Fallout:SAR   作:ふくふくろう

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相棒

 

 

 

 ガチッ

 ガチガチッ

 

 頼みの綱であるレジェンダリー武器、デリバラーはそう虚しい音を鳴らすだけ。

 

「なんで、……いでえっ!」

 

 2度目の殴打。

 

 視界の左下に表示されているHPバーの緑色の部分は、それでほぼ消し飛んでしまっていた。

 ピップボーイを操作して確認する余裕はないが、これでは残HPは2桁も残ってはいないだろう。

 

 つまり、次に殴られれば死ぬ。

 

 酷くゆっくりとした動きでまた俺を殺そうとするグールを見ながら、俺は自分がスッと血の気が引いたように冷静になるのを感じた。

 

 バカらしい。

 こんな痛い思いを、なぜ俺が。

 起きたらメシ食ってゲームして、夜には熱めの風呂に入ってゲームして、たまには酒を飲んで眠くなったら寝る。そんな毎日をたまらなく愛していた俺が、どうしてこんな世界に。

 

 そう思うと、無性に腹が立った。

 

 殺してやりたい。

 グールを。

 こんな世界に俺を放り込んだ存在がいるなら、ソイツも。

 

「へっ。こうして時間が遅く感じるのは、レジェンダリー防具の効果だよな。なら、これも使えるはずだ。見てやがれミイラ野郎。……VATS、起動」

 

 フォールアウトの主人公が使う必殺技とでもいうべき特殊能力、VATS。その存在をやっと思い出した俺は、迷わずにそれを起動した。

 

 間延びして聞こえるグールの雄叫びが、ようやく聞き取れる。どうやら俺は、耳障りなその声が耳に入らないほど精神的に追い込まれていたらしい。

 

 スローモーションの世界で、5連続でトリガーを引くイメージ。

 液晶テレビで見慣れたVATSの攻撃表示が、拳を振り上げるグールに重なっている。

 

「くたばれ」

 

 攻撃開始。

 勝手に動き出した俺の体は、まずデリバラーの小さな突起物を親指の先で押し下げた。

 

 安全装置というやつだろう。アニメやマンガ、ゲームの登場人物がそれを操作するのは嫌というほど目にしていても、実際に自分が銃を撃つとなるとその存在なんてすっかり忘れてしまうらしい。

 

 マヌケな自分を嗤うように笑みを浮かべながら、俺はデリバラーを撃った。

 

 胴撃ちの5連射。

 

 だが銃弾は、3発しか発射されない。

 それはそうだ。

 グールは2発でHPのほとんどを失い、3発目を身に受けて血と肉片を撒き散らしながら吹っ飛んだのだから。

 

「……ふうっ。赤マーカーはもうない、か。とりあえずスティムパックを」

 

 回復アイテムであるスティムパックは、5000個ほどピップボーイのインベントリに入っている。ケチる必要はないだろう。

 大きな注射器のようなそれを自分にぶっ刺すのは少し怖いが、こんなミリしか残っていないHPで自然回復を待つよりはいい。

 

「ぐっ。やっぱいてえけど、グールに殴られたほどじゃないな。お、HPが回復してく。これは、難易度サバイバルの回復スピードか。やれやれだ」

 

 ゆっくりと流れていた時間が、HPの回復と同時に元に戻る。

 レジェンダリー防具の固有効果、『体力が20%以下になると時の流れが遅くなる』がHPの回復で切れたのだろう。

 

 じわじわとHPが回復しているのでバーがすべて緑色になるのを待ちながら、周囲を見渡しつつピップボーイのインベントリからタバコとライターの取り出しをイメージする。

 

「うっは、いきなり手の中にタバコの箱とライターが出たよ。まるで魔法だな」

 

 タバコを1本灰にする前にHPは全快。

 それでも俺はすぐには動かず、フィルターの根元まで吸ってから吸い殻を捨ててブーツで踏み消した。

 

 あのグールに殴られた痛み。今も背中を濡らす冷や汗。タバコとはまるで違う硝煙の香りと、ひび割れたアスファルトの上で春の陽を照り返す金色の薬莢。

 

 もうここが、この世界が現実だと認めるしかないだろう。

 ならばこの世界で生き抜くしかない。

 それに、どうしても叶えたい目標が出来た。

 

「俺がこんな目に遭ってるのが誰かのせいなら、ぜってーソイツを見つけ出してぶっ殺す。ウェイストランドの住民になったんだから、遠慮する必要はねえ。神か悪魔か知らねえが、首を洗って待ってやがれ……」

 

 吐き捨てて、木下商店の敷居を跨ぐ。

 

 薄暗い店内は、これ以上ないほどに荒れ果てていた。

 駄菓子やビン入りのジュースがゲーム内と同じく口にして大丈夫なのかも気になるが、まずは現在の位置を把握したい。

 

 埃まみれのカウンターの上に、受話器が外れた古めかしい黒電話がある。そこまで行ってカウンターをピップボーイのライトで照らしてみると、電話の横には出前を頼むためにか蕎麦屋のメニューが置かれていた。それの右下には静岡県新居町とあり、その後には番地まで書いてある。

 

「ここは静岡県。ならこのまま、東京か名古屋を目指すか?」

 

 そう呟いては見たが、核戦争後の日本なら東京や大阪、名古屋などの大都市は軒並み壊滅状態だろう。

 ならば生き残った人間達はどこに住んでいるのかと考えても、四国で生まれ育って大学も松山だった俺にはこの辺りの土地勘なんてゼロだ。

 

「あー。まずは、地図を探すか。グールはもういないみたいだし、なんなら今日はこの奥の部屋に泊まってもいい」

 

 そう決めてしまえば、気になっていたジュースを手に取って眺める余裕も生まれるというものだ。

 舌を出したカエルがプリントされたビンには、カエル印の黒糖サイダーとある。

 

「メチャクチャ甘そうだなあ。ま、ヌカじゃないだけ安心か」

 

 フォールアウトの世界では有機物を腐らせる細菌が死滅しているとかで、食べ物や飲み物、死体まで腐ったりはしない。

 ならどうなって白骨化したんだという話だが、俺は創作物の世界観にツッコミを入れるほど空気の読めない人間ではないので、そんなのはどうでもよかった。

 

 問題はこのジュースや床に転がっている駄菓子が、ゲームと同じように口に出来るかどうかだ。

 

 カウンターの角に王冠をひっかけ、勢いをつけてビンを引く。

 すると炭酸が噴き出してカウンターを濡らし、甘い匂いが鼻に届いた。

 

「腐臭はしない。いけるか?」

 

 それでも、いつの物かわからないジュースを飲むのは怖い。

 自宅で寝ていたはずが気がつけばこんな世界に放り出され、まだ人間には出会えていないのだ。気軽に医者にかかれるはずもないので、どうしたって慎重にはなる。

 

 ビンをカウンターに放置し、奥にある部屋に土足で踏み込む。

 元の住民に申し訳ないという気持ちはあるが、またグールにでも襲われて靴を履いている間に死にましたじゃ悔やんでも悔やみきれない。

 

「ザ・昭和の家、って感じだなあ……」

 

 フォールアウトはアメリカが舞台だったので、こういった民家や商店を漁っても銃や弾丸を比較的簡単に入手できた。

 それが日本が舞台になると、銃器なんて簡単には手に入りそうにない。

 

 ピップボーイにしこたま武器があったのをありがたく思いながら、小さな家を隅々まで見て回った。

 

「武器は包丁が3つだけ。まあ、日本の一般家庭じゃそんなもんだよなあ」

 

 狭いが居心地の良さそうな茶の間を今日の宿と決め、ちゃぶ台の前でブーツを履いたまま胡坐を掻いた。

 きれいな水というアイテムをピップボーイから出して喉を潤しながら、まずはのんびりとまたタバコを吸う。

 

「さてさて。インベントリの確認をしないとな。数が数だから、夜までに終わるといいけど」

 

 武器や防具の充実具合に時折ニヤケながら夕方までかかってインベントリ内の物資を把握したのだが、その途中で俺は何度も驚かされた。

 ゲーム内ではどうやったって入らなかったワークベンチや街に設置した構造物まで、左腕のピップボーイのインベントリに名前があったからだ。

 

「ウソだろ。これじゃ数からして、すべてのキャラで作った家やタレットが入ってるぞ。それにドッグミートだけだけど、コンパニオンまで収納されてるってのかよ……」

 

 犬の死体が出て来たらどうしようとビクビクしながらドッグミート、フォールアウト4で仲間として連れ歩けるシェパードを取り出してみる。

 

 たとえ犬であっても、味方がいるのならば是非とも隣にいて欲しい。

 俺の心細さから来ていると思われる人恋しさは、それほどに切実だった。

 

 それにフォールアウトシリーズでは主人公はいつもなぜか1匹の犬に懐かれ、それにドッグミートという鬼畜なネーミングをして相棒として連れ歩くのが恒例になっている。

 シリーズのファンの1人として、ドッグミートと旅が出来るのにしないという愚行など絶対に犯せない。

 

「くぅん」

「おおっ、ドッグミート。俺だ、わかるか?」

 

 目の前に現れたシェパードが、行儀よくお座りしながらつぶらな瞳で俺を見上げている。

 

「わんっ!」

「く、くすぐってー。そんな顔を舐めるなって。メシと水、いるか? 再会記念に、デスクローオムレツでもリブアイ・ステーキでもなんでも食わしてやる」

「わんっ」

「お、おい。どこ行くんだよ!?」

 

 慌てて立ち上がり、駆け出したドッグミートを追いかける。

 毛並みの良いシェパードは一目散に駆け出したかと思うと木下商店の店内まで走って崩れた棚に頭を突っ込み、何かを咥えてようやく追いついた俺の手に押し付けた。

 

「なんだ、これ。なま、り節?」

「わんっ」

「まさか、これを食わせろってのか?」

「わんっ」

「マジかよ……」

 

 なまり節というのはどうやら魚の加工品のようで、透明のビニール袋の中には茶色い物体と少しの汁が入っている。

 変色はしていないようだし、ビニールの上から触れてみても身はしっかりとしているようだが、これを世界でたった1匹の仲間にはいそうですかと与えても良いのかどうか。

 

「とりあえず、開けてみるか」

 

 もし腐っていても荒れ果てた店内でなら床が汚れても構わないし、臭いも茶の間まで届きはしないだろう。

 恐る恐る封を開けると、意外に美味そうな魚の匂いが鼻に届いた。

 

「これ、普通に食えそうだな」

「わんっ、わんっ!」

「そう急かすな。まずは少しだけ、こんくらいかな。ほら」

 

 思ったよりも柔らかくしっとりとした魚を千切り、しゃがんでドッグミートの鼻先に差し出す。

 するとドッグミートは嬉しそうに一吠えして、あっさりとそれを噛まずに飲み込むような勢いで食べた。

 

「……大丈夫、なのか?」

「あんっ!」

「もっと食うなら、茶の間に行こうか。台所で、皿を借りてさ」

「わんっ」

 

 人間の言葉がわかるのか、ドッグミートは俺を導くようにして台所まで歩く。

 よくも場所がわかるものだなあと感心していると、今度は台所にある冷蔵庫のドアをカリカリと爪で引っ掻いている。

 

「おいおい。その中にも食い物があるってのか?」

「わんっ!」

 

 本当かよと呟きながら冷蔵庫を開ける。

 

 冷たい空気など欠片もないのに、その中にはジャガイモの煮っ転がしや葉物のお浸しが作りたてのような姿で収まっていた。

 

「マジかあ」

「わんっ」

 

 吠えてから嬉しそうにブンブンと尻尾を振るドッグミートに、これは危険だから食わないでおこうとは言い辛い。

 

 仕方なくなまり節と煮っ転がしを食器棚にあった皿に移してから茶の間に移動して腰を下ろしたのだが、ドッグミートは俺がよしと言うと同時に畳の上に置いたそれを平らげた。

 別の皿に注いだきれいな水も、ドッグミートは酷く美味そうに飲む。

 

 それを見ているとなんだか食べ物如きでビクビクしている自分が恥ずかしくなり、俺は晩メシにリブアイ・ステーキを2枚食べ、冷えたグインネット・ラガーも1本だけ飲んだ。

 

 ビールは好物であるから飲み足りない気がするが、いつまたクリーチャーに襲われるかわからない。

 しこたま飲んで気を失うようにして眠るのは、防犯のしっかりした家を手に入れてからだ。

 

 気がつけば立っていた交差点から1キロも歩かず木下商店を発見してインベントリの確認をしていただけだというのに、どうにも疲れ切っていて目を開けているのも辛い。

 

「おいで、ドッグミート」

「あんっ」

「春先だけど、夜はまだ冷える。一緒に寝よう。明日は、駅を探すんだ。そうすれば、この家になかった地図も見つかるだろ。なんとか街か集落を見つけて、早く家を確保しないと……」

 

 そこまで言って、俺は意識を手放した。

 

 服どころかブーツも脱がず、布団すら敷いていない畳の上に寝転がっただけだが、ドッグミートが俺を温めるように寄り添ってくれているので悪くない気分だ。

 

 なぜこんな世界に迷い込んだのか、なぜレベルは1なのにピップボーイには使い切れないほどの物資が積み込まれているのかはわからない。

 それでも、1人じゃないのならどうにかなりそうだとぼんやり思いながら。

 

 


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