「来たか。ずいぶん遅かったな?」
「制服を手洗いして、脱衣所に干してから来たのよ」
「そうかい。メシを用意しといたから、食いながら話そう」
「凄い。湯気が立ってるなんて。ここで作ったの?」
「いや。それも食いながら説明するから、まず座ってくれ。丸1日飲まず食わずなら、このくらい食えるだろ。育ち盛りなんだし」
「ほんの少しだけ年上なだけのくせに。でも、ありがとう。遠慮なくいただくね」
「ああ」
リスシチューに息を吹きかけて少し冷ましてから口に入れた少女は、とてもいい笑顔で微笑んでくれた。
どうでもいいがバスローブで女の子座りなんてしているものだから、裾から見えている生足が非常にエロい。
胸元も最初はしっかり隠されていたのだが、食事をするうちに少しずつはだけ、そう大きくはない谷間が見えるようになってきた。
無防備けしからん。いいぞ、もっとやれ。
金がないのでコンシューマー機でフォールアウト4をプレイしていたし、MODどころかダウンロードコンテンツが配信される前にこちらに来たので、ゲーム内では自己満足的でしかなく作る意味などなかったはずの料理だが、これだけ美味そうに食ってもらえるのなら材料が集まるたびに作っておいた甲斐がある。
「まずは、何から話そうか。とりあえず、ここが俺達の暮らしていた日本じゃないって事はわかるな?」
「ほれはほうよー」
「……食いながら話すな」
「なによ。口うるさいわねえ、男のくせに。パパみたい」
「ほっとけ。ほら、ドッグミート。ヤオグアイのバラ肉だぞ、さっきはよく2人を見つけてくれたな。好きなだけ食え」
「あんっ!」
「ED-Eにはオイル缶だ。機体に合わないならMr.ハンディ・フュエルもあるぞ?」
「ぴいっ」
ジャンクのオイル缶の中身はED-Eが取り入れても問題はないらしく、器用に缶を傾けて筒状の注ぎ口の先からそれを補充している。
「それで、ここが現代日本じゃないならどこだって言うのよ」
「あっちじゃゲームとかしなかったのか、運び屋?」
「なによそれ、センスのないあだ名ねえ。自慢じゃないけど、あたしはかなりのゲーマーよ」
「へえ。じゃあ、フォールアウトって名前くらいは知ってるだろ」
「……し、知らない」
「はあっ? 世界でも10指に入るほど有名なシリーズだぞ!?」
「へっ。が、外国にもテレビゲームってあるの? 日本だけの遊びだと思ってた」
「……ちなみに、オマエさんはあっちでどんなゲームを?」
「スマホのかわいい系なんかを、手当たり次第に。あ、学生だったからもちろん無課金でね」
「まさかのソシャゲかよ。よし、最初から説明してやる。耳の穴をかっぽじって聞け、エセゲーマー」
「な、なによ。その言い方はっ」
フォールアウトシリーズの説明も時間がかかったが、フォールアウトNVの詳細やフォールアウト4との違いを1から説明するのはかなり骨が折れた。
なんせ相手は、洋ゲーどころかコンシューマー機すら持っていなかった女子高生という未知の生物なのだ。
話し終える頃にはすっかり日が暮れ、俺達はランタンを灯して晩メシを食い始めている。
「ふうん。じゃあこのえっちゃんが味方だから、あたしがニューベガスってゲームの主人公かもって事なんだ」
「えっちゃんってオマエ……」
「ふふっ。かわいいでしょ。ED-Eだから、えっちゃん」
「俺は別にいいけどよ。ED-E、弾薬の製作は可能か? もし出来るなら、NVのアイテムやプレイヤーである運び屋にはDLCが適用されてるって事になる」
「ぴいっ!」
「へえ、可能なのか。そりゃあツイてるな。レベルキャップも50じゃんか」
「なにそれ?」
「簡単に言うと、オマエさんとED-Eの出来る事が増えて、30までしか上がらないレベルが50まで上がるって事だ」
「へー。増えてる分には問題ないね。ごちそうさまでしたっ」
これでもかとちゃぶ台に並べていた料理をほとんど平らげ、運び屋が満足気に微笑みながら両手を合わせる。
か細い体のどこに入れたんだと聞いてみたいが、マンガやアニメでは女の子に大食いだなんて言うと男は必ず酷い目に遭わされていたものだ。なので黙って頷き、タバコに火を点ける。
「ふうっ。お粗末さん。じゃあ次は、その腕についてるピップボーイの説明だ」
「これ? 外そうとしてもダメなのよねえ。重いしジャマだしかわいくないし、出来たらすぐにでも外して投げ捨てたいんだけど」
「こんな世界で生き抜くための命綱を、くだんねえ理由で投げ捨てようとすんな。ちっとこっち来い」
「な、なによ。あたしは見知らぬ世界で泣くほど不安だったのに命を助けられて、美味しいゴハンを食べさせてくれたからって、簡単に処女を捧げちゃうような軽い女じゃないんだからねっ!」
「いらねえ情報をありがとう。俺は強姦じゃ勃起しねえんだ。ピップボーイ、その端末の機能を説明しながら確認するだけだから、安心してこっちに来い」
「キ、キスとかしようとしたらぶん殴るわよ?」
「へいへい。撃つからぶん殴るになっただけマシだな」
いい匂いがする。
まず思ったのは、それだ。
こんな事ではダメだと、そばに来て左手を俺に差し出した運び屋のピップボーイを操作するのに集中する。
「マジかよ、このステ振り……」
「なんか問題あるの?」
「Strengthが10で、他はオール3。完全な脳筋ってヤツだ。もうレベルが5なのは羨ましいな。現時点で2つ取れるPerksは後で取得しよう。まずは説明だ」
フォールアウトNVをプレイしたのはずいぶんと昔なのでうろ覚えだが、普通のゲームで言うスキルやアビリティにあたるPerksはフォールアウト4と違ってレベルアップと同時に取得しなければならないシステムだったような気がする。
もしそうならばこの世界は、それなりに俺達に融通を利かせてくれているのかもしれない。
「へ、脳筋って?」
「脳みそまで筋肉。こんな美人なのにCharismaが3とか、バグってんじゃねえのか」
「失礼ねえ。でも、美人って言われちゃった。えへへ」
テレてんじゃねえ、かわいいじゃねえか。
思っても口には出せない。彼女いない歴=年齢の童貞なんてそんなものだ。
「で、このピップボーイにはStrengthの数値に応じた物資を収納する事が可能だ。俺の場合はバグか仕様か知らんが、家が何百軒も入ってるけどな」
「ふうん。あ、ここにナントカバスローブって書いてある」
「アーマードバスローブな。そこは防具の表示欄だ。その手前が武器だったんだが、9mmピストルしか表示されてなかった。初期武器って扱いなんだろうな。うわ、スティムパックどころか、水も食料もなしかよ。このままだと確実に野垂れ死にだぞ、オマエ」
「ええっ。それは困るよっ!?」
整った眉をハの字にしながら、運び屋が言う。
ちょっと泣きそうな表情をされただけでこの荒野を行くのには大きすぎるお荷物を背負い込もうとしている俺は、女からしてみればずいぶんとチョロイ男なのだろうという自覚はある。
それでも、俺はこの少女をこのまま放り出す事など出来そうにない。
「あー。もしよかったら、俺と来るか? 当面の目標は街を見つけて、安全に暮らせる家を手に入れる事だ」
「いいのっ!?」
「あ、ああ。でも街で暮らすにしても、隣人を無条件で信用できるような世界じゃない。たぶんだけどな。だから街を探しながら戦闘もこなして、レベル上げもするんだ。ED-Eが守ってくれるとはいえ、今日みたいに怖い思いもするぞ?」
「平気っ。1人じゃないなら、バケモノとだって戦えるっ!」
「……そうか。なら明日の朝、VATSと射撃の練習をしてからさっそく出かけよう」
「うんっ。ねえ、アンタの事なんて呼べばいい? 名前はっ? 歳は? 見た感じ、20くらいだよね?」
「アキラだ。歳は20」
「そっ。よろしくね、アキラ。あたしはミサキっ」
「お、おう。ナチュラルに呼び捨てなんだな」
こんな世界では、旅の道連れがいたっていつくたばってしまうか知れたもんじゃない。
だから運び屋とだけ呼んでムダに情を移したりしないようにという俺の思惑は、早くも打ち砕かれた。
「そんで2つ取れるPerksだけどな」
「ああ。ゲームに付き物のスキルみたいな特殊能力、だっけ」
「そうだ。フォールアウトNVじゃレベル2、4、6と2レベル刻みで取得できる」
「この画面だよねえ。うわあ。レベル2で選べるのだけでもたくさんあるねえ」
「欲しいのが複数あるなら、レベル4になった時にもそこから選べる。レベル2のオススメは」
「これがいいよ、Black Widou? 男の敵にダメージアップだって」
「まあそれは有用だが、ブラックウィドウってのは毒蜘蛛の名前で、色気を武器にする女って意味で使われてる言葉だぞ?」
「あたしにピッタリじゃん。セクシーな大人の女って感じ」
「の割りには……」
「なによ、なんか文句あんの?」
ギロリと睨まれたので、ミサキの控え目な胸のふくらみから視線を逸らす。
「いえ、ありません」
「そ。ねえ、レベル4のオススメは?」
「絶対にEducatedだな。レベルが上がった時に貰えるポイントが多くなるんだ。これは、なにがなんでも先に取っておかないと。そんでレベルアップで貰えるスキルポイントだけどな、戦闘スタイルややりたいサポートを自分で決められるまではとりあえず放置しとけ。ちなみにそれはGunsに振れば銃を使った時の威力や精度が上がったり、Repairに振れば修理の腕が上がったり弾薬を作成できるようになったりする」
「わかった。……よし、Educatedも取った。それじゃ、あたしは寝るね。言っとくけど指の1本でも触れたら、容赦なくぶん殴るから」
「……おう」
正直、ぶん殴られるくらいで済むなら見るからにすべすべしたおみ足を撫でたり、手触りの良さそうな黒髪に顔を埋めて息を思い切り吸い込んだりしてみたい。
だが渋い大人の男なら、なにがあってもそんなマネはしないだろう。
ロールプレイってのは現実でするとジャマにしかならないなあと思いながら、畳の上で大の字になったミサキのシミひとつない真っ白なふとももから視線を逸らした。
そうするための労力は、複数のフェラル・グールを撃ち殺す事よりも大きかったような気がする。
「もう寝息を立ててやがる。無防備すぎるだろ」
眠るならピップボーイのインベントリにあるベッドを出してやればよかったなと思いながら、フォールアウト4には毛布や布団というアイテムがないので、少しでも暖かそうなイエロー・トレンチコートを出してミサキの体にかけた。
「んんっ」
もぞもぞと動いてトレンチコートを体に巻きつけるようにして、ミサキは満足そうに微笑みながら穏やかな寝息を立てる。
お気楽な女だとは思うが、その微笑みで、荒み始めていた心のどこかを慰められた気がした。
「ぴー」
「わふっ」
「何を言いたいのかは知らんが、からかってるつもりなら明日からメシが粗末な最低限の物になるぞ?」
「ぴーっ!」
「わふぅっ!」
「いいから寝ろ。ランタン、消すぞ」