打ち合わせの時間だあな」
「了解。誰かさんの好きそうなキツめの美人さんっすけど、口説くんなら全部が終わってからにしてほしいもんっすね」
「冗談じゃねえ。俺は嫁さん連中で満足してんだっての」
「はいはい。こんな時でも惚気るっすねえ」
「いいから行くぞ。夜が明ける前に作戦を話し合っておきてえ」
「そうっすね。じゃあオイラが先導するっす」
「頼む」
屋上からは浜松城の天守閣が拝めるらしいが、だからこそこのビルの北側、戦車と装甲車、それに10以上はいる歩兵が展開した交差点に天守閣からの射線は通っていない。
このビルが盾になる形だからだ。
タイチに続いて階段を4階分下り、姫街道へと足を踏み入れ戦車と装甲車の停まっている交差点に向かう。
「ベルチバードほどじゃないっすけど、それなりに動きそうな戦車っすね。セイちゃんが手を入れる前のうちのバスよりは錆や傷が見当たらないっす」
「主砲の弾があるんなら、案外簡単に決着がつきそうだな」
俺とタイチが手持ちの迫撃砲を使えないかと考えたのも、その砲撃が浜松城に立て籠もる新制帝国軍への攻撃手段としてかなり効果的だと思われるからだ。
それをあの戦車がやってくれるというのなら、それ以上に心強い事など数えるほどしかないだろう。
姫街道を並んで北上する俺とタイチを見て、装甲車のハッチから上半身だけを出していた女が身軽な動きで罅割れたアスファルトに跳び下りる。
「わあ。めっちゃ揺れるっすねえ」
「こんな時にもそれかよ。これだから巨乳好きってのは」
「アキラにだけは言われたくないっすけどね」
そんな軽口を叩きながら交差点へ足を踏み入れると、戦前の軍服を着た巨乳美人が単独で俺達二人と向かい合う。
少しばかり気が強そうなのが玉に瑕だが、ウェーブした茶色の髪がよく似合うバタ臭い美人さんだ。
おそらくこの女が四ツ池と繋がっている新制帝国軍の部隊の責任者であり、商人ギルドの長であるジョージ爺さんの縁者だろう。
この顔立ちで白人の血を引いていないというのは無理があるし、もっと血の濃い、戦後300年にいるとは思えない白人と日本人のハーフだと言われても納得してしまいそうだ。
「元新制帝国軍少佐、エイリーン・ディンプルだ。よろしく頼む、錬金術師殿」
「元、ね。俺はアキラ、んでこっちは小舟の里の部隊を率いてるタイチって男だ。よろしく」
「アキラ共々よろしくお願いします」
エイリーンが小さく頷く。
そして背後に視線を向け戦車と装甲車の向こうにいる歩兵達に短い指示を出した。
どいつもこいつも戦前の物と思われる古臭い軍服を着てそれなりの武装をしてはいるが、その誰もが、全員が女性であるらしい。
「女達だけの精鋭部隊か」
「そうなる。こんな時代のこんな場所じゃ、女達で助け合わないと男共のオモチャにされるだけだからね」
「そんな下種をこの機会に少しでも減らしておきてえ。で、そのために戦車の砲弾をどんくれえ出してくれるんだ?」
「浜松城の天守閣に撃ち込むのでなければ30ほどだ」
「……どういう意味だよ?」
戦車がある。
その砲弾もある。
そして敵の首魁と最も手強い狙撃手が天守閣にいるのなら、そこを吹き飛ばす以上に効果的な手があるとは思えない。
「やっぱり野蛮ね、減点よ。ボーイ」
そんな声を発しながら現れたアイリーンの隣にいるくーちゃんの瞳が潤む。
「バカアキラ! なんであの時、手を離してくれなかったのさっ!」
「いきなりうるせえな。ダチをそう簡単に殺させてたまるかっての」