気がかりなのは俺の方だけ里の防衛準備クエストが完了になっていないという事だが、あまり要塞化してもたまに来る新制帝国軍や大正義団を必要以上に刺激してしまうだろうから、里の防備を固めるのはとりあえずこの辺で止めておくと言うと、ミサキは「もう遅いんじゃないかなあ」と微笑んだ。
「アキラ、ちょっといいか?」
そう声をかけられたので振り向くと、メガトンでの自室に入って来たのは俺達より早起きしてミーティングをしていたシズクとセイちゃんだった。
シズクはいつものレッドレザー・トレンチコートにぴちぴちのTシャツとダメージジーンズで、日本刀を背負って肩から紐でレジェンダリーコンバットショットガンを下げている。
セイちゃんもオーバーオールに白衣だが、なぜか俺が念のためにと渡したアーマーもフル装備で、自作した腰の後ろのホルスターにある101のアイツから譲り受けたダーツガンを隠そうともしていない。
「ほら、セイ」
「ん。アキラ、お願いがある」
「なんだい?」
「今日から外に出るなら、セイを連れてって」
「……本気かよ」
いつもミサキとシズク、特殊部隊の連中と街の外へ出ているのでレベリングや探索にも慣れてはいるのだろうが、見た目が下手をすれば小中学生と間違われそうな女の子を連れて廃墟の街を歩き回れと。
「ん。ミサキもシズク姉ちゃんも、防衛隊の指揮官なのにずっと着いて来てるじーちゃんも、探すのは敵ばかりで役に立ちそうな物を狙って動かない」
「……あー。今やすっかり、小舟の里の脳筋3人衆って感じだからなあ」
「悪党のコンテナ小屋の手前にあった列車すら、もう敵がいないからって調べに行かない」
「なるほど。話はわかった。一緒に来たって事は、シズクは賛成なのか?」
「ああ。セイの望む戦前の品探しも必要だとわかってはいるが、今はこれの弾の備蓄を少しでも増やすのが特殊部隊と防衛隊にとって重要なんでな」
そう言いながらシズクがポンポンと叩いたのは左脇のホルスターに納まっている、戦前の日本の銃器メーカー、ホクブ社製の自動拳銃だ。
警察署の探索で手に入れた銃で、同じ弾を使うリボルバーやサブマシンガンは、俺が渡した銃を使うまでもない低レベルのグールなどと戦う時に使っているらしい。
それは防衛隊にも配備しているので、弾の備蓄はたしかに増やしておきたいだろう。
フェラル・グールになってしまった警察官や軍人は弾薬を持っていたりするし、戦前の最後のその時かその後の混乱期に配備された警察官や軍人がいた場所には、フォールアウト世界のように弾薬箱もあったりするそうなのでそれが目当てなのだろう。
どうでもいいが、ちょっとホルスターを叩いただけなのに乳揺れが凄いな。
「俺の目的は、当てもなく歩き回ってのレベル上げだからいいけど」
「ん。ただでとは言わない」
「……エロ系の報酬ならいらないよ?」
101のアイツは弟子に何を教えていたのかセイちゃんは毎日、「小学生にしか見えないセイを後ろからアレしたくないとか、アキラはロリコンの風上にも置けない」だの「ちゃんと恥ずかしいからあまり見ないで……って言うから、裸でテーブルに上がって好きな事をしてあげようか?」だのと下世話すぎる言葉で俺の忍耐力を試すので困る。
うれしいけどそんなプレイをしたら、まるで俺が変態みたいじゃないか。
「う、うれしいんだ……」
「さすがだよなあ。あたし達もそろそろ覚悟を決めよう、ミサキ」
「ツンデレも巨乳も素晴らしい属性だが、単体では決してロリには勝てないって師匠が言ってた」
「……また俺は声に出してたのか。そして人を勝手にロリコン野郎にしないの、セイちゃん」
「報酬は、ボート以外の移動手段」
「へえ。修理可能な車なんかがあれば、それをまず俺にくれるって事?」
「ん。この数日の感じなら、まだまだ核分裂バッテリーの備蓄は増える。ミサキの取り分だけでも、その日常的な運用は可能。里にはまだまだ備蓄したいけど」
「でもそれ、俺のためってよりミサキと特殊部隊のための乗り物だよなあ」
警察署の探索で無線機を使えるようになったせいで、俺は基地の改造をしていてもミサキ達が戻る時間になるとボートで近くまで来いと呼び出されるのが日課のようになっていた。
俺の容量無限のピップボーイのインベントリを利用する気マンマンのミサキ達が、どこへ行ってもまだ使える物もそうでない物もかたっぱしから道端に積み上げ、また血に飢えた狂戦士のようにクリーチャーを探しに行くからだ。
まあ俺のような見た目から何から地味でSPECIALもLuck特化、特殊能力も有用ではあるが戦闘向きではないインベントリ容量無限なんて男には、ゲームの主人公のようなワンマンアーミーなんて称号より、ワンマンロジティクスなんてのが似合っているとは思うが。
「仕方ないでしょ。クルーザーを買う500万を貯めるまで、そうやって稼ぎまくるしかないんだから。それさえ手に入れちゃえばメガトン特殊部隊は自力で戦前の品を持ち帰れるから、それまでのガマンよ」
「わかっちゃいるけどさあ」
「気になってたんだが、そのクルーザーとやらの運用にメガトン特殊部隊が慣れたら、あたし達はどうするんだ?」
「賢者を追って助太刀するのがいいんじゃない? その頃にはレベルも上がってるだろうし」
「もう俺の3倍、レベル15だもんなあ。ミサキは。最初は経験値がバグってんじゃねえかって焦ったが、低レベルであれだけのクリーチャーを倒してりゃそうもなるか」
「へへーん。もうグチャグチャ死体にも慣れたからね。ラストスタンドも使いこなせてるし」
「さいでっか。そんじゃ地図で悪党のコンテナ小屋の先の施設を探してから出かけますか、セイちゃん」
「ん。ありがと」
「無線の範囲外にまでは行かないでよ、アキラ。前にも言ったけど浜松と豊橋の偵察クエストは、レベル20になるまで許さないんだからね?」
「へーい。そんじゃ、そっちも気をつけてな」
「任せて。湖岸の近くの高校のフェラル・グール、今日で全滅させてやるんだから。うふふっ」
とびきり美しくはあるが、なんとも凶悪な笑顔。
物騒なお嬢様もいたものだ。
セイちゃんと2人で部屋を出て、歩くとカンカンとなる通路の靴音や、そこらじゅうでドコドコ鳴っているジェネレータの作動音を聞きながら、壁に国鉄東海道線の新所原駅から高塚駅辺りまでの詳細地図が貼ってある待機所に向かう。
「おはようございます。アキラさん、セイちゃん」
「ああ、おはようさん。ジュンちゃん」
「ジュン、おは」
ジュンちゃんは最近メガトン特殊部隊の見習いになった女の子で、セイちゃんより3つほど年下であるらしい。他にも見習いは入ったのだが、姿が見えないのでもう夜勤の特殊部隊の隊員と見張りを交代したのだろう。
見習いは全員が小舟の里の成人年齢である15になっていないので武器は持たせていないし、シズクとタイチは仕事も朝から夕方までの限られた時間、危険の少ない無線オペレーターと見張りしかさせていない。
「さあて。悪党のコンテナ小屋は、ここか。近くに漁ったら美味しそうな施設は、っと」
「むっ、はっ。ほっ!」
「セイちゃん、この椅子を踏み台にしていいよ」
「あり」
背が小さくて地図が見えなかったのか。
「んー。釣具屋さんとかばっかだなあ」
「アキラ、舞阪は行ける?」
「いきなりはムリ。目指すにしても、線路か国道一号線を危険なロケーションがないか見ながら、慎重に慎重に進むからね」
「むう。なら逆に、海を目指すのは?」
「歩きだと、俺がミサキと出会った方向だなあ。目的は工場?」
「ん」
「フェラル・グールの群れがいたからなあ」
「アキラはおるかっ!」
ドアを蹴破る勢いで駆け込んで来たのは、今日も髪形をオールバックでバッチリ決めてタキシードを着込んだジンさんだった。
「はあ。見ての通りいますけど」
「駅に、バリケードの門に来てくれ。すぐにじゃっ!」
「……わかりました」
返事を聞いてまた走り去るジンさんの慌てようからしてかなりの面倒事らしいが、シカトなんてしたらもっと状況が悪化してから首を突っ込まなければいけなくなる可能性もある。
素直に駅に向かうかと歩を進めると、セイちゃんも俺と一緒に待機所のドアを潜った。
「セイちゃんも行くの?」
「ん。アキラがイクなら、セイもイク」
「まあ、出かけられるかもわかんねえけど。そんじゃ、2人と1匹でまず駅に行きますか」
基地を出て地下道まで行くと、防衛隊の若い連中がどうにも浮足立っていて見ていて不安になるほどだ。
だがその直後、そうなってしまうのもムリはないかと、俺は新居町駅の線路を跨ぐ駅の通路で大きなため息を吐いた。
「ウソ、あれ……」
背伸びをして窓から駅前を覗いたセイちゃんが呟く。
ウソだろと言いたいのは、俺も一緒だ。
「エンクレイヴ・パワーアーマー。腕組みをしたジンさんに食って掛かってるからか、どう見ても悪役だよな」
それだけではない。
割れたのか、それとも補強のためにか、フロントガラスやドアのガラスがあるはずの場所に鉄板を張り付けたトラック。
日本で言うなら2トン車くらいの大きさだが、こちらに来て動く車なんて初めて見た。
「ジンさんが日本刀を抜いてないから敵じゃなさそうだけど、俺が逃げろって叫んだらすぐ駅に駆け込むんだよ? それが出来ないなら、セイちゃんはここで留守番」
「約束する。だから、早く行く。あの型のトラック、初めて見た」
「やれやれ。やっとレベリングが出来ると思ったら、これかよ……」
無表情ながらどこかウキウキした様子のセイちゃんと駅を出て、防衛隊にバリケードの門を開けてもらう。
「来たぞ。あれがアキラじゃ」
「ピップボーイ。まさか、本当に……」
「よう、エンクレイヴ。太平洋を渡ったんじゃなかったら、101のアイツの関係者だよな?」
「名前は見えてるだろうが、商売をする時はウルフギャングと名乗ってる。アンタがこの爺さんの言う、101のアイツの再来か。頼む、助けてくれ。手を貸して欲しいんだっ!」
「また懐かしい名前を。役に立てるかはわかんねえが、話なら聞こう」
男が拳を握り締め、パワーアーマーがギリッと鳴った。
助けろと言うからには、胸クソの悪い話を聞かされる事になるのかもしれない。
「俺と女房は、101のアイツに命を救われた。横浜での話だ」
それがトラックで国道一号線を西へ。
もしかすると、まんま大正義団のような連中か。
ジンさんは苦虫を噛み潰したような表情で葉巻を咥え、マッチを擦った。それにつられて俺もタバコに火を点ける。
隣にいるセイちゃんの表情は見えないが、やはり兄を思い出しているのだろうか。
「続けなよ」
「天竜川って駅を知ってるか?」
「知らん」
「浜松の向こうにある、本当に小さな駅だ。101のアイツのサインを辿ってイッコクを走っていた俺達は、その駅の手前の踏切でとある親子連れに出会った」
イッコクとは国道一号線の事だろうか。
田舎者の俺には馴染みのない言い方だが、話の腰を折って時間をムダにしたくないので黙って頷いておく。