立体駐車場マンションへは、競艇場から地下道が繋がっているらしい。
俺はダラダラといつもの猫背でそこを歩いているのだが、なんと通路の片側には机や椅子が並べられ、子供達が小さな机を前に椅子に腰かけて大人の話を熱心に聞いていた。
その中年の女はホワイトボードに簡単な足し算の式を書いているので、どうやらこの通路は小舟の里の学校であるようだ。天井に穴が空いていて太陽の光が射し込んでいるので、ここを使っているのか。
教師も生徒も俺達が来たばかりの頃に比べれば身ぎれいで、体臭もそんなには気にならない。
セイちゃんが縫ってくれた俺のホルスターとデリバラーを指差して騒ぎだした男の子達に手を振り、教師に軽く頭を下げながら3つほどの教室を抜けた。
「こんな場所を学校にしてんのは、親の仕事が終わったら一緒に帰るためなんかな」
地下道を抜けると、広い場所に出る。地下道は天井に明り取りの穴があったがここにはないので、酷く暗い。
かなり広い地下駐車場であるそこに見えるのは、そこかしこに転がるサッカーボールやバスケットボール、それに奥様方が井戸端会議するのに良さそうなベンチ。子供が安全に遊べる広場のようだが、修理できそうな車が見当たらないのは残念だ。
「小舟の里ですら広いから原付バイクくらい欲しいんだが、そんな幸運はあるはずもないか。小舟の里の電力も、徐々に回復させていかないとなあ。こんな暗い地下が遊び場じゃ、子供達がかわいそうだ」
階段を上がる。
また駐車場に出たが外から光が射し込んでいる方に大型自動車の残骸と、駅の駐車場にあったようなテーブルが見えた。
そちらへ向かうと焚き火も見え、どうやらそこが警邏隊の詰め所であるらしい。
足音で気づいたのか男が1人バンの残骸から出てきたが、俺を見ると何も言わずテーブルの椅子に座った。
テーブルの上には俺が持っているのと同じ無線機が置かれているので、隊長さんから知らせでも受けているのだろうか。
「ご苦労さん。この裏手の道に出たいんだが」
「立体駐車場マンションは窓すらない。雨風が吹き込むし、冬は寒いんで隙間には板を張ってるんでね。この入口から出て右か左、ぐるっと回り込むしかねえよ」
「そうなんか。やっぱ移動手段が欲しいな。ありがとよ。勤務中だから、酒はまずいよな。サイダーを置いとくよ」
「おっ、ありがてえ。住民のほとんどが仕事に出てる昼間の当番はヒマでね」
「平和なのが一番さ」
「ちげえねえ」
外に出るとベンチやテーブルが並び、その向こうに車の残骸があるのだが、そこに腰かけて日向ぼっこしているのは歩く事さえ大変そうな年寄りばかりだ。
もう少し動けそうな人間は、ジャンク屋の老人のリバーシ盤を作るアルバイトにでも行っているのかもしれない。
「へえ、立派な道路じゃんか。車の残骸もほとんどねえ。そのうち、青空ボウリング場にでもすっかな」
右から回り込んだ道路は、島の東端を北から南まで抜ける見事な直線道路だった。
湖面と道を隔てるフェンスの損傷とマンホールの有無を見ながら、そこをのんびりと歩く。
道と空だけ見ていればまるで平和な日本の田舎道を散歩でもしているようで、なんとなく気分がいい。
「立体駐車場マンションから近くて、ほとんど人が来ない。しかも、マンションからは死角になってんだろ。夏んなったらフェンスを移動して、海水浴場でもいいな」
長い直線道路の中ほどに、それはあった。
ぽっかりと口を開けたマンホール。
フタが離れた所に落ちているのが、人間以外の何者かが這い出した証拠だろう。
「発見っと。ミニクエストも佳境かな。さて、ここに踏み込む前に応援を呼ぶべきか否か……」
その前に例えば今まさにここからマイアラークが飛び出してきたとしたら、フェンスを越えてからタレットを出すか、直線道路を走って距離を取ってから出すかを考える。
「ああ、もう出しとけばいいのか。ヘビーマシンガンタレットでマンホールを囲んでっと」
それが終わり、タバコを1本吸い終えてもまだ答えは出ない。
マイアラークが小舟の里に入り込んだのは今年に入って初だと言うし、この中が巣になっているような事はないだろう。
だがこちらに来てから経験した探索や戦闘で、必ずと言っていいほどミスをやらかしている俺だ。
昨日の夜ベッドで布団を首元まで上げた時も、今度こそは慎重にと自分に言い聞かせたばかり。
「下水道への侵入はゲームでもよくやったよな。……ああ。ゲームじゃケチって使わんかったけど、こういう時こそアレの出番か。ナイトキン化しちまいそうなくらい数はあるから、使ってもいいだろ。音もねえし、行ってみっかな。ヤバそうなら即撤退。やれそうな相手でも、フュージョンコアがもったいねえがパワーアーマー着て出血コンバットショットガンでゴリ押しだ」
タバコの吸い殻をピップボーイに入れ、真っ暗なマンホールを覗き込む。
顔を突っ込むようにして耳を澄ませても、俺のPerceptionでは水の音さえ聞こえなかった。
「マイアラークが出てきたなら、湖に繋がってんだと思うんだがなあ……」
ピップボーイに表示こそされていないがまるでクエストのようなここまでの道のりに、こんないかにもなマンホールが入口。
地図にロケーションとして記載されているか確認してみるとそれはなかったので、そんなに広い場所ではないのだろう。
デリバラーを抜いてピップボーイのライトを点け、ステルスボーイを使用する。自分の腕や足が透明になっているのを念のために確認し、鉄の梯子を慎重に下りた。
暗い。
そして、静かだ。
床には、マイアラークが這った生臭い跡。ここからマイアラークが出てきたのは間違いない。
緊張を押し込め、しゃがむ。
ピップボーイの視覚同調アシストシステムには、[ HIDDEN ]の表示。
ゆっくりとステルス状態のまま進む。
敵がいたら地雷を撒いてから狙撃だぞと自分に言い聞かせると、1本道のトンネルのような通路の先にかすかな明かりが見えた。
「夜になれば篝火や焚き火を燃やして、市場じゃ部屋で使うランプの魚油まで売ってる里にこんな明かりが?」
思わず出た独り言に慌てて口を抑えるが、ステルス状態は維持されたままだ。
数歩進んでは耳を澄まし、酷くゆっくりとだが明かりを目指す。
明かりが漏れているのは突き当りの、開け放たれたドアの向こう。そのドアの手前でまた耳を澄ましてみれば、たしかに水音が聞こえた。
マイアラークのあの嫌な足音は聞こえない。
それでも生唾を飲み込んでからそっと中を覗き込むと、そこには核分裂バッテリーが直付けされたライトスタンドの明かりがあった。
「たくさんある機械はどれも壊れてるみてえだが。骸骨が1つあるな。そして壁に大穴。ここからマイアラークが侵入したって訳か」
ここが何のための部屋で骸骨が誰なのかも気になるが、まずは俺の身の安全のために大穴の前にコンクリートの土台を出してマイアラークが入れないように塞ぐ。
「おいおい、いつの時代の人だよ。この骸骨」
床には人骨と一緒に、振袖のような女物の和服が落ちている。
たとえどれほどの未来でも和服姿で出歩く人がいたって不思議ではないが、どうしてそんな女がこんな場所で死んでいるのか。
そう思いながらも和服をピップボーイに入れると、その骸骨の持ち物がバラバラと床に落ちた。
「お、高そうな、カンザシっつーんだっけか。ってこれ、ただの装飾品じゃなくて装備アイテムかよ」
日本製の銃などはそれを手に取るとDamageが日本語で攻撃力などと表示されるのだが、俺が拾い上げた女柔術家の簪にも頑強上昇1、敏捷上昇1、近接武器上昇10と表示されている。
頑強がEnduranceで、敏捷がAgility。近接武器はフォールアウト4では廃止されていたスキルのMelee Weaponの事だろう。
「ユニーク装備ってか。こんな場所にこんな装備が落ちてるトコは、さすがフォールアウトシリーズの世界って感じかねえ」
もしゲームと同じならホロテープもあるはずだと落ちた遺品を取り上げてみるが、それは見当たらない。
財布の中に入っていた10円札3枚と小銭は、ありがたくいただいておこう。
他にも何かないか見てみたが、壊れた機械類と骸骨の他には何もない。
女柔術家の骨に手を合わせてから核分裂バッテリーとライトスタンドを回収し、俺は静かに部屋を出た。
「ああ、緊張した。ステルスボーイ1個消費で、風俗3回分のヘソクリとユニーク防具が報酬。まあ、悪くないミニクエストだったな」
青空の下に戻った安心感から大きく伸びをし、タレットを収納してマンホールをしっかりと閉めてからウルフギャングの店へと続く南側に直線道路を歩き出す。
そうか。
風俗3回分か。そうか……
アキラ?
「ひゃいっ!」
突然セイちゃんに呼びかけられ、背筋を伸ばして妙な返事をしてしまう。
無線はボタンを押し込みながらでないと俺の声は届かないので、急いでそうしながらセイちゃんに何があったのか聞いた。
トラックの改造は終わったから、シズク姉ちゃん達を迎えに行くついでに問題がないか確かめたい。今どこ?
「そっちから見て、競艇場のプールの向こう側の道を南下中。ウルフギャングの店に向かってる」
なら、迎えに行く。セイ達はもうトラック乗ってるし。クレイジーウルフギャング、左折してすぐ右。突き当りを左。
「あ、いや。里の外に出るなら、こっち側の南東橋は封鎖しちゃってるから。……あれ、もう切れてるし」
まあ迎えに来てくれるならありがたいかと咥えタバコで歩いていると、すぐに人っ子ひとりいない直線道路の向こうから、ウルフギャングの武装トラックが走って来るのが見えた。
フロントに追加したフェンダーはタイヤを狙撃される事よりもクリーチャーを轢き殺すのが目的だろうというほどゴツくて、両脇のフェンダーにもノコギリの歯のような鉄板が取り付けられている。
正面と両脇に見える屋根のタレットは威圧感こそあまりないが、見る者が見れば接近を躊躇ってくれるだろう。こんな世の中じゃ、力を見せつけて手出しをされずに済むならそれがベストだ。
「遅かったなあ、アキラ」
「ミニクエにありがちなたらい回しをされてたんでな。それよりトラックはどうよ、総重量がかなり増したからキツイんじゃねえか?」
「バカを言うなって。セイちゃんって大天才が、エンジンにまで手を入れた特別製だぞ。力を見せつけてやるから、さっさと乗れ」
「たった半日でエンジンまでって。末恐ろしいな……」
俺が乗り込んでドアを閉めた途端、ウルフギャングは荒っぽくアクセルを踏み込んだ。
その加速感は、サクラさんを救出するために東海道を東へと向かった時と比べて格段に上のように思える。
「へえ。たしかに馬力不足って感じはねえな」
「ピップボーイのお礼だから頑張った」
「そっか。偉い偉い」
「荷台も快適になったのヨ」
「みたいですねえ。左右にベンチまで付けて。窓も開け閉めできるから、探索が捗りそうだ」
「だろ。このまま北西橋ってのから出て右折すればいいんだよな、セイちゃん?」
「ん」
「タレットは、弾をケチらなくていいって話だからな。セイちゃんの経験値を稼ぎながら特殊部隊からの無線を待とう」
「ありがと」
「こちらこそだ」
見るからに上機嫌な夫に、サクラさんが呆れているような気配を見せた。
トラックのタレットが倒したクリーチャーの経験値がセイちゃんにも入るのかと聞くと、こちらの世界では近くにいて共闘しているという意識さえあれば経験値は全員にソロで倒したのと同じだけ入るのだとウルフギャングは笑う。
「便利な世界だなあ、おい。じゃあさ、ピップボーイのない人間にもSPESIALやスキルってあるのか?」
「そりゃあるさ。本人には見えてなくても、俺達から見りゃピップボーイの視覚同調アシストシステムが表示するHPバーがあるのと同じようにな」
「なら、SPESIALが上がる防具なんかも効果的なのか。よしよし」