Fallout:SAR   作:ふくふくろう

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内なる声、小さな決意

 

 

 

 水しぶきなんて、どれだけ浴びたってかまわない。

 とにかくスロットルレバーを、目いっぱい握り込んだ。

 

「EDーE、飛んでたらまた遅れる。乗れっ」

「ぴーっ!」

 

 どうしてよりにもよって股間に潜り込んだのかは知らないが、そんな事を話している場合ではないので一目散に東海道方面を目指す。

 どこかに上陸してすぐ、国道一号線へと上がれる場所があっただろうか。

 俺はそればかり必死で考えながら、とにかくボートを飛ばした。

 

「くそっ。そういや警察署は、ここから見たら競艇場の裏だっ」

「ぴー」

「仕方ねえから、駅前橋の辺りでムリにでも上陸すっぞ。そっからは、全力で走れ」

「ぴいっ!」

 

 どうしても死んで欲しくない人間の元へ駆けつける時、時の流れとはこうまで遅く感じるものなのか。

 体感で1時間ほどもかけ、俺はやっと駅から競艇場へと渡るための橋のたもとで浜名湖へと跳び込んだ。

 ボートに視線もやらず収納とだけイメージして、腰まである湖水を蹴り上げて岸へと走る。

 

「AGIが足んねえってんだよおっ!」

 

 毒づいても速く走れるはずがない。

 それはわかっていても、叫ばずにはいられなかった。

 

「くそっ。くそ、クソがあっ!」

 

 バカじゃないのか。こんな時に取り乱して喚くくらいなら、もっとやりようはあるだろう。ゲームシステムとこの現実世界の矛盾を衝くのは、別に卑怯でもなんでもない。

 ゲームならロールプレイでのんびりやるのもいいが、現実なら効率を追うべきだ。

 それに資材を使い果たしてでもさっさとレベルを上げておけば、さっきの国産プロテクトロンだって生かすも殺すも、それどころか永遠に奴隷にするのだってオマエの胸三寸だったんだぞ。

 気がついているんだろう?

 これだけの資材に、3やNVの主人公より恵まれたPerksやアイテム。武器や防具だってオマエのだけは、修理の必要がないんだ。

 そして何より、限界など存在しないレベル。

 オマエは、選ばれたんだよ。

 新世界の神として。

 だから、いらない物は見捨てろ。そんなに必死で走る必要はない。この世界にも女なんていくらでもいるし、その女達にオマエの本当の力を見せれば、誰だって喜んで股を開く。ちょっと顔が良くてもいつか邪魔になるかもしれないNVの主人公なんて、ここで見捨てておけ。

 

 安アパートの自室で年中出しっ放しのコタツに入りながら、無精ひげも剃らずにゲームばかりしていた大学生の俺の声が聞こえた気がした。

 薄汚いのは見た目だけじゃなく、その心の内もか。

 我ながら反吐が出る。

 

「うるせえ、知るか。仲間のためになら、いくらだって喚いてやる。そんなに大切な人間がこの世に存在するなんて知りもしないオマエは黙ってろ! 薄汚ねえカッコで部屋に閉じこもって、ゲームしながら死ぬまでオナってりゃいいじゃねえか。得意だもんなあっ、本当ならこうするべきだ、皆がそれをするだけで世界は平和になる、戦争も貧困もそれでなくせる、どうしてそれがバカ共にはわからないんだ、そんな事を心で思いながら何もせずグウタラ生きてくのがよっ! 思うなら、やってみやがれ。やり遂げて見せやがれ。自分がやりもしねえで他人を見て文句を言う大人なんてのはな、そこらのガキ以下なんだよっ!」

 

 堤防のような段差をよじ登り、破れたフェンスと線路を越え、焼け落ちた民家の庭を突っ切ってやっとたどり着いた東海道。国道一号線を、西へ。

 叫びながら、全力で走る。

 大きなドラッグストアの看板の一番下に『101 WEST』とスプレー缶で殴り書きされているのを見つけたが、今はそんなものはどうでもよかった。

 

「見えたぞっ!」

 

 3階建ての、いかにも田舎らしい小ぢんまりとした警察署。

 その駐車場で黒煙を上げる核分裂バッテリー車。

 道路の真ん中にラストスタンド。それの周囲で車座になって談笑する、ミサキと特殊部隊の面々?

 

「……あれっ?」

「ぴぃ?」

 

 きれいな水のボトルを持ったミサキが、頭を掻きながら苦笑する。

 隣に座るシズクは日本刀を背負い、コンバットショットガンを抱くようにしながら微笑んでいた。

 セイちゃんはセイちゃんで、麩菓子を頬張りながら幸せそうに目を細めている。

 

「ああっ、見てくださいっす。アキラとえっちゃんっすよ!」

「ホントだー。どしたの?」

「どしたのって……」

「そんなに息を切らして。だが、もうアキラとEDーEの出番はないぞ。あたし達はミサキの活躍もあって、午前中で警察署の探索を終えてしまったからな」

「じゃ、じゃあ、あの爆発音は……」

「あれ? ラストスタンド撃ちまくってたら、間違って車の残骸を。てへっ」

「なんじゃそら……」

 

 ふざけんなと怒鳴りつけたいが、勝手に心配して駆けつけたのでそうも出来ない。崩れ落ちるようにアスファルトに座り込んでタバコを出すと、シズクが水のボトルを放ってくれた。

 

「あー。まあ報告がいくつかあるから、無駄足でもねえか。怪我人もいねえようだし、安心したよ」

「こっちもだよー。見て、そこに積み上げた戦前の品。凄い稼ぎでしょー。あたしの取り分、半分アキラの貯金に入れとくからねっ」

「よくもまあ、これだけの物を人力で運び出したなあ。お、無線機があるじゃんか」

 

 何事もなかった風を装って笑顔まで浮かべてはいるが、俺はさっき聞こえた大学生の俺の声が頭にこびりついて離れなかった。

 俺が神とは、笑わせやがる。

 いらない物は捨てろ?

 東海道にありったけの銅で像を建てて、レベルを上げられるだけ上げたらPerks吟味して、パワーアーマー着て小舟の里の若い女以外を皆殺しか? その日から残った女を侍らせて、神様気分で酒池肉林?

 ゲームとオナニーしか知らねえクズの考えそうな事だ。

 

「無線、帰ったらセイが直す」

「近場だけでも使えるなら助かるよ。そんで、まず最初の報告な。ラジオを誰かが放送してる。クラッシックだけだが、いい娯楽になるぞ」

「へえ。それは嬉しいねえ」

「だろ」

 

 それからRADの説明をしたのだが、それは俺とミサキ以外のメンバーからすれば常識であったらしい。

 小舟の里の周囲は101のアイツの浄水器のおかげで放射能に悩まされないが、浜松などでは水は煮沸してRADを抜いてから使って、それでも体が怠くなったら医者に行くのが普通だそうだ。

 地図を出してしばらくは自然公園の辺りには足を踏み入れないようにと言ったのも、すんなりと納得してもらえた。

 

「そんで地図にある、これな。ズズキマリーナ浜名湖。ここで、クルーザー。プレジャーボートって言ったかな。それを売ってた」

「ええっ。ひ、人がいたのっ?」

「うんにゃ。店員? は、国産のプロテクトロンだ」

「見たいっ!」

「うおっ」

 

 飛びかかるようにして俺に抱き着いたセイちゃんが、胸ぐらを掴んで体を揺すりながら目を輝かせている。

 

「プロテクトロンも、プレジャーボートもっ!」

「あ、ああ。ボートの整備室には2人乗りのもあったんでいいが。もしかして、プロテクトロン好きなのか?」

「うん。師匠が、ロボットはトモダチでもあるって」

 

 バカ野郎が。

 そんな事を教えられたセイちゃんに、レベルを上げてそのプロテクトロンをウソやヘリクツで丸め込もうとか、ましてやロボットに特効のレジェンダリー武器でぶっ壊して経験値とジャンクとプレジャーボートまでいただいちまおうとは言えねえじゃねえか……

 

「ねえ。それより売ってたって、いくらでよ? とりあえずの貯金目標は、その金額にするわ」

「500万」

「は?」

「500マンエン」

「……そこに積み上げた戦前の品に地図もあったから、銀行の場所をまず確認しましょうか。ええ、それしかないわ」

「だよなあ。それとちょっと手前のドラッグストアの看板に、101のアイツの落書きがあったぞ。俺はまだ西に向かってるぜって」

「落書きなら、駅にもある」

「そうなのか、セイちゃん?」

「ん。101 STAYって。それ見て訪ねて来た人にって、いくつか手紙も預かってる。普通は読めないから安心」

「英語が暗号代わり? なら相手は、俺達の同類って可能性もあるか」

「アキラが未経験だって言ってた、フォールアウト1と2の主人公とか?」

「他ゲーが混じってクロスオーバーなんてのも、ないとは言い切れねえがな。さて、俺はこのまま帰って基地でクラフト作業をすっけど、ミサキ達はどうすんだ?」

 

 ミサキがシズクと顔を見合わせ、不敵に笑う。

 隣のジンさんは苦笑しながらそれを見ているが、止めるつもりはないようだ。

 

「とーぜん、悪党共をぶっ殺しに行くのよ。ねっ、シズク?」

「ああ。まあ、心配するな。斥候の訓練として、しつこいくらいにコンテナ小屋とその周囲を調べさせる」

「ジンさんが監督してくれてるから無茶はしねえだろうが、出来る限り用心してくれな。そこの警察署からアホほど持ち出した物資は、俺がピップボーイのインベントリに入れて基地に持ち帰っとく。これじゃパワーアーマーのハンガーを広めにして、ジャンクの保管場所やセイちゃんの作業場も作らねえとなあ」

「それじゃ、お弁当を食べたら行きましょっか」

「だな。腕が鳴るぞ」

「俺は帰って1人でメシかな。EDーE、ここまでありがと。午後は、ミサキ達を助けてやってくれ。ドッグミートも」

「1人で大丈夫なの?」

「駅はすぐそこじゃねえか。ドラッグストアや近場のショッピングセンターを漁りてえが、そんなのは後だ。目的の船は見つけたから、しばらくは大工仕事だよ」

「夕方には戻るから女遊びなんかするんじゃないぞ、旦那様?」

「5円じゃおっぱいも揉めねえっての。気をつけてな」

 

 無線機や武器保管箱、警察官用個人背嚢などというアイテム名が見えるミサキ達の探索の成果を残らずピップボーイのインベントリに入れ、国道一号線を1人で歩く。

 駅の前にはバリケードと門があるのでそこには防衛部隊の連中が何人かいたが、もう顔を覚えたのか「思ったより早かったな、怪我もなさそうでなにより」なんて言いながらすんなり俺を通してくれた。

 派手な服装を好むらしくまるでヤンキーのようだが、悪い連中ではないらしい。

 

「山師、ちょっといいか?」

「ああ」

 

 声をかけてきたのは、防衛部隊では珍しい30を超えていそうな年頃の男だった。

 武器は腰に山刀のような物をぶち込んでいるだけだが、警察署の探索で拳銃なども手に入れたようだから近いうちにそれを装備する事になるのかもしれない。

 ロータリーのアスファルトの上に置かれた、オンボロのパラソルの付いたテーブルに導かれて腰を下ろす。

 

「忙しいだろうに、悪いな」

「いいさ。タバコでもやりながら話を聞こう」

「ありがとう。聞きたいのは、アンタの渡した武器で悪さをする人間が出たらどうするのかって事なんだ」

「決まってんじゃねえか。返せと言ってそうしなきゃ、殺すだけさ」

「こ、殺すのか?」

「当然だろ。俺の故郷じゃ、武器を持つなら殺される覚悟をしろってよく言ったもんだ」

 

 そんなセリフを言うのがアニメの主人公だろうがマンガの登場人物だろうが、ウソではないのでそう言っておく。

 

「そ、そうなのか……」

「外じゃそれが常識だぜ。アンタ達ももしかしたら近いうちに装備が良くなるかもしんねえが、それで誰かを脅したり金を巻き上げたりしたら、俺とジンさんで……」

「か、考えたくもねえな。剣鬼と凄腕の山師に、命を狙われるなんて」

 

 剣鬼とは。

 中二心をくすぐるなあ。

 しばらく雑談を続けてわかったのだがこの男はジンさんの直属の部下で、銃を持った若い連中が大正義団のようになってしまうのを心配していたらしい。

 最後には妙な事を聞いて悪かったと謝られたが、逆にそんな心配をしてくれる人間がいて安心だと言って別れた。

 駅から橋を渡り、競艇場の正門に背を向けて基地へ。

 水面を眺めながら、パワーアーマーのハンガーをどう建てるべきかをまず考える。

 

「いつかこの水面には、あのプレジャーボートが浮くだろ。なら、その上に来るようにハンガーを作っときゃいいか。消防署のポールみてえなアレ付けて」

 

 水面からの高さには余裕を持って足場を出し、その上に床や壁を出して組んでいく。

 待機所や宿舎のある駐車場はマリーナのプールが川ならその中州のようになっているので、左右どちらの水面の上にも建物を作って空中回廊で繋げる事にした。

 あまり高層建築にすると宿舎の日当たりが悪くなって洗濯物も干せそうにないが、もしそうなったら宿舎と新しい建物も回廊で繋いで、屋上に物干し場でも作ればいい。

 

「やっべ。容量限界のねえ拠点づくりなんて、まるで夢みてえじゃんか。あんま威圧感を出さねえようにコンクリートの土台は使わねえけど、雰囲気を出してえから外壁は鉄製でっと」

 

 謀反を疑われてはいけないと言ったのは俺なのに、数日後になって完成した基地はまるで九龍城のような外観の、日本のメガトンとでも呼べるような場所になってしまっていた。

 しかも毎日せこせこ作業をする俺が基地を便宜上メガトンと言っていたので、その呼び名はいつしか定着してしまったらしい。

 

「呆れた。ここまでする、普通?」

「ゲームじゃある程度、決められた形にしか作れなかったからなあ。はっちゃけちまったんだ。まあいんじゃね、狭いし」

 

 あまりに楽しかったからというのもたしかにあるが、俺が数日をもクラフトのみに費やしたのは、その作業をしながら自分なりにこんな世界で生きていくためのルールを決める時間が欲しかったからなのかもしれない。

 

 この世界にも人間は生きていて、俺のような誰が与えたかもわからない能力などなくとも日々を懸命に生きている。それは小舟の里の住民達を見ていると、心に染みてゆくように理解できた。

 武器やレベルシステム、VATSという反則技まで持っているからと、それらを利用して俺がその懸命に生きている人々から何かを奪っていいはずはない。

 悪人ロールプレイは好きではなかったのでそんなマネはもちろんしないが、だからといって現実になった世界で善人プレイをするように聖人ぶって生きるなんてゴメンだ。

 だが誰かが理不尽に何かを奪われようとしているのを目にした時、善人や聖人でなくともそんな時だけは戦うべきではないのだろうか。

 ミサキ達に何かあったと勘違いしてその元へと向かっていた時に聞いた、ほんの少し過去の自分の声。その声を思い出すたびに、俺はそんな思いを強くしていった。

 

 前日の夜まで作業していたので、完成した基地を陽の光の下で拝むのは俺もミサキもこれが初めてだ。

 すっかり早起きが癖になった俺達が見下ろすのは、狭い敷地であるがゆえに平屋の建物などほとんどなく、2階建て以上の建物や外壁の足場を空中回廊で繋いだメガトン基地。

 とは言っても住人が落下などしないように気は使ったし、兵舎と待機所から門、兵舎と待機所からパワ-アーマーハンガーとそこからプレジャーボートへの通路は、特に気を使って迅速な出動を可能にしたつもりだ。

 後は実際に使ってみて、良くない所をその都度に直してゆけばいい。

 

「いつの間にか、あたし達の部屋まで出来てたしねえ……」

「便器を設置しただけで配管までされてたんだから、そうもなるさ。風呂にも便所にも手漕ぎ式のウォーターポンプを置いたから、水の問題もねえし」

「下水はどこに行ってんのよ?」

「戦前からあった下水道。どうも湖に流すんじゃなくてどっかにある下水処理施設に繋がってるみてえだから、俺達が使ったくれえじゃ溢れたりしねえだろ。それより、俺も今日からレベリングに出るぞ」

「そうなんだ。あたしや特殊部隊と一緒に?」

「うんにゃ。ミサキ達は北西橋から出て探索しながらレベリングだろ」

「だね」

「だから俺は、浜松方面にな」

「大丈夫なの? 新制帝国軍とか」

「いざとなりゃ海か湖に跳び込んで、ボートを出して逃げるさ」

 

 


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