Fallout:SAR   作:ふくふくろう

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覗きは犯罪

 

 

 

 バリケードの外周、マイアラークの死体を回収しやすい道路や橋に足場をかけてタレットを設置をしつつ、狩りをしながら特殊部隊の射撃訓練。

 それは、怪我人の1人をも出さず無事に終える事が出来た。

 

 小舟の里の防衛準備は4人で話し合って、4つある橋の半分をコンクリートの土台で封鎖と決めた。その作業は出した土台の上に見張り台を作って、タレットを設置するだけで済んだので楽なものだ。

 だがそうしているうちに5月になってしまったので、ジンさんが特殊部隊の連中を率いて悪党のコンテナ小屋を迂回して行商人を迎えに行き、おかげでミサキとシズクとセイちゃんは買い物を大いに楽しむ事が出来た。ちなみに俺のお小遣いとしてミサキに渡された5円札は、一度も外気に触れずにピップボーイのインベントリにある。

 

 そして今日は俺が初めて競艇の競技用ボートで浜名湖へ出て、ミサキが特殊部隊と警察署の探索を始める日だ。

 朝の光を照り返す湖面に浮かべたボートは人が乗る部分が酷く狭く、操縦席にはハンドルとスロットルレバー以外に操縦のための部品がない。

 

「ねえ、アキラ。お願いだからムリだけはしないでね?」

「こっちのセリフだっての。いいか。ラストスタンドは射撃のヘタなミサキでも効果的に使えるように、わざと足を重傷にするレジェンダリー武器を使って作ったんだ。だから」

「わかってるわよ。あたしが使えるタレットを1つ持ち歩くつもりで、でしょ?」

「ああ」

 

 基地の桟橋から飛び乗ったボートは、恐怖を感じてしまうほどに揺れた。

 続いて湖面の上に浮かんだEDーEが、自分に掴まれとでも言うように俺に機体を寄せる。

 

「サンキュ。こえーなあ、ったく」

「ふむ。その紐でエンジンを始動するのか。面倒な乗り物じゃ。トラックならカギを突っ込んで、それを回すだけでいいのにのう」

「競技用ですからねえ。それよりジンさん、ミサキと特殊部隊の連中をよろしくお願いします」

「任された。なあに、悪党がフラフラあの辺まで来る事もわかっておるので、心配はいらぬさ。婿殿の方こそ、無茶はするでないぞ?」

「ええ。危なそうなら、すぐに戻りますよ。基地にパワーアーマーの保管場所、ハンガーっぽいのを作ったりする仕事もあるし。では」

 

 エンジンを始動。

 20ほどの身を案じる声を背で受けながら、見様見真似の正座をするような恰好でハンドルとスロットルレバーを握った。

 

「うん、やっぱ動かすだけなら俺にでも出来るな」

 

 基地の船着場から水門を抜けて、浜名湖の広い水面へ。

 競艇場の壁などに残っていた写真で見る限り戦前のレースではヘルメットを着用していたようだが、安全運転で修理できそうな船を探すだけなので普段着のままでいいだろう。

 風が心地よい。

 

「ぴいっ?」

 

 湖の中ほどまでボートを進めてスロットルレバーを放した俺に、首を傾げるように機体を揺らしながらEDーEがかわいらしい音を出す。

 

「まずスコープでざっと湖を見渡すんだよ」

「ぴいっ」

 

 弁天島方面にボートを向け、エンジンは停止せずに長距離スコープを覗き込む。

 かなり重いが、狙撃をする訳ではないので何とかなった。

 ボートはスロットルレバーを放しても徐々に前進してしまう乗り物であるらしいが、別に激突してしまいそうな構造物なんてないので大丈夫だろう。

 

「ぴいっ?」

 

 またEDーEの訝し気な電子音。

 

「内緒だぞ。タイチに聞いたんだけどな、観客席の上の方にある飲み屋で商売女を買ったりお互いに気の合った異性とアレすんのに、店の近くの部屋を1時間いくらとかで借りたりできるんだってよ。そこはレースを観戦するための畳が敷かれた個室だったらしくてな。つまりは、ガラス張りなんだよ。夜勤の連中は、ちょうど今くらいの時間におっぱじめてんじゃねえかって。ぐふふ」

「……ぴぽ?」

「今アホって言わなかったか!?」

「ぴぃぴぃ」

 

 時間が悪いのか、タイチが言っていた辺りの部屋に人影はない。

 つまらんと吐き捨ててライフルを収納しようとすると、やっと上半身裸で何かに覆いかぶさっているような姿勢の男を発見した。

 

「おおっ!」

 

 男は小刻みに揺れながら、下の方に視線をやって何事かを言っている。

 

「くーっ。ガラスに手を付かせて立ちバックかよ。おっさんはいいんだって。早く女の方を見せろ!」

「ぴぽぴー……」

 

 正直それなりに短いスカートのセーラー服で過ごすのを好むミサキと、なぜか自室に帰らなくなったシズクとセイちゃんとの共同生活というのは酷くフラストレーションが溜まる。

 話をしていれば楽しいし夜になれば酒に付き合ってもらえるのはありがたいが、3人が3人共あまりに無防備なので俺は暴発を抑えるのに精一杯なのだ。

 

「来るか? 顔を上げるか? ああも、早くしろっての。……キターっ!」

 

 ついに、ついに見えた。

 スコープの真ん中に、ガラスに手を付きながら表情を歪める、髭面のおっさんが。

 見え……

 

「お、男同士!?」

「ぴいっぴー」

「ふざけんなーっ!」

 

 武器を収納して、スロットルレバーを握り込む。

 速度を出し過ぎなのか挙動が不安定になって水しぶきが俺の顔を叩くが、今はそれくらいでちょうどいい。

 

「俺のこの怒りは、水なんかじゃ冷えねえんだよっ!」

「ぴいっ、ぴいーっ」

 

 後方から、EDーEの電子音。

 それがどこか慌てたような音色であるのは、俺がスピードを出し過ぎて着いて来られないからか。

 

「少しだけ飛ばしてえ気分なんだよ、許せ。さっきからなんか、耳障りな音もするし」

 

 ボートのエンジン音は爆音と表現してもいいほど大きいのに、ノイズのような音がさっきから聞こえている。

 

「ピップボーイの操作をミスって、ラジオの電源でも入れちまったか?」

 

 ボートのスロットルレバーは右手で握って操作する。

 なので左腕を上げてチラッとピップボーイの画面を見ると、なぜかHPが減っているのに気がついた。

 

「は?」

 

 激しく揺れている画面を凝視する。

 減っているのは、レベルが4に上がっても113しかない、笑えるほどチンケなHP。

 

「まさかっ!?」

 

 顔を上げ、ピップボーイの画面から視線を外す。

 晴れ渡った5月の空。

 美しい湖の景色と水しぶき。

 右から赤くなってゆく、113しかないHPバー。

 

「RADかよっ!」

 

 RAD。それは、放射能の事だ。

 フォールアウトシリーズは核戦争後の世界で主人公が生き抜く物語なので、汚染区域ではそこにいるだけで放射能に体を蝕まれた。

 ここは日本で、街並みは爆撃か砲撃を受けた形跡はあるが、建物すべてが吹っ飛んでいたりはしない。

 雨に濡れてもガイガーカウンターはこんな風に耳障りな音を出さなかったし、メシを食っても、それなりに満足できるくらい清潔な公衆浴場で湯に身を浸してもピップボーイのガイガーカウンターに反応はなかったのだ。

 だから……

 

「くそっ、完全に油断してたっ!」

 

 HPが減る。

 それも、113が112、111と減ってゆくのではない。

 113というHPの最大値が、RADのせいで減ってゆくのだ。

 赤くなりながらそれを知らせる表示。

 つまり俺がいる美しい湖面はすべて、ゆっくりとだが俺を死に至らしめる猛毒。

 こんな小舟で、毒の上にひとり。

 背筋を這い上がる戦慄で、俺はパニックを起こしかけた。

 

「落ち着け、落ち着くんだよっ。なにより早く陸に……」

 

 周囲を見回す。

 まず転覆を心配した方が良いほどのスピードが出ているが、今はそんな事どうでもいい。

 

「陸、陸。地面だよ、地面。できりゃ水に浸からねえで上陸可能な場所。あぶねえっ!」

 

 ボートの船首は弁天島方面に向いていたはずなのに、いつの間にか東を向いていた。

 バランスを崩したのは、そのせいだ。

 ここは湖だが海に繋がっているので、川ほどではないが流れのようなものがあるらしい。

 

「くそったれっ!」

 

 流れに船首を向け、口に入った水しぶきを吐き捨てた。

 HPバーは、すでに3分の1ほど赤く染まっている。

 急げ急げと気だけが急くが、どうするのが最善の判断なのかすら俺にはわからない。

 

「ええいっ。とりあえず、陸地だっ!」

 

 右前方に陸が見える。

 桟橋などあるはずもないが、死にたくない一心で俺はボートをそちらに向けた。

 

「あそこまで、あそこまでいけば助かる。……そうだ。ボートにはブレーキがないから、早めにスロットルレバーを。それにプロペラも守らないと。こんな急いでんのにエンジン、切るしかねえのかよ」

 

 スロットルレバーを放す。

 慣性で陸に向かいながらセイちゃんに教えられたエンジンの停止方法と、蝶番のような部品を操作してエンジンがボートに取り付けられている部分を折りたたむようにする方法を必死で思い起こした。そうしないと競技用であるためやたらと繊細な水を掻いて進む部品、プロペラが地面に削られてすぐイカレてしまうらしい。

 

「エンジン停止。……よし。後はエンジンを水面から上げればいい」

 

 それらの操作を終え、近づいて来た陸地を見詰めながら少しだけ安堵する。

 まだ気を抜くなと自分に言い聞かせながら、ボートの底が砂を噛んだので仕方なく猛毒である湖面に跳び込んだ。

 

 ジジッ、ジジジッ

 

 そんな耳障りな音を聞きながら、膝まで猛毒である湖水に浸かってボートを押す。

 陸地まで、あと少し。

 

「ここまでボートの底が砂を噛めばっ!」

 

 走る。

 ボートは少しの間だけ流されなければそれでいい。

 まずはRADをどうにかしないと。

 放射能を除去する薬、RADアウェイを早く。

 コンクリート製の基礎部分だけが残る建物の跡地に駆け込み、恐怖が震えさせる指でピップボーイのインベントリ画面を開く。

 

「あった。RADアウェイ!」

 

 血液パックのようなそれを開けるのももどかしく、ビニールを噛み千切るようにして喉を鳴らした。

 使い方はこれでいいのか?

 疑問に思うと同時に、HPバーの赤い部分がゆっくりと透明になってゆく。

 

「た、助かった……」

 

 地面に体を投げ出す。

 雲ひとつない空を見上げつつ、俺は腹の底から安堵の息を吐いた。

 

「どっかで鳥が鳴いてやがる」

「ぴいーっ!」

「悪い、EDーE。RADの事なんて、すっかり忘れてたわ」

「ぴいっ、ぴいーっ!」

 

 


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