Fallout:SAR   作:ふくふくろう

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出会い

 

 

 

「いい天気だなあ、ドッグミート。こうも晴れてっと、なんとなく気分もいい」

「わんっ」

「……まあ、昨日のこれがなきゃだけどよ」

 

 春の陽射しに照らされているのは、昨日俺がVATSで射殺したグールの骸だ。

 それと店先にある2人分の遺骨をなるべく見ないようにしながら、俺は木下商店のタンスにあった細紐で肩にかけられるようにしたショートライトコンバットライフルの装填と安全装置をしっかりと確認した。

 

「ったく。ゲームが現実になると、銃の重さがこんなにも影響するとは。信じらんねえよなあ。オーバーシアーなんかこれの4倍近くも重くて、Strengthが3しかない俺じゃマトモに扱えやしないんだぜ?」

 

 レジェンダリー武器は、それこそ売るほど大量に持っている。

 

 だが木下商店の茶の間で朝メシのヌードルカップを啜りながら試してみたところ、どうやら武器や防具に設定された重さがレベル1でしかない俺の体にかなりの負担をかけているようなのだ。

 

 昨日そこで死んでいるグールに苦戦したのも、きっとそのせいだろう。

 防具をいくつも装備しすぎて体が重かったから苦戦したのであって、別に俺がヘタレだからとか、運動神経が悪いから手こずったわけではない。きっとそうだ。

 

「武器も防具も、違和感を感じずに動けるのはStrengthの2倍まで。だから防具はアーマード軍用戦闘服に、ちょっと重いけど受難者の右腕だけ。武器なんて使えるレジェンダリーはデリバラーだけだ。嫌になるってんだよなあ」

「わうー」

「ははっ。僕に言われてもねえ、って感じか。そりゃそうだ。行こうぜ。目指すは、どこにあるかもわかんねえ駅だ」

「わんっ」

 

 木下商店で地図を見つけられなかったので、勘を頼りに歩き出す。

 

 常に俺の視線や歩みを確認しながらドッグミートが先に立ってくれるので、非常に心強い。

 崩れた建物の間、荒れ果てた道を少し歩くと川に突き当たったので、タバコに火を点けながら左右どちらに向かうべきか考えた。

 

「わんっ!」

「ん、どした? 今どっちに行くか決めるから、ちょっと待ちなって」

「わんわんっ!」

 

 ドッグミートの様子がおかしい。

 俺の顔と川に向かって左の道を交互に見ながら、前足で地面を掻くようにしてまた吠える。

 

「おいおい、どうしたってんだよ?」

 

 パンッ

 パシュッ、パシュッ

 

 道の先から聞こえたのは、頼りない銃声。

 間違いない。

 しかも片方はエネルギー系の武器だ。

 

「マジか。誰かが、何かと戦ってる?」

「わんっ!」

「まさか、助太刀に行こうってんじゃないだろうな?」

「わんっ!」

 

 ドッグミートが駆け出す。

 

 こんな世界で敵か味方かもわからない人間のために戦闘に介入するなど、とても正気の沙汰とは思えない。俺は別にこの世界で、聖人ロールプレイをするつもりなどないのだ。

 どちらかといえばウェイストランドの住民らしく慎重に小狡く立ち回って、他人がどうなろうと自分が生き残れればそれでいい。

 それなのに。

 

「……くそ、バカ犬がっ。終わったらどんなに嫌がっても体中を撫でくり回して、俺が飽きるまで肉球をぷにぷにしてやるっ!」

 

 ドッグミートはもう、道の先の交差点を左に曲がっている。

 

 日本語に訳すなら敏捷性となるステータス、Agilityも3しかない俺は、必死でその後ろ姿を追った。

 

 やけに流線型のパーツが多い未来的な車の残骸のボンネットを蹴り、ジャンプしながら交差点の向こうを見て我が目を疑う。

 

「ED-E!?」

 

 フォールアウト4ではなく、その前作のフォールアウトNVに登場した空を飛ぶボールのようなコンパニオン。

 

 そのED-Eが、セーラー服の少女を庇うように宙に浮いて内蔵された電気光線銃を撃ちまくっている。

 

 敵は、やはりフェラル・グール。

 

 だが数が多い。

 倒れているのを入れなくても、5匹。意外と近い場所で戦闘が始まっていたようだ。

 もう先頭のフェラルの喉元にドッグミートが果敢に跳びつき、地に倒して揉み合っているのが見えた。

 そのせいでED-Eでもセーラー服の少女もなく、無防備な背中を晒すドッグミートに1匹が向かう。

 

「させるかよっ!」

 

 拳を振り上げたフェラル・グール。

 

 相棒の背中を守るのは俺の役目だという事を証明するため、駆け寄って銃床でぶん殴った。

 

「ぐぎゃっ」

 

 タアンッ

 

 すかさずもう1匹を撃ち殺す。

 ぶん殴ったグールは倒し切れていないようだが、これで立っているのは残り2匹。

 その1匹を、ED-Eが撃ち倒す。

 

「やるじゃんか、ED-E。さすがモハビでの相棒だっ」

「きゃあーっ!」

 

 道の真ん中で腰を抜かしている少女に、残ったフェラル・グールが襲いかかっている。

 

 俺もED-Eも、位置が悪くて銃は使えない。そうすれば、少女は怪我をするか最悪の場合は即死。

 

「ピップボーイがあって9mmを持ってんだ。VATSを使え、お嬢ちゃんっ!」

「え。な、なにっ?」

「あぶねえっ」

「ビーッ!」

 

 間に合わないのを悟ったのか、まるで悲鳴のようなED-Eのブザーが響く。

 

 そう喚くなよ、元相棒。オマエの今の相棒は、どうにか助けてやる。

 まあ、怪我で済めば御の字か。

 

 思いながら、少女とフェラル・グールの間に跳び込んだ。

 

「ぐあっ!」

 

 モロにフェラル・グールの拳を食らい、HPバーが3分の1ほど消し飛んだ。

 それでも、無様にぶっ飛ばされる訳にはいかない。

 

 お漏らしをしながら濡れた白いパンツを隠そうともしない美少女JKには、そのカラダで命を救った借りを返してもらわなくては殴られ損だ。

 せいぜいカッコつけておかないと。

 

「知ってっか、ミイラ野郎。主人公のゼロ距離射撃ってのは、どんな敵のどってっぱらも撃ち抜くんだぜ?」

 

 タアンッ

 

 軽さ重視の武器なので少しばかり気の抜けた銃声だが、フェラル・グールはちゃんと倒れてくれた。

 同時に、ゲームで聞き慣れたレベルアップの音。

 

「ふうっ、やっとレベル2か。お、残りは倒してくれたんだな。ありがとよ。ドッグミート、ED-E」

「わんっ」

「ぴいっ」

「ははっ。ゲームと違って、かわいらしい声じゃねえか。ED-E」

 

 生き物を殺した嫌悪感のような物はあまり感じない。

 それでも銃で敵をぶん殴り、そのどってっぱらを撃ち抜いて殺した、高揚感のようなものが俺が俺でなくなってしまったようで気色悪いので、それを誤魔化すように胸ポケットからタバコを出してライターで火を点けた。

 

 煙を吐きながら、咥えタバコで少女に手を差し伸べる。

 

「な、な、な……」

「早く手を取って立ち上がれ。マーカーはねえけど、銃声を聞きつけて他のフェラル・グールが来る可能性はあるんだ。ションベン漏らしながら食い殺されてえなら、俺はそれでもいいけどよ」

「う、あ……」

 

 股間を手で隠しながら、少女が顔を真っ赤に染めた。

 

 イマドキ珍しい、真っ黒なロングヘアーの美少女。

 動画投稿サイトなんかでパンツを見せながら踊っているようなアイドルモドキより、よほど整った顔立ちをしている。

 

「ほら」

「あ、ありがと。ねえ、今のバケモノってなんなの? それにアンタ、慣れた手つきで銃なんて使って。人の事は言えないけど、完全に犯罪者じゃない」

「……こりゃ驚いた。美少女の運び屋はシロウトさんかよ。ED-Eを連れてっから、モハビ経験者かと思ったんだがなあ」

「な、なにを」

「いいから立て。俺達が昨日泊まった、状態のいい廃墟が近くにある。そこで洗濯をして、ゆっくりと説明してやるよ。この、ウェイストランドの事をな」

 

 不承不承といった感じで少女が俺の手を取ったので引き起こし、コンバットライフルのマガジンを新しい物に交換してからタバコを捨てて踏み消した。

 

「ED-E。オマエさんの相棒は、まだ少しばかり頼りない。赤マーカーを検知したら、ブザーで俺に教えてくれるか?」

「ぴいっ」

「いい子だ。行こうぜ、ドッグミート。駅探しは、また明日になりそうだ」

「わんっ」

 

 歩きながら、回復アイテムでもあるきれいな水を飲んでゆっくりとHPを回復する。

 少女にも手渡そうとしたのだが、青白い顔で首を横に振られた。

 

 状況を理解していないなら俺は突然現れた銃刀法違反の犯罪者で、しかも見るからに銃を使い慣れているのだから怯えるのはわかる。

 しかも少女はフェラル・グールが何か、なぜ自分がここにいるのかもわかっていないので、俺に着いて来て説明を聞くという選択肢しかないのだ。

 

 心細いのは当たり前だし、マトモに撃てもしない9mmピストルをずっと握ったままなのも仕方ないだろう。

 

「ここだ」

「お店の前にあのバケモノの死体。これ、やっぱりアンタが?」

「まあな。こっちだ。まずは風呂場に案内するから、下着やスカートを洗うといい。着替えはあるか?」

「ある訳ないじゃない。パジャマを着て部屋で寝てたはずなのに気が付いたら知らない街の交差点にいて、この拳銃だけを握ってたのよ」

「未経験者なら、ピップボーイの機能も知らねえか。後で教えてやるよ」

 

 昨日は少し覗いてみただけの風呂場に少女を連れて行き、きれいな水のボトルを30本とアーマードバスローブを出す。

 元は防御力なんてないバスローブがちょっとした改造でエネルギー実弾共に防御力110まで跳ね上がるのだから、ゲームというのは便利な物だ。

 ピップボーイのインベントリにはアーマー作業台もあったので、こちらでもそうであればありがたい。

 

 黒髪ロングの美少女に装備させるなら、セーラー服もいいが巫女服なんかも捨てがたいと思う。神社があれば、迷わず漁るか。

 

「な、なにもない所から服が……」

「説明は後だ。まず洗濯。それからそのバスローブを着て、茶の間に来い。こっちから店に向かって、廊下の右側だ」

「言っとくけどヘンな事しようとしたら、この拳銃で撃つわよ?」

「出来るとは思わねえが、好きにするといいさ。こっちに来たのはいつだ?」

「き、昨日の朝」

「まさか、それから飲まず食わずか?」

「……そうよ。バケモノに何度も追われたけど、なぜか着いて来るそのロボットが倒してくれたの。でも、食べ物や飲み物は」

「なるほどねえ。ならレベルも上がってて、もしかすると俺より上か。メシを用意しとくから、洗濯は後にして体を水で流して着替えだけしろ。説明に時間がかかるだろうから、今日はここに泊まる」

「ちょ、ちょっと」

 

 俺と君は、ゲームの世界に来たんだ。

 

 そう言ったら少女は、どんな表情をするだろうか。

 俺を狂人と思うだろうし、自分もそうなってしまったと考えるかもしれない。もしかすると現実を受け入れられずに暴れたり、クリーチャーに発見されるのも構わず警察署に駆け込もうとかするかもしれない。

 

 だがそれでも、俺は少女をこのまま見捨てられはしないだろう。

 

 フォールアウトをロールプレイしていた俺のメインキャラクターは、チンピラ口調で話す腕の良いスカベンジャーだった。その男は口が悪いし生き残るためになら平気で人を殺したりもするが、女子供にはいつも優しいのだ。

 

 アタマがおかしくなりそうだからか、いつの間にか無意識にそのキャラクターを演じていた事に気づき、俺は苦笑をしながら茶の間にどっかりと胡坐を掻いた。

 

 


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