Fallout:SAR   作:ふくふくろう

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遠征計画

 

 

 

 コーヒーとタバコはよく合う。

 そして個人的にはそのどちらにも、ジャズはよく合うと思った。

 紫煙を吐きながら、この辺りの観光案内パンフレットを出して広げる。

 

「げ……」

「どした、アキラ?」

「オートレース場、行けそうにねえや」

「なんでだよ?」

「これを見ろ」

 

 カウンターにパンフレットを滑らせると、客用とは違う大きなマグカップを持ったウルフギャングがそれを持ち上げた。

 その瞳が、曇る。

 

「あちゃあ……」

「何が問題なのさ、アンタ?」

「場所だ。オートレース場は、空軍基地のすぐ隣にあるらしい」

「あらあラ」

「飛行機に戦闘車両。そっちのが欲しい」

「でもセイちゃん、俺達のレベルじゃそれはまだ危険なんだ。わかるよね?」

「ん。レベル上げのためにバイクや救急車が欲しいけど、レベル上げしてからじゃないとオートレース場には行けない。困った」

「そうなるねえ」

 

 それに空軍の基地なら、市街地よりもよっぽど酷く破壊されているかもしれない。

 当時なにがあって誰が町を破壊したのかはわからないが、基地近辺だけが無事だなんて都合のいい幸運には期待するだけムダだ。

 

「なんかねえか。他に、なんか……」

「あんま気にすんなって、ウルフギャング。それにその地図、観光案内だぞ?」

「だが今のアキラ達に必要なのは、地上の移動手段だろ」

「まあな。でも、焦ったって仕方ねえって。いつか愛知まで行けば世界有数の車のメーカーが、って、こっちの世界でもそうだったとは限んねえのか」

「いや、この国の技術力ってのは捨てたもんじゃなかったんだぞ。……待て。ここ浜松は、ガソリンエンジンの黎明期にバイクメーカーがうじゃうじゃあった」

「とんでもねえ大昔の話だろ? それに今は、ガソリンなんて手に入らねえ」

「いや。乱立したメーカーは自然と淘汰されたが、生き残ってクルマなんかを製造していたメーカーもある。そのZUZUKIは、たしか核分裂バッテリーで動く車両なんかも製造してたはずだ」

「……工場なんかの大きな建物は、外から見た限りじゃ無事なのも多い。宝の在りかはオートレース場じゃなく、当時の車両工場か?」

「ああ」

「ZUZUKI関連の本、図書館から持って来る!」

「お、おい。セイちゃん。……あー。行っちまった」

 

 パシリをさせるようで申し訳ないが、そんな本があるのならたしかに見たい。

 しばらく待っていると息を切らしたセイちゃんが駆け込んできて、電脳少年からカウンターにかなりの数の書籍を積み上げた。

 礼を言いながら頭を撫で、ウルフギャングに出された水を飲むセイちゃんのジャマにならぬよう、まず初めに読む本を選ぶ。

 

「ウルフギャング、この世界の石油資源が枯渇したのって西暦何年なんだ?」

「たしかな事はわからんが、2060年にはガソリン車は鉄の置物になってたな」

「りょーかい」

 

 ならばと最も遅く出版された本で、事業内容などが書いてある物を探す。

 

「これかな。2077年1月出版の、『厳しい世界情勢の中におけるZUZUKIの取り組み』って本」

「大戦争直前か。新ペストなんかで、海外は酷いもんだったらしいなあ」

「この国は?」

「それなりかな。暴徒なんかは、すぐに鎮圧された。まあ、元々そんなバカやる人間の数が海外とは違う」

「なるほど。……お、あったぞ。核融合動力車生産拠点は、81ページだ」

 

 そこに書いてある文字を読むと、思わず顔がニヤけるのが自分でもわかった。

 インベントリから紙とペンを出し、文字を写す。

 作業を終えて紙を渡すと、まずウルフギャングがその紙を手に取った。

 

「とりあえず、近場だけな」

「へえ。……本社はエンジン組み立て。湖西工場が、軽乗用車の完成車組み立てか。住所から言って、かなり近いな。西に少し進んだ辺りだ。日帰りも楽勝だろう」

「でもそこのは、4人で寝泊まりするにはキツイ車ばっかだろ。次を見てくれよ」

「おう。磐田工場、か。おおっ!」

「そこも、完成車の組み立てをしてたらしい」

「四駆にワゴン車、軽トラまでありやがる。1台ずつでも、可動品が見つかれば」

「アキラ、これ地図。静岡の住宅地図と、全国版のロードマップ」

「気が利くね」

「出来る妻は寝室でもかわいがりたくなるって、おとーさんが言ってた」

「はいはい」

 

 まずロードマップを開いてみるが、車での移動に関係がなさそうな施設などは記載されていない。

 なので住宅地図でまず浜名湖競艇場を探し、そこから磐田という町を探す。

 国道1号線を東へ。

 獣面鬼に殺されかけた天竜川駅の、すぐ先にある天竜川。それを渡れば、もうそこは磐田市であるらしい。

 

「近いな。アオさん達の集落のすぐ向こうだ」

「そりゃそうさ。で、工場は? 近くにヤバそうな施設はあるか?」

「まだめっけてねえって」

 

 ゴルフ場。海洋公園。楽器メーカーの工場。ゴルフ場。

 少し先は袋井市となっているので沿岸から内陸にページを変えると、妙な工場の名を見つけた。

 

「なあ、ウルフギャング」

「ん?」

「ユマハ発動機ってのの工場があんだけど」

「ああ、バイクメーカーとしちゃ世界的に有名だった。やっぱバイクも欲しいのか?」

「まあなあ。メガトン特殊部隊の全員分とは言わねえけど、斥候には渡してやりてえ」

「なら、そこも漁ればいいさ。なんなら泊りがけで、特殊部隊を連れてったっていいんだ」

「……人手があれば、広い工場も探索が早く終わる。それに、特殊部隊のいい訓練にもなるか」

「当然だ。それにうちには、アキラのピップボーイって反則技があるからな。機械類なんかを根こそぎ掻っ攫ったっていい」

「じゃあ、立ち寄る算段で地図を書くぞ」

「おう」

 

 磐田駅。郵便局。市役所。公園。

 

「へえ、ユマハスタジアムだってよ」

「そこが、今の磐田の街らしいぞ。浜松の兵隊が、そんな話をしてた」

「ふうん。偵察クエストは出てねえけど、寄ってみてもいいかもな。もし浜松の新制帝国軍を嫌ってて、そこがマトモな街なら、助け合える事もあるかもしれねえ」

「いいな。イッコクを使ってりゃ、新制帝国軍の兵隊に袖の下を要求されたりもしねえ」

「出来るなら、クズには孤立してもらわんと」

「まったくだ」

「お、あった。しかも、イッコクからすぐの場所。かなりデカい工場だぜ」

「どれどれ。……バイパスから下りてすぐか。イッコクはトラックで進めるが、工場までの道はどうだろうなあ」

「そん時は、俺がジャマな物をスクラップにしながら進むさ」

「そのためにもバイクが欲しいんだよな。俺のエンクレイヴ・パワーアーマーを着てれば、悪党の銃撃くらいじゃ傷もつかんし」

「ラッセル車って感じか。悪くねえな」

「だろ」

「そんじゃ、地図を書くよ」

「頼む」

 

 せっかくなので小舟の里から国道1号線、東海道を東へ向かった場合、さほど危険なく漁れそうで有用な物がありそうな施設まで書き込んでいこうと地図を睨む。

 もしもそれらを漁りながら行くとすれば、メガトン特殊部隊にとって初めての大規模遠征だ。

 

「あれ?」

「どうした、アキラ」

「いや、この小舟の里は魚を養殖してるからいいけど、他の街の連中はなに食って暮らしてんのかなって」

「穀物に芋類、野菜なんかだろ。食用になるクリーチャーの肉や獣肉の類いは、庶民にとってごちそうだな」

「なら魚は養殖すればするだけ、いい売り物になるって事か」

「……見えてきたな」

「何がだよ、ウルフギャング?」

「小舟の里が大きくなるための方法が、だよ」

 

 ぬるくなったコーヒーを飲み干し、タバコに火を点けた。

 まずは魚の養殖の街として大きくなり、徐々にでも人を増やす。浜松や豊橋、磐田の街にどれほどの人間が暮らしているのかは知らないが、暴力に怯えながら搾取されて生きる事にウンザリしている連中もそれなりにいるだろう。

 ここらで一番の街にまで発展できる可能性は、ないとは言い切れないか。

 

「セイちゃん、今の養殖した魚の輸送方法は?」

「トラックに大きな箱を積んで、それに水と魚をぶち込んで運ぶ」

「やっぱりか。なら、まず必要なのは冷蔵庫と冷凍庫。それに製氷機なんかだな。修理が可能な物を探さないと」

「……今夜、マアサさんも入れて話し合うか。大規模な特殊部隊の遠征。まずはそれで、どれだけの物を得られるか。それが揃わなきゃ、どう小舟の里を発展させるかなんて話にもなんねえ」

「だな」

 

 夜、俺達は初めて小舟の里を訪れた時と同じ部屋でグラスを合わせた。

 メンツは俺とミサキとシズクとセイちゃん。ウルフギャングにサクラさん、マアサさんとジンさんだ。

 食事会というよりは、飲み会に近い。

 なので遠慮せず、乾杯後すぐに大規模遠征の計画を話した。

 

「ふむ。腕が鳴るのう」

「ジンさんは留守番ですよ?」

「なぜじゃっ!?」

「当たり前じゃないですか。何日も小舟の里を空けるかもしれないんです。その間はジンさんの指揮で、小舟の里を守ってもらわないと」

「むむむ……」

「それでマアサさん。磐田の街にも寄ってみるつもりなんですが、あちらがマトモなら商取引を含めた交流をするおつもりはありますか?」

「それはいいのだけれど、干し魚や干し肉なんてあちらが欲しがるかしら?」

「どうでしょうね。あちらが輸送を行うなら、わざわざ危険な道を歩いてまで欲しいとは言わないかもしれない」

「その言い方だと、輸送はこちらが?」

「今回の遠征で車両や冷凍庫、最悪でも製氷機なんかを手に入れられたらですけどね」

「そう上手く、事が運ぶかしら。もちろん、アキラくん達の実力は信じているけれど……」

「そればっかりは、帰ってみないと何とも。なら、遠征は許可していただけるんですね?」

「ええ。もちろん」

 

 アキラ様という呼び方がアキラくんになっているのも嬉しいが、許可が出たのは本当にありがたい。

 特殊部隊の連中には1日か2日の休暇をくれてやらないといけないだろうから、その間に俺は出来るだけ綿密で、出来るだけどんな事態にも対応可能な遠征計画を練らなくては。

 

「……行きから漁るか」

「だな。工場の探索が本番なのだろうから、それまでに組み分けの相性なんかを試したい」

「最少は何人組で行動する気だ、シズク?」

「平時なら2人。でもこんな廃墟漁りなら、3人がいいところだろう」

「だなあ。まあ、最初の探索は警察署の向こうのホームセンターと釣具屋だ。手前の自動車部品工場はシカトする。気楽にやろうぜ」

 

 


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